55 敵性『神人類』を攻略せよ
「よっしゃ、行くぞ!」
駆け出したユウゴ達が目指す先を悟ったリュミエルとデモールが、怪訝そうに眉をひそめた。
因縁のある相手を狙ってくるかと思っていたのだが、『氷刃』はデモールを、『炎剣』はリュミエルに向かって走っていく。
「苦し紛れか?」
リュミエルの元に駆けてくる【ギルド】チームは『神人類』が率いるチームだったはずだが、デモールのアンデッド軍団に追い詰められていた連中だ。
よく見れば目眩ましで邪魔をした謎の女もいるようだが、所詮は雑魚と言っていい。
しかし、そんな雑魚どもがこちらに向かってくるというのは、リュミエルをアンデッド以下と見なしているのも同然だ。
「……ふざけおって」
怒りが腹の底から沸き上がってはきたが、考えようによっては人間の神人類を相手にする時の予行練習になりそうでもある。
雑魚の所業に価値を見出だす自分に感心しつつ、それはそれとして見る目のない無知な人間に罰を与えねばなるまい。
「リュミエル様、我々はいかがいたしましょう」
「お前らは下がっていろ」
迎撃の手伝いをしようとしていた部下達に、下がるように命じる。
神の闘気を纏い、周囲の大気を震わせるほどに魔力を増幅させたリュミエルは、まずは手足の一本でも切断してやろうと、不可視の刃となった風魔法をフォルノ達に向かって解き放った!
リュミエルが魔法を放ったのとほぼ同時に、デモールのアンデッド軍団とユウゴ達がぶつかった!
「行くのです!」
走りながら器用に詠唱を完成させたマールが、地面に向かって氷雪魔法を解放する。
指向性を持った冷気が大地を走り、アンデッド達の先頭集団に絡みつき、その下半身を凍りつかせた!
そこへ走り込んだユウゴとラヴァのラリアットが、棒立ちになった死兵を粉砕する!
「ほぅ、凄まじいパワーだな」
一撃でアンデッドを砕いた二人の力に、デモールは感心したように呟いた。
先の戦いでは、リュミエルの神の闘気に怯えていた連中だけにあまり期待はしていなかったが、これほどの力を持っいるならアンデッド化すれば上質な兵になるだろう。
「くくく、出し惜しみするつもりはないぞ。一斉にかかれ!」
デモールの命令一呵、アンデッドの群れはユウゴ達に殺到していった。
「はっ! どんどん来いや!」
「ヌウゥン!」
牛鬼と元魔王の雄叫びが戦場に響く!
最初のアンデッドを砕いたのを皮切りに、次々と襲いかかってくる敵を二人は人形でも蹴散らすように蹂躙していった。
確かに疲れも恐れも知らないアンデッドは恐るべき相手ではあるが、人外二人の膂力の前では案山子も同然である。
拳や蹴りが振るわれるたびに、頭が潰され、胴に穴が空き、四肢が飛ぶ。
時おり、死角から襲おうとする個体もいたが、それらはマールの氷雪魔法によって足止めされて砕かれた。
まるで何もかもを飲み込み巨大なハリケーンのように、アンデッドをアンデッドだった物に変えながら、ユウゴ達の勢いは衰える事なく死者の兵団をすり潰していった。
「……馬鹿な」
絶対と思われていた死者の壁が、まるで積み木細工のように崩されていく光景に、死霊魔術師の口から信じられないといった呟きが漏れる。
そんな様子を見たユウゴの口元に笑みが浮かび、ビャッコの提案した作戦はドンピシャだったなと、改めて感心させられた。
ビャッコが立てた作戦……それはとても単純な物で、単に各々のチームが狙う相手を変えればいいという物だ。
『いくら炎や聖なる力に耐性を付けたいうても、単純な物理攻撃で押せば問題ありませんわ』
彼女の言っていた通り、ユウゴとラヴァからすればアンデッドなど何百いようと物の数ではない。
「そろそろ敵の絶望した面が拝めそうだな!」
アンデッドをジャイアントスイングで振り回し、周囲を巻き込んで破壊していくユウゴが、遠目にデモールの引きつった顔を眺めてラヴァに話しかける。
「ふむ。ユウゴ殿も約束通り、殺さぬように痛め付けるだけに留めておいてくだされ!」
側にいたアンデッドを捕まえてヌンチャクのように振りながら、ラヴァはやり過ぎぬよう注意を促す。
「まぁ、気を付けよう」
まるで遊びの予定でも話し合っているかのような、気軽な会話をしながらミンチになった死兵をぶちまけて、二人は死霊魔術師へと迫っていった。
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彼等の先頭を走るビャッコが、フォルノ達の方を振り向いて呼び掛ける。
「ほな、作戦通りウチが風魔法をなんとかしますよってに、がんがん炎魔法で攻撃したってください」
なんとかすると言っても、相手は魔法に長けたエルフであり、しかも『神人類』の力を持っているのだ。
普通なら、任せられるはずがない。が、戦いの前に彼女が試しにと見せた力は本物であり、納得せざるをえなかった。
そんな彼等に、リュミエルから放たれた不可視の風魔法が襲いかかる!
「金・剋・木! 金気を以て木気を制す!」
聞きなれぬ呪文と共にビャッコが光る呪符を翳すと、大木をも断ち切る風の刃が打ち消され、そよ風となってフォルノ達の髪を揺らした。
「なんだとっ!」
自らの魔法が破られ、驚きの声を上げるリュミエルに、ネルビタから反撃の炎魔法が放たれる。
「木・生 火! 木気を以て火気を生ず!」
再び翳された符が輝き、撃ち出された炎が倍ほどの大きさの豪火に膨れ上がった!
「なっ!?」
炎は驚愕するリュミエルを飲み込み、轟音をたてて爆発を起こす!
「リュミエル様!?」
部下のエルフ達の悲痛な声が重なって響いた。
だが……。
「……さすがに一筋縄じゃあいきませんなぁ」
炎が弾けとび、その内部から風魔法で火炎を遮断したリュミエルが姿を現す。
金色の毛並みは少し煤けたり焦げ付いたりしているものの、さほど大きなダメージは受けていないようだ。
「……この私に……やがて世界を統べるべき王に向かって、何をしやがる!」
激昂したリュミエルから放たれる力の奔流が、荒れ狂う嵐となってフォルノ達を襲う!
その破壊力には目を見張る物があったが、同じく『神人類』の力を行使するフォルノ達も負けてはいない。
神の闘気を具現化した炎を纏いながら、リュミエルの攻撃をすり抜け、あるいは弾いて攻撃の間合いまで駆け寄っていく。
「ハァッ!」
気合いを込めて振るわれるフォルノ達の剣が、リュミエルの魔力防御を抜けて彼の肉体に傷をつける!
「くっ……」
長い間、感じたことのなかった肉体の損傷に、リュミエルは舌打ちをして身をかわしていた。
「何をしている! 貴様らも加勢せんかっ!」
下がっていろと命じた部下の方に向けて、リュミエルが叫んだ。
その一喝で、ハッとしたエルフ達が矢を放とうと弓を構える。
しかし次の瞬間、何処からともなく飛来した巨大な氷の槍が、エルフの一人を撃ち抜いた!
何が起きたのか理解できぬまま絶命した仲間の姿に、エルフ達が呆気にとられていると、次の槍がまた別のエルフを射抜く。
混乱するエルフ達に苛立ちながらも、リュミエルが氷の槍が飛んでくる方向に目をこらすと、この場所から数百メートルほど離れた所に巨大な弩らしき物をこちらに向ける二つの人影があった。
遠すぎて、エルフの視力をもってもはっきりとは見えないが、弩を操る銀色の毛並みは確認できる。
(あの忌み子……だと!?)
両腕を無くしたはずのフェルリアが、弩を操作している姿にさすがのリュミエルも僅ながら困惑した。
「──ヒット」
ドワーフから借り受けた、簡易砲台ともいうべき巨大弩から放たれた槍のような氷の矢がエルフの一人を貫くのを確認し、雪女姿となったヒサメがポツリと告げる。
「うむ。次の矢を頼む」
フェルリアに請われ、ヒサメは新しい槍ほどのサイズもある氷の矢を作り出した。
慣れぬ巨大弩での飛距離と命中率を上げ、発射に耐えうるような重量、強度に申し分ない氷の矢を作るのに、ヒサメの力が必要だった。
人間形態だったらもう少し製作に時間がかかっていただろうが、妖力を全開にできる今の姿ならばそれも一瞬である。
仲間以外にヒサメの正体を見られたらまずい。が、戦場から離れたここならば問題はないだろう。
「まだ、マールではこれほどの氷細工を大量生産するのは無理だからねぇ……」
呟くヒサメの隣では、フェルリアが氷でできたスコープを覗き矢がエルフを貫いたのを確認、再び巨大弩の弦を引き絞る。
ドワーフが二、三人がかりで引かねばならぬ強弦も、両腕に牛鬼の力を得た今のフェルリアならば軽いものだ。
彼女達の役目は、フォルノ達の援護である。
リュミエルが少しでも押され始めれば、部下のエルフを動かすのは解っていた。
だからこそ、フォルノ達がリュミエルに集中できるように、部下のエルフの排除を受け持っているのである。
場合によってはユウゴ達の援護も兼ねているのだが、暴れまわるあの二人に下手な横やりを入れれば邪魔になりかねないという信頼もあって、フォルノの援護に徹していた。
本来なら、直接リュミエルにぶち込んでやりたい所だが、楽しみは後に取っておく。
「……次」
撃ち込んだ矢が、また一人エルフを射抜いたのを確認し、フェルリアは次の矢の装填を頼んだ。
──なぜ、両腕を失ったはずのフェルリアが弩を扱っているのか? 遠目ではっきりとしないが、よく似た別人なのだろうか?
疑問は浮かぶが、当然答えは出てこない。
しかし、そんな疑問はすぐさま怒りの感情で塗りつぶされた。
たとえアレが、フェルリアだろうと別人だろうとどうでもいい。
問題は未来の世界を統べるべき自分に、忌み子ふぜいが弓を引き、さらには自分をまともに援護できない愚図どものせいで人間なんぞに攻め立てられているという事だ。
(くそっ!どいつもこいつも、役に立たん!)
内心で罵りながら、辛うじてフォルノ達の猛攻から身をかわし続けるリュミエルだったが、一瞬の油断を突かれて頬を深々と斬りつけられた!
「ぐっ!」
わずかな苦鳴を漏らして、リュミエルが距離を取ろうとする。
フォルノの剣は炎を纏っているため、斬られた箇所が焼かれて血こそ流れないものの、火傷を伴った傷口は激しく痛んだ。
「私の……顔に、傷……」
痛みと頬を撫でた指先の感触に、リュミエルの中で何かが切れた。
「クソがあぁぁぁぁぁっ!」
吠えたリュミエルが上空へと一気に舞い上がる!
そうしてフォルノ達を見下ろしながら両手を掲げ、頭上に莫大な魔力の塊を形成させていった。
「この辺り一帯を、まとめて吹き飛ばしてやる!」
糞虫も役立たずも、自分の思い通りにならぬ連中に何の価値も有りはしない。
この場にいる全てのゴミを一掃すべく、ビャッコですら中和できぬであろう彼の最大最強の風魔法を発動させようとした。
「わざわざ射線の通る所に出てくるとは……」
呆れたようなフェルリアの声を聞いた気がした。
次の瞬間、氷の槍がリュミエルを直撃する!
彼が纏う魔力障壁の影響で肉体を貫く事はなかったが、その凄まじい衝撃はリュミエルにダメージを与え、発動しかけた魔法を掻き消してしまう。
「ば……かな……」
ゴフッと血を吐き、グラリとリュミエルの体が落下していく。
(く、くそっ……)
このままでは地面に激突すると、リュミエルはなんとか魔力を制御して地上スレスレで空中にとどまった。
「ようやく降りてきたな」
背後からかけられた声にハッとしたリュミエルが振り向いた時、彼が見たのは迫りくる剣の腹。
そして激しい衝撃を受けて、彼の意識は途切れた。
「よっし! 捕獲完了だ」
フォルノのトドメで気を失ったリュミエルに、ビャッコが不動金縛りの術と影縛りの術を施しているのを見て、こちらの戦いが終わった事を実感した。
残ったエルフ達に無駄な抵抗はしないように呼び掛けると、リュミエルをやられて戦意を失ったらしい彼等は、素直に投降する。
「……さて、こっちは計画通りに終わったぞ」
狙い通りに目的を果たしたフォルノ達は、もうひとつの戦場であるユウゴ達の方へと目を向けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あり得ない……あり得ない!
デモールの頭の中で、その言葉がこだましている。
「久々に、なにも考えないで大暴れするのも悪くないな」
「よい気分転換になったのである」
デモールが用意した二百近いアンデッド軍団を、文字通り叩き潰しておきながら、まるでスポーツ感覚の会話をする化け物どもに、無意識に体が震えていた。
(な、なんなのだ、こいつらは……)
こいつらが同じく『神人類』だというなら、話はまだわかる。
しかし、近づいてくる化け物から神の闘気など微塵も感じられず、むしろ禍々しいオーラが伝わってきていた。
(くそっ!)
デモールから発せられる神の闘気は、アンデッド達にも伝播している。
だが、リュミエルの神の闘気に怯えていたはずのユウゴ達なのに、今はまったく怯む気配がない。
(私があんな愚物よりも格下だとでもいうつもりか!)
侮られているという屈辱が、デモールに最強の魔法を使わせる決心をさせた。
彼の最強魔法、その名を『死兵への誘い』という。
発動させた状態で死体に一瞬でも触れれば、それをアンデッドモンスターとして使役することができるようになる。
さらに生きている者に対してもこの魔法は有効であり、ほんの数秒ほど触れているだけで、生者をデモールの死兵へと変える事ができた。
(生きている相手に使うと、魔力の消耗が激しいから温存しておきたかったのだがな……)
しかし、現状ではそうも言っていられない。
それに、ユウゴとラヴァ(ついでにマール)を配下にする事ができれば、それは千の兵団を手に入れたに等しいだろう。
(さぁ、来い……)
アンデッド軍団を失い、うちひしがれたフリをしながら、デモールは獲物が間合いに入って来るのを待っていた。
「どうやら、万策尽きたようであるな」
手足に着いた血油を拭いながら、ラヴァが項垂れるデモールに近づいていく。
(まずは、このハゲからだ……)
狙いを定めて、チラリとターゲットを盗み見る。
すると、ユウゴから警告の声が飛んだ!
「気を付けろ、ラヴァ!そいつは何か狙ってるぞ!」
ユウゴに見透かされ、デモールはビクリと硬直する。
「今、チラッとラヴァを見た目付き……あれは絶望した奴の目じゃねえ。一発逆転の切り札にかける、罠を仕掛けてる奴の目だ」
想像以上にユウゴが修羅場を潜り抜けた油断のない男であると知れ、デモールの背中を冷や汗が流れた。
「か、勘弁してくれぇ……助けてくれぇ……」
なるべく憐れみを乞うように、惨めで弱々しい演技をしながら、すがるように手を伸ばす。
そして、その手がラヴァの爪先に触れた。
(もらった!)
触れた指先から『死兵への誘い』を発動させ、一気に魔力を流し込む!
「……………………ん?」
「……………………へ?」
一気に魔力を流し込んだ……はずだ。
しかし、ラヴァにまったく変化は起こらない。
(な、なぜだぁ!)
焦りからダラダラと大量の汗が流れ落ちる。
そんな様子を見て、ユウゴが何かに気づいたのか、デモールをビッと指差した。
「はは~ん……さてはお前、触れたら発動する系の魔法を使ったな?」
バレている!
そう悟って逃げようとするデモールの両腕を、ラヴァが万力のような握力で捕まえた。
「残念であったな。我輩には、魔法は一切効かぬのである」
そんな馬鹿な! それではまるで魔王ではないか!
そう叫ぼうとした瞬間、ラヴァに捕まれていた箇所の骨が握り潰され、口からは絶叫が飛び出す!
「殺したらダメなのですよ。そのくらいにしておくのです!」
のたうちまわるデモールの体を氷で拘束しながら、マールがユウゴ達に釘を指した。
「わかってるよ。ま、なんにせよこれでミッション・コンプリートだ」
目的を達成した三人はハイタッチを交わし、フェルリアとヒサメのいる方向に大きく手を振る。
「さて、次のターンだな」
向こうでリュミエルを拘束したらしいビャッコ達の姿を確認し、ユウゴはポツリと呟いた。




