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41 小さな火種

北のザクスン王国、南のコヒャク国、東のリュウセ国と西のブゲン国。

隣接しあう、四つの国のほぼ中央にそびえるのがガハサ山脈だ。

ガハサ山脈にはいくつかのドワーフの集落が点在し、山脈の裾野に広がる巨大なギスハーブン森林地帯には、エルフ達が縄張りを主張する地域が数ヶ所存在していた。

そんなドワーフの集落に最近、多数のモンスターが徘徊するようになり、採掘の邪魔になっているというのだ。

例に漏れず、この世界のドワーフも屈強な戦士ではあるのだが、モンスターの数は減る気配がなく、しかもガハサ山脈では見かけなかった種まで現れているという。


「幸い、大きな被害は出ていないわ。でも、今後どうなるかはわからないから、ヒサメちゃん達に調べてほしいのよ」

ラーダッタの言葉に、一行は腕組みしながら口をつぐむ。

確かに、ただの調査依頼ならラーダッタが【ギルド】に提出する依頼書は適正である。

本来なら上位のチームがランクの低い依頼を受けてしまうと、下位チームの仕事を奪ってしまうという事で、よほどやり手がいない場合を除いて【ギルド】側から却下される事がある。だが、調査依頼の初回に限っては却下の可能性はほとんどない。

前人未踏の地や他種族の領地では、どうしたってイレギュラーな事態は起きやすいので、実力のある上位チームが先行調査を行い、依頼レベルの程度が確定すれば次から下位チームを回すというやり方が基本になっているとも言えた。

今回のように最初からヒサメ達を指名している、ある意味裏取引のような真似が黙認されるのも、依頼レベルを大きく上回る危険もあると暗に言っているような物だからだ。

貴族階級からの依頼のような、最初から多額の報酬を約束された場合でもない限り、依頼主の懐事情にも配慮した苦肉の策ともいえる。


「ドワーフの集落に被害が及びそうだと言うが、山脈周辺のエルフの縄張りはどうなんじゃ?」

フェルリアの問いに、ラーダッタは首を振る。

「ギスハーブン森林地帯にモンスターが増えたって話は聞かないわね。もっとも、私達(ドワーフ)とエルフもそんなに仲が良いわけではないから、詳しくは知らないけど」

水と森の守護者であるエルフと、火と鉄の化身であるドワーフは敵対とまではいかないが、互いに嫌いあっている間柄だ。

それでも生息圏が近い隣人であり、人間の国家という領土拡大を狙う潜在的な敵に近い連中がいる以上は、もめるより味方(壁として利用するつもりだが)として、そこそこの付き合いを保った方がいいだろうというのが彼等の考えである。


「エルフに被害が出ていないらしい……ってことは、山脈の地下から沸いてきたって事なのか」

ユウゴの呟きに、多分そうねとラーダッタも頷く。

「おそらく探索だけなら三、四級のチームにちょうどいい依頼レベルよ。ついでに、私から紹介状も添えておくから、ドワーフの集落でサポートも受けられると思うわ」

「それはありがたいね」

ヒサメの言葉に、ラーダッタも破顔した。

知らぬ土地で補給を受けられるというのは、拠点作りの手間や維持が削減でき、その分調査へと時間を費やせる。

そして時間の短縮もそうだが、その分金になりそうな素材や資源の収集時間が増えるというのは、ギルドメンバーにとって喜ばしい事この上ない。


そんな皮算用に皆が顔を綻ばせていると、ひとり何かに気づいたマールが口を開いた。

「ですが、フェル姉さまはよいのですか?」

その言葉に、マールの意図することを察したユウゴもフェルリアに顔を向ける。

「そうだな……お前にとっちゃ、エルフの縄張りに近付くなんて辛いかもしれないな」

フェルリアの過去……銀の毛並みを持つ忌み子故に、最前線で働かされたあげく、和平の邪魔になるからと片腕を切り落とされて放逐された辛い思い出に対する心境は、ユウゴ達には計り知れない。

それだけに、彼女が拒否することも考えられたのだが、当のフェルリア本人は、心配無用とばかりに鼻を鳴らした。


「なぁに、ワシがいたのは南のコヒャク国と接している地方じゃったからな。ザクスン国側からガハサ山脈に向かうなら、馴染みの顔に会うこともないじゃろう」

そう言って笑って見せたものの、フェルリアはまてよ……と呟いて思案し始める。

「ふむう……確かに元の部族(あのくそったれ共)と会う事はないかも知れんが、ワシの姿が無用のトラブルを引き寄せんとも限らんな」

銀の忌み子は一部族だけでなく、エルフという種族全体で共通される忌避対象だ。

それだけに、エルフの縄張りに近づけば揉め事が起こる可能性は高い。

「私達が、ドワーフの所までの案内人として雇ったという事にしてはどうかな?」

ヒサメの提案に、フェルリアは頷く。

「そうじゃな……いや、いっそワシは奴隷という立場にしておくか」

さらに一歩踏み込むような彼女の提案に、皆が目を丸くした。

「んー、仲間を奴隷っていうのはなぁ……」

奴隷(そういうもの)に馴染みの浅い日本に生きてきたユウゴが、嫌そうな顔をする。

「まぁ、ブラック企業なんて現代の奴隷制度と言えなくもないし……」

「そういう、社会風刺みたいな事はいいから」

現代日本(あちらがわ)の者にしかわからない単語で話すユウゴとヒサメに首を傾げながらも、フェルリアは気にするなと告げた。

「ワシじゃって、他の連中相手ならこんな提案はせんよ。オヌシ……達じゃからこそ、こんな話もするんじゃ」

僅かに頬を染め、ユウゴを見つめながらフェルリアは言う。

そんな彼女の、取って付けたような「オヌシ()」という言葉に、ヒサメとマールがニヤニヤしながらさらに詰め寄っていく。


「んー、じゃあこの際だから、言葉使いもちょっと練習しようか?」

「ですです! 奴隷のフリをするなら、タメ口はマズいのです!」

なぜかノリノリな二人に押され、フェルリアはユウゴの前に立たされると、上目使いなっておずおずと口を開く。


「ご……ご主人……さま?」


言った瞬間、フェルリアの顔は赤く燃え上がり、ユウゴは雷に打たれたようにグラリと揺れる!

自分はともかく、ユウゴまで予想以上に衝撃を受けていることにフェルリアが内心驚いていると、ヒサメとマールがジェスチャーを送ってきた。

(今だ、もっとたたみかけろ!)

(チャンスです! 攻めるです!)

軽くパニクっていたフェルリアは、二人からのサインに抗う事なく流されてしまい、ユウゴの胸元にしなだれかかると、耳元でまた「ご主人様……」と囁いた。

再びユウゴの体がビクンと跳ねる。


そんな様子が面白すぎたのか、氷雪姉妹が更なる指令を送ろうとした所で、背後から止める者があった。

「その辺にしておくのである」

ラヴァに止められ、フェルリアもハッとしたようにユウゴから離れた。

「あまり初々し……くもないが、他人の色恋を茶化す物ではないであろう?」

まさかの元魔王からもっともな指摘を受けて、ヒサメ達は素直に引き下がる。

「すまないね、少し調子に乗ったみたいだ」

「ごめんなさいです」

「い、いや、気にせんでもいいぞ」

頭を下げる二人に、フェルリアも気にしていないと返した。

むしろ役得感すらあったので、こちらが礼を言いたい所だとは流石に言わなかったが。


まだ少しぼんやりしていたユウゴの肩をラヴァがたたくと、ようやく意識が帰ってきたようだった。

「大丈夫であるか?」

「あ、ああ……その手の店とか行ったことはなかったが、リアルで『ご主人様』とか言われると、結構くる物があるんだな……」

よくわからないユウゴの呟きに、ラヴァはまぁそういう事もあるのであると頷いてみせた。

だが、ユウゴの様子に手応えを感じたのか、舌の根も乾かぬうちにヒサメ達はフェルリアにアドバイス(?)を送りはじめる。

「いいですよ、フェル姉さま。この調子ならユウゴ兄さまを落とすのも時間の問題です!」

「そうだね、次はメイド服でも着ながら攻めてみようか」

「そ、そうか……って、そんな真似ができるかっ! 自分で言うのもなんじゃが、ワシ結構なお歳じゃぞ!」

「いやいや、私とほぼ同い年だし、いけるいける」

「エルフのメイドは珍しいから、ユウゴ兄さまもイチコロです!」

「じゃからやらんて! というか、マールは中身アレなくせに外見に引っ張られ過ぎじゃないのか!?」

(かしま)しい女達のやり取りに割って入る事もできず、端で眺めるユウゴ達にラーダッタは呆れたように呟きを漏らす。

「私もさぁ、結構な数のギルドチームを見てきたけど、あんたらほどマイペースな連中は見たことないわ……」

「ですよね……」

何一つ反論できないユウゴ達を尻目に、女達の喧騒は止まる事なく加速していった。


──ラーダッタからの依頼を受けることにしてから、三日が経った。

ラヴァの装備を新調し、ユウゴ達の装備のメンテナンスも終了した事で、完全に準備は整ったと言える。

「ふむ、見事な物である」

分厚い装甲ながらも、手首から指先まで動きを阻害することのない手甲の出来映えに、ラヴァは感嘆の声を漏らした。

武器を使わぬ彼の装備は、拳や蹴りを振るうのに合わせたスタイルとなっており、急所と手足以外の防御力は低い。

だからこそ、それを補うような軽量さと動きやすさがポイントになっていた。

とはいえ、元が刃も通さぬ頑強な皮膚の持ち主なので、守りの薄い部位でも問題が無いと言えば無い。

「これならば、ユウゴ殿に習った格闘術も存分に振るえよう」

「ああ、頼りにしてるぜ」

軽くシャドーをするラヴァに対し、ユウゴはバシバシと背中を叩いた。

するとラヴァは少し頬を赤らめて、提案してくる。

「どうだろう、ユウゴ殿。そろそろ我輩と組んず解れつ、寝技の特訓など……」

「却下だ」

ユウゴはラヴァの言葉を一蹴して、自身の装備を点検し始めた。

(ったく、寝技を覚えたラヴァ(あいつ)に夜這いでもされたら敵わんからな)

かなりの怪力を誇るラヴァから己の身を守るためにも、ユウゴは打撃術と一部の組技しか教えていない。

(真面目だから技の吸収が早いんだけど、同性好きなのがなぁ……。頼りにゃなるけど、俺の身が……あ)

ごちゃごちゃ考えていると、ふと疑問に思っていた事が頭をよぎった。

だから宿からギルド支部への道すがら、答えを知ってそうなヒサメにユウゴは尋ねてみる。


「そういや、ラーダッタってオカマ(アレ)なのに、神から嫌われて無さそうだよな?」

そう聞かれたヒサメは、ああと頷いた。

「ラーダッタのアレ(・・)は、ドワーフの鍛冶師特有の儀式みたいなものだよ。彼は普通に異性愛者さ」

そうなのか! と、ユウゴは驚く。

魔族……というか、魔王が神から見放された理由のひとつが特殊性癖(へんたいせい)にあったので、ラーダッタもそういう事があるのかと疑問に思っていたのだったが、そういう事ならば大丈夫なのだろう。

さらにヒサメ、そしてマールが加わり、ドワーフがそんな真似をするようになった伝承を語り始める。


それによれば、この世界にはかつて一組の夫婦神がいた。

彼らは、様々な種族を産み出した後、夫神は命を育むための太陽になり、妻神は産まれた者達の生きる大地となった。

そんな大地から産まれた鉱石を使い、武具を産み出すドワーフ鍛冶師(かれらは)母神への敬意と感謝を込めて母神(じょせい)の真似をするそうだ。


「……はー、なるほどねぇ」

この世界の、神話的な面白い話を聞いている間に、いつのまにかギルドの支部に到着していた。

早速中に入り、ラーダッタが出した依頼書を探そうと考えていたユウゴが扉をあける。

すると「おおっ!」と声をあげながら、一人の男がズンズンと近づいてきた。


「ぃよおぉ、チーム『氷刃』! 最近、大活躍なそうじゃないか!」

「げ!」

嫌そうな声を出すヒサメが最も苦手とする男。

暑苦しいまでのフレンドリーな態度で、特級チーム『炎剣』のリーダーであり『神人類』でもある、フォルノ・ヴォルボウが満面の笑顔で、ユウゴ達に左手を差し出してきていた。

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