62 世間は知らぬ間に動いてる
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「あれー!?『氷刃』の皆さんじゃないですか!」
一月ぶりに【ギルド】へ顔を出したユウゴ達を、受付嬢は明るく迎えてくれた。
「やぁ、少しご無沙汰していて悪かったね」
ヒサメが、挨拶をすると、受付嬢はなぜか頬を赤らめながら首を振る。
「そんな事は無いですよ。今は忙しいですからね!」
「……忙しい?」
元気に返してくる受付嬢はそう言うが、いつもなら【ギルド】の建物内にゾロゾロといる様々なチームの姿はほとんど見えない。
随分と閑散としている室内を不思議に思い、何かあったのかとユウゴが受付嬢に尋ねると、「マジか、こいつ」といった顔で驚かれてしまった。
「戦争ですよ、戦争。ついにコヒャク国が宣戦布告してきたんです!」
「宣戦布告って……この国にか?」
ユウゴ達がドワーフの集落で戦った際の顛末は、報告書という形で【ギルド】本部にも送ってある。
ギリギリではあるが、ザクスン国の領内デモールというコヒャク国の重臣が関与していた事もあり、この二国が戦争になっても確かに不思議はなかった。
だが、ガハサ山脈を挟んだザクスン国に攻め込もうというなら、コヒャク側はかなり無茶な行軍になってしまう。
しかも、キツい山越えをしてきた後に防備を固めた敵国と当たる事になるのだから、相当に不利な状況に陥るのは火を見るより明らかだ。
しかし、受付嬢の答えはユウゴの想像以上に常軌を逸したものだった。
「ザクスンだけじゃないんですよ!うちを含めた、三国を同時に相手するっていうんです!」
「はぁ!?」
ユウゴ達が、思わず上擦った声をあげたのも無理はない。
ザクスンだけならともかく、ブゲン国とリュウセ国というコヒャクと隣接する両国を敵に回せば、左右に位置する二つの国から挟み撃ちに攻められるなどという事は子供だって思い付く。
しかし、それを承知で相手が宣戦布告を行ったのなら、三国相手にしても何かしらの勝算があるということなのかもしれない。
そんな警戒があるからこそ、今まで本格的な接触は無く、小さな小競り合い程度ですんでいたのだという。
「噂ですけど、魔王とコヒャクが手を組んだなんて話もありますよ」
脅かすように声を潜めた受付嬢が、上目遣いに覗き込んで反応を伺ってくる。
だが、まったく動じないユウゴ達の姿に、あくまで噂話、魔族と人間が協力関係になることなどありはしないと、受付嬢はバツが悪そうに笑って見せた。
しかし、平静を装ってはいたものの、ユウゴ達にはその情報は聞き捨てならないものがあった。
受付から少し離れ、円陣を組むように顔を付き合わせた『氷刃』のメンバーは、辺りに声が漏れないようにトーンを落として話始めた。
「……デモールの野郎が言ってた『あの御方』って、ひょっとしたら魔王の事なんじゃないのか?」
「確かにあやつの心酔っぷりは、レズンに魅了されていたからと考えれば納得いくのである」
「でも、そうやとすると、コヒャクはすでにレズンの手に落ちとると見た方がええんと違いますか?」
「上層部の男を支配するだけで、それは可能だろうからね。そして、敵が攻め込んで来ても同じようにしてしまえば……」
「敵国の兵を手駒にできる……という事なのですね」
確定情報が有るわけではないが、それでも状況から推測するに大幅に間違ってはいないと思われる。
声を押さえて話し合った後、腕組みしながら難しい顔で考え込む『氷刃』のメンバーに、おずおずと受付嬢が横から話しかけてきた。
「あの……ちなみになんですが今現在、【ギルド】では緊急性のある依頼以外は受けていないんです」
そうなのかと?と問い返すと、受付嬢は一つ頷いて今の情勢を話してくれた。
「戦争が始まるという事で、【ギルド】の傭兵部は戦場へ、探索部は入り用となる魔法薬等の材料採取に、皆出払っているんですよ」
戦争に参加しない、居残り組のチームが緊急性のある依頼に応じてはいるようだが、目前の戦争のために重要度の低い仕事は後回しにされているのだ。
ある意味、何でも屋な【ギルド】が機能不全に近い状況だというのに、それでも苦情が起こらないのは三国対一国の争いが、すぐ終わると思われているからなのだろう。
そして【ギルド】に所属するチームの連中は、この短い期間に稼げるだけ稼ごうと、それぞれ行動を起こしている訳である。
「そんな状況なんですけど、皆さんはこれからどうなされるんですか?」
一応は探索部に所属している『氷刃』は、原料調達に行くのが普通だ。
しかし、特級チームという強大な戦闘力を持つ彼等なら、傭兵部のように戦場に出てもおかしくはないだろう。
正式な依頼等がないため、自由に動くであろう彼等の動向を、組織としても把握しておきたい。
それ故に、受付嬢も今後の彼等の予定を尋ねたのだろう。
そんな質問の答えを聞くために、『氷刃』メンバーの目がリーダーであるユウゴに集中する。
「そうだな……戦場に出るつもりはない。ないけど……とりあえず、コヒャク国に向かうとするか」
戦う気はないけど、戦場には向かうといった風なユウゴの言葉に、受付嬢は頭に?マークを浮かべながら、小首を傾げていた。
──【ギルド】の建物を出たユウゴ達は、とりあえず近くの食堂に入って、食事でもしながら今後の行動について話すことにした。
「……だからな、混乱しそうな戦場とかはどうでもいいんだよ。むしろ、その混乱に乗じてレズンをとっ捕まえればいい」
「そんなに上手く行くのものかな……?」
ユウゴの提案に、やや疑わしい視線を向けながら、ヒサメが呟く。と、ユウゴは彼女に、捕まえること事態は楽にできそうだと自信を持って返した。
「この作戦が最後だと考えれば、俺達だって全力が出せるだろ?」
全力……つまり、妖怪の姿で活動することも視野に入れた行動ができるという事だ。
人間の姿でいる現在と、妖怪の姿に戻ったユウゴ達とでは、純粋な戦闘力や妖力が桁外れに違うと言っていい。
「確かに、あの時のユウゴ殿の拳はいつもより重かったのである」
ラヴァの言うあの時とは、魔王として対峙し殴りあった時の事だろう。
「ワシを助けてくれた時も凄かったのぅ……」
颯爽と助けてくれたユウゴとの美しい思い出を頭に浮かべているフェルリアだが、実際には牛鬼状態の彼に蹴り飛ばされた連中が、肉塊になったグロいシーンだ。
うっとりされてもちょっと困るな……等と密かに思いながらも、ユウゴはさらに話を進める。
「まぁ、ぶっちゃけた話、このメンバーならレズンの元に百や二百の兵が居ても突破は楽勝だ。コヒャクに潜り込んで、奴が何処にいるか判明したら、速攻でぶちのめして拐ってしまう」
まったくの力業で、正面突破に近いシンプルな作戦だが、それだけに迷いもなく事を進められるとも言えるだろう。
「万が一、魔王の島に引き込もっていても、私が道を覚えているから対応できそうだね」
レズンによってこちらの世界に召喚されたヒサメは、逃走しながらも魔王の島の地形や城の位置は覚えていると言う。
ロリエル達から無我夢中で逃げ、ろくに道順も覚えていなかったユウゴは、そんなヒサメに対して軽い敗北感を感じていた。
「さて、それじゃあやる事はそれで決まりだな」
確認をとるユウゴに、皆が頷いて見せた。
「ん。では話はここまでにして、これからは……飯の時間だ!」
話合いの間、ツマミ程度にちょこちょこ食べていた軽食を即座に平らげ、本格的な食事モードへと移行する。
真面目な雰囲気から一転して、酒だ飯だと怒濤のようなユウゴ達のオーダーが、給事の店員に向けて叩きつけられていった。




