25 組織代表達の思惑
「ちょっと待て、なんだその条件は!」
イラーサにユウゴ詰め寄ると、彼の秘書が胸元に手を入れ何かを抜き放とうとする!
それを手で制してから、イラーサは「まぁまぁ……」と落ち着くように促した。
「確かに理不尽な話と思うでしょう。しかし、これには訳がありましてね」
「訳だと……?」
「ええ、それと言うのも……」
そうしてイラーサは語り始めた。
「そもそも、今回の魔王討伐の話が上がったのには、先程の理由もありますが、王族の面子というものが絡んできているんです」
聞けばヒョウリンマールの一件から【教会】と【騎士団】が手を引いた事で、組織と王族への信頼が揺らいでいるのが問題になっているのだという。
両組織からすれば、一介のモンスターに組織の切り札であり、王族でもある『神人類』を当てて、万が一にも不覚を取れば損害は計り知れない。
ならば【ギルド】をまず当ててみようという事で、ユウゴ達に白羽の矢が立った。
そこまでは、以前にユウゴ達が予想していた通りである。
だが、彼等があまりにも簡単に事件を解決してしまった為に、「そんな簡単な仕事もできなかったのか」、「王族とか言っても情けねーな(笑)」などといった批判が出始めたのだ。
特に口がさない貴族や耳ざとい商人の間で話は広がり、王族としても組織としても何らかの武功を立て、下落した権威の立て直しを図らなければならなくなった。
そのため、ヒョウリンマール以上の脅威となりうる、魔王の討伐が行われる事となったのである。
「……そんな訳で、この依頼は王族の手により遂行されねばなりません」
(俺達は裏方に徹して、魔王にトドメを刺す役は王族に譲れということか……)
口には出さないが、ユウゴの表情から言葉の真意を汲んでくれたと理解したイラーサが頷く。
そんなギルドマスターに対して、ユウゴは一つ質問をした。
「……ちなみに、討伐対象の魔王ってのはどいつの事なんだ?」
「三大魔王の一人、もっとも強靭な肉体を誇る外道王、ゲイバラー・オッスオッズです」
相対する魔王の得意分野によって、手柄を譲るにしても難易度が変わる。
そのため、本来なら極秘とすべき情報を、イラーサはユウゴ達に流した。
「ゲイバラーか……」
呟いたユウゴは、腕組みをして考えを巡らせ始める。
「もちろん、この依頼が君達にとってハイリスクだという事は承知しています。ですが、莫大な褒賞金と王族への借りが作れるなど、リターンも大きいと考えていただきたい」
確かにその通りだ。
一介の【ギルド】メンバーが直接、王族とのコネクションを作れるかもしれないというチャンスは他には無いだろう。
「ですが、今ならまだ断る事も出来ます。ただ、かなりのペナルティが課せられる事は間違いありませんが……」
契約書にサインしてしまった後なのだから、それも当然である。
受けるか、否か。ユウゴはなおも考えを巡らせる。
イラーサも答えを急がせない。
後出しで騙したような形になったのは間違いないし、命と報酬を天秤にかけているのだから、熟考する権利はあるだろう。
長いようで短い時間が流れ……ユウゴは目を見開いた!
「……いいだろう。改めて受けるぜ、その依頼」
「そう言ってくれると思いました。よろしくお願いします、ユウゴさん」
ギルドマスターは椅子から立ち上がり、ユウゴ達の前までやって来て手を握った。
ついでに、チラリと彼のチームメンバー達を盗み見る。
返答をしたユウゴに何か言う素振りも見せない事から、特に反対意見はないようだ。
(やはり、このチームの主導権を握っているのはユウゴさんか……)
元から『特級』のヒサメではなく、いまいち素性のしれない男がリーダーを務めていることに違和感を感じないでもないが、それでまとまっているならイラーサが口を出す事でもない。
もう一度、お願いしますと声をかけて、イラーサは自分の席に戻った。
「では、先程も話した通り二、三日の内にかの方々と顔合わせがあると思いますので、準備を整えておいてください」
「ああ、わかった」
「あ、それともう一つ」
「?」
話は終わりだとばかりに背を向けたユウゴ達を、イラーサは呼び止める。
「皆さんのチーム名を聞いておきたいのですが」
「チーム名?」
そういえば決めてなかったなと、ユウゴが仲間達の方を見ると、スッと手をあげながらヒサメが間に入ってきた。
「すでにチーム名なら決めてあるよ。その名も、氷の刃と書いて『氷刃』」
これが私達のチーム名だと、キラリと瞳を輝かせたヒサメが言い放つ。
(ええ……聞いてないぞ。しかも、『炎剣』をめっちゃ意識してんじゃねーか……)
そう思いながらも、特に別の候補が有るわけではないユウゴ達は、とっさに反論できない。
「なるほど、氷雪魔法の使い手が多いそちらのチームには、相応しい名前ですね」
そう、イラーサが感心したように頷いた。
「では、皆さんのチーム名は『氷刃』で登録しておきます。後は討伐作戦まで、各自の準備を進めてください」
口を挟む間もなくチーム名は決定してしまい、少し釈然としない物を感じながらも、ユウゴ達は【ギルド】本部の建物を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、ユウゴ。オヌシは一体、どうするつもりなんじゃ?」
宿に戻ってから、ヒサメ達の部屋で作戦会議を始めると同時に、フェルリアからそんな質問が飛んで来る。
「ワシらは『神人類』を倒すのが目的じゃろう? しかし、今回の依頼では条件が悪すぎるのではないか?」
「そうです。しかも魔王も相手にしなくてはならないのですから、分が悪いです」
確認するまでもなく、この依頼では『神人類』を倒す事ができない。
それどころか、立ち回りによっては国と魔族の両方を敵に回す可能性すらある。
そゆな危険な依頼なのだから、フェルリアやマールが心配するのも無理は無いだろう。
先程の【ギルド】本部では黙ってユウゴに任せていたが、何かしらの策はあるのだろうと二人はユウゴに問いかける。
そんな仲間達に対して、ユウゴは落ち着き払った態度で、一言「心配するな。俺にいい考えがある」と告げた。
「ざっくり言うとだな、この依頼では魔王ゲイバラーを倒すし、【教会】や【騎士団】の『神人類』達には手を出さない」
「何っ!?」
それでは、普通に仕事をこなすだけと言っているような物だ。
元の世界に帰る事を熱望している、ユウゴらしからぬ台詞に、フェルリア達は戸惑いをみせた。
「ああ、心配するな。要するにこの国の『神人類』には手を出さないって事さ」
「それはつまり……他国の『神人類』を狙う……ということですか?」
マールの問いかけに、ユウゴは親指を立てて見せる。
「そうだ。ここで魔王ゲイバラーの討伐を成功させて王族に恩を売り、他所の『神人類』の情報を得られるようにする。結局は『神人類』の総数が減れば魔族が有利になるんだから、俺達をこちらに喚んだ魔王との契約も果たした事になるだろう」
なるほどと皆が頷き、今度はユウゴの立てた計画の疑問点を指摘する。
「魔王ゲイバラーを倒す事で、他の魔王からの反感は買わぬだろうか?」
「魔王同士は仲が悪そうだからな。その辺は問題無いだろう」
「同行する『神人類』に正体は明かさないんだよね?」
「そりゃ、もちろん。だが、不測の事態はあるかもしれないから、『悪魔の力を身につけた正義のヒーロー』的な言い訳も考えておいた方がいいかもな」
「場合によっては、私達で魔王を殺すと考えておいていいですよね?」
「まぁ、王族さんがトドメ刺してくれればいいんだがな……一気に殺らなきゃならんと判断したなら、俺達で殺ってしまおう」
そうして、あれやこれやと議論を交わし、小一時間ほどでユウゴ達の行動指標は決まった。
「しかし、意外にユウゴは大局を見れるのじゃな」
彼が脳筋な男ではない事は解ってはいたが、予想以上に先を見ていることに、フェルリアは感心する。
するとユウゴは、得意気にフフンと微笑んだ。
「まぁ、だてに『三国志』や『史記』を読み込んじゃいないからな」
同郷のヒサメは「ああ……」といった顔をするが、フェルリアやマールはキョトンとしている。
「あー、つまり俺達の世界にあった人間の歴史書みたいなもんでな……」
ざっと説明すると、二人は呆れたように、小さくため息をついた。
「二千年以上前の資料や記録が残ってるって、どういう世界じゃ……」
「しかも、娯楽で軍学やら兵法やら読みふけるって、平和なのか物騒なのかわからないです……」
この世界の常識からすれば、二人の戸惑いも理解できる。
「お陰で脳筋だった牛鬼も、人並みには頭が回るようになったよ」
人間に敗れはしたが、敗北から立ち上がって後、様々な知識を身に付けられたられたのも人間のお陰だ。
「ありがとう……横山○輝先生……」
「漫画知識かよ!」
ユウゴが愛読していた、某漫画家の名を呟いたのを聞き逃さず、ヒサメはツッコミを入れる。
アハハと顔を見合わせて笑う異世界の二人を、フェルリアとマールがまたもキョトンとしがら見つめていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
人気のない教会の大聖堂。
百人ほど収容可能なその部屋は、たっぷりと日の光を取り込み、まるで一枚の絵画のように荘厳な雰囲気に満たされている。
そんな祈りの間に、一人の女性がいた。
かつてこの世界の神がもたらしたという、『聖なる印』を型どったオブジェの前にひざまづいて、熱心な祈りを捧げている。
どれくらいそうしていたのか……やがて長い祈りを終えた彼女は、スッと目を開いて天を仰いだ。
ほんのり赤みのまざる艶やかな髪に、僅かな憂いを含む整った顔立ちは、見る者の庇護欲を掻き立てられずにはいられない。
高い地位を示す立派な法衣に身を包む彼女は、天を仰いだまま、小さく吐息をこぼした。
「やっぱり、同じ……。今回の戦い、お姉さまに危機が……」
何かの神託でも受けたのか、不安そうに呟く。
そんな彼女の耳に、何者かが祈りの間に入ってくる音が届いた。
訪問者は真っ白な全身鎧を纏っており、カチャカチャと僅かに金属の擦れる足音をさせながら、彼女の前まで歩いてくる。
日の光が金色の髪に反射して、キラキラと輝く。
優雅な鎧と美しい顔立ちも手伝って、まるでお伽話の世界から抜け出してきた姫騎士のようだ。
「待たせたわね、リネッサ。遅くなってごめんなさい」
「いいえ、エリエスお姉さま。急にお呼びだてして、申し訳ありません」
熱心な祈りを捧げていた【教会】が誇る『神人類』、リネッサ・ルド・エルザクスンは、彼女の従姉妹にあたる【騎士団】の切り札である『神人類』、エリエス・カロ・エルザクスンに向かって微笑みを返した。
「……それで、いったい何事なの?」
エリエスとリネッサは王族であり、従姉妹同士でもあるが、歳も近いことから本当の姉妹のように仲がよかった。
そのため、お互いが休みの時はよく顔を合わせている。
だが、この日は珍しいことに突然リネッサから呼び出され、エリエスは訓練を抜けて大聖堂に赴いていたのだ。
「すいません、お姉さま。実はこの度の任務において、お姉さまに危険が迫っているというお告げがどうしても変わらないのです……」
「ああ、例の『魔王討伐作戦』ね……」
近く、彼女らに課せられる難題を想い、エリエスの表情は固いものとなる。
少し前に王都近隣の村や町を、アンデッドの群れが襲うという事件が起こった。
そのアンデッドを率いているのが、かつて氷雪系最強の魔術師と称えられた、ヒョウリンマールの亡霊であった。
そんな強敵を前に、組織の被害を押さえるべく【教会】と【騎士団】は大事をとって後退し、【ギルド】へ敵戦力の調査もしくは殲滅の依頼を出したのだ。
いくつかのパーティが敗れても、必勝へ繋がる情報がもたらされれば良いと考えていたのだが、ある【ギルド】のチームがあっさり事件を解決してしまう。
それにより戦略的後退をしていた二つの組織は、臆病者のように陰口を叩かれるようになり、一部の貴族からは組織の縮小した方がいいのでは? などという意見も出るようになってきたのだ。
今回の魔王討伐は、そんな組織の権威を取り戻す意味も込められている。
そのため、いかにエリエスに危険が迫っていようとも、王族と組織の誇りと面子にかけて、降りる事はできないのだ。
「心配してくれてありがとう、リネッサ。でも、今回は貴女も参加するのでしょう?」
それなら心強いわと、エリエスは務めて明るく笑う。
そんな強くて美しい、敬愛する従姉妹の姿にリネッサは頬を染め見とれてしまう。が、すぐにペチペチと自分の頬を叩いて正気に戻った。
「それが、どうも違うんです……」
「違う?」
「はい。その危険をもたらす者というのは、魔王ではなく同行する者達の中にいるようなんです」
「同行する者……私と貴女以外だと、【ギルド】の『特級』チームだけ……その中に私に危険をもたらす者がいるというのね」
エリエスの確認するまでもなくするような言葉に、リネッサはコクリと頷いた。
「……わかったわ。近く、その『特級』チームと顔合わせがあるから、その時に確かめてみましょう。場合によっては……」
最後の呟きは小さく掻き消えていったが、エリエスは腰に下げた剣をポンポンと叩いて見せた。




