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42 ギスハーブン森林地帯への侵入

「……お前、ひょっとして左利きだったのか?」

差し出された手を訝しげに見ながら尋ねるユウゴに、フォルノはニヤリと笑う。

「まぁね。だから、あれで勝ったとは思わ(・・・・・・・・・・)ないでくれよ(・・・・・・)?」

以前の、腕相撲での勝負の事を言っているのは明白だが、挑発じみた小憎たらしさよりも警戒心の方が先に立つ。

(マジかよ……利き腕じゃない方で、俺の六割くらいの力に対抗したのか)

エリエスやリネッサらと違い、戦場などで死線を何度も越えて鍛えられた『神人類』。

それこそまさに、ユウゴもよく知る怪異殺しの英雄その物であった。


「いやー、最近のあんたらの活躍は聞いてるぜ。こんなにも早く、特級まで上がって来たチームは初めてだって、みんな噂してるぞ」

ユウゴの心中も知らず、屈託のない笑顔でフォルノは話を続けていた。

長くなりそうな雰囲気に、ヒサメが不機嫌そうな表情を浮かべていると、フォルノの標的が彼女へと移る。

「まぁ、元から特級だったヒサメがいたからってのもあるんだろうけどな」

「誉めてもらえて光栄だね……」

言葉とは裏腹に、まったく喜んでいない返事をヒサメは返す。が、そんな彼女の様子とはお構いなしに、フォルノは話を続ける。

「ところで、お前の師匠だったヒョウリンマールが亡霊になってたから戦ったんだって? 氷雪系最強なんて言われた奴を倒すなんて、やべーな!」

氷雪系最強と持ち上げられて、マールが密かに鼻を鳴らした。

「……まぁね。師匠がさ迷っているなら、それを止めるのが弟子の役目だと思ったのさ」

持ち上げられるのに続き、弟子たるヒサメの言葉を聞いて、マールはさらにくすぐったそうな顔つきになっていく。

その表情はまんざらでもなく、まるで少女の中にいる老魔術師の魂がほくそ笑んでいるようだった。


「で、自分の師匠をどうやって倒した? トドメを刺した時は、どんな感じだった?」

何気ない感じで聞いてきたフォルノの言葉に、場の空気が一瞬凍りつく。

小首を傾げるフォルノの態度から、悪意ではなく純粋に強敵を倒した感想を聞きたいだけなのだろう。

しかし、言わば師匠殺しの詳細を本人から聞きたがるデリカシーの無さに、ヒサメは笑みという名の凶相を浮かべた。

「なに話づらい事を聞いてるのよ、あんたはっ!」

ヒサメから冷気が立ち上ぼりかけた時、突然、フォルノの後頭部にツッコミの一撃が入る!

その一打を放ったのは、フォルノと同じ『炎剣』の回復術師であるメリラだった。


「って! なにすんだ、メリラ!?」

「なにすんだじゃないわよっ! ヒサメさんの気持ちも考えなさい!」

「そうは言うけどよ、超一流の魔法使い同士の同門対決だぜ? 気にならない方がおかしいだろうが!」

「そりゃ、気になるけどね! でも……」

いつの間にかユウゴ達をそっちのけで、言い合いに熱が入るフォルノとメリラ。

そんな二人の仲裁に入ったのは、話題の切っ掛けにされたヒサメだった。


「その辺にしておきなさい、メリラ。私は気にしていないから」

「ヒサメさん……」

「それに、フォルノが大雑把で、気が利かなくて、デリカシーが無くて、無駄に押しが強くて、暑苦しいのは今さらだしね」

言葉のナイフでフォルノを滅多刺しにして、少しスッキリしたようなヒサメに対し、先程まで同じように責めていたメリラの表情が変わった。

「フォ、フォルノにだって良いところはいっぱいあるんです!」

頬を膨らませて怒るメリラの姿は、怖いというより可愛らしい。

そんな彼女に微笑みながら、ヒサメはそうだねとおざなりに同意してみせた。


「おい、リーダー。またヒサメんとこと揉めてんのか?」

カウンターの方で依頼を受けていたらしい、残りの『炎剣』メンバー達がぞろぞろとやって来る。

「悪いな、うちのリーダーが」

「もう、ヒサメさんに絡むのもいい加減にしなよ」

「おい、なんで俺が悪いって頭から決めつけてるんだ!」

ヒサメを見るなり、口々にフォルノに注意を促すメンバー達に、さすがのフォルノも抗議の声をあげた。

だが、揉めてた原因は? と問われると、不躾なフォルノからの一言だったと知られ、『炎剣』メンバー達は深いため息をつく。


ひとまず、メリラがフォルノを連れてユウゴ達から引き離し、代わって『炎剣』副リーダーの剣士であるエルガンが騒がしくしてすまないと頭を下げた。

「あのフォルノという青年、随分とヒサメ殿にご執心であるな」

ラヴァの言葉にエルガンは苦笑いしながら、困ったもんだと返す。

「フォルノは初対面の時に、ヒサメさんをナンパしようとしてボコボコにされたからな。それ以来、憧れてもいるし、ライバル視もしてるんだ」

直情型の熱血漢ならそういう事もあるだろうなと、ユウゴ達は妙に納得する。

「ただ、付きまとわれる私は迷惑なので、いい加減にしろと伝えておいてください」

氷の冷たさを感じさせるヒサメの言葉に、エルガンは伝えておくね……と小さく答えた。


「ところで、アンタら次の依頼(しごと)は決まったのかい?」

『炎剣』の斥候役で、技能兵(レンジャー)のヒッケトゥが、キラリと目を光らせて尋ねてくる。

「ああ、ドワーフの集落に調査依頼が来ていてな。それを受ける予定だ」

「ドワーフの……」

ユウゴの答えに、何やら思案するヒッケトゥ。

どうかしたのかと問いかけると、レンジャーは声を低くしてユウゴ達だけに聞こえるように話をし始めた。

「ここだけの話だが、南のコヒャク国に妙な動きがあるらしい。あそこは昔から、エルフと戦争してたりと亜人族と揉める事が多いから、何か関係あるかもと思ってな……」

「私達も、そんなコヒャクの動向を調べるために、隣接する西のブゲン国に向かう予定なの」

ヒッケトゥに続いて、『炎剣』の魔術師ネルビタが自分達の動向を伝えた。


「まぁ、そんな訳だ。もしもドワーフの所で、コヒャクに関する情報なんかがあれば、教えてほしい。もちろん、有力な情報なら謝礼はするぜ」

少し釈然としないものを感じながらも、ユウゴが了解の意を示すと、三人は軽く挨拶をしてリーダーであるフォルノの所へと戻っていった。

「彼等は「傭兵部」なのに、情報収集なんて「探索部」みたいな事もするんだな」

「直接、戦場に出る彼等の方が軍事関係の話には鼻が利くからね。横の繋がりもあるし、(じゃ)の道は(へび)という事だろう」

ヒサメの答えを聞いて、なるほどとユウゴは頷いた。

だが……。


「……どうした? ヒッケトゥらの話に、何か府に落ちん所でもあったか?」

ユウゴの顔を覗きこんで、フェルリアが声をかける。

「ああ、いや……あいつらが集めてる情報は、国同士の揉め事に発展するかもしれないのに、なんで【ギルド】じゃなく自分達に教えてくれなんて言ってのかと思ってな……」

そこでフェルリアもフム……と小さく唸った。

確かに、最終的に行き着く所が同じなら、わざわざ炎剣(かれら)を経由させなくてもいい話であり、しかも亜人族との関係も匂わせている。

「何か裏があるということか……?」

「わからん。単に、集めた情報の質で報酬が変わるだけかもしれないしな」

なんとなくモヤモヤするものを抱えつつも、ユウゴ達自身もやるべきは事があると気持ちを切り替える。

「まぁ、俺達は俺達でやることをやろう。それじゃ、ガハサ山脈のドワーフ達の集落に向けて出発するぞ」

おう!という気合いの返事を発しながら、一行はラーダッタからの依頼書を求めて、依頼ボードへと向かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


拠点の街(ホーム)を発ってから数日の間、馬車と徒歩を交えて進み、ようやく目の前に広がる広大な森の端にユウゴ達はたどり着いた。

「この辺がギスハーブン森林地帯の入り口じゃ」

巨大な山脈をバックに裾野に広がる森は、まるで富士の樹海を思わせる。

しかし、森林地帯を構成している樹木、それに上空を悠々と舞う怪鳥や飛行型モンスターの姿は、現代日本(あちらの世界)にはなかった物だ。


「何て言うか、迷い込んだら終わりって雰囲気を醸し出してるな……」

「うむ。事実、そういった結界が張られている場所もあるぞ」

ユウゴの漏らした感想を、フェルリアはよくわかったなといった感じで肯定する。

「まぁ、ワシがいればその手のトラップには掛からんからな。安心してよいぞ」

自分が主導権を握ってユウゴを守れる事が嬉しいのか、フェルリアは上機嫌で一行の先頭に立った。

「さぁて、行くぞ。皆、ワシの後に着いてこい」

「おおー……」

何やらテンションの高いフェルリアに対し、戸惑うような掛け声を返すと、エルフはムッとしたような表情を作る。


「声が小さい! もう一度!」

「おおー!」

「まだまだ小さい! もう一度!」

「おおー!!」

「静かにしろ! ここは敵地(せんじょう)だっ!」

(ええーっ!?)


往年のコントのようなノリをひとまずこなして、いよいよ一行は森の中へと侵入を開始した。


フェルリアを先頭にしたユウゴ達は、森の中にある道を進んでいた。

とはいえ、それは舗装や整備がされているような道ではなく、獣道よりはマシといった程度の物だ。

おそらく、ドワーフとの取り引き等がある者達が使っているのだろうが、一月も使われなければあっという間に森に埋もれてしまいそうである。

そんな植物の生命力溢れるギスハーブン森林地帯の内部は、鬱蒼とした木々が日光をさえぎり、昼間だというのに所々に暗い影を落としていた。

エルフが住む森というよりは、妖怪やモンスターが住み処にしているといった方が似合っていると思える。

「エルフの人は、相変わらずこんな所によく住めるですね」

かつてヒョウリンマールだった頃、研究のためにエルフを訪ねた事のあるマールが当時の記憶と照らし合わせて感想を漏らす。

この不気味な雰囲気に包まれた森の中は、やはり人間にしてみれば住みづらそうに感じるのだろう。


しかし、フェルリアはともかく以外にもユウゴやラヴァは平気そうだった。

「元々、牛鬼(おれら)は深山幽谷とかにも住んでる種族だしな」

「我輩も修行でよく山に隠っていたので、この手の雰囲気には慣れっこである」

平然としたおっさん二人に、マールは感心したようにすごいですと呟いた。

「まぁ、ここに住んでいたワシから言わせれば、エルフなんぞ『高貴な森の住人』を自称しておるが、『引きこもりの田舎者』というのが真相じゃよ」

かつて自分を追放したエルフに対する嘲りを込めて、フェルリアが笑う。

「まぁ、そう……」

ユウゴが何か言いかけた時、急に気配の変わったフェルリアが歩みを止めた!

「……囲まれておる。数は……十人といった所か。だいたいがエルフじゃな」

警戒を促す言葉に、ユウゴ達は辺りを見回した。

そうして初めて、樹上から彼等を見下ろす人影に気付く。


(いつの間に……)

決して油断していた訳ではない。だが、それでもユウゴ達の間近に迫られた事は確かだ。

改めて森の中でのエルフが示す隠密技能の高さと、それに反応できるフェルリアの鋭さにユウゴは息を飲んだ。

それから数秒ほど、樹上の連中とユウゴ達のにらみ合いが続く。が、先に動き出したのはエルフ達の方だった。

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