44 拗らせ妖怪、拗らせエルフ
小一時間ほどたった頃、心身ともにズタボロになったエルフと、妙にスッキリした顔のラヴァが戻ってきた。
「レイ……尋問の結果、コヤツらは重要な事は知らされていなかったようであるな。ただ、ドワーフの元に向かう者がいれば、追い返すか殺すように言われていただけらしいのである」
「ふうん……まぁ、なにかしらドワーフの所に行かれちゃまずいって事しかわからんか……」
結局、何が起きているのか核の部分には触れられず、少しばかりモヤモヤした物が胸に残る。
そんなスッキリしない気分の中、ユウゴは同族の亡骸を見下ろすフェルリアの姿に気がついた。
いかに差別的な物言いをされていたとはいえ、やはり同じエルフを殺した事に思う所があるのだろうか……。
心なしか気落ちしているようなその背中に、ユウゴは出来るだけ優しげになるようにと気を付けながら声をかけた。
「あー、フェルリア。そのー、居たたまれない気持ちはわからなくもないが、落ち込んでたって仕方がないからな。ここは気分を入れ換えて……」
「おかしい……」
「ん?」
背中越しに返ってきた声は、ユウゴの言葉に反応したものではなく、心中で思っていた事が漏れた呟きのようだった。
だが、その意味がよくわからず、ユウゴはなんの事かと問いかける。
「……このエルフ達は、ザクスン国と隣接する部族で人間とはそこそこ友好的だった連中じゃ。見よ」
そう言って、エルフの亡骸が身に付けている皮鎧に付いていた紋章のようなマークを見せてきた。
ハッキリ言って、この世界の住人ですらないユウゴにとっては、そのマークを見てもよくわからないのだが、フェルリアが異変を感じているならただ事ではないのだろう。
「三十年ほど前の話じゃが、ワシが元所属していた部族を追放された後、少しばかり世話になった事があってな」
かつて、南のコヒャク国とエルフの間に戦争があった話は、以前にフェルリアから聞いた。
そして和睦となった時に、人間の軍に多大な被害を与えていた彼女が邪魔になった事。だが、英雄的な働きをしていたフェルリアを処刑などしては、内部から不満が起こる事は確実だったため、片腕を落とされて放逐された事も。
「その時も、確かに忌み子に対する侮蔑的な物はあったが、ここまでひどい物ではなかった。何より、人間に対する考え方はまったく違っておった」
ユウゴ達を鬼猿のエサと言い、ヒサメ達を玩具として捕らえようとしていたエルフ達。
確かに友好的というよりも、上位者による驕りのような物が感じられる言動だった。
「あの感覚……まるで、奴の思想のようじゃった……」
「奴?」
問い返したユウゴに、フェルリアは厳しい顔付きで一つ頷く。
「ああ。ワシの腕を落とし、あげく追放した部族の族長……」
憎らしい相手の顔が脳裏に浮かんだのだろう。
フェルリアは、ギリッと歯を鳴らして怒りを噛み締めた。
「エルフ至上主義なあのくそったれと似たような物言いを、コヤツらはしておったわ」
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他にもこの辺りを巡回しているエルフがいるとマズいので、ひとまずエルフ達の遺体を埋めて、簡単な偽装を施しておく。
これで、鼻の効くモンスターなどに掘り返されたりしない限りは、そうそう見つかりはしないだろう。
次いで、尋問のために生かしておいたエルフだが、マールからの試してみたい魔法があるとの提案に、彼女に捕虜を預ける事にした。
「……できたです」
数分後、満足げに完成を告げるマールに、皆が感心したようなため息を漏らす。
彼女が作り出したのは、高さが三メートルはありそうな、氷で出来た見事な造形の彫像。
そして透き通る氷の中には、何やら芸術的にもみえるポーズで固まっているエルフの姿があった。
「本来はただの氷の塊に敵を閉じ込めるだけの魔法です。でも、この体になってから鍛えた、魔力コントロールと氷雪系の魔力によって、ここまでできるようになったです」
「ううん……常温にあっても溶ける事はなく、透明度もかなり高くて強度もばつぐん。何より、細かい装飾まで表現された像の完成度が素晴らしいね」
元弟子であり、現在は姉の立場にあるヒサメもマールの作った氷の彫像を手放しに誉め讃える。
「今なら、八寒地獄の入り口くらいには立てるかもね」
「あはっ。楽しみです♪」
可愛らしく笑みを浮かべるマール。宿る魂が老魔術師の成れの果てでなければ、さぞや微笑ましい絵面であった事だろう。
「この氷は、どれくらいで溶けてなくなるんだ?」
「魔力が抜けて、ただの氷になればそう時間はかからないと思うです。まぁ、運が良ければ死ぬ前に助け出されるかもしれないです」
マールの言葉に、ラッキーな野郎だぜと一同は笑いながら、その場を後にした。
それから、ほぼ丸二日ほどをかけて、ユウゴ達はようやくギスハーブン森林地帯から抜け出した。
こんなに早く森林地帯を抜けられたのも、フェルリアが先頭に立ち、道案内と索敵に集中してくれた為である。
エルフが巡回していそうな集落付近をうまくやり過ごし、モンスターの巣なども回避することができなければ、抜けるまでにもっと時間がかかっていた事だろう。
「助かったぜ、フェルリア。さすが『銀狼』の異名を持つだけの事はあるな」
まるで狼の群れを先導するリーダーのように、彼等を無事に森の外まで導いた彼女の働きに、ユウゴは素直な賞賛の言葉を投げ掛けた。
「フッ……どうという事はない」
まんざらでもなさそうなフェルリアが、チャリチャリと首輪に付いた小さな鎖を弄ぶ。
それを見たユウゴが、首輪はもう外していいんじゃないか? と言うと、彼女はなんとも微妙な表情をしてみせた。
「いや……しかし……」
正直な所、ユウゴはフェルリアに奴隷ムーヴをされるとなんとも言えない気持ちになることが多い。悪い意味でという事ではないのだが、気持ちが落ち着かなくなるので普段通りに戻ってほしいと考えていた。
「エルフの目を誤魔化す必要はもう無いんだし、お前もそんなもん付けっぱなしだと億劫だろ?」
首輪を外すよう薦めるが、なぜかフェルリアは渋っていた。
「やれやれ、女心のわからない男はこれだから……」
「んだよ、何かわかるのか?」
横から出てきたヒサメにダメ出しされて、ユウゴはぶっきらぼうに彼女に問い返す。
「つまりね、ユウゴが選んでくれた首輪だから、フェルリアは外したくないのさ」
言われて、ユウゴがそうなのかとフェルリアの方を見れば、彼女は顔をまっ赤にして俯いてしまった。
その反応に、つられたユウゴも赤くなる。
これが若者同士の反応ならば、甘酸っぱい青春の風景と言えるだろう。が、四百歳の妖怪と百七十歳のエルフでは、拗らせ過ぎと言わざるを得ない。
「わ、わかった! なんか別な物をやるから、首輪は取ろうぜ!?」
「う、うむ……そういうことなら……」
そんな二人の様子に、仲間達はやれやれと肩を竦めていた。
「ユウゴ殿は、女性経験が無い訳ではないのであろう?」
「性交はしても、恋愛はしたことが無いかもね。精神的童貞というやつかな?」
「あの歳で拗らせると大変です……」
端で好き勝手言われ、反論してやりたい所ではあった。
だが、だいたい合ってるために言い返す言葉を持たないユウゴは、ヤケクソぎみに行くぞ!と告げると、ガハサ山脈に住むドワーフの集落を目指して、一人でズンズンと進んでいく。
それを仕方のない奴だな……などとぼやきながら、仲間達が追っていった。




