36 魔王城、崩壊
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「いや、ちょっと待った! 本当は俺、そんなつもりは無かったんだって! 今からでも降伏……」
言葉の途中で剣閃が走り、リャーマの首が胴から落ちる。
「この期に及んで、往生際の悪いこと……」
刃に付いた血を払って、エリエスが刀身を鞘に納めた。
「こちらも無事に終わりましたです」
リャーマの率いてきた魔族達を全滅させた、マール達がにこやかに告げる。
それを受けて、一仕事終えた事を確認したエリエスは警戒を解いた。
「他愛のない連中じゃったな」
「所詮は雑魚だからね。私達の敵ではないよ」
暗に自分の強さを誇るヒサメに苦笑いしながら、フェルリアはユウゴの姿を求めて視線を移す。すると突然、彼女が求めていた男の背中が、視界いっぱいに広がった。
「ぐあっ!」
「!!」
状況はよくわからないが、短い苦痛の声と共に吹き飛ばされてきたユウゴの体が、フェルリアに激突してくる!
「っと!」
巻き込まれたフェルリアに気づいたユウゴは空中で身を捻り、彼女の体を抱き支えながら、なんとか着地した。
「すまん、大丈夫かフェルリア!?」
「お、おおおおう……!?」
仲間の身を案じるユウゴの腕の中で、真っ赤になったフェルリアは壊れたおもちゃのようにガクガクと首を振り、呂律の回らない返事を返す。
「フェルリアさん、ご無事ですか? ご無事ですね!? では、すぐに立ち上がった方がよろしいと思いますので、どうぞ私の手を!」
ダッシュで駆け寄ってきたエリエスが、有無を言わさずフェルリアの手を引いて、ユウゴから彼女を引き剥がした。
「っこの……」
文句の一言も言いたげではあったが、よく考えてみればユウゴの身に何らかの異常事態が起きた事は明白であり、吹き飛ばされてきたのだからそうなる原因がある筈と、百戦錬磨のエルフは現状把握に頭を切り替える。
「すまねぇ……油断した」
そう言いながらユウゴが指差す方を見れば、先程倒したはずのゲイバラーが玉座に寄りかかりながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「貴方もリャーマのように往生際が悪いようですね!」
さげすさむエリエスを睨み返し、ゲイバラーは何やら玉座を操作しながら口を開く。
「確かに往生際が悪く見えるであろう。だが、部下に裏切られようとも、魔王には魔王としてやらねばならぬ事があるのである!」
ガチン! と何かが噛み合うような音が響き、やがて魔王の城全体が小刻みに震えだした。
「何をしたんですか!?」
「この城を崩壊させるための装置を、発動させたのだよ!」
リネッサの問いに答えたゲイバラーの言葉に、全員の驚愕する声が重なる。
「貴様らに、ただ我輩の首をやるわけにはいかぬのでな。我輩と、死出の旅路と洒落こもうではないか」
魔王の道先案内役を光栄に思えと、ゲイバラーは高笑いをしていた。
それに呼応するかのように天井や壁が崩れ、パラパラと破片となって降り始める。
「じょ、冗談ではないわっ!」
「とっとと逃げなければ……」
「出口はあっちですぅ!」
バタバタと慌てて逃げる面々に対して、愉快そうに笑うゲイバラーの声はいつまでも響いていた。
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崩れ落ちる城から命からがら脱出したユウゴ達は、瓦礫の山となった元魔王城の前でしばし呆然していた。
「……まさか最後に、お約束のパターンで来るとはね」
ヒサメの呟きにも反応を示さず、エリエス達はペタリと座り込む。
「迂闊でした……魔王がこのような強行手段にでるとは……」
「せめて首だけでも取っておけば……」
悔しそうに項垂れるエリエス達にユウゴは声をかけ、ソッと布にくるまれたあるものを手渡す。
「ユウゴ様……これは?」
「ああ、リャーマの首」
その言葉に、思わずエリエスは手を離した。
地面に落ちた拍子に捲れた布キレからは、確かにリャーマの首がチラリと覗く。
「おいおい、落ち着け。ゲイバラーの首が取れなかった以上、こいつの首だけでも持ち帰らんと」
「ですが、魔王の幹部とはいえこんな奴の首が何の役に……」
「まぁ、最終的にはゲイバラーに反旗を翻して魔王を自称していたし、城の崩壊っていう状況証拠と合わせれば、魔王軍討伐の証明にはなるだろ?」
「言われてみれば確かに……こんなのでも、一応の証拠にはなりますね」
ユウゴの説明に、リネッサも頷いた。
それで納得したのか、エリエスは再び布でしっかりとリャーマの首をくるみ直して、持ち帰る準備をする。
その後、ユウゴ達は最初に上陸した海岸まで移動を開始した。
行きはリャーマに案内させたためにほとんど敵襲は無かったものの、帰りはガイド無しなので少し警戒を高めて進む。
だが、実際は拍子抜けするほどすんなり歩は進み、妨害らしい妨害もなく、ユウゴ達は最初の海岸にたどり着く事ができた。
若しかすると、魔王の城が崩れた事による命令系統の混乱が関係していたのかもしれない。
「さて……それじゃあ、ここで一旦お別れだな」
ユウゴの言葉に、エリエスが凄まじい表情ですがり付いていく!
「な、なぜですか! 共に凱旋し、ユウゴ様の勇姿とそれに寄り添う私の姿を皆に見ていただきましょう!?」
何やら既成事実を積み重ねようとするエリエスを、フェルリアが威嚇しながら睨み付ける。
そんな二人を嗜めながら、ユウゴはここで別れる訳を説明し始めた。
「今回の依頼、俺達はエリエス達のフォローとして雇われたんだから、二人がキッチリ手柄を立てた事をアピールしてもらわないと困るんだ」
元々はゴースト・ヒョウリマールの一件で失墜した、【騎士団】と【教会】の権威回復が今回の魔王討伐を行った発端である。なのだから、ユウゴ達はあくまでも裏方に徹しなくてはならないのだ。
そのため、皆で帰還するよりもエリエス達が先行し、誰の手柄なのかをアピールした方が、権威回復には有効だろう……と、いうのがユウゴの主張である。
「理屈はわかりました。ですが、ユウゴ様達はそれでよろしいのですか?」
実際にゲイバラーとの戦いは、ユウゴ個人が決着を着けたようなものであり、エリエスは成果を譲られる事に心苦しさを感じているようだった。
ユウゴと同じチームのメンバーてある、ヒサメ達の方にも申し訳なさそうに顔を向けている。
「ああ、私達も気にしてないよ。最初から、そういう予定だったしね」
本当に気にも止めていないヒサメの言葉に、フェルリアとマールも頷いた。
「お姉さま、ここは皆さんのお言葉に甘えましょう。私達は組織の代表として、やらねばならぬ事があります」
リネッサにも諭され、エリエスは不祥不精ながらも、先に凱旋することを受け入れた。
「俺達は、島で一泊してから戻るよ。気を付けてな」
「はい! 後ほど必ず……必ずお逢いいたしましょう!」
えらく強調して再会を約束しながら、エリエス達は沖に停泊する武装漁船へとボートで戻る。
ユウゴ達の帰還用には、彼女達を迎えに来た【教会】の者達が、大きめのボートを置いていってくれたために問題はない。
町へ戻る船に手を振って見送りながら、久々にメンバーだけになった『氷刃』の面々は夜営の準備を始めようとした。
「あー、みんな……ちょっといいかな」
ユウゴから声をかけられ、何事かと皆が手を止める。
「実は、みんなに伝えておかなきゃならない事があるんだが……」
歯切れの悪いユウゴの言葉にヒサメ達が怪訝そうな顔をしていると、こちらに向かって誰かが駆けてくる軽快な足音が聞こえてきた。
フェルリア達がわずかに身構えながら足音の方に注意を向けると、その足音の主がひょっこりと姿を現す。
「よっ!」
馴染みの店に顔を出した的な、気楽な雰囲気で挨拶してきたのは、カイゼル髭にブーメランパンツ一丁のマッチョな中年紳士。
「ゲイバラーァ!!??」
崩れる城と共に、瓦礫の下敷きになったはずの魔王の登場に、フェルリア達の叫び声が、薄暗くなりつつある黄昏時の空にこだまする。
生きとったんか、ワレェ! と臨戦体勢に入るフェルリア達を前に、ゲイバラーは両手を上げて敵意が無いことを示す。
「落ち着きたまえ、ユウゴ殿の仲間達よ」
「ユウゴ……殿?」
敬称をつけてチームリーダーの名を呼ぶ魔王。その姿に、皆がどういう事だと訝しげな目を、ユウゴとゲイバラーの双方に向けた。
「我輩はユウゴ殿に弟子入りしたのである。これから、世話になるので、よろしく皆の衆」
「………………な、なんだってーっ!!!!」
先程よりも夜の帳が降り始めた空に、再びフェルリア達の声が響き渡った。




