43 森のエルフ
樹上から、ユウゴ達の行く手を遮るように降り立ったのは五人。
いずれも整った顔立ちに、金色の体毛を持つエルフ達であった。
一見すれば獣人とも見間違えそうだが、彼等が纏うオーラは粗暴さとはかけ離れた優雅さすら感じさせる。
「……ここになんの用だ!人間」
警戒心を顕にしながら、エルフ達が声をかけてきた。
一応は人間の国と不可侵条約を結んでいるというのに、まるで敵を前にしたような態度を取る彼等に、妙な焦りのような物を感じたユウゴは眉をひそめる。
とはいえ、目的地はドワーフの集落であり、別にエルフと揉めたい訳でもない。
なので、ここはひとつ下手に出てやり過ごすことにした。
「あー、脅かしたようですいませんね。俺達はアンタ方じゃなくて、森を抜けたガハサ山脈に用事があるんスよ」
「……ほぅ」
エルフの一人、おそらくリーダー格の男が反応を示す。
「では、その忌み子はなんだ?」
リーダー格とは別のエルフが、侮蔑的な響きの籠った声でフェルリアを指差した。
「こいつは、アンタ方の縄張りに、入らないために道案内として買った奴隷でしてね。揉め事を避けるための、苦肉の策ってやつですわ」
森に入る前に決めていた通り、万が一にもフェルリアの素性がバレないよう、ユウゴはペラペラと嘘の設定を話していく。
それに完全に納得したわけでもないのだろうが、エルフ達から向けられた警戒の色がほんの少しだけ和らいだ。
「ふん……まぁ、忌み子とはいえそんなナリでは道案内ぐらいにしか使い道はないか」
隻腕であり、擬装の為の首輪付けたフェルリアを見てエルフ達は嘲笑する。
だが、わかってはいた事とはいえ、同族であるはずのフェルリアを助けようとする素振りすら見せず、嘲る態度を隠そうともしない目の前の連中に、ユウゴは表に出さずとも苛立ちを覚えていた。
「まぁ、我々と争い事を避けるのは賢明だ。尤も、忌み子なんぞでなくエルフを奴隷などにしていれば、タダでは済まさなかったがな」
尊大な物言いをするエルフに対し、内心で(うるせー、バーロー!)と罵りながら、戦闘は回避できそうだと表面で作り笑いをするユウゴ。
「で、貴様らはなんの用でガハサ山脈へ向かうのだ?」
「しつけー野郎だな、お前らに用なんざ無いんだから、とっととどっかに消えろや(ええ、ちょっとドワーフの所まで用事がありましてね)」
ユウゴの一言に、エルフ側がビキッと固まる。
どうしたんだと不思議そうな顔をするユウゴの背中に、ヒサメが笑いを堪えながら本音と建前が逆だとツッコミを入れた。
「あ、ゴメン。今のナシで!」
青筋を立てながら、弓や山刀に手をかけるエルフ達に、ユウゴは慌てて訂正を入れる。
「ほぅ……では、本当の目的はなんだ?」
怒りを滲ませながらも、なんとか話が通じそうなリーダーエルフに、今度はちゃんと目的地を伝えた。
だが、その瞬間にエルフ達全員の顔色が変わる!
「ドワーフの集落に……だと」
「ああ、そうだが……」
それが何か悪いのかと、ユウゴは小首を傾げる。
そんなユウゴ達の退路を絶つかのように、樹上に残っていたエルフ達が舞い降りて、道の後方をふさいだ。
「残念だが、時期が悪かったな。今、ドワーフどもの元に誰も行かせるわけにはいかん」
ユウゴ達を囲むエルフ達が、殺気を放ち始める。
「ただの人間ならば痛い目を見せて追い返す所だが、見たところお前らは【ギルド】に所属している連中だろう? 帰れと言っても聞かぬだろうし、後腐れが無いよう、ここで死んでもらうとしよう」
予想よりも好戦的なエルフ達に対して、ユウゴ達も構えて迎撃体勢を取った。
「逆らわなければ、楽に殺してやるんだがな……森の中で我々に勝てると思ったのか?」
圧倒的な自信に裏付けされたエルフの言う通り、森は彼等に絶対的なフィールドだ。
自在に木々を渡り、樹上からの射撃はもちろんの事、風や水さらには樹木を操る魔法を行使して敵と戦う。
なおかつ、森に住むモンスターの一部を配下として使役する事も可能であった。
それを証明するようにエルフの一人が魔法の笛を鳴らすと、森の奥から数匹のゴリラを思わせるモンスターが姿を現し、ユウゴ達を包囲する。
「森林鬼猿か……」
エルフに呼び出されたモンスターを見て、フェルリアが呟いた。
「フッ……忌み子の貴様なれば、コイツらの恐ろしさは知っているだろう」
サディスティックな笑みを浮かべるエルフに、顔をしかめたフェルリアがユウゴ達へと説明をする。
曰く、森林鬼猿の力は大鬼に匹敵し、敏捷性においては猿系モンスターの上位に位置する、まさに森の王者といえる魔獣であるらしい。
そんなモンスターが、パッと見で七匹。木陰に隠れている物も含めれば十匹以上は集まっていた。
「グルルル……」
「よしよし、すぐに新鮮な肉を食わせてやる。ただし、食うのは男と忌み子だけだ」
女は利用価値があるからなと、鬼猿をなだめながら意外な事をエルフ達は言った。
「利用価値って……人質にでもするつもりかな?」
人間と何かを交渉するのに利用するなら、確かに女子供の方がいいだろう。
しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。
「人間の女は便利だからな。性欲の解消に使った後は、生きた的として狩りの練習を行えるし、死んだらコイツらのエサにちょうど良い」
なんとも合理的だと嘯くエルフの顔は、威嚇や脅しの類いではなく本当にそう思っているといった普通の表情だ。
「しばらく離れてる間に、エルフも随分と下衆くなったもんじゃな」
「黙れ!忌み子の分際で!」
フェルリアの言葉に、エルフは大声で叫んだ。
「貴様のような奴が、我々の趣味や嗜好を批判するなど許されると思ったか!」
「そうだ。だいたい、奴隷として人間の道案内をするなど恥を知れ!」
「貴様らのような忌み子は、我々の迷惑になると判断したら、早々に自害するのが道理だろうが!」
口々に仲間を罵るエルフ達に、ユウゴ達の怒りのゲージはドンドン高まっていく。
「まぁ……とりあえず、情報が欲しいから、一人は生かそう。それ以外のクズ野郎どもは……全員ぶっ殺す!」
ギリギリ冷静さを残したユウゴの声におう!と仲間達は答えると、そのまま戦闘に入ろうとした。
だが、そんな彼等を周辺の木々から突然伸びてきた、蛇のような蔦や蔓が襲いかかって体を絡めとる!
「反撃されると面倒だからな。動きは封じさせてもらったぞ」
植物魔法を使ったエルフの一人が、まんまと捕らえられたユウゴ達を嘲笑いながら鬼猿達に指示を出した。
「さぁ、食っていいぞ!」
許可が降り、喜び勇んでユウゴ達に飛びかかる鬼猿の群れ。
だが、彼等の口に哀れな犠牲者の肉が納まる事はなかった。
「おらぁっ!」
「ぬおぉぉっ!」
咆哮と共に自らを縛る蔦を引きちぎったユウゴとラヴァが、迫り来る鬼猿の顔面を殴り付けて吹き飛ばす!
文字どうり、頭部が爆発四散した鬼猿の胴体が、勢い余って地面を転がる光景に、その場にいた者達の殆どが釘付けになった。
「なにボーッとしてんだ、猿」
あり得ない反撃と、仲間の惨状を見て棒立ちになっていた鬼猿の一匹を捕まえて、ユウゴはその顔面を鷲掴みにする。
そのまま鬼猿の頭を近くの大木に叩きつけると、いとも簡単に頭蓋は砕けて脳みそと血の混ざった花を咲かせた。
またも無惨に倒された仲間の姿に釘付けになっていた別の鬼猿に、音もなくラヴァが迫る!
「隙だけである」
非難というより、指導するような一言。
そして仕置きとばかりに、ラヴァの拳が鬼猿の腹部を貫く!
「ゴボォォッ!」
厚い毛皮と、強靭な筋肉に守られているはずの内臓はあっさりと破け、水音の混じった悲鳴を上げながら、木々のへし折れる音と共に鬼猿は森の奥へと吹っ飛んでいく。
「ふむ……なんとも温い相手である」
「ま、所詮は猿だしな」
瞬く間に森林鬼猿数匹を葬ったユウゴとラヴァは、たいした感慨もなく軽口を叩きあう。
目の前で繰り広げられた悪夢のような光景と、敵対者の強さを感じとった鬼猿達は戦意を喪失して逃げ腰になっていた。
「くっ……なんなんだ奴等は!?」
「と、とにかく上だ!離れた樹の上から、射殺すんだ!」
仲間から出た反撃手段に、エルフ達は少しばかり冷静さを取り戻す。
そうして、そのアイデアを実行しようと跳び上がろうとした時、自らの足に起きている異変に気づいた。
「な、なんだこれはっ!?」
いつの間にかエルフ達の足は凍りつき、大地に縫い付けられていた。
「油断しすぎだね、君達」
「余裕ぶって、ノコノコ降りて来るからです」
縛り付けている植物の蔦を凍結させ、すんなり戒めから脱した美女と美少女はエルフ達を見て冷徹に微笑む。
おそらく彼女達が、氷雪系の魔法を使って自分達を捕らえたのだと理解した時、その魔力コントロールの精密さと、発動した魔力の強大さにエルフ達は戦慄した。
「ぐっ!おのれっ!」
動けないなら、せめて魔法で反撃しようと試みたエルフの一人が、フェルリアの魔法弓で額を射ち抜かられ、噴水のような血を噴き出しながら絶命する。
「なっ、貴様、忌み子のくせにっ!」
「その忌み子に殺される自分らの不幸を呪うが良い」
慌ててエルフ達は魔力の障壁でガードをするが、フェルリアの攻撃はそんな障壁を軽々と突破して、次々と頭を砕いていった。
やがてほとんどのエルフが物言わぬ死体となると、森林鬼猿達も慌てふためいて森の奥へと逃げていく。
ユウゴ達はそれを特に追わず、生かしておいたエルフに詰め寄っていった。
「さぁて、お前の知ってる事を、色々教えてもらおうかな?」
「黙れ!この化け物野郎が!私はエルフの誇りにかけて、何も話したりはしないからなぁ!」
捕虜に近い今の立場が屈辱的なのか、エルフは唾を撒き散らしながらヤケクソぎみに絶叫する。
「これではまともに話が聞けるかわからんね」
「そうだな……」
半分錯乱したエルフの様子に呆れながら、ユウゴは何か良い策はないものかと思案する。
そうして、ふと何かを思い付くとニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「ラヴァ、こいつヤっちゃっていいぞ」
その一言に、ラヴァの瞳がギラリと鈍い光を放つ。
「良いのであるか?」
「ああ。こいつらだって捕まえた人間にエグい事をしてるんだ、自分がやられる立場になったらイヤですって訳にはいかねぇよな」
「それもそうであるな。では早速……」
ウキウキした様子で生き残ったエルフを小脇に抱えると、そのまま巨木の樹の影に移動した。
二人が何をしているのか樹の影で様子はうかがえないが、微かに声だけが聞き漏れてくる。
な、なんだ! 何をするつもりだ!
やめ、やめろぉ!下を脱がすな!貴様も脱ぐな!
バ、バ、バカ野郎ぉ、ふざけるのもいい加減に……けおっ!
蛙の鳴き声のような間抜けな声が響いたその後、パンパンという肉と肉のぶつかり合う音と、エルフの悲痛な叫び声が森に木霊していった……。




