02 正気にて大業はならず
「ば、馬鹿な……」
「四天王の一人であるミノタウロスのモンタが、あっさりと……」
あれで四天王かよ……あまりの手応えの無さに、若干ユウゴは拍子抜けする。
そんな彼の気配を感じ取ったのか、魔王は険しい顔でユウゴに向かって言い放った。
「ちょ、調子にのるでないぞ! あやつは四天王とは言っても余のファンクラブの四天王なのだからな!」
ガクリとユウゴから力が抜ける。
「なんじゃそりゃ……じゃあ、本物の四天王ってのはどいつなんだ?」
うんざりした顔で尋ねると、魔族の一人がニヤリと笑ってある方向を指差した。
ユウゴがそちらに目を向けると……四つの遺影が目に入る。
「死んでんじゃねーか!!」
思わず大声でツッコんだ!
「だいぶ前に、人間との戦いでな……皆、良い戦士であった」
遠い目をする魔王や魔族の面々に、ますますユウゴの中でダメだこりゃといった気持ちが強くなっていく。
そんな彼の心の内を感じ取ったのか、魔族の数人がユウゴに向かって声を荒げた。
「だいたい、貴様は魔王様に召喚された分際で逆らうとはどういう了見だ!」
「そうだ! 黙って従うのが魔族としての使命だろ!」
ギャアギャアとユウゴを責める魔族に混じって、ロリ魔王も「いいぞ! もっとやれ!」などと回りを煽っている。
そんな連中にため息を一つ吐いて、ユウゴは反論すべく声を張り上げた!
「煩せぇぞ、手前ぇら!」
ギラリと睨みつけ、ドスを効かせながらユウゴは魔族達を威圧する。
彼に睨まれた途端に、泡を吹いて倒れる者までいる始末だ。
(ん? これって……)
その様子に若干の違和感を感じながらも、今は勢いを大事にしようとユウゴは言葉を続けた。
「突然、訳のわからん世界に呼び出されて報酬も無しに命がけで働けなんて言われて、誰が素直に従うってんだよ!」
まさに正論。事実、いくらなんでもそりゃねえよと、魔族の数人が魔王の方に懐疑的な視線を向けた。
「い、いや……タダ働きしろとは言っておらんぞ! その……成功したら、報酬として余が直々に誉めてつかわそう」
注目されたロリ魔王が、そんな事を言いながら撫でるような仕種を見せる。
ユウゴにしてみれば舐めてんのかと、もう一度怒鳴り付けてやりたい所だったが、意外にも魔族達は盛り上がりをみせた。
「どうだ、この野郎! 魔王様が直接、頭をナデナデしてくれるんだぞ!」
「いや、もしかしたらギュッとハグまでしてくれるかも知れねぇ!?」
「だ、大サービス過ぎるだろ……」
マジか、こいつら……。
ロリっ娘に頭を撫でられたり、抱きつかれた所で何一つ嬉しくないユウゴからすれば、この盛り上がりをみせる魔族達は、ダメ人間の集まりにしか見えない。
どうせならナイスバディなおねえちゃんに抱きつかれたいと思いはしたものの、下手に煽ると面倒そうだからユウゴは言葉を飲み込んだ。
しかし、こんな連中の頼みなんて受けたら、こっちの方が破滅するかもしれない……いや、する!
疑問から確信に変わったユウゴは、なんとかこの頼り無さすぎる魔族達から距離を置き、元の世界に帰る方法を模索する決意を固めた。
(なんにせよ、まずはこの世界の常識とか仕組みを知っておかなきゃな……)
長い間、人間の世界に潜伏していた彼は、この手のサブカルチャーにもそれなりに詳しい。
自分の知る、いわゆる「異世界転移物」と擦り合わせをするために、ユウゴはどっかりと床に座り込んで魔王率いる魔族の連中に様々な質問を開始した。
────あれこれと質問した結果、得られた情報。
それは結局、ユウゴが思っていたような、いわゆる異世界転移物のお約束な現象は無いという事だった。
自分のステータスが見れる訳でも無ければ、相手のステータスが見れる訳でも無い。
種族的な特殊能力は有れど、個人が有する【スキル】も無い。
鑑定は自分で目利きを鍛えるしかなく、無限収納のマジックボックスも有りはしなかった。
つまる所、魔法という科学に代わる学問と文化があり、魔族という人ならざる種族がいるだけの世界だ。
(いや……まぁ、それが普通なんだろうけどな)
納得はしても多少のガッカリ感は否めない。
できれば、「ステータスオープン!」とかやってみたかった気持ちも、ユウゴにはあったからだ。
「ぷぷぷ……あやつ夢みたいな事ばかり言っておるの」
「ああ見えて、意外にガキっぽいのかもしれませんね」
ヒソヒソと話すロリ魔王と魔族達の声がユウゴの耳に届く。
中二っぽい気持ちを見透かされた照れもあり、誤魔化しの意味も込めて睨みをつけると、魔族達は慌てて魔王の後ろに隠れた。
「貴様ら何を余の背中に隠れて……」
ロリを前面に押し出す魔族達に、それでいいのかとユウゴはますます魔族達への失望を感じる。
こら!押すでないわと部下達と押し問答をする魔王に若干同情しつつ、彼は最後の質問を口にした。
「じゃあ、その……たとえば神とかそういう存在はいるのか?」
「神ぃ!?」
すると、今までとは違った反応が返ってくる。
(いるのか、神が!?)
元の世界にいた、宗教的な概念の神や仏や唯一神ではなく、異世界から来た者にチートな能力をくれたりする、いわゆるラノベ的な『神』がいるかもしれない。
そうユウゴが内心喜んだのもつかの間、魔族の連中は口々に神を罵り始めた!
「神なんて、究極の依怙贔屓野郎じゃ! 余達のような魔族を目の敵にしよって……!」
「そうだ! くそったれだ!」
「人間同士の戦いには不干渉のくせに、魔族と人間の戦いには介入して来やがって!」
猛る魔族にどういう事かと聞けば、この世界で魔族が台頭しそうになると、必ず人間サイドに『神人類』と呼ばれる超人が生まれるらしい。
今もそんな『神人類』に押されて、魔族は衰退の一途をたどっているというのだ。
(つまり「勇者」的な奴がいるってことか……)
ゲームやラノベなどで慣れ親しんだ、物語りの主人公のような存在がいる事に、ユウゴは少しだけ好奇心を刺激される。
だが、そんな勇者的存在を倒して魔族を救ってくれと目の前のロリ魔王は言うのだ。
(無理……だよなぁ)
『魔族では神人類に勝てない』というのがこの世界の理ならば、一介の妖怪でしかないユウゴにそれを覆す程の力はあるまい。
かつて人間に敗北したこともあるユウゴだからこそ、痛いほどにそれがわかる。
それにしたって、一体何をやらかせばそこまで神に嫌われるのだろうか?
絶対的な天敵を用意されるなんて、元の世界で主に逆らった堕天使達でも、そこまで徹底されてはいないというのに。
「お前ら、何だってそこまで徹底的に嫌われてんだ?」
だからこそ知りたくなったユウゴは、思いきって聞いてみる。
「……余達が人間を導こうとしたからであろう」
ユウゴの問い掛けに、意外な答えが返ってきた。
「人間を……導く?」
そうだ! と、力強くロリ魔王は答える。
「そもそも余達、魔族の方が人間よりも遥かに強く、魔法にも長けておる。ならば、余達が人間を導き、庇護下に置くのは当然の理であろう」
つまりは、神にとって代わろうとしたのか。
なるほど、それなら神に敵視されるのも頷けるというものである。
「余達、魔族に任せておけば、この世はロリとショタで満たされた素晴らしき理想郷となったであろう!」
「!?」
このロリ魔王、何かいま酷い事を言った気がした。
聞き間違いであってほしいと願いつつ、もう一度ユウゴが問い返すと、「ロリとショタの理想郷」という頭が痛くなるようなワードが繰り返される。
「汚い大人になるよりも、余の下で清らかな子供のままキャッキャッ、ウフフできる世界……まさに理想郷ではないかっ!」
「うおおおっ! 魔王様、ばんざーい!」
ロリ魔王に賛同し、万歳三唱する魔族達の姿に、ユウゴは寒気を覚える。
ヤバいぞ、こいつら!
お巡りさんこっちです! 危うく叫びそうになるユウゴだっが、そうだここは異世界だと思い止まった。
(そうだ、冷静に考えろ……子供の方が支配しやすいからなんて、魔族らしい理由かもしれないじゃないか)
そう自分に言い聞かせ、改めて魔族達を見つめる。
……正気の目ではなかった。
それでも一応、希望のある答えが返って来ることを期待して聞いてみる。
「あ、あのさ……世の中が子供ばかりじゃ社会が成り立たないと思うんだが……」
「……それがどうかしたのか?」
答える魔族はやはり、正気の目ではなかった。
ダメだ、こいつら本気だ……本気で子供だけの世界を作るつもりだ!
それはユウゴだって、他人の趣味嗜好にどうこう言うつもりはない。が、自分の趣味に世界を染めようとするのは、狂気の沙汰と言っていいだろう。
経緯は違うだろうが、原始共産主義を目指した独裁者の元、しまいには子供ばかりになってしまった某国の歴史が、ふと頭に浮ぶ。
「余は宣言する! 余が世界を支配した暁には、『人間が十二歳以上に成長しなくなる魔法』を発動させると!」
ロリ魔王の宣言に、魔族達のボルテージがさらに上がっていく。
涙ぐみながら、ロリやショタを愛でる事を誓う者までいる始末だ。
「病院行け……頭のだぞ」
目の前の狂人達に向かってユウゴは呟く。
そんな呆然とする彼の耳に「ばーか! 滅びろ魔族!」と、神が罵る声が聞こえたような気がした。