54 神人類の交流
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時間は少し遡る。
ユウゴ達が謎の女に助けられ、洞窟内に逃げ込んだ後、デモールは当然のようにアンデッド達を追撃に向かわせようとしていた。
しかし、入り口付近には謎の結界が張られており、死兵の行く手を拒んでいる。
「追撃は無理そうかな、デモール殿?」
問いかけるリュミエルの声には、わずかな嘲りが混じっていた。
しかし、それに気づきながらも、デモールは肩を竦めてそれを答えとする。
「この結界、生者は通れるが死者は通さないらしい。リュミエル殿と部下のエルフ達なら、追えると思うのだがね」
暗にお前らが動けといったニュアンスを含むデモールの言葉を、リュミエルは鼻で笑って拒否した。
「生憎と、我々は地下世界では実力を発揮できまい。罠などを警戒しながら進むのも面倒だしな」
支配者特有のものぐさな傲慢さを見せながら、リュミエルは問題の結界をしげしげと眺める。
「ふむ……なんなら、魔法でこの結界を破壊してやろうか?」
「それは……止めておこう。入り口が潰れてしまっては、またドワーフどもの集落に続く道を見つけなくてはならなくなる」
「それもそうだな……」
実際、彼等が大空洞に通じる道を見つけるまで、かなりの時間と手間を要していた。
このガハサ山脈にはかなりの数の洞窟があるのだが、大空洞まで繋がっている物はそう多くはない。
しかも、ドワーフが仕掛けたトラップとしてのダミー洞窟もかなりの数があり、それらの判別にも時間がかかる。
いま彼等が立ち往生している入り口は、偶然ドワーフが出入りしているのを発見したものだ。
さらにアンデッドによる数回の威力偵察を繰り返して、ようやく大空洞に繋がっている事が確実だと確認できた場所でもあった。
それだけに、ここを破棄して新たな入り口を探すには、さすがに時間も労力も足りない。
「ふむ……見知らぬ術式ではあるが、この結界は簡易式のようだな。これなら、大規模な破壊をせずとも、部下達に魔力を送らせて相殺すれば、二日ほどで解除できるやもしれん」
「……リュミエル殿の力ならば、もっと早く解除できるのでは?」
「無論だ。だが、そんな雑用は私の仕事ではない」
ドワーフ達が大空洞を破棄する可能性も無くはないため、デモールは迅速な対応を促すが、その催促をキッパリと断り、リュミエルは部下のエルフ達に結界の解除を指示を出した。
「ドワーフどもが、採掘場でもあり工房でもあるこの大空洞を捨てるはずもあるまいよ」
お前の心配など的はずれだと言わんばかりに、またも馬鹿にしたようなニュアンスを込めてリュミエルが言う。
そんなエルフの言葉に込められた感情を察しつつも、デモールは相手にすることはなく無表情のままで流していた。
「さて、それでは結界が解けるまで私は英気を養わせてもらおう」
「それでは私も今の内に、兵力の補充をするとしますか……」
お互いのやることを決めて、デモールとリュミエルは各々の陣営に戻って行く。
戻り際、背中越しに相手を見ながら、二人は同じような思いを抱いていた。
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──デモール・ムエナトスはリュミエルが嫌いだった。
エルフにして『神人類』でもある彼の力は認めるものの、王公貴族にありがちな下らない思想にかぶれている所が、堪らなく気に入らない。
彼が忠誠を誓う偉大な主に比べれば、所詮は突然変異で力を得ただけの愚物にすぎず、そんな馬鹿を持ち上げながら相手をしなければならないのは、非常にストレスがたまる。
いっそ、寝首を掻いてアンデッド化させてやろうかと何度も思ったが、デモールが主から受けた「大空洞を支配してドワーフを隷属せよ」との命令をこなすには、山脈を囲む森林地帯を庭とするエルフの協力が必要だった。
なので、今は手は出すわけにはいかない。
(……事が済んだら、殺してしまうか)
そんな事も考えたが、ふと彼の崇拝する主に引き合わせてはどうかという思いが沸き上がった。
(そうだな……我が主の前に立てば、あの傲慢なエルフも己の分というものを知るかもしれん)
今は尊大に振る舞うリュミエルが、主にひれ伏して傘下に加えてもらおうと懇願する様が容易に想像できて、デモールの顔に笑みが浮かんだ。
(くくく……これは見物だ。リュミエルがどんな媚び方をするのか、楽しませてもらおう)
後の楽しみが出来たデモールは、それだけに目の前の仕事をしっかりとこなすべく気合いを入れ直す。
そうして配下の者達に一つの命令を下した。
「周辺のエルフを除く、生きとし生ける者を殺戮して仲間に加えよ」と。
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──リュミエル・リエースは、デモールが嫌いだった。
死臭にまみれたアンデッドの群れに戻って行くデモールを背中越しに一瞥して、ようやくまともに呼吸が出来たような気がする。
死者の兵を率いるデモールは、汚らわしく唾棄すべき存在だ。
しかし、リュミエルの野望のためには、必要な協力者でもある事は理解している。
その野望とは「エルフによる世界の支配」。
今はまだ、人間の勢力圏は広く強固だ。
それゆえ、リュミエルの野望を実現化するためには、デモールの所属しているコヒャク国を最大限に利用しなくてはなるまい。
コヒャク国の勢力を増し、他の三国とかち合わせて疲弊させる。
やがて、戦乱で国力を落としたいずれか一国をエルフでもって乗っ取り、残りの国もジワジワと力を削り支配していく。
人間よりも遥かに寿命が長いエルフだからこそ可能な、百年単位の計画をリュミエルは描いていた。
(私が導く事で、エルフという至上の種族は真の覇者となるのだ……)
人ではなく、エルフという種族……いや、自分こそが世界を支配するにふさわしい。
だからこそ、今まで人間にしか現れなかった、神の闘気という物を持って自分は生まれたのだ。
(いずれ王を名乗る道化どもに、真の王という物を見せてやろう)
来るべき未来を思い描き、わずかに口角の上がったリュミエルの脳裏に、ふとデモールの主の事がよぎった。
(ふむ……この一件が済んだら、奴の主に面会する事になるだろうな……)
話にしか聞いてはいないが、事が済めばコヒャク国の王と顔を合わせる事にはなるだろう。
その際に、自分の力を見せつけて、時が来るまで傀儡となるよう脅してみるのも面白いかもしれない。
あの忌み子と同じように腕の一本も飛ばしてやれば、脆弱な人間のことだ、素直に言うことを聞くだろう。
その時に無様に命乞いをする主を見て、あの死霊魔術師はどんな顔をするだろうか。
デモールが怯えて自分に忠誠を誓うなら使ってやるもよし、激昂して挑んでくるなら殺せばいい。
どちらにしろ良い余興になると、サディスティックな笑みを浮かべながら、リュミエルは部下が用意した陣幕の中に入っていった。
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──それから、丸一日が過ぎて、今に至る。
たっぷり休息を取って十全に魔力と体力を回復させたリュミエルと、アンデッドを森に放って死者が死者を呼ぶ倍々ゲームで兵力を補充させたデモール。
両者は、洞窟の入り口を守る結界の威力がわずかに落ちている事に気がついていた。
彼等が各々の時間を過ごしている間も、リュミエルの部下のエルフ達が延々と結界を破壊するために魔力を送り込んでいた成果であろう。
報告によれば、遅くても明日の昼には結界を破壊できますとの事だったが、今日中に終わらせろと命令してリュミエルは陣幕に戻ろうとした。
だが、その時!
突然の爆発音と共に、解除作業に当たっていた数人のエルフが吹き飛ばされる!
いったい何事かと洞窟の方に目をやれば、立ち上る煙の向こうからユラリと何者かの影が姿を現した。
「オラァ、クソ野郎ども! リベンジマッチに来てやったぞ!」
咆哮のような宣戦布告と共に、ユウゴを始めとした『氷刃』、『炎剣』のメンバーが洞窟から飛び出してきた!
「な……」
「に……」
まさか穴蔵から出てくるとは思っていなかったユウゴ達の登場に、デモールとリュミエルは一瞬だけ呆気にとられる。
だが、すぐにその表情は嘲笑に変わった。
「……まさか、わざわざ出てくるとはな。玉砕でもするつもりか?」
「しかも、よく見れば人数も足りないではないか」
確かに『炎剣』メンバーは揃っているものの、『氷刃』の方はフェルリアとヒサメの姿がない。
両腕を失ったフェルリアは戦線から離脱するしかないだろうが、ヒサメは伏兵にでもするつもりだろうか?
(とはいえ、氷雪魔法など私には効かぬがな)
元々エルフが毛深くなったのは、過酷な冬の寒さを克服するためだ。
さらにリュミエルは、『神人類』の能力で耐寒と対魔法の能力をかなりアップさせているため、氷雪魔法など物ともしない自信があった。
「くくく……所詮、貴様らなど私を楽しませる玩具にすぎん。そう簡単に壊れてくれるなよ」
手抜きの一撃だったとはいえ、彼の風魔法に耐えたユウゴを見ながら、リュミエルは唇をなめる。
同時に、デモールもその顔にも歪んだ笑みが浮かんでいた。
「馬鹿な奴等め……そんなに死者の仲間入りがしたかったのか」
アンデッドに対する切り札を無効化された『炎剣』メンバーなど、たとえ回復していたとしても結果は代わらない。
ならば精々、楽しませてもらおう。
「陵辱し、拷問し、目の前で一人ずつアンデッドに変えて、怨みを熟成させてやろうか」
怨念が強ければ強いほど、強力なアンデッド兵が出来上がる。
その素材が『神人類』であれば、おそらくデモールにとって最高傑作が出来上がるに違いない。
(楽しみだ……)
ゾクゾクするような喜悦の感情が背筋を登り、ますますデモールの口元は裂けるように口角を上げていった。
「さあ、来い!愚か者ども!」
待ちきれない二人が呼び掛けるのと、ユウゴ達が動きだしたのは、ほとんど同じタイミングであった。




