05 腹黒い雪女は笑う
共闘することを決めたユウゴとヒサメ。
その二人がまず始めた事は……彼女が【ギルド】から受けた依頼をこなすことであった。
「まぁ、やる事はやるとして、一度受けた依頼は完遂しとかないとね」
そう言って笑うヒサメに、意外と真面目にな奴だとユウゴは見直す。
が……。
「おい、薬草納品の依頼だったって言うけど、こんないっぺんに【ギルド】に納品する物なのか?」
せっせと採取し、目の前に山のように積まれた、薬草を詰めた袋の数を見てユウゴが問う。
「いやあ、普通なら数十日かけて分割で納品する所だけど、今は頼れる荷物運びがいるからね」
「……そりゃ、俺の事か?」
「わかってるじゃないか。まぁ、ほんの二百キロぐらいだ、君なら軽い軽い♪」
あっけらかんと言う彼女に、ムカつくやら、呆れるやらで反論する気も失せてしまう。
俺は農耕用の牛じゃないっつーの! といったユウゴの批難もどこ吹く風で、仕事が早く終わったヒサメは終始ご機嫌である。
「真面目どころかいい性格してるぜ……」
多分に皮肉の混じったユウゴの呟きも、鼻歌まじりのヒサメの耳には届いていないようだった。
「──はい、確かにイフク草を二百キロ。納品を確認しました。依頼達成ですね、お疲れさまです」
【ギルド】の受付で依頼書に達成の印を押してもらい、ヒサメは一仕事終えた満足感に息をついた。
ここは【ギルド】の支部一つで、二階建ての建物の一階部分が丸々、事務所となっている。
カウンターではヒサメの対応をした女性も含め、数人の受付嬢が様々な依頼の発注や受け付け、完了の確認などを行っていた。
カウンターの右手には壁一面の掲示板があり、そこに傭兵部、探索部の依頼書が張り出されている。
その対面には購買コーナーがあり、多種多様な回復薬や魔法薬が売り出されていた。
賑やかな事務所の中をヒサメが眺めていると、対応していた受付嬢が彼女に声をかける。
「それにしても、さすがはヒサメさんですね! これだけの量のイフク草を一括納品された方なんて、初めてですよ!」
やや興奮した面持ちで、誉めてくる受付嬢に、「大した事じゃないわ」と、ヒサメはクールに答える。
その様子に、受付嬢は頬を赤らめながら感嘆の息を漏らした。
「そ、それじゃあ報奨金の手続きをしてきますので、しばらくお待ちください」
奥へと駆けていく受付嬢を笑顔で見送りながら、ヒサメはそのままの体勢で目線だけを下に向ける。
そして、その視線の先には、疲れきった顔で座り込むユウゴの姿があった。
「へいへい、だらしないよ。力自慢の牛鬼さんとは思えない有り様じゃないか」
煽るようなヒサメをユウゴは睨む。
「おまっ……ふざけんな。まさかあんな大荷物を持って、五日も歩かされるとは思ってなかったぞ」
「それは仕方がないよ、この世界には便利な交通手段が無いからね」
恨みがましい目を向けるユウゴに、ヒサメはおどけたように肩をすくめる。
「それに私だって道中、魔法を使っていたから結構疲れているんだよ?」
「何が魔法だ……薬草の鮮度が落ちないように、適当に冷やしてただけじゃねーか」
「そういう繊細なやつほど扱いが難しいのさ」
ふふんと笑うヒサメに、諦めたユウゴはため息を吐く。
雪女にとってはその程度の冷気コントロールは容易いだろうに……そう思いながら反論しなかったのは、口では女にやはり勝てないと悟ったからだ。
そんなユウゴに、ヒサメは何やら緑色の液体が入った小瓶を渡してきた。
「ほら、これ。疲労回復用の、いわゆる魔法薬だよ」
「え……」
「使ってみたいでしょう?」
ヒサメの言葉に、キラリとユウゴの目が輝く!
まんまと彼の中二な部分を見透かされた気はしたが、正直使ってみたかった。
「べ、別に飲まなくてもいいんだからな! でも、疲れてるから仕方なくなんだからな!」
ツンデレみたいな事を言いながら飲んだ初めての魔法薬は、想定外に苦く……予想以上に疲労が回復した。
「なにこれ、怖ぇ……疲労がポンと抜ける薬物みたいに常習性があったりしないよな?」
「大丈夫、大丈夫。ジャンキーはバトルとスリルに漬かってるのしかいないから」
あまりの効き目に怯えるユウゴに、薬物のジャンキーはそうはいないよとヒサメは言うが、それはそれでどうなんだとは思う。しかし、初めて触れた異世界の魔法の力に、少し感動するユウゴであった。
「そういえば、お前さんこっちの世界でずいぶんと有名みたいだな」
先程の受付嬢の態度や、チラチラとこちらを盗み見る冒険者風の連中の反応から、そう思ったユウゴが聞いてくる。
「まぁねぇ。私は異世界に来てから師事した人がビッグだったから」
「へぇ、誰なんだ?」
「氷雪系最強魔術師のヒョウリンマール師匠よ」
聞いといてなんだが、その名を聞いても当然ピンとこない。が、『氷雪系最強』なんて呼ばれているのだから、かなりの術師なのだろう。
「ヒョウリンマール師匠には【ギルド】登録の保証人になってもらったりと色々お世話になったのよね。ただ、半年ほどで私の方が氷雪系で強いって知って、失踪しちゃったのよ……」
「なんだ、そりゃ……」
さすがにヒョウリンマールとやらも、雪女のヒサメ相手では分が悪かったようだ。それにしたって失踪しなくても……とは思うのだが。
「まぁ、そんな訳で、『氷雪系最強魔術師ヒョウリンマールを越えた氷雪の女王ヒサメ』として、【ギルド】じゃちょっとした顔って訳よ」
「なるほどな」
長い肩書きだなと頷きながら、ヒサメに視線送る連中を見ていると中には熱を帯びた視線を向けている者もいる。たぶん実力だけでなく、彼女の美貌も関係しているんだろうなと、一人ユウゴは納得していた。
そんな風に駄弁っていると、カウンターからヒサメに声がかかった。
依頼の報奨金を受け取り、ついでとばかりにユウゴの【ギルド】登録も済ませる事にする。が、そこで思わぬ出来事が起こった。
「ヒ、ヒサメさんがパーティを組むんですかっ!」
受付嬢の驚愕した声に、室内にいた者が全員こちらに目を向ける!
「そ、それでどんな凄腕の魔術師が? あ、それとも達人級の剣士とか!?」
興奮する受付嬢を制して、ヒサメは隣に立つユウゴを指差す。
その、明らかにパッとしない外見のおっさんの風貌を、上から下まで眺めた受付嬢の表情がみるみる死んでいった。
「……差し出がましいとは思うんですが、ヒサメさん程の方とこちらのおっさ……中年の素人さんがパーティを組むのは無理があるのではないかと……」
言葉を選んではいるが、受付嬢がユウゴに向ける視線は『空気読んで辞退しろよ、テメー!』である。
そんな態度に若干カチンとは来たものの、【ギルド】の顔とも言える美しき魔術師と、どこの馬の骨ともわからぬおっさんが組むとなったらこうなるのもやむ無しと理解できた。
「そうだぜ……あんなおっさんがヒサメと組むなんて……」
「許せるはずがねぇ……」
「いっちょ身の程を教えてやるか?」
受付嬢に賛同するように、回りの連中もざわざわと敵意に近い目を向けてくる。
一部の連中の頭上に"!?"が浮かぶ程不穏な空気が場を支配していく中、何を考えたのかヒサメは購買の受付けに向い、担当の事務員と何やら言葉を交わす。
そうして戻ってきた彼女は、唐突に宣言をした!
「私が選んだパートナーに文句があると言うのなら、その力を試す機会を与えましょう!」
ヒサメの宣言に、室内がざわつく。
「志望者にはこれから、こちらのおっさん……ユウゴと腕相撲をしてもらいます。そうしてじかに彼の実力を試してみなさい!」
「おお、そりゃ面白れえ!」
数人の戦士風な男達が立ち上がり、ユウゴの元に集まってくる。
そして、じろじろと彼を品定めした後、戦士達はヒサメに問いかけてきた。
「俺達が勝ったらよぉ、ヒサメが俺達のパーティに入るって事でいいんだよなぁ?」
「おい、それとこれとは関係な……」
「いいよ。もしもユウゴに勝てる奴がいたら、私はそいつのパーティにいれてもらおう」
ユウゴの言葉を遮ったヒサメの承諾に、場が一気に盛り上がる!
さらには挑戦者も増え、その列は事務所の外にまで伸びていった。
「おい、そんな約束していいのかよ」
「なぁに、ここにいる連中程度、君なら相手にもならないだろう?」
「そりゃあ、そうだが……手加減できねぇぞ?」
「大丈夫、彼らも荒事で飯を食ってる連中だ。骨の一本や二本は日常茶飯事さ」
むしろ今後なめられないためにも、強目にやっちゃいなさいとヒサメはユウゴの背中を叩いた。
「へへっ! 悪ぃが俺が最初で最後だぜ!」
ユウゴの前に戦士達風の男が座る。
ふぅと一息ついて、ユウゴと男は腕相撲大会の始まりを告げるように、ガッチリと手を組んだ。
──────二時間ほどが過ぎた頃、【ギルド】事務所の床には、無数の冒険者風な連中が倒れ伏していた。
ある者は腕が曲がってはいけない方向に曲がり、ある者は完全に意識を失っている。
うめき声と苦鳴が響くその場において、全勝したユウゴは誰にとは無く問いかけた。
「まだ、やる奴はいるか?」
その声に応と答える者は無く、ユウゴは「じゃあ、そういう事で」と、腕相撲大会の終了を告げた。
「さすがだね、お見事お見事」
何やらホクホクとした顔でヒサメがユウゴの元にやってくる。
「なんだよ、なんかご機嫌じゃないか」
「予想通り、怪我人がいっぱい出たからね。これで購買所の魔法薬が品薄になるから、探索部に報奨金が割り増しになった材料調達の依頼が出されるだろうさ」
つまりは自分たちの仕事が増えると、ヒサメは笑う。
先程の購買所でのやり取りは、治療用魔法薬の在庫を聞いていたそうだ。
値上がりする薬草を大量に運ぶ労働力を得て、さらに大量の薬草を必要とする状況を自ら仕掛けて作るヒサメに、ユウゴはまたも呆れるを通り越して感心しそうになる。
「ほんと、いい性格してるわ」
「うん、誉め言葉として受け取っておくよ」
また皮肉を込めたユウゴの言葉に、ヒサメは腹黒さを微塵も感じさせない、極上の笑みを返してくるのだった。