32 魔王ゲイバラーの脅威
リャーマが言っていた通り、ゲイバラーの城の中には、幹部クラスの承認が無いと起動する罠や開閉しない扉などがいくつか存在した。
それらを通過するたびに、チラチラとドヤ顔をしてくるリャーマにイラッとしつつ、ユウゴ達はいよいよ城の最深部へと歩を進める。
「ここの通路の突き当たりが、ゲイバラーの部屋です」
リャーマが示す長い廊下からは、確かにただならぬ気配が漂ってきていた。
「よし……行くぞ!」
意を決したユウゴ達は、万が一の時の為にリャーマを先頭にしながら、ゲイバラーの部屋を目指して廊下を進む。
一歩進むごとに空気が重くなるのを感じ、まるで巨大な猛獣の巣穴にでも入ってしまったような錯覚を覚えてしまう。
(現代日本でも、これほどの圧力をかけて来る奴はそうそういないぞ……)
かつて、何度か戦った事のある大妖怪を思い浮かべながら進んでいると、やがて重厚な扉の前に到着した。
「不意打ちは……できなさそうだな」
扉を軽く押してみたものの、ビクともしないその重さに、ユウゴは相手に知られず先手を取ることは無理だと判断する。
「そりゃそうだ、この扉は中からの許可が無ければ開かないよう、魔法で細工がしてあるからな」
フフンとなぜか自慢げに言うリャーマを、エリエスが剣先でつついた。
「でしたら、さっさと中から開けさせるようにしなさい」
直接手合わせをして負けたわけではないエリエスに言われて、リャーマは不満そうに顔をしかめるも、ユウゴに睨まれてすごすごと引き下がる。
そうして一つ深呼吸をすると、リャーマは扉をゴンゴンとノックした。
「ゲイバラー様、リャーマです。少しよろしいですか?」
──中からの返事はない。
しかし、幹部である三鬼人の一人が訪ねて来たことに何かを感じたのか、ガチャリとう鍵の解除される音が響き、ゆっくりと扉は左右に開いていく。
すると、ギリギリまで通れる幅になったと同時に、リャーマが室内へと飛び込んでいった!
呆気にとられていたユウゴ達だったが、ようやく開ききった扉を前に、彼等も室内へと踏み込んで行く。
狂暴な肉食獣の檻に入ったような、緊迫感を覚えるユウゴ達の視界に飛び込んで来たのは、部屋の奥に鎮座する玉座に座る人物。
一見すれば、角や尻尾といった外見的な魔族の特徴は見当たらない。
オールバックにきっちりと固めた髪に、厳つい顔付き。鼻の下にたくわえた、ピンと伸びる『カイゼル髭』がよく似合うダンディな雰囲気である。が、それは首から上だけの話。
彼の魔王が体に纏う布面積は小さく、ほぼ全裸に近いブーメランパンツに星形のニプレスといった出で立ちであり、現代日本なら外出すればポリス案件間違いなしだ。
一級のボディービルダーを思わせる、張りとキレのある筋肉を見せつけるのが目的なのだろうその格好は、決死の決意を決めてきたユウゴ達ですら唖然とさせるに十分だった。
「ふむ……彼等が我輩の命を狙ってきた侵入者か」
「ははーっ、左様でございます!」
魔王のインパクトに目を奪われていたが、よく見ればその足元には土下座するリャーマと、尻を押さえて涙する数人の男達の姿があった。
自分達が来る前に何をヤっていたのかと困惑するエリエス達を一瞥し、ゲイバラーは足元で報告をする部下を見下ろす。
「確か、マハドーリとガマツもやられたとの事であったな……?」
「は、はい! 奴等は手強く、ゲイバラー様のお力を……」
「では、なぜ貴様は生きている?」
言葉を遮る魔王の問いに、リャーマの体がビクンと震えた。
わずかな沈黙の時間が流れる。
それを答えとしたのか、ゲイバラーは一つため息を吐いた。
「……リャーマ、貴様には罰を与える」
その一言に、またもリャーマの体がビクンと震える。
「そうだな、『夜通しワッショイ、男三本締め』の刑に処するとしよう。転がっている連中を片付けて、下がっておれ」
謎の刑罰を言い渡されたリャーマは、ブルブル震えながらも床に転がる男達を引きずって、玉座の後ろにあるらしい別の扉から出ていった。
「待たせたな、侵入者諸君」
ゲイバラーはゆっくりと立ち上がる。
身長や体躯はユウゴより頭一つ分ほど大きい程度にすぎない。が、たったそれだけの動作で、室内の圧力が増したような気がした。
「先に言っておくが、我輩は女子供を手に掛ける事を好まない。今なら引き返せるが、どうするかね?」
意外な問いかけではあった。しかし、エリエスは怒りを持って答える。
「なめないで下さい! 貴方を討つと決めた時、すでに覚悟はできています!」
「そうです!人類に仇為す邪悪な魔族……必ずや倒してみせます!」
激高するエリエスとリネッサの言葉に、ゲイバラーはやれやれと呟きながら顎を擦った。
「人類に仇為すとは、随分な言われようであるな。これでも、挑んで来た者しか殺めてはいないのだがね」
「だまらっしゃい! ヒョウリンマールの一件、知らぬとは言わせませんよ!」
「ヒョウリン……マール?」
証拠を突きつける探偵じみたエリエスの物言いに、ゲイバラーはきょとんとした表情で首を傾げる。
「惚けても無駄です。あんな真似が出来るのは、魔王並の存在が関与しているのは明白なのですからね!」
さらに追い詰めようとするリネッサ。
その二人の後ろで、なぜか居たたまれない顔つきになっている『氷刃』メンバー達。
そんな人間達を不思議そうに眺めながら、血気逸る二人の乙女を前に、ゲイバラーはククク……と喉を鳴らして笑う。
「何の事かはわからぬが……まぁ、よい。引かぬと言うのならば、このゲイバラー・オッスオッズの名に懸けて、全力でお相手しよう!」
ほとばしる肉体美を誇るように、ポーズを決めて魔王は宣言した。
「ザクスン王国白の騎士団団長、エリエス・カロ・エルザクスン参ります!」
「同じく【教会】北方支部所属の大司教、リネッサ・ルド・エルザクスン……行きます」
「【ギルド】特級チーム『氷刃』リーダー、『剛腕』のユウゴ!」
「同じく『氷雪の女王』ヒサメ!」
「さらに『氷の妖精』マール!」
「え?あ……ぎ、『銀狼』フェルリア……」
若干、ノリについてこれなかったフェルリアを除き、魔王に対抗してそれぞれがポーズを決めながら、ユウゴ達も名乗りをあげる!
「よろしい、かかって来るがよい!」
そんな敵に満足したのか、ニヤリと笑ったゲイバラーは、クイクイと手招きをしてみせた。
それを皮切りとし、戦いの火蓋は切って落とされる!
「風よ!」
ノリにはついてこれなかったが、先手を取ったのはフェルリア。風の魔力によって精製された最速の矢が魔王を強襲する!
「フッ……」
小さく笑って、ゲイバラーは筋肉の膨張だけでその矢を弾き、消滅させてしまう。
だが、その一瞬の隙を見逃さずに、ユウゴとエリエスが魔王の左右から斬りかかった!
「はぁっ!」
ゲイバラーの気合いの声とガキン! という金属音に似た音が響き、ユウゴ達の斬撃が止められる。
「なっ!」
「なんだとっ!」
驚愕する二人を、まるで虫でも払うかのごとく両腕を振り回して払い除けるゲイバラー。
その馬鹿馬鹿しい膂力と頑強さを見せつける魔王に向かって、ヒサメとマールの氷雪魔法が放たれた!
『強氷結』(×2)
同じ魔法を同時に発動させた相乗効果により、威力を増した凍気が瞬く間にゲイバラーを凍てつかせていく。
しかし……。
「効かぬぅ!」
薄皮を剥がすように、魔王の表面を凍らせただけの薄氷が砕け、その下からは艶々とした筋肉が姿を現した。
「我輩の鍛え上げたこの肉体には、一切の魔法では通じぬのだ!」
その信じられない発言に、ヒサメ達がギョッとする。
「今度はこちらから行くぞ」
宣言してからの、大振りすぎる拳の一撃。
しかし、迫り来るその攻撃は大気を歪め、秘められた圧力を嫌が応にも感じさせた。
「させません!」
リネッサがその攻撃を受け止めるべく、魔力の障壁を作り出す。
「ぬるいわぁ!」
だが、ゲイバラーの一撃はその盾を易々と粉砕し、爆発じみた衝撃をもってリネッサ達を吹き飛ばした!
「リネッサ!」
妹同然の従姉妹を襲った衝撃の大きさに、エリエスが悲痛な声でリネッサの名を叫ぶ。
それと同時に、リネッサへと暴の権化のような一撃を放った魔王に対して、『神人類』としての闘気を全開にしながら斬り込んで行った!
再び、激しい金属音が鳴り響く!
そして、その斬撃の結果に思わずこぼれたエリエスの声も小さく響いた。
「……そんな……馬鹿な……」
全力で斬り込んだ彼女の剣は、わずかばかりにゲイバラーの皮膚を切り裂いたに過ぎず、ダメージらしいダメージを与えることが出来ていなかった。
「ぬるい……ぬるすぎる!」
呆然とするエリエスの腕を掴み、ゲイバラーは吼える!
「貴様……どうやら『神人類』のようであるが、なんだあの腑抜けた一撃は! 才能にかまけて、鍛練を怠っていたのか!?」
「わ、私は……常に鍛練を……」
魔王に掴まれた手甲がメキメキと音を立ててひしゃげていく中、エリエスは弱々しく反論した。
そんな彼女をゲイバラーは鼻で笑うと、ボキリと腕をへし折って放り投げる。
間一髪の所で床に叩きつけられる寸前、ユウゴがカバーに入り事なきを得た。
「大丈夫か、エリエス!?」
「は、はい……」
腕を折られた苦痛に顔を歪めながらも、エリエスは答える。
そんな姿を見下ろしていたゲイバラーが、心底呆れたといった口調でエリエスを責めた。
「情けない……我輩ら魔王に対抗するために、あの憎き神によって祝福された『神人類』が、この程度とは……」
期待はずれもいい所だと呟く魔王に対して、エリエスは言葉を返す事も出来ない。
「大方、大した実戦も経験せず、死地を乗り越えた事もあるまい
……貴様のようなナマクラでは話にならん。身の程をわきまえぬ、己の未熟さを呪うがいい」
トドメとばかりに、拳が振り下ろされる! しかし、それをユウゴが咄嗟に受け止めた!
「ぬ……!?」
「さっきからペラペラと調子こいてんじゃねぇぞ、この変態が!」
両者の肉体が、ギシギシと軋みながら互いを押し合う。
「ほう……ぬるい『神人類』と違って、随分と手応えのある男ではないか」
「そりゃ、どーも……ついでにこれでも食らっておけ!」
死角からのユウゴの蹴りが、魔王の顎を跳ね上げて数歩退かせる。
その隙に、ユウゴはエリエスを小脇に抱えると、先ほど吹き飛ばされたリネッサ達の方へと駆け出した。
「お前ら、大丈夫だったか!?」
「うむ、なんとかな」
ユウゴの問いに、フェルリアが答える。
彼女達は魔王の一撃を受けながらも、フェルリアが風の精霊魔法でクッションを作り、着地した後にリネッサが回復魔法でダメージを癒していた。
「悪いがエリエスの回復も頼む」
ユウゴがエリエスを床に下ろすと、駆け寄ってきたリネッサが素早く回復魔法を発動させる。
それを見て安心してように頷いたユウゴは、魔王の方に視線を移した。
「フフッ、貴様はなかなかやるではないか……」
血の混じった唾を吐き捨てて、魔王は笑う。
(チッ……同じ魔王だっていうのに、ロリ魔王とは次元が違いすぎるじゃねぇか……)
ユウゴの蹴りをまともに食らいながらも、さほどダメージを受けた様子はないその姿に、彼は内心で舌打ちをする。
彼をこちらの世界に呼び出した、少女の姿をした魔王とは笑えるほど違う肉体的強さに、辟易してしまう。
魔法は通じず、刃も通さぬ鋼の肉体を誇るゲイバラーに、改めて魔王と呼ばれる存在の恐ろしさを、ユウゴ達は感じていた。




