34 決着の一撃
魔王に比べれば、はるか格下のミノタウロスごときに見下ろされ、ゲイバラーの目に炎が宿った。
「我輩の知らぬ闘い方だと……?」
ゆらりと立ち上がった魔王の肉体に力が篭る。
「面白い! ならば見せてみるがよい!」
再び、全てを巻き込み砕く、嵐のような攻撃を再開させようと、ゲイバラーは初撃をユウゴの顔面へ向けて放った!
しかし、ユウゴは別角度からあっさりその拳を叩き落とすと、体が流れてがら空きになったゲイバラーの胴体に矢継ぎ早なジャブを数発、打ち込んだ。
「……?」
攻撃こそされたものの、ダメージなどまったく受けていないゲイバラーは、逆に不思議そうな顔をしながら、ユウゴから距離を取る。
「なんだ、いまのは? まさかあれがお前の言う闘い方なのであるか?」
あんな手打ちの打撃など、ゴブリンの攻撃にも劣る。
しかし、拍子抜けして呆れる魔王に対するユウゴは、まったくの余裕顔だ。
「今のは、ただの触診だ。内臓の位置を知りたかったんでな」
ますますユウゴの言葉の意味がわからない。
鋼の皮膚と筋肉の鎧を突き抜ける武器があるわけでもないのに、内臓の位置がわかったところでどうだというのか。
「まぁ、これからその意味を教えてやるよ」
そう言いながらユウゴは拳を構えると、上体を左右に揺らしながら、小刻みなステップを踏み始めた。
「シュッ!」
小さく呼気を吐き出すと同時に、ユウゴは地面を滑るようなフットワークでゲイバラーと間合いを詰める!
「むっ!」
近付けまいと振るわれるゲイバラーの拳をかいくぐり、ユウゴは次々と自分の拳を叩き込んだ!
まず、ユウゴが狙ったのは腹部への攻撃。
執拗に繰り返される腹への打撃は、驚異的なタフネスを誇る魔王にも、徐々にダメージを蓄積させていく。
そうして動きが鈍ってきた頃合いを見計らって、同じ胴体でも重要な臓器へ直接響く打撃へとシフトを変えていった。
弧を画くフックで腎臓を打ち、一瞬の隙をついて背後に回れば肝臓を貫き、さらにガードが開いた正面から心臓を穿つ!
そうしておきながら、思い出したようにボディブローも入り混ぜていく事も忘れない。
「がっ! ぐはっ!」
如何なる武器でも傷つく事のなかった魔王は、ただの拳による打撃を受けて、初めて苦悶の声を漏らす。
(なんだ……奴の拳は……)
肉体の奥まで打ち抜くような衝撃を受けて、ゲイバラーの足が止まる。
「ぶふーっ、ぶふーっ……」
どれ程打たれ続けていたのか……。
苦しげに悶えながら、ゲイバラーが荒い息を吐く。
(息が……なんだ、我輩の身に何が起きている……)
彼はその原理など知るよしもなかったが、腹を打たれすぎて横隔膜が痙攣しているために深く呼吸をすることができずにいた。
(これ以上はまずい……守りを……)
そう考えた時、ゲイバラーの脳裏に衝撃が走る!
(守り……防御だと? 我輩が!?)
様々な魔物と闘い、数多の勝利を納めて魔王の座に着いた自分が、そんな考えに至るほど追い込まれている……その事実が信じられなかった。
しかし、それでも現実を受け入れなければならない。
(認めるしかあるまい、このミノタウロスは強敵だと……)
人間に化けるだけの変種だと思い、なめていた事を自戒する。
(しかし、この程度の危機など何度も乗り越えて来た!)
かつて、己よりも強い者に虐げられていた頃の屈辱感が心に沸き上がってきた。だが、ゲイバラーはそんな感情に乱される事なく、それを飲み込んで勝利の為に自身を律する。
(今は耐える時……ユウゴを一撃で仕留める為に!)
久しぶりに訪れた苦戦と、それに打ち勝った時の充実感を得れると思えば、耐える事はゲイバラーにとって苦ではなくなっていた。
魔王の変化に、ユウゴも気づいていた。
彼に打たれながらも、振るわれていた魔王の攻撃はナリを潜め、ひたすら防御に徹している。
しかし、その目は全く死んではいない所から、カウンターを狙っているのは明白だ。
(まぁ、それが正しいだろうな)
相手に翻弄され続けるなら、守りを固めて一撃に賭ける。
絶対的に強固な肉体と、並外れたタフネスを誇るゲイバラーなら、その戦術は有効だ。
実際、ゲイバラーが倒れるよりもユウゴが打ち疲れる方が可能性は高いと彼自身も感じてはいた。
だからこそ、この流れになるのを待っていた。
(狙うは一点!)
魔王と同じように、最後の一撃を食らわせる為に、ユウゴは布石を打ち始めた。
頑強な肉体にさらに力を込め、鋼鉄の塊にでもなったかのようなゲイバラーは、ひたすらユウゴの猛攻に耐える。
怪力のミノタウロスとはいえ、本来ならば殴っているユウゴの拳が砕けてもおかしくはないというのに、それでも彼の攻撃はゲイバラーの骨身に響く。
(この、打撃の打ち方こそが、奴の言っていた未知の闘い方というものか……)
ユウゴの台詞を思い出して、魔王の口角が僅かに上がる。
(言うだけの事はあった。だが、それも間も無く終わりである)
ずっと攻め続けていたユウゴの息が僅かにあがり始め、拳の圧力も少しだけ緩んできた。
後は奴が大振りになった瞬間に、相討ち上等で敵の頭部目掛けて、死の一撃を放つだけだ。
我慢を重ね、力の溜め込まれた魔王の反撃は、たとえ寸前でかわされても拳に纏う拳圧で、ユウゴの頭を吹き飛ばすほどの威力を秘めている。
(さぁ……来い……来い……!)
虎視眈々と機を窺うゲイバラーの前で、ユウゴが大きく振りかぶった!
(もらった!)
目論み通り、大振りなユウゴと相討ち覚悟で、ゲイバラーは必殺の一撃を放つ!
だが、ユウゴの動きがピタリと止まった。
(フェイント!?)
まんまと釣られた事に内心、舌打ちする。だが、ここまできたら、こちらはもう止まれない。
敵の小細工など、まとめて打ち砕く意思のこもった魔王の拳が、ユウゴの顔面に叩き込まれた!
(よし、釣れた!)
狙い通りに相手の攻撃を誘い出したユウゴは、全身から妖気のオーラを放ってゲイバラーの拳圧を受け流す。
そうしておきながら、本命の拳は自身の顔面に突き刺さると同時に、首を捻って威力を流した。
「スリッピング・アウェーか!」
見事な捌きに、思わずヒサメがその技術を叫ぶ。
なんの事かはわからなかったが、それでも当たったはずの打撃から伝わる手応えの無さに、ゲイバラーはまた何かされたことを覚った。
そして次の瞬間、視界がブレ意識が飛びかけるほどの衝撃が、ゲイバラーを襲う!
威力を流す為に首を捻ったユウゴは、その勢いのままに体ごと回転させて、がら空きとなっていたゲイバラーの側頭部に、渾身の肘打ちを炸裂させていた!
「がっ……」
死角からの攻撃を受けた魔王は、朦朧としながら両膝をついた。
並みの相手なら、今の一撃で絶命していたであろう攻撃を受けて、わずかながらにでも意識がある事にユウゴは素直に称賛の言葉を口にする。
「さすが魔王だ……見事だったぜ」
その言葉が届いていたかどうかはわからない。
返事は無かったが、ユウゴは一つ頷くと、決着をつけるべく腕を振りかぶった。
処刑人の前で頭を垂れる罪人の如く、晒された魔王の延髄へと、ユウゴの手刀が落とされる!
本当に首が落ちたと錯覚させるような一撃で、意識を刈り取られたゲイバラーは、ゆっくりと床に崩れ落ちていくと、動くことはなくなった。
念のために、しばらく残心しながら構えていたユウゴだったが、どうやら魔王が再び動く気配がないと判断すると、ゆっくり構えを解く。
「ふうぅぅ……」
大きく息を吐いて力を抜くと、ユウゴは拳を天に翳す。
「魔王ゲイバラー……討ち取った!」
勝利を宣言するユウゴの声と、それに呼応する仲間達の声が、魔王の玉座の間に響き渡った。




