56 傲慢と狂信の末路
ビャッコの術とマールの魔法で拘束されたリュミエルとデモールが、自分達を囲む【ギルド】の連中を刺すような目付きで睨み付ける。
だが、そんな二人を見下ろすユウゴ達の視線も、負けず劣らず鋭いものだった。
「おう、待たせたのぅ」
遠距離からの攻撃を行っていたフェルリアとヒサメが、ウヌムと数人のドワーフを伴って合流をはたす。
その後、積もる話もあるだろうからと、『氷刃』と『炎剣』は
各々の因縁のある相手を引っ張って、少し距離を置いた。
「はっ!いい様じゃな、選ばれしエルフ様?」
金縛りと影縫いの術を施され、地に伏せたままのリュミエルに、フェルリアは悪そうな笑みを浮かべて声をかける。
その無様な姿が愉快でたまらないといった、嘲り混じりの声色に対して、リュミエルは呪詛を籠めたような目付きで睨み返した。
「忌み子の分際で誰に物を言っている……とっとと私を開放しろ!」
吠えるリュミエルの鼻先に、無言でフェルリアは爪先で蹴りを叩き込んだ!
「がっ!」
「貴様こそ何様のつもりじゃ……ワシは、すぐにでもお前を殺してやりたいと思っとるというのを忘れるな」
ボタボタと鼻血を流すリュミエルの前髪を掴み上げ、しゃがみこんだフェルリアは至近距離で脅しをかけた。
「……貴様のその腕はなんだ?」
だが、そんなフェルリアの脅しを無視し、リュミエルは最大の誤算であった彼女の両腕が再生されているという疑問を口にする。
確かに自分が切り落とし、魔法で粉砕してやったはずだ。
それ故に戦力にならぬと度外視していたというのに、計算外な彼女の活躍のせいで、今リュミエルは虜囚となっていると言っても過言ではない。
「この腕か……この腕はそう、愛の証しじゃよ!」
すごいドヤ顔をするフェルリアとは対照的に、リュミエルの目が点になった。
「何を……言っているのだ、貴様は……」
「フッ、お前のような奴にはわかるまい」
フェルリアは自身の黒腕を抱くように撫でながら、ユウゴに熱い視線を送る。
「ワシのために己の身を削ってまで、失われた腕を与えてくれた……これを愛と言わずして、なんというのか!」
語りながら、ユウゴに向かってバチバチと連続でウィンクを送るフェルリア。
そんな好き好きオーラ全開のフェルリアを見て、『氷刃』の女性陣が色めき立った。
「なんや、フェルリアさん攻めますなぁ」
「恋愛ゲージが限界突破して、隠すことすらしなくなったようだね」
「でも、ユウゴ兄さまはいまいち反応が鈍いです」
「せやね、気付いて無いはずはないんやろうけど……」
「女を抱いた経験はあっても、恋愛の経験は少ない精神的童貞だし、歳の差も気にしてる節があるかな」
「(人間換算にすると)だいたい、四十歳と十七歳くらいですか……」
「おっさんとJK ……現代日本ならポリス案件やもんなぁ……」
「お前ら、好き勝手言ってんじゃねぇぞ!」
どんどん盛り上がる女性陣の井戸端会議に、さすがのユウゴも黙っていられず無理矢理に介入して話を終わらせる。
そんな仲間達とにこやかに笑うフェルリアを見ていたリュミエルが、苦虫でも噛み潰したような渋面を浮かべた。
「こんな……こんな馬鹿の集まりに、神に選ばれた私の野望が邪魔されるなど……あってはならぬのに……」
ギリギリと歯軋りするほど屈辱に身を焼くリュミエルに、ユウゴがわかってないなと声をかけた。
「今の事態を招いたのは、お前自身だよ」
「なんだと……?」
「部下を部下をとも思わず、身内に敵を作ったお前の傲慢さが巡りめぐってこの事態を招いたって事さ」
歴史を紐解けば、部下を蔑ろにしたために復讐されたり裏切られたりする将の例は数多くある。
「要するに、愛が足りなかったって事だな」
いい事を言ったな……と内心思いながら締め括ったユウゴに対して、リュミエルは心底くだらない話を聞いたとばかりに唾を吐いた。
「やはり、お前らのような馬鹿の話は下らんな。選ばれた者の部下はどう扱われようと、それを喜びを持って受け入れるべきなのだ!」
捕虜になっているエルフや、フェルリアを睨み付けながらリュミエルは吼える。
「何の意味もない、路傍の石に意味を与えてやっているのだ。価値を見いだしてやった私に感謝して死ぬのが当然だろうがっ!」
それが世界の真理だと言わんばかりのリュミエルを、皆が狂人を見る目で見つめていた。
しかし、そんな視線さえもリュミエルにとってみれば自分の考えを理解できない愚者の証しでしかない。
憮然とした態度を崩さないリュミエルに対して、無表情のフェルリアが静かに拳を握る。
「貴様がそういう奴で良かったわ……」
穏やかな口調で言いながら、フェルリアは小さく微笑みを浮かべた
「おかげで、躊躇なくぶち殺せる」
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「向こうも結構、熱くなってるようだな……」
四肢を凍らされ、身動きできないデモールの襟を掴むフォルノが力を籠めた。
「がっ……ぐぐっ……」
ギリギリと締め付けられて、デモールが口の端から泡を吹く。
だが、『炎剣』のメンバーは誰も止めようとはしなかった。
「お前には聞かなきゃならねえ事が色々あるから、今すぐに殺しはしない。だが、たっぷり拷問させてもらうから、楽しみにしておけ」
とりあえず手付けだとばかりに、フォルノはデモールの顔面を殴り付けて大地に叩きつけた。
「ぐふっ……あ……みす……しわけ……ん……」
しかし、デモールは血を吐き、地面に伏しながらも何事かをブツブツと呟き続けている。
この期に及んで魔法の詠唱でもしているのかと、フォルノ達は警戒するが、よく聞けばデモールは何者かに謝罪を繰り返しているようだった。
「ああ……申し訳ありません……あなた様の命令を、遂行できませんでした……」
誰に対して謝罪しているのだろうか……やがてそれは、絶望を含んだ慟哭へと変わっていく。
「あああ……おしまいだ。あの御方の期待を裏切ってしまった……」
徐々に感情の起伏は大きくなり、恥も外聞もなく泣き崩れるその姿は、先程までの『神人類』らしい態度からは想像もできないほどの落差だった。
フォルノ達ですらその急激な変化に戸惑っていた所に、ドワーフの長であるウヌムが歩いてくる。
「……なんか、めちゃくちゃ泣いておるが?」
「……俺達にも訳がわからないんだ」
何事かと尋ねるウヌムに、フォルノ達も首を振るばかりだ。
号泣しながら、おしまいだと繰り返すデモールに少し引いたウヌムだったが、気をとり直すと彼の首筋をガッチリと掴んだ。
「あちらの誇大妄想エルフじゃ、真相が分かりそうもないからのぅ。貴様には裏にいる連中の事を、洗いざらい話してもらおうか」
外見的には可愛らしい寄りなウヌムが凄んでもあまり迫力はないのだが、それを差し引いても彼女の言葉に反応せずに絶望の呟きを繰り返しているデモールの態度は異常である。
「……何か、変な薬とかやっておるんじゃなかろうな?」
リュミエルとは違う意味で言葉が通じていないデモールの様子に、ウヌムも尋常ではない物を感じていた。
「なんにせよ、こいつがコヒャク国に飼われていることは間違いないんだ。あの御方とやらは、王族の誰かではないのか?」
副リーダーのエンガルの発言に、皆が納得しかけた時、横から罵声が飛んできた。
「ふざっ、ふざけるなぁ!あの御方を王族のような虫けらと同列に語るなど、絶対に許さんぞ!」
顔を真っ赤に染め、怒りの形相で体を傾けながら、人が変わったようにデモールが叫ぶ。
またも唐突な態度の変化に驚くフォルノ達を無視しながら、デモールはひたすら「あの御方」とやらを賛美する言葉を吐き出した。
(ひ、ひいぃ……)
まるで狂信者のような死霊魔術師の姿に、内心泣きそうになるほどドン引きながらも、ウヌムは長としてここで引き下がる訳にはいかない。
別にこの場でやらなくても、もっと落ち着いた場所でやればいいんじゃないかななどという冷静さを欠きながらも、ウヌムは黒幕である「あの御方」について尋ねた。
すると、途端にデモールの表情が真顔になる。
「誰が答えるか、馬鹿め」
どのような目に会おうとも、あの御方の事については一言もしないと死霊魔術師は言い放つ。
すでに手足の自由はおろか、マールの氷雪魔法で凍らされたために凍傷から壊死しはじめているというのに、デモールのか顔からは「あの御方」とやらへの忠義しか読み取れなかった。
彼から黒幕の情報を聞き出さねばならないウヌムも、さすがにその様子には閉口する。
「……お前があの御方とやらの事を話したくないなら、まぁいいさ」
よくないよ? といった顔をするウヌムを置いておいて、フォルノは一言だけ質問をする。
「お前がやっていた実験、あれはあの御方とやらの差し金か?」
フォルノが口にした「実験」という言葉を聞いたデモールが、一瞬で破顔した。
「違うな。あれこそが、私があの御方に認められる切っ掛けとなったのだ」
己のした事が誇らしいとデモールは胸を張る。
だがそれとは裏腹に、話を聞いていた『炎剣』メンバー達の顔には凶相が宿っていた。
「それが聞ければ十分だ……死ね」
静かに告げると同時に、ネルビタとメリラが手にした杖で思いきりデモールを殴り付ける!
さらにヒッケトゥがダガーを腹部に突き立て、エンガルの剣が胸を貫いた。
「ごぶっ……」
最後に……くもぐった声で血を吐くデモールの首を、フォルノの剣が一閃して斬り落とす。
ゴトリと重い音をたてながら地面に落ちたデモールの頭を、復讐を果たした『炎剣』のメンバーは無感動に見下ろしていた。
「ああ~、殺ってしもうたか……」
「悪いな……だけど、こいつからはもう情報は取れなかったと思うぜ」
がっかりするウヌムだったが、確かにそんな気はしていた。
「あの御方」について、心酔していたこの死霊魔術師からは、これ以上なにも聞き出せはしなかっただろう。
つまり、現時点ではデモールがコヒャク国と関わりがあるが、その実は別の人間のために働いていたとの結論しか出ないのである。
「まぁ、腐っても『神人類』じゃし、下手に捕虜にもしておけんからのぅ……」
アンデッドを造り出す者を生かして置いて、回復されてから万が一の事があっては目も当てられない。
後顧の憂いを断つという意味では、ここでデモールを始末しておくのも正解ではあったろう。
「……のぅ、好奇心で聞いて悪いとは思うんじゃが、お主らはこやつに何をされたんじゃ?」
言いたくなかったら言わんでもよいが……と言うウヌムの質問に、フォルノは簡単に答える。
「俺達の住んでた町や村が、こいつの実験体ってのに襲われた。そいつに殺されると、犠牲者は新しいアンデッドになって他の人間を襲うっていう厄介なアンデッドにな」
そうして倍々に増える死者の群れに、故郷を滅ぼされたという。
「アンデッドになった親や近所の友人が、食われ襲いかかってくる夢を何度も見たよ……今日からはそれも無さそうだけどな」
ガッと蹴り飛ばされ、デモールの首の無い亡骸はに野ざらしで横たわる。
これから、埋葬されることもないだろう遺体を見下ろすウヌムの目にも、憐れみのような感情は浮かんでいなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おーい、そっちは終わったか?」
リュミエルの処刑を終えたユウゴ達が、フォルノ達に声をかける。
向こう側でも、デモールにトドメを刺したようで、死霊魔術師の首が落ちているのが見えた。
「エルフ達からはろくな情報が得られなかったけど、こっちはどうだった?」
「ダメだな。ただ、「あの御方」と呼ばれる黒幕がいるって事だけはわかった」
互いに情報交換し、整理をしてみるが結局の所はなにも肝心な話は明らかになっていなかった。
「それでも……因縁の相手にケリをつけられたのは、大きな収穫だったけどな」
「ああ、ウチのフェルリアも長年の便秘が解消したような感じでスッキリしたみたいだ」
聞こえていたのか、「どういう例えだ!」と叫んだフェルリアから石が飛んできてユウゴにヒットする!
だが、さすがに今のはユウゴが悪いと、誰も彼を擁護する者はいなかった。
「ところで、俺達は後始末が済んだらコヒャク国の探索と情報収集に戻るつもりだが、あんたらはどうするんだ?」
今後の予定について聞かれ、特に隠すこともないユウゴは拠点の町に戻ると告げた。
「元々、俺達は武具屋のラーダッタから、調査依頼を受けて来たわけだからな。まぁ、今回の件にコヒャク国が絡んでるらしい事は、【ギルド】に報告もしておくが」
さすがに国が絡むいざこざは、ユウゴ達の手に余る問題だ。
そういった面倒事は、上に丸投げするのが組織の末端としては正しい事だろう。
「エルフについてはどうするんだ?」
「?」
フォルノの質問の意味がよくわからず、ユウゴは首を傾げる。
「いや、だからさ、追放されたエルフがエルフの王を討ったようなもんだろ? だったら、その後のエルフの行く末の舵取りをするとかさぁ……」
「知るか、そんなもの」
話に入ってきたフェルリアが、フォルノの疑問を一蹴した。
「ワシは別に、エルフに革命をもたらそうなんてつもりは無いからのぅ。火の粉を払うついでに、個人的な恨みを晴らしただけじゃ」
自分らの行く末くらい、自分らで決めさせろと、フェルリアは鼻で笑う。
捕虜にしていたエルフ達は、リュミエルの死を目の当たりにして、戦意を失った為に解放してやっていたので、いずれ指導者の死をエルフ達全員がは知ることになるだろう。
そして、その時に敵を得るか味方を得るかは、今までの彼らの生き方次第のはずだ。
「……ま、それもそうだな」
厳しい世界で生きていくなら、そのくらいの強かさは必要だ。
これ以上は自分が関わる問題でもないと判断したフォルノは、ここでガラリと話を変えた。
「ところで、あんた……いや、あんたら全員に聞きたい事があるんだが」
雰囲気がまるで変わったフォルノの目は、真剣そのものだ。
「ドワーフ達に迷惑をかけるといけないからな。今夜、もう一度ここで『炎剣』の『氷刃』で話し合いの場を設けたい」
「……いいだろう」
「うん、それじゃ後でな」
承諾するユウゴに手を振って、フォルノは仲間達の方へと歩いていく。
たが、背中を向ける前に、ユウゴに一瞬だけ向けた彼の視線。
そこにはうなじの毛が逆立つような、殺気に近い物が宿っていた事を、ユウゴははビリビリと感じていた。




