27 堕ちた『神人類』
騎士団屯所の一階、室内の訓練所には異様な熱気が籠っていた。
団長であるエリエスと、『特級』チームのユウゴが行う模擬戦を見学するために、白の騎士団の団員達が何処からともなく集まった為である。
「おいおい……何処から聞き付けたんだよ、こいつら」
室内の壁を取り囲むようにして彼等に注目する騎士達に、ユウゴは呆れて呟く。
「強者同士の戦いは、見ているだけでも勉強になる。是非とも、部下達の肥やしになるよう、頑張ってもらいたい」
刃引きされた剣を軽く振りながら、エリエスは挑発めいた口調でユウゴと対峙した。
「武器はどうするのかしら?」
なんなら腰に差している愛用武器を抜いてもいいのよと、エリエスは促した。
しかし、ユウゴは丁重にそれを断る。
「俺は組み打ちなんかも得意でね。怪我をさせちゃマズいから、素手でいいよ」
挑発を返すようなユウゴの台詞に、エリエスからわずかな殺気が立ち昇った。
「団長にあんな事を……」
「かなりの自信だな」
だが、自分達の団長にあれだけの口を叩くユウゴへの興味は膨らんだらしく、二人を見守る騎士達の好奇心の籠った会話で、周囲はざわつき始める。
しかし、会話の内容は「どちらが勝つか」ではなく、「ユウゴがどれだけ粘れるか」が主な話題だ。
普通なら賭けでも始まりそうな雰囲気ではあるものの、それを言い出す者がいないあたりに、騎士達の育ちの良さを感じさせる。
逆に、
「さてさて、どちらが勝つだろう。一つ賭けようか?」
「ワシはユウゴに決まっておる!」
「私もユウゴ兄様に賭けるです!」
「やれやれ、それじゃあ賭けにならないじゃないか」
などといった会話をしながら、騎士達にまで賭けを持ちかける仲間達。
その姿に「なにやってんの、あんたらはもぅ……」という、お行儀の悪い我が子に恥じ入るお母さんのような居たたまれなさを感じたユウゴは、我知らず頬を赤く染めていた。
「貴方が勝つと信じてるのね……いい仲間じゃない」
「まぁな。品行方正なあんたの部下とは違うけど……」
「フフッ……そんな信頼を裏切るのは心苦しいけど……行くわよ?」
「いつでもどう……」
「ぞ」と口にする寸前に、二人の姿が霞むようにブレた!
そして次の瞬間、パキィン!という金属音が響き、目にも止まらぬ速さで二つの影が交差する!
一瞬だけ消えたように見えたユウゴとエリエスは再び姿を現し、相手を見据えながらやるじゃないかと声を掛け合った。
「んん? いったい、何が起こったですか?」
「うーん、私にもわからなかったねぇ」
「まぁ、魔術師であるオヌシらには見えんでも仕方がなかろう」
「おや、フェルリアには見えたのかい?」
怪訝そうな表情をするヒサメとマールに、フェルリアはあったり前じゃと胸を張って見せた。
「先手を取って踏み込んだエリエスが、ユウゴの右脇腹を狙って剣を振るった。しかし、ユウゴはその刀身を右手で捌き、左の打撃でカウンターを入れようとしたのじゃな」
フェルリアの解説に、ほうほうと頷きながら、ヒサメとマールはそれを再現した動きをしてみせる。
「じゃが、エリエスもその打撃を寸前でかわして、バックステップで元の位置に戻ったという訳じゃ」
そうじゃろう?とフェルリアがユウゴに問いかけると、それで合ってると答えるように、彼は親指を立ててみせた。
すると、その攻防が見えていなかった騎士達からも感心するようなため息が漏れる。
「……まったく、この程度の動きに付いてこれないなんて、また鍛え直さなくてはならないわね」
「どんだけ厳しいんだ、あんたは」
呆れるユウゴに、かわいい部下が死なないように鍛えるのが私の義務だとエリエスは言う。
「まぁ、その前に貴方をねじ伏せないと、ねっ!」
言い終わると同時に、またも二人の姿がブレる!
今度は一瞬だけではなく、派手な金属音と火花が、連続で激しく鳴り響いた!
常人の目には写らぬ速さで、ユウゴがエリエスの剣を弾き、捌きながら反撃を行う! が、ユウゴの拳や蹴りを紙一重で避けながら、更なる攻撃をエリエスは加えた!
やがて一際大きな音が響き、両者は距離を取って動きを止める。
あれだけ凄まじい動きをしていたというのに、たいして息も乱れていない化け物二人に、騎士達から歓声が上がった。
「……思っていたよりもやるわね」
「そうだろ。 だからあんたも遠慮せずに本気を出してもいいんだぜ?」
不遜な物言いのユウゴに、エリエスは内心ムッとする。
(思ったよりも私についてこれたからか、調子に乗せてしまったみたいね……)
これから大業を成さねばならぬという時に、部下として使おうとしている者達から、なめられる訳にはいかない。
(なら、その鼻っ柱をへし折ってあげましょう!)
生意気な【ギルド】の人間に、上には上がいる事を教えてやろうと、本気になったエリエスの肉体から凄まじい闘気が溢れだして、対峙するユウゴに叩きつけられる!
「こ、これは! 団長が本気になられた!」
「ああなった団長は普段の三倍は強い! 彼は降伏するべきだ……」
「い、いや、待て……彼はまだ戦るつもりだぞ」
本気になったエリエスを前に狼狽える騎士達にくらべ、正面からその闘気を受けているユウゴは、口の端を持ち上げて笑みを浮かべていた。
(そうだ、本気で来てもらわないと困る……)
全身に剣の切っ先を突きつけられたような、濃密な闘気に晒されて、額から冷や汗をにじむ。
そんな状態ではあるが、ユウゴは想定した状況が訪れた事に満足していた。
(さて、俺の能力が通じるかどうか、試させてもらうか)
目の前の『神人類』に対抗すべく、まるで睨み殺すかのように、ユウゴは牛鬼の妖術を発動させた!
(なに? 笑っているの?)
『神人類』の力を解放し、常人が耐えられる限界を遥かに越えた圧力を掛けているにも関わらず、目の前の男は笑みを浮かべる。
目に宿る光から錯乱した訳ではないようだが、このプレッシャーに晒されて何ができるとも思えずに、彼女は小さく吹き出した。
(まぁ、私の本気を前にして強がれるだけでも……っ!!)
突然、今まで感じた事のない悪感に襲われ、エリエスは息を飲む!
(な……に、これ、は……)
背中を冷たい汗が流れ、動悸が激しくなる。全身が震えだして、剣を握る手からも力が抜けていくようだ。
急激な体調の悪化に、何かされたのだろうかと、ユウゴを睨み付けた。
しかし、彼の構えや佇まいにたいした変化は起こっていない……いや、強いて言えば、こちらを見る視線が変化したような気がする。
鋭く射抜くようなその眼光から、目を離したくても視線を反らす事ができないのだ。
(ぐっ……)
エリエスは気力を振り絞った。
部下達が見ているのだ、情けない姿は見せられない。
息も乱れてまともに呼吸もできないが、誇りだけを頼りにへたり込みたくなる気持ちに鞭打って正面を見据えた。
(どうやら、これは『神人類』にも効くみたいだな)
試してみたかった能力を行使した結果は、吉と出たようだ。
ユウゴの言う「これ」とは、牛鬼の能力の一つ『凶眼』である。
伝承によれば牛鬼に睨まれた者はどんどん衰弱して行き、やがて死に至るという。
むろん、この場でそこまでするつもりは無いはないが、わずかな時間でも『神人類』に対しても十分な効果がある事がわかった。
(よっし! それじゃあ、さっさと終わらせるか)
実験の結果が知れた以上、無駄に戦いを長引かせる必要もない。
迅速に勝利を納めるべく、ユウゴは動いた!
エリエスの急な体調の変化は、端から見ている者達の目にも明らかだった。
これはもうすぐ決着がつくと、誰もが思っていたいた中、ユウゴが先手を取って動く!
消耗しているとはいえ、それに遅れをとる事なくエリエスは反応し、突きを放とうとした!
だが、不意にユウゴの動きが一瞬、止まる。
(フェイント!?)
気づいた時にはもう遅い。
誘われて繰り出された突きはあっさりとかわされ、エリエスの懐に潜り込んだユウゴは彼女の足を払った!
エリエスの視界と体は回転し、頭から床に落ちる!
(っ!!)
このまま後頭部を床に叩きつけられると思われたその時、横から差し込まれたユウゴの手が、エリエスの体ごとふわりと彼女を抱き止めた。
「俺の勝ち……でいいですかね?」
間近にあったユウゴの顔に、エリエスは一瞬キョトンとしていたが、状況を理解したのか、みるみる顔が赤く染まっていく。
ビョンと機械仕掛けの人形のようにユウゴの腕から飛び退くと、そのまま脱兎のごとく訓練所から走り去ってしまった。
「お姉さま!」
初めてみるエリエスのそんな姿に、リネッサも慌てて追いかける。
団長と大司祭が居なくなり、取り残されたユウゴ達に、騎士達が称賛の声をあげた!
「あの団長から一本取るなんて、すごいですよユウゴ殿は!」
「団長があんなに動揺する姿は初めて見ました!」
「でもあんな狼狽える団長の姿……可愛いというかなんというか……」
「いいよね……」
「いい……」
いつの間にかユウゴを称賛するより、エリエスを愛でるモードに移行している騎士達に呆れつつ、駆け寄ってきた仲間達と勝利を喜びあう。
だが、そんな中でなぜかフェルリアだけは、すこし浮かない顔をしていた。
(先程の慌てっぷり……もしやあの女……)
エリエスが走り去っていった扉の方を見つめながら、フェルリアは何やら嫌な予感を感じていた。
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エリエスを追って団長の執務室まで来たリネッサは、弱々しく机に突っ伏す彼女の姿に声もかけられなかった。
なにせ、リネッサが知る限りではエリエスがまともに敗北したのは初めてだ。
それゆえ、ショックも大きいのだろう。
「お、お姉さま、今日の勝敗は気にする事はありません!」
そう、突然の体調不良は誰の目にも明らかだった。
そうでもなければ、エリエスがあんな男に不覚をとるはずがない。
「あんなのは初めてだった……」
突っ伏したまま、エリエスがポツリと呟いた。
「あの人に見据えられた瞬間、息がくるしくなって体から力が抜けていくみたいだったの……」
言いながら、彼女の体が小刻みに震えだす。
(お姉さま……よほどの衝撃だったのですね……)
戦士ではない自分には、敵と間近で交戦する恐怖感や圧力といった物はわからない。
どう励ましたらいいか思案していると、エリエスがガバッと顔をあげた!
「!?」
そこに浮かんでいた、予想外の彼女の表情に、リネッサはギョッとする。
なぜかうっとりとした表情で、エリエスはリネッサに問いかけた。
「ねぇ……ひょっとして、これが『恋』という物なのかしら」
「何言ってんですか、お姉さまぁ!」
少女のように頬を染めるエリエス。
その姿にリネッサは頭を殴られたような衝撃と共に、『同行者からエリエスが危険にさらされる』という神の掲示が当たっていた事を確信した。




