51 新たに来たるモノ
「うああぁぁぁぁっ!」
フェルリアの絶叫を耳にして、リュミエルの口角がわずかに上がる。
分不相応に歯向かってきた愚か者が悶える姿は、やはり何度見ても良い。
地面に転がる愚か者の、もっと無様な姿が見たくなり、今度は足でも飛ばしてみようかとリュミエルは再び風の槍を放った。
「フェルリアァァ!」
しかし、横から割り込んできた男が、忌み子を庇うようにしてその身に風の槍を受ける。
(おっと、死んでしまったか……?)
着弾した瞬間にそう思ったが、意外にも男は大したダメージを受けていないようだった。
(これは面白い……)
新しい玩具の乱入に、リュミエルはどうやって遊んでやろうかと、歪んだ喜びを感じていた。
「おい、フェルリア! しっかりしろ!」
「うう……」
ユウゴの呼び掛けに、フェルリアはうっすらと目を開けた。
「ユウ……ゴ……」
涙で濡れた瞳にユウゴを写しながら、失われた腕を伸ばそうとする。
「ぐっ……ふぐぅ……」
たが、肘から下が失われた腕は空を切り、もはや愛しい男に触れる事も叶わない。
そんな痛み、悔しさ、そして様々な感情が渦を巻いて、フェルリアはただボロボロと涙を溢す。
すすり泣く彼女の姿に、ユウゴもまた猛烈な怒りに身を焼いていた。
リュミエルへの怒りは勿論だが、何より神の闘気に一瞬ビビった自分が情けない。
(俺がビビったから……フェルリアは、代わりに反撃しようとして奴に狙われたんだ……)
今、フェルリアを庇ったように、妖気を全力で防御にまわせば奴の攻撃も防げたハズだ。
だというのに……自分自身の不甲斐なさに腹が立つ。
すぐにでもリュミエルに殴りかかりたい所だったが、大量に出血しているフェルリアの方が急を要するだろう。
そう判断したユウゴは、彼女を抱きかかえると、ヒサメ達の所まで一気に駆け出した。
「ユウゴ! フェルリアをこっちへ!」
こちらへ駆けてくるユウゴの姿に意を察したヒサメは、フェルリアの体を受けとると、即座に傷口を冷気で覆い止血を施す。
「あとは魔法薬でなんとか持たせて、ちゃんとした回復魔法で……」
独り言のように手順を確認するヒサメにフェルリアを任せ、ユウゴはニヤケながらこちらを見下ろすリュミエルと対峙した。
「やってくれたな、クソ野郎……」
「フッ、私に向かっていまだそんな口を利くとは……お前も、愉快に踊ってくれる玩具になりそうだな」
「ほーう、俺は……俺達はお前から見れば玩具か」
選ばれたエルフである事。それ故に何の迷いもなく他者を見下すリュミエルの言動は、フォルノの言葉よりも苛立ちを覚える。
「どんな玩具でも、使用方法を間違えたら大怪我するって事を、テメェの体に教えてやるよ!」
思いきりぶん殴ると決めて、ユウゴがリュミエルとの間合いを詰めようと、一歩踏み出す。が、その時!
不意に空から、白い物がひらりと舞い落ちるのを視界の端に捉えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【ギルド】メンバー風のアンデッドの首が、フォルノの剣閃によって宙を舞う。
「くっ!」
しかし、首を失ったアンデッドは、それでも彼にしがみつくようにして襲いかかってきた。
『神人類』の力を発揮している今なら、先の一撃でこの程度の相手は消滅していたハズだ。
「フォルノ、離れすぎるな!」
いつの間にか孤立しかけたリーダーに、エンガルが声をかける。
まとわりつく首なし死体を引き剥がし、仲間達の所に戻ったフォルノは、互いをフォローできるよう背中合わせで一固まりになった。
「このままじゃヤバいな……」
荒い息を吐きながら、フォルノが呟く。
「ああ、数が多すぎる……」
リーダーの漏らした少し弱気な呟きに、メンバー達も同意した。
アンデッド達の炎耐性は思いの外高く、ネルビタやメリラの魔法も大したダメージを与えられていない。
「フフフ、どうした? 特級チームの名が泣くぞ?」
アンデッド達の後方で嘲るデモールの声が、なんとも耳障りで苛立ちが沸いてくる。
「ふむう……そうだな。貴様らが死んだら、我が下僕として使ってやるから、安心しするが……」
「その前に、テメェが死ねや」
「っ!?」
気配を消し、死角をすり抜けるようにアンデッドの群れをかわして来たヒッケトゥが、デモールの背後からナイフを振るう!
しかし、その刃がデモールの喉を切り裂く前に、ナイフを突き出した腕の手首を掴み、そのまま締め上げた。
「がっ!?」
「手癖の悪い奴め」
シーフ系とレンジャー系の技能持ちで、フォルノやエンガルに比べれば劣るとはいえ、ヒッケトゥとて並の戦士系よりも力は強い。
それを、非力な魔術師系がやすやすと上回るのというのは、やはり『神人類』の力が真に発揮されているからだろう。
「ぐうぅ……」
デモールに掴まれた腕の骨がミシミシと軋み、ヒッケトゥは苦悶の表情を浮かべた。
「フフフ……お前も死体の仲間入りをするがいい」
デモールは捕らえたヒッケトゥの体を、ぬいぐるみでも振り回すように地面に叩きつける!
鈍い打撃音と、ヒッケトゥの苦鳴が何度も響き、やがてぐったりした彼の体を、デモールはフォルノ達に向かって放り投げた。
「ヒッケトゥ!」
目の前のアンデッドを蹴飛ばし、フォルノはヒッケトゥを受け止める。
「す、すまん……奴を……殺れなかった……」
「気にするな……メリラ、回復を頼む!」
駆け寄るメリラから回復魔法を受け、よろめきながもヒッケトゥはなんとか立ち上がった。
そんな彼等の技量に、デモールはパチパチと拍手を送る。
「いやいや、あれだけ地面に叩きつけても生きてる彼に、即座の回復を可能にする彼女の魔力……素晴らしいな」
馬鹿にしている訳でない。本当にそう思っているのだ。
「うん、ますます君達が気に入った。是非とも私の護衛として働いてもらおう」
ふざけた事を楽しげに語る死霊魔術師に、心底怒りが込み上げて来て、フォルノは血が出るほど唇を噛み締める。
だが、頭の冷静な部分では、今のままではそうなってしまう可能性も高いという事も理解していた。
(くそっ……何か手は……)
打開策を模索するフォルノ達。
そんな彼等の視界の端に、舞い落ちる白い物が飛び込んで来たのは、次の瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんだ、これは……」
戦場に起こった変化を目にし、誰かが呟く。
雪のように舞い落ちてきたそれは、大量の白い紙片だった。
いや、紙片には何やら文字が書かれている。
そして、その文字はユウゴとヒサメにとって見覚えがある物であった。
「呪符?」
ポツリとユウゴが呟いた次の瞬間、呪符は弾けて轟音と強烈な閃光を辺りに撒き散らす!
「なっ!」
突然の出来事に、さすがのデモールとリュミエルも目と耳をやられ、反射的に防御のため体を丸めた。
さらに、アンデッド達も標的を見失い、右往左往しはじめる。
しかし、不思議な事にユウゴ達一行はほんの少しのダメージしか受けていない。
「な、何が起こったのであるか!?」
「びっくりしたですぅ!?」
混乱しかけるラヴァとマールに比べ、ユウゴとヒサメはある程度の平静さを保っていた。
「見たか、ヒサメ?」
「うん、これは何かの術……しかも私達の世界の術だ」
先程、落ちてきた紙片を目撃していた二人は互いの予想が合っている事を確認し、頷きあう。
「とにかく、チャンスだ。今のうちに一旦、この場から離れて……」
『皆さん、こっちです!』
言いかけたユウゴの脳裏に、声が響いた。
だが、それは彼の身にだけ起こった訳ではないらしく、他の連中も驚いた顔で辺りを見回している。
「あそこだ!」
離れた場所で戦っていた、『炎剣』の誰かが叫ぶ声が聞こえた。
その声が示した方向に目をやると、ドワーフ達の大空洞に通じる洞窟の入り口に、見知らぬ女が立っていた。
彼女はこっちだと知らせるように、大きくてを振ったり手招きの動きをする。
「どうやら、助太刀してくれたらしいな。皆、行くぞ!」
フェルリアを抱きかかえたユウゴが走り出す。
『氷刃』メンバーが彼に続き、それを見た『炎剣』メンバー達も洞窟に向かって走り出した。
二つのチームが洞窟に飛び込むと同時に、謎の人物が入り口の壁面に呪符を張り付け、何事か呪文のような物を唱える。
すると、入り口を光の壁が覆い、それを確認した謎の人物は満足そうに頷いた。
「これでしばらくの間、死者はこの洞窟に侵入する事は出来きまへん。とりあえず、一安心ですわ」
彼等を導いた女は、よく見てみればかなりの美女であった。
なにより、言葉のイントネーションに関西圏の訛りが混じるその話し方は、こちらの世界で初めて聞く響きだ。
だが、そんな違和感を感じているのはユウゴとヒサメだけで、他の者には自動翻訳が効いている。
「危ないとこでしたなぁ。皆さん無事ですか?」
にこやかに話しかけてくる美女の服装は、日本人が見慣れている白と赤を基調とした巫女服をアレンジさせたような物だ。
その時点で、ユウゴとヒサメは何となく美女の素性を察っし、わずかながら警戒を緩める。
不意に、フワリ……と、美女が黒曜石のような煌めきを散りばめた黒髪を手櫛で鋤いて見せる。すると、周囲に良い香りが漂い、戦闘で興奮していた気持ちが落ち着くような気がした。
落ち着きを取り戻した所でユウゴはハッとし、腕の中のフェルリアに回復魔法をかけてもらわねばと、メリラに頼みこむ。
快諾したメリラはすぐに魔法を発動させ、すぐに怪我を癒してくれた。
ただ、ひとまずは安心であるが、やはり失った腕を元どうりにする事は出来ないとのことだった……。
「アンタは……一体、何者だ?」
一段落した所で、いぶかしむフォルノが問いかけると、美女はニッコリと微笑む。
「いえね、ウチはそちらのユウゴさんと同郷の者でして。訳あってそん人を追って来たんですけど、皆さんがアンデッドと戦っとる所を見つけまして、助太刀させてもろたんです」
そうなのかと、ユウゴに視線が集まる。
「……まぁ、な」
若干、戸惑うユウゴの返事に、何より反応したのは謎の美女であった。
「なんですの、もしかしてウチのこと忘れてしもたんですか? ウチです!『ビャッコ』です!」
「ビャッ……コ?」
誰だ?まったく聞き覚えがない。
しどろもどろなユウゴを無視し、ビャッコと名乗った美女は涙を隠すように袖で顔を覆った。
「あんまりや……」
すすり泣く美女は、少し芝居がかった様子で涙を拭う。
「でも、無理もありまへん。別れたのは二十年近く前ですもんなぁ……ウチはユウゴさんの事を忘れた日はありまへけど、ユウゴさんにとっては小娘との戯れ事だったかもしれまへんし……」
何か過去の訳あり女性が現れたのかと、再びユウゴに視線が集まった。
しかし、知らない物は知らない。
何か過去に誤解を与えた事があったのだろうかと、ユウゴが記憶を掘り起こしている間に、当のビャッコから移動しようと提案された。
「さて、こんな場所では回復もままなりませんよって、とりあえずもっと安全な場所までさがりましょう」
しばらく追撃は来ない事、そして予想外の力を持っていた敵の対策を練らねばならない事を自覚していた一行は、ビャッコの提案に従ってドワーフ達の集落まで退却することにした。
憎い相手から敗走した、一行の足取りは重い。
『炎剣』メンバー達が、怪我人であるフェルリアを抱きかかえているユウゴ達の先に立って進んでいるが、誰も口を開こうとはしなかった。
そんな中、最後尾を歩いていたヒサメは、隣を歩くビャッコにこっそりと話かける。
(ねえ、貴女はたぶんあっちの世界から来たんでしょう?)
その問いに、ビャッコは一つコクンと頷いた。
(ユウゴとは、どういう関係だったんだい?)
(関係もなにも……初対面ですわ)
ビャッコの返答に驚きを見せるヒサメに、彼女はコロコロと含み笑いをする。
(ああいう風に、知り合いやけど昔に何かありましたって雰囲気にしておけば、変に追求される事もあらしまへんやろ?)
確かに余程の無粋な人間的でなければ、あれこれ他人の過去に首を突っ込む事は無いだろう。
それを計算して、煙に巻くような話し方をしている彼女に対し、ヒサメは内心、感心と警戒を覚えていた。
(……それで、貴女はいったい何の妖怪なのかな?)
その問いにビャッコは返事をせず、微笑みながらスッと右手を差し出す。
その右手は、人差し指と小指を立て、残る指の先をくっつけた形をしていた。
すなわち、『狐』の形を。




