61 ささやかな休息
「……さて、レズンを生け捕りにするのは良いとして、一旦は情報収集をしなきゃならんな」
「と言うと……【ギルド】に戻るしかないのぅ」
フェルリアの返しにユウゴは頷く。
そして顔を見合わせると、二人は大きなため息を吐いた。
見れば仲間達も同様で、皆うんざりした表情を浮かべている。
「拠点の街からここまで、約一ヶ月。もう一度、あの道のりを戻るのか……」
なるべく人目に付かないようやって来ただけに、戻る時も注意しなければならないだろう。
それはなんとも大変な道中だっただけに、またその道程をなぞらなければならない彼等か落胆するのも無理はない。
「しかし、レズンの本拠地はコヒャク国のさらに南に有るのであるしな……」
「そうなると、各国の状況も探らんといけませんなぁ」
「デモール達を倒してから、さらにキナ臭い状況らしいのです。面倒事に巻き込まれそうで、不安なのです……」
不安げなマールの言葉に、表にこそ出さないがメンバー全員にある確信があった。
こういう時は、絶対に面倒な事になるんだろうな……と。
「何やら大変そうな顔をしておるが、人間の街に戻るなら余が手を貸してやってもよいぞ」
ロリエルからの申し出に、ユウゴ達は不審そうな表情を露にした。
魔王の手助けなどと言うくらいだから、配下の魔族を使うつもりなのだろうが、それでは目立って仕方がない。
「な、なんだ、その胡散臭そうなものを見る目は! 言っておくが、ここからゲイバラーが占拠していた島くらいまでの距離なら、余の転移魔法で一瞬なんだからな!」
「何っ!?」
予想外に使えそうな情報に、ユウゴは思わず身を乗り出した。
「ゲイバラーの島っていうと、あのザクスン国の北にある島か?」
「おうよ。それくらいの距離なら、お主ら全員をまとめて送っても余裕だ!」
薄い胸を張って己の偉大さを顕示するロリエルを無視し、ユウゴ達は相談モードに入る。
とはいえ、かなりの日程を要して徒歩で戻るよりも、ここはロリエルの力を借りたほうが合理的だというのは、話し合わなくても結論は出ているようなものだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えよう。明日にでも、お前の転移魔法で俺達を送ってくれ」
任せておけと、幼い魔王は自分の胸を叩く。
「さて、それなら余の主催する宴でお前らを歓迎してやろう。今夜はゆっくり休んで、英気を養うがよい」
ロリエルが部下を呼び、宴会の準備をするように伝えると、魔族達は喜び勇んで準備のために走り出した。
「さて、宴会の準備が整うまでしばらくかかる。その間に、風呂でも入ってはどうか?あ、マールちゃんは余と一緒に入ろうね♪」
「馬鹿言ってんじゃねーのです」
風呂という単語に反応したが、幼帝の申し出にマールは雪ん子相応しい、冷たい目付きでロリエルを一蹴する。
呆然とするロリエルを捨て置いて、『氷刃』メンバーの女性陣は浴場へと向かっていった。
「あの、冷たい態度もいい……」
何か新しい扉を開きかけた表情で、幼帝は一人で身を震わせていた。
女性メンバー達の、サービス満点な女風呂での「キャッキャッ、ウフフ」な展開や、男風呂でのむさ苦しくもそのスジの方にはサービスとなる入浴(全てはご想像にお任せします)をすませ、会場に集まった面々を迎えての魔王ロリエル主催、飲めや歌えの大宴会は始まった。
「マールちゃん、いっぱい飲み食いしてよいぞ!? 眠くなったら、余が寝所まで連れていって、グヘヘヘヘ……」
途中から欲望を隠そうともしない幼帝にマールは絡まれ、同じように熱心な魔族達にビャッコは囲まれていた。
「お願いしますよ、ビャッコさん! 例の呪符を、ほんの少しでいいんで前払いで頂けませんか!?」
「んもう……」
無粋な連中の相手が面倒くさくになったのか、ビャッコは数枚の呪符を取り出して魔族に渡す。
すると、途端に呪符の奪い合いが始まった!
「てめえ、それを寄越せ!」
「うるせえ! お前らみたいな脳筋どもに、美少女ムーヴができるわけねぇだろう!」
「美少年やるから平気ですぅ!」
罵り合いはやがて殴り合いへと発展し、それを見ていたビャッコが酒を片手にカラカラ笑う。
「酒のつまみに、丁度ええ余興やね」
愉快そうな妖狐に比べ、何処から聞き付けたのか、ヒサメがマールの雪ん子ボディを作った事を聞いた魔族が彼女の回りで、思い詰めた表情を作っていた。
「ヒサメさんの前で自害すれば美少女に転生させてもらえるって本当ですか?」
「嘘だよ」
速答すると、ホッとしたようなガッカリしたような、微妙な顔をしながら、魔族達は「やはりデマか……」などと囁き合いながらゾロゾロと引き下がっていく。
(まったく。私の噂を誰が……って、彼女しかいないか)
恐らく、部下を愛らしい雪ん子の肉体にするためにけしかけたのだろう。
ある意味、欲望に忠実な魔王らしいと言えばらしいが、動機が動機だけにまったく感心はできない。
(本当にふざけた世界だよ……)
アホな魔王が君臨し、それに良いように使われている。
そんな我が身を嘆いて、ヒサメは勢いよく酒を煽った。
「んふふ~、ユウゴぉ……」
酔ったフェルリアが、隣に座るユウゴにすり寄る。
しなやかな猫を思わせる彼女の肉体は、大変心地よい。だが次第に大胆になって絡んでくる様子に、ユウゴは待ったをかけた。
「飲み過ぎだ、明日に響くぞ」
「なんの、この程度。まだ、ほろ酔いといったところじゃ」
ユウゴに抱きつき、頬を擦り付けながら反論してくるフェルリアに、止めても無駄だと悟ったユウゴは彼女を休ませる事にする。
「ほれ、もう今日は休め」
軽々とフェルリアの体を抱き上げると、彼女は少し不機嫌そうにユウゴの首に腕を絡ませた。
「なんじゃ、そのつれない態度は。そんなにワシは迷惑か?」
「そういう訳じゃないけどよ……」
「確かに、酒の勢いを借りておる所はある……じゃが、ここから先は女に言わせるな……」
ユウゴの角度からは、フェルリアの顔は見えない。
しかし、彼の首に絡めた腕から伝わる硬直が、彼女の心情を現していた。
「……むこうの世界に戻ってからって、思ってたんだがな」
ため息を吐いて、ユウゴはポツリと呟く。
その呟きがよく聞こえなかったフェルリアが顔を上げると、ユウゴは彼女の顔を至近距離で覗きこんだ。
「今夜は寝かさねぇぞ」
「…………………はい」
どストレートな誘いの言葉に、真っ赤になったフェルリアは頷く。
そのままこっそりと会場を出ていく二人。
結局、彼等がその夜戻ることはなかった……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おはよう、諸君! 昨夜はお楽しみでしたね!!!!」
昼近く、準備を整えていたユウゴ達の元に現れたロリエルは、ハイテンションな様子で開口一番にそんな事を言った。
全員に話しかけているようで、その実ユウゴとフェルリアを狙い撃ちにした台詞であるのは、彼女のニヤケ面から汲み取れる。
「おう!めちゃくちゃ楽しんだわ!」
「……アホウ」
ロリエルが飛び込んで来る前から、仲間達によって弄られており、すでにユウゴは吹っ切れていた。
そんな彼に、やはり弄られまくったフェルリアがしおらしく小声で抗議する。
昨晩、宴会を抜け出してやる事をやったらしい二人をからかってやろうと、容姿に似合わぬ下衆い思惑を抱いてきたロリエルだったが、肩透かしをくらってつまらなさそうな表情を浮かべていた。
「ところで、転移魔法の準備が出来たのであるか?」
彼等の元に来たということは、そういう事なのだろうが、確認のためにラヴァが尋ねる。
「うむ。ついでに、お主とユウゴに渡しておく物がある」
そう言うと、ロリエルはスカートのポケットから青い宝石の付いたペンダントを二人に渡す。
「それは余が作った、レズンの『魅了』を無効化させるペンダントだ。何かしらの対策をしておかぬと、お主らおっさんは即レズンの犬になってしまうからな」
「おいおい。人間ならともかく、俺達に魅了が効くか?」
いかに『サキュバス・ハイパー』と呼ばれる存在であっても、妖怪である彼に、対人間用である魔王の魅了が通じるとは思えない。
大袈裟なロリエルの言葉に、ユウゴは渡されたペンダントを弄びながら観察してみる。
いわば魔道具という物なのだろうが、見た目は完全に普通のアクセサリーだ。
そんな思いをユウゴが口にすると、解ってないなとロリエルは肩をすくめる。
「魔力感知されぬよう、隠蔽魔法を多重掛けしておるのだよ。ハッキリ言って、余クラスじゃないと見破れないね」
ふふんと薄い胸を張る幼帝を怪しげに見ていたユウゴに、同じ運命魔王であるラヴァが大丈夫であると保証した。
「生意気な小娘にしか見えんロリエルであるが、こと魔法技術においてはこの世界で一番と言っていいのである」
「ま、まぁ、あんたほどの実力者がそう言うなら……」
完全に安心した訳ではないが、とりあえずペンダントを首から下げる。
「よし、では頼んだぞ」
それを確認したロリエルは、ユウゴ達の目の前にいとも簡単に転移魔法による転移口を作り出した。
「とりあえず、お主らの希望する街の近くに繋がっておるはずだ。それでは、くれぐれも頼んだぞ!」
ロリエルの視線と言葉はビャッコに向けられており、どちらかと言えばレズンの身柄よりも、報酬の呪符の方が気になっているようだった。
「ビャッコさん、お気をつけて!」
「絶対に無理はしないでください!」
「最悪、貴女だけでも帰って来てください!」
昨夜の宴会の際に、殴り合いの末に変化の呪符を手に入れた数人の猛者達が、美少女・美少女の姿で手を振って見送ってくれる。
台詞には私欲がアリアリとしていたが、その姿だけを見れば心配は伝わった。
「よーし!サクッと行って、サクッと終わらせようぜ」
なんとなくビャッコとマール以外は雑に扱われている雰囲気から目を反らしつつ、ユウゴの台詞に皆は頷くと、ロリエルが作り出した転移口を、意気揚々と潜っていった。




