60 各々の理由
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「びえぇぇぇぇぇっ!!!!」
ユウゴの責めに耐えきれず、大勢の部下達の前で失禁してしまったロリエルは、いまだに羞恥から立ち直れずにガン泣きしていた。
あの後……醜態を晒した彼女に部下の魔族達は皆優しく接してくれたが、その心遣いが返って辛い。
その部下達を引き払い、今こうしてユウゴ達とロリエルのみで向かい合っていても、脳裏に焼き付いたあの瞬間が彼女の自尊心と羞恥心を責め立てていた。
「というか、魔王がお漏らしとか……さすがの我輩もドン引きである」
「やかましい! 余とて好きで漏らした訳ではないわっ! というか、なんでお主がここにいるのだ、ゲイバラー!」
なぜかユウゴ達と行動を共にしている魔王の一角を、ロリエルは涙目のまま睨み付けた。
「今の我輩はラヴァと名乗っておる。お主にもそう呼んでもらいたい」
「ラヴァだと……」
髭を整える元魔王を胡散臭そうに見つつ、ロリエルはユウゴの仲間をぐるりと一瞥する。
「ふん……余が召喚したのは牛鬼と妖狐だけのはずだったがな」
ようやく思考を切り替えたのか、見知らぬメンバーを警戒したロリエルは、自身を尊大に見せようと涙を拭ってふんぞり返ってみせた。
「ユウゴの仲間……お主らは何者だ?」
問われて、まずはヒサメが答える。
「私の名はヒサメ。ユウゴやビャッコと同郷の妖怪だよ。もう一人の魔王、レズンに召喚されてこの世界にやって来た」
「なにっ!?」
魔女王レズンの名を聞いたロリエルが腰を浮かせた。
その様子を見て、ヒサメは大丈夫だと手を翳す。
「私はあの変態魔王から逃げて来たのさ。だからレズンの力を借りずに帰るため、貴女の力が必要なの」
なるほどと一応は納得したようで、ロリエルは再び腰をおろした。
「まぁ、確かにレズンは女のみでハーレムを築き、男を下僕にしている変態だな。お主のような年増の女が、捕まる前に逃げられたのはラッキーと言えよう」
年増の……という所に引っ掛かるものがあったが、ヒサメはそれ以上は何も言わず、次に自己紹介を促す。
「ワシはフェルリア。見ての通り、この世界のエルフじゃ」
一般的な金色ではなく、銀の毛並みを持つエルフをロリエルは物珍しげに眺める。
「ほぅ……銀のエルフは迫害されていると聞くが、別の世界に逃げ出したいクチか?」
「……ワシを甘く見るなよ、魔王」
フェルリアは正面からロリエルを見据えて、啖呵を切った。
見た目が愛らしい美少女とはいえ、魔王相手に中々の度胸だと、ロリエルは内心で感心する。
「では、なにゆえ異世界に行きたがる?」
「ユウゴだ」
「…………うん?」
即答された。が、一瞬意味が理解できなかった。
「ワシは、ユウゴが行く所、どこまでも共に行くと誓ったのだ!」
ハッキリと宣言したフェルリアは、ユウゴにバチバチとウィンクを送る。
そんな彼女にユウゴは、もう慣れたと言わんばかりに軽く流した。
「……フッ」
意外な返答に、思わずロリエルが吹き出しそうになった時、ガッとフェルリアの黒腕が彼女の顔面を鷲掴みにする!
「……何か可笑しいか?」
「……イイエ、ナニモオカシクナイデスヨ」
フェルリアの手からは、非常にトラウマを刺激する圧力が伝わってくる。
そう、まるでユウゴに顔面鷲掴みにされた時のような。
「まぁ、ワシの理由はそんな所よ」
ロリエルを離すと、フェルリアは次にバトンを回す。
「あ……私はマールというのです」
「そうかぁ、マールというのか」
突然、表情が緩むロリエルにマールはビクリと震え、素早くヒサメとフェルリアの後ろに隠れてしまう。
「ふふふ、照れ屋さんだなマールは。ほら、余の膝に座ってもよいのだぞ?」
変質者じみた笑みを浮かべ、怪しい手つきをする幼帝の申し出をキッパリと断り、マールは手早く挨拶を済ませた。
「私は一度死んだ現地人ですが、ヒサメ姉さまに肉体を作ってもらって、この姿になったのです」
可憐な美少女の肉体を作ったという話に、ロリエルはヒサメの方へ勢いよく振り返る!
「では……何か? もしも余の配下がみんな死んで魂だけになれば、美少女の園を復活させる事ができると……?」
「怖いことを気楽に言ってくれるなぁ……」
何かを期待していた魔王に対して、ヒサメはマールは特別なパターンだからと、頼まれる前に断ってみせた。
実際、その可能性があればロリエルの軍勢は喜んで死にそうなので、タチが悪い。
「……私はヒサメ姉さまの使う、究極の氷雪魔法を習うためにあちらの世界に行きたいのです」
「究極の……氷雪魔法?」
マールの言葉に、魔法に長けた魔王であるロリエルも興味を引かれたようだ。
たが、横からヒサメがダメだよと声をかけ、マールの口を人指し指で押さえる。
「一応、あれは雪女のみに伝わる秘術だから、内緒にしとかないとね」
優しく諭され、頬を染めながらマールは頷く。
そして、そんなマールの様子をロリエルは慈愛の表情で眺めていた。
「さて、我輩は……」
「お主はどうでもよい」
流れで話し出そうとしたラヴァの言葉を、ロリエルはぶった切ってどっかりと椅子の背もたれに体を預ける。
「ふん……それにしても、随分と奇妙なメンバーを集めたではないか。これだけの面子なら、さぞや多くの『神人類』を血祭りに上げたのであろうな」
「あ? いや……二人だけど」
ピースサインのように二本の指を立てるユウゴに、ロリエルが「はぁ?」と声を上げた。
「ふ、二人? 異世界の化け物三人に魔王までいながら、二人しか殺れていないのか!?」
言われてみれば、若干は不甲斐ない気がしないでもない。
しかし、そこはそれ、現場の判断というものだ。
特に条件も出さずに、こちらに仕事を放り投げたロリエルにも問題はあると言えるだろう。
そうユウゴが返すと、ロリエルは鼻で笑った。
「お主らに期待していたからこそ、縛りを与えなかっただけよ。それが、この程度の戦果しか上げられんとは……」
カチンとくる言い方ではあるが、一理ある。
「それで、倒した『神人類』はどんな奴らであった?」
「ああ……」
デモールとリュミエルの事を話すと、ロリエルの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
「死霊使いとエルフの『神人類』……? なんで、そんな珍妙な敵と……」
それはユウゴ達の方こそ聞きたい。
しかし、ロリエルを初めとして、この世界に来てから変な奴等にばかり関わってしまうのだから、何かそういう因果が巡らされているのかもしれない。
ちなみに、デモールやリュミエルのパターンはやはり稀有な連中であったようで、ロリエルは興味深そうに事の顛末を聞いていた。
「なるほどな……確かに、苦労はしたようだ。だが、首級が二つに対して転移が六人では、数が合わんだろう?」
「まあな……」
「んん、だが余は寛大であるから、条件によっては転移魔法を使ってもよいぞ?」
「条件だと?」
「うむ!まずは……」
そう言って、ロリエルは次々と条件を口にしていった。
しかし、その要求の数が三十個目を越えた辺りで、ユウゴ達の我慢も限界に達する。
「……あと、余の」
「もういい、黙れ」
一段低い声のトーンに、ビクリとした幼帝の言葉が途切れた。
「少し……調子にのり過ぎであるな」
「ああ……まぁ、力ずくでっていうのも嫌いじゃないけどね」
「噂に聞く魔王は、どれぐらいの耐久性があるのかのぅ……ちょうどいい腕試しになりそうじゃ」
「ヒサメ姉さまと私で凍らせたら、フェルリア姉さまの一撃で粉々になりそうです」
物騒な会話をしながら、徐々にユウゴ達が醸す圧力が増していく。
それを受けて、ペラペラと条件を口にしていたロリエルの顔は青ざめ、小刻みに彼女の体は震えだした。
(い、いかん……やり過ぎたか)
自分と互角……いや、下手をすればそれ以上の相手が六人という状況に気づいたロリエルは、肉食獣の群れに囲まれた草食獣のような気持ちを味わっていた。
しかし、そんな彼女に救いの手が現れる。
「まぁまぁ、皆さん。そんなに脅かすもんとちゃいますよ」
穏やかなビャッコの声に、皆の注目が集まった。
「魔王さんの言う通り、首級が足りん言うなら代わりにウチの呪符でもお渡ししますよって、それで帰してもらえんやろか」
ある意味ロリエルの野望を実現させる申し出ではあったが、幼帝は渋い顔を作る。
「ぐぬぬ……」
苦悩する魔王に、それで条件が足りないと思ったのか、ビャッコはさらに永久的に変化できる特別版の呪符を差し出すと持ちかけた。
その夢の呪符が欲しくて、すでに喉から手がでているロリエルではあるが、中々の首を縦に振らない。
何か理由があるのかといぶかしんでいると、幼帝は小さい声でポツリと呟いた。
「……りぬ」
「ん? なんだって?」
「じゃから、魔力が足りんのだ!」
聞き返したユウゴに、声を荒げてロリエルは答えた。
「一人や二人ならすぐにでも転移させる事は可能だが、六人ともなると余の魔力でも足りぬ。せめて、魔王クラスの魔力を持つ者の協力が必要なのだ!」
「なん……だと……」
ロリエルの言葉を聞いたユウゴ達は愕然とする。
「お前、出来もしないのに色々と条件は出してたのか?」
怒りよりも呆れ気味にユウゴが尋ねると、ロリエルは精一杯の可愛らしさでペロッと舌を出してごまかしていた。
誤魔化されねーよと念押ししてから、ユウゴはラヴァへ目を向ける。
しかし元魔王ではあるが、ラヴァにはまったく魔力が備わっていない。
その事から、ユウゴ達が揃って帰るためにはもう一人の魔王、魔女王レズンの協力を仰がねばならないという事だ。
「困ったね……」
元々レズンと関わり合いになりたくないヒサメが眉根をひそめるのを見て、ロリエルが代案も提供する。
「最悪、生け捕りにしてくれば、無理矢理にでも魔力を徴収して転移魔法に利用することも可能だ」
相手の意思を尊重しなくて良いというなら、確かに少しはマシだろう。
ヒサメもそれならまぁ……と納得したようだった。
「仕方がねぇ……現代日本に帰る前にもう一仕事……」
ポリポリと頭を掻きながら、ため息混じりでユウゴは皆を見回す。
「魔王狩りといくか」
宣言するリーダーの言葉に、『氷刃』メンバー達は、力強く頷き返した。




