30 三鬼人
「男は生け捕りにしろ! 女は犯すなり食らうなり、好きにしていいぞ!」
鎧のオーガから下された命令に、再びゴブリンとオーガ達は喜びの咆哮をあげる。
獣欲に目をギラつかせながら、我先にと女達へと殺到していった。
「やれやれ……こんな連中にモテたくはないんたけどね」
「まったくじゃな。それじゃ、先に行かせてもらうぞ!」
ため息を吐くヒサメに同意しながら、フェルリアは先陣を切る。
「唸れ、テルミステア!」
愛用の魔法弓が、主の命に従って水の矢を装填し、一斉に撃ち放つ!
矢は狙いを違わず、魔族達の先頭にいたゴブリン数匹に着弾し、その頭を吹き飛ばした!
フェルリアは、そのまま弾けた水が霧のようになって周囲に広がるよう、コントロールを施す。
「ナイスです、フェルリア姉様♪」
彼女の意図を察し、素早く魔法の詠唱していたマールが、濡れている魔族達に向かって魔法を解き放った!
『強氷結!』
力ある言葉と共に、かざしたマールの両手から極寒の冷気が魔族達に襲いかかる!
死の吹雪が通りすぎた後、濡れた体に冷気を浴びて一気に体温を奪われたほとんどのゴブリンが、立ったままの状態で凍死していた。
使いパシリ程度とはいえ、手下を殺された事を理解したオーガ達が吠える!
さすがに、強靭な生命力を誇るこの大鬼達は即凍死とはいかなかったようだ。
「節約もいいけれど折角の初戦だし、ちょっと派手にいこうかな」
ニコリと蠱惑的な笑みを浮かべた、ヒサメが詠唱する声が響く。
すると魔法は厄介だと本能的に悟ったオーガが三体、ヒサメに向かって突進していった。
「遅いね」
オーガの手がヒサメに届くまで、あと数メートルといった所で、彼女の魔法が完成する!
『串刺し氷柱!』
ヒサメの魔法により、地上から破城槌を思わせる氷柱が大地から加速しながら精製され、突進してくるオーガ達を、次々と串刺しにしていく!
苦しげな悲鳴が響く中、ヒサメは肩をすくませてため息を一つ。
「大変だね、易々と死ねないというのは……」
「さすが『特級』チーム。ユウゴ様以外のメンバーもやりますね」
自分に向かって来たオーガ二体の攻撃を優雅にいなしながら、エリエスはヒサメ達の戦いを観察していた。
ゴブリンはともかく、オーガをも歯牙にかけない彼女達の戦いっぷりは見事なものだ。
できれば部下の騎士達にも見せてやりたいと、エリエスは思う。
「さて、こちらもさっさと片付けましょうか」
エリエスの呟きを聞いていたかのようなタイミングで、彼女の周囲に光の障壁が精製され、オーガの攻撃を弾き返す!
「お姉さま、今です!」
エリエスの意を完璧に汲んだリネッサの魔法に、ウィンクして返した白の騎士団団長は、その名に恥じぬ突進でもってオーガの分厚い胸板を貫いた!
さらに渾身の力を込めて剣に捻りを加えると、大鬼の胸から背中にかけてが、その圧力に耐えかねて爆発する!
胴体に大穴を開けられた仲間の死に様を見せられ、恐慌状態に陥った最後のオーガは逃走を謀ろうとした。が、またも光の障壁に阻まれて退路を絶たれてしまう。
「お姉さまの見せ場を減らそうなんて、なんて悪い子……きっちりトドメを刺されてください」
幼子に言い聞かせるようなリネッサの言葉に、オーガの顔色が青ざめていく。
そんな大鬼が、近づいてくる足音に恐る恐る振り返った。
「人に仇なす魔族は、逃がさない……」
使命感に燃えるエリエスの表情を見たオーガの、怯える悲鳴が大きく鳴り響いた。
「どうやらお前の部隊も壊滅したようだな……で、お前はどうする?」
仲間が戦っている隙を突いて、リーダー格の鎧オーガと対峙していたユウゴが静かに問いかける。
「フン、雑魚を蹴散らしたくらいで調子にのりよって……」
部下を失ったにも関わらず、余裕の態度を崩さぬ鎧オーガは背にいしていた大剣を抜き、構えた。
「元より俺だけでも十分よ。見せてやろう、ゲイバラー様直属の三鬼人が一人、『完全武装の大鬼』のリャーマ様の力をな!」
名乗りを上げると同時に、鎧オーガことリャーマは大剣を振りかぶる!
しかし、それよりも速く懐に入り込んだユウゴは、その首めがけて斬りかかった!
「うおおぉぉっ!」
焦りの混じった雄叫びをあげながら、リャーマは振り下ろした大剣で辛うじてユウゴのハンドアクスを迎撃する。
「ちっ!」
一撃で仕止められなかったユウゴは、舌打ちしながら二撃目を放った!
「ちょ、ちょっと、待っ……」
完全にユウゴの間合いに陣取られ、大剣の理を潰されたリャーマは防戦一方だ。
なんとかユウゴの隙をうかがって間合いをとりたいリャーマだったが、それより先に大剣に限界が来る。
ビシリと音を立てて、大剣に亀裂が走った!
「うそぉ!」
驚愕するリャーマの姿に、ニヤリと笑ったユウゴはダメ押しの一撃を見舞う。
次の瞬間、リャーマご自慢の大剣は無惨にも砕け、へし折れてしまった!
折れた刀身が宙を舞い、地面に落ちる様を、鎧オーガは茫然自失といった様子で眺めていた。
「ふぅ……」
一息ついたユウゴは、そんなリャーマに再び問いかける。
「それじゃ、その首もらっていいな?」
それに対するリャーマの返事は……
「降参します♥」
残る大剣の柄を投げ捨てて、媚びるような笑みを浮かべながら両手をあげるのだった。
「いやぁ、『神人類』のご一行とは、旦那方も人が悪い。先に言ってもらえれば、無駄な抵抗もしませんでしたのに」
すっかり卑屈な態度になったリャーマは、おべっかを使いながらユウゴ達を先導して、一行の先頭を歩いている。
降伏した彼から、自分も魔王に恨みがあるからゲイバラーの居城までの案内をさせてほしいと懇願され、今に至っているのだが、正直なところ怪しいことこの上ない。
ちなみに、恨みってなんだよと尋ねた所、尻を押さえながら一筋の涙を流したので、それ以上は聞くことができなかった。
「そういえば、あなたは『三鬼人』の一人とか言ってましたね。言葉面から他に二人いるんでしょうけど、どんな魔族なんです?」
平然と裏切ったリャーマに対して、侮蔑の入り交じった声でエリエスが尋ねる。
「ああ、それなら……」
ニヤリとしたリャーマの返事に合わせるように、ユウゴ達の頭上から声が響いた。
「リャーマ。なんだ、そいつらは?」
突然の声に一行がギョッとしていると、さらに驚きの光景がユウゴ達の眼前で繰り広げられる。
一体、どこに潜んでいたのか、周囲の木々よりも頭一つ大きい巨大鬼がいつの間にか姿を現していた。
「バカな! こんなデカブツにワシが気付かんなどと……」
小山のような巨体でありながら、感覚の鋭いエルフの警戒を潜り抜けるトロールに一同は戦慄を覚えた。
「彼は三鬼人の一人、『不可視の巨大鬼』のマハドーリ! 姿と気配を消し、圧倒的な怪力の不意打ちであらゆる敵を粉砕する恐怖の暗殺者なのだ!」
「ぐははは、誉められると照れるじゃねーか。で、そいつらはなんだ? 喰っていいのか?」
「おお!協力してやっ……」
意気揚々としたリャーマの言葉が終わらぬうちに、ヒサメとマールが発動させた魔法から生まれた巨大な氷柱の杭がトロールを貫く!
「ぐはぁ!」
逆に不意打ちを食らった、マハドーリの苦鳴のが空気を揺らした。
さらに追い打ちとばかりに、氷山のような氷塊がマハドーリを頭上から押し潰し、先に発生させた氷柱がミサイルのように飛来して、昆虫標本のごとくトロールの体を大地に縫い付ける!
もはや声をあげる事も出来ず、ビクビクと痙攣するマハドーリの体は凍りついていく。
やがて、強力なトロールの肉体再生能力を生かす事なく、暗殺者の巨大鬼の命の灯火は消えていった。
「まぁ、不意打ちが得意な奴が姿を現せばこうなるよね」
「これもリャーマさんが私たちと一緒にいたおかげなのです!」
「そ、そう言ってもらえると……」
有無を言わさぬ速攻で三鬼人の一人を倒したヒサメとマールに、リャーマは謙遜ながらも恐怖に濁った目を向ける。
そんな彼に、マールが意地悪そうな笑みで顔を向けた。
「そういえば、先程『協力してやっ……』と言ってましたけど、何をやる気だったのですか?」
「ち、違います! きょ、協力して、あいつをやっちゃいましょうと言いたかったんです!」
端から見てわかりやすいくらいに狼狽しながら、リャーマは必死に訴えた。
「まぁ、騙そうってんなら、それはそれで構わない。こっちも遠慮なく、ぶっ殺せるからなぁ」
「は、はは……裏切るなんてそんな……」
逃げられぬよう肩を組んで話すユウゴに、ダラダラと汗を流しながらリャーマは「つ、次へ行きましょう」と促した。
リャーマの案内の元、再び魔王の城へと向かう一行は、特に敵から襲われる事もなくすんなりと城門の近くまでたどり着く。
思ったよりも時間短縮になった事に気を良くした面々は、さっそく殴り込もうとしたが、リャーマにそれを止められた。
「いきなりは無理ですよ! あの城門には、門番として俺たち三鬼人のリーダーであり、最強の男が待ち構えているんです!」
「でも、お前を基準にしたら、最強なんて言われても大した事無さそうだけどなぁ……」
「あ、そういう事言っちゃいます? 俺だってねぇ、群れ単位のオーガの頭に君臨するくらいには強いんですけど?」
「んー、でも……」
「遅ぉい!」
押し問答をしていたユウゴ達に痺れを切らしたのか、突然城門が勢いよく開いて、中から大きな影が姿を現した。
「貴様ら、いつ乗り込んでくるかと思って待っていれば、くだらん言い合いなんぞしよって!」
その巨大な人影は、大きな目をギロリと向けながらユウゴ達を見下ろしていた。
「サイクロプス……」
「ほぅ……」
一つ目の鬼の種族名を呟いたユウゴに、サイクロプスは感心した風な声を漏らした。
「いかにも、我は『偉大なる一つ目鬼』のガマツ! 貴様らをここで、死に至らしめる者だ」
(むぅ、生意気な……)
その自信満々な態度に、ヒサメはこっそりと不意打ちをしようとする。
すると、それをガマツに咎められた。
「愚か者め。我に氷雪魔法での不意打ちなんぞ効かぬぞ」
「な、なんでそれを……」
ヒサメに代わって、驚いた表情のマールが思わず聞き返す。
「我の瞳は、この島で起こったあらゆる事象を見通せる。故に、貴様の裏切りもわかっているぞ、リャーマ!」
「ち、違っ……」
「黙れぇい! おとなしく貴様も食らうがいい!」
リャーマの言い訳に聞く耳を持たず、ガマツは叫ぶと同時に力を貯めるべく、両腕を顔の前でクロスさせた。
「いけない! あれはサイクロプス族の必殺技……」
「サァイクロップスゥ、ビイィィィムゥゥッ!」
注意を促すエリエスの声と、必殺の一撃を放つガマツの声が重なる!
種族の必殺技の名に恥じず、一つ目鬼から発射された怪光線は、着弾と同時に巨大な爆発となってユウゴ達を飲み込んでいった。




