18 ギルドマスターとの交渉
「ちょ、ちょっと待った! 軍団ってどういう事!?」
さすがのヒサメも動揺を隠せず、イラーサに詰め寄った。
「文字通り、軍団です。ゴースト・ヒョウリンマールは自身が殺した相手や、彼の死の気配に惹かれてきた死霊を引き連れているんです」
強力なアンデッドは格下の死霊を呼び寄せるという話はよくあるが、軍団の体を成すほどの個体は【ギルド】の記録にも残っていない。
「軍団っていうくらいだ、引き連れているのは数体って訳じゃないんだろ?」
ユウゴの問いにイラーサは頷くと、アンデッド軍団の詳細を語りだした。
「ゴースト・ヒョウリンマールを含めて約五十体ほどのアンデッドが群れを成しています。正確な分類は出来ていませんが、ほとんどが『冷気の死霊』や『凍れる死体』で構成されているのは間違いありません」
ただのアンデッドよりも、冷気に特化した種が集まっているのは、頭となるヒョウリンマールの特性の為だろう。しかも、殺されれば相手の戦力として取り込まれるというのだから、【騎士団】や【教会】とはいえ持て余す訳である。
だが、それ故に【ギルド】が事件を解決させれば、得られる利益はかなり大きい物となるに違いない。
引き受けはしたものの、あまりに条件が悪い為か、ヒサメ達は黙り込んでしまう。
それに何らかの助け船を出そうとしたのか、イラーサが口を開こうとするのと同時に、ユウゴが言葉を発した。
「状況は理解した。この件は俺達に任せてくれ」
その自信ありげな一言に、イラーサは一瞬だけ訝しげな顔になる。
「【ギルド】としては、あなた方の下にいくつかのパーティを付けるつもりなのですが……?」
「ありがたい話だが、遠慮しておこう。その代わりと言っちゃなんだが、依頼の条件が厳しくなった分、こちらからも二つだけ頼みも聞いてもらいたい」
「ほう……」
ユウゴの提案に、ギルドマスターは興味深そうに耳を傾けた。
「何、そんなに難しい事じゃない。まずは今回の依頼では監視役を付けないということ」
「ふむ……だが、依頼の遂行を見届ける者は必要でしょう?」
「監視役になる奴が死んでも良いなら、付けてもいいけどな」
その一言で、イラーサの目付きが変わる。
確かに、ヒョウリンマールとヒサメがぶつかれば、かなりの広範囲で被害がでる可能性は高い。
そして、それに巻き込まれても無事に情報を、持ち帰れる者がいるのかと言われれば……答えは否だった。
「戦闘時に、私の近くにいるなら『冷気耐性』を上げる魔法で、何人かは保護できるけど?」
一応、ヒサメは言うものの、それは彼等と供にアンデッド軍団の中に行くという事。
さらに全員を保護できる訳ではないという条件下では、よほどの実力者でない限り自殺と一緒だ。
露払い兼、観察役として二級、三級のチームを付けようと考えていたが、おそらく生き残れないだろうと判断し、イラーサは小さくため息を吐く。
「……わかりました。あなた達の報告を待つとしましょう。それで、残りの条件とは?」
一つ目の条件を飲んだギルドマスターは、もう一つの条件について話を促す。
「ああ、今後フェルリアのような件があった時、俺達の裁量で仲間に引き入れる事を許可してほしい」
「それは……討伐対象でも、【ギルド】メンバーとして認めろということですか?」
「そういう事。あと二、三人くらいな」
「……なぜ、そんな面倒な事を?」
イラーサの疑問ももっともだ。
元々、危険人物だからこその討伐対象なのだから、それを懐に入れるリスクは大きい。
確かに今回のフェルリアのような事例が無い訳ではないが、それでも何度も行うのを簡単に許す事はできなかった。
「まぁ、うちの大将は横着者でな」
ユウゴに指摘され、なぜか優雅にヒサメは微笑む。
「これから鍛えるより、今現在の強者をパーティに加えたい方針でね。それに今回みたいなタダ働きを、何度もさせられるのはごめんなんだ」
「ふむ……」
イラーサは顎に手をあて考える。
利益とリスクを天秤にかけ、導き出された答えは……。
「いいでしょう。ただし、何かの問題が起こった際には、その責任はあなた方にとってもらうという事でよいですね?」
割りとあっさり許可を出したギルドマスターに、ユウゴは了解と答えて頷いた。
「それではこれで依頼の受領はできたね。さっそく師匠達の居場所を教えてほしい」
開き直ったのか、冷静さを取り戻したヒサメに問われ、イラーサはゴースト・ヒョウリンマール達が次に襲いそうな町をピックアップした資料を広げた。
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打ち合わせを終え、ユウゴ達が退室したギルドマスターの部屋に、新しいノックの音が響く。
「どうぞ」
イラーサか答えると、いかにも秘書ですと言わんばかりのキリッとした女性が一礼して入室してきた。
「……聞いていたでしょうが、彼等の出した条件はどう思います?」
「【ギルド】に不利益をもたらさない限りは、問題はないかと。ただ、探索部のチームにしては少し戦力がありすぎるのが気になりますね」
彼の指示で、密かにユウゴ達との話し合いを盗聴していた秘書の言葉に、イラーサも同意する。
戦争やモンスター討伐が主な傭兵部なら、高い戦力を求める事に納得がいくのだが、探索部の彼等がそこまでの力を求める事に引っ掛かっるものがあった。
「どちらかといえば、『レンジャー』や『シーフ』のような、特殊技能を持つ人材を求めそうなものですけどね」
「そうですね……。まぁ、理想的チーム編成を追究するパーティもいますし、『銀狼』がレンジャー役と考え、その他の特殊技能持ちを求めているというのであれば、さほど違和感もないんですけど……」
とにかく、現状ではまだ何も言えないかと呟き、イラーサは話題を変えて秘書に意見を求める。
「ところで、あのユウゴさんについてはどう見ました?」
問われた秘書もいまいちユウゴを掴みかねているのか、少し言葉を選ぶように口を開いた。
「そうですね……予想していたよりも、老獪な印象を受けました。確かに【ギルド】に加入するには遅い年齢でしたけど、もっと戦士然とした方と思っていましたので」
「私も同じ印象を受けましたよ。しかし、腕相撲とはいえ特級のフォルノさんと引き分け、同じく特級のヒサメさんに見込まれた人物……経歴が気になりますね」
「少し探りをいれますか?」
「お願いします。ただ、彼に不信感を抱かれない程度に留めておいてください」
かしこまりましたと再び一礼し、秘書は部屋を出ていった。
「さて……もしも彼等が今回の件を解決できたなら、新たな『特級』チームとして登録する必要がありますね。そうなると……」
楽しそうなギルドマスターの呟きが、聞く者のいない部屋にポツリとこぼれ落ちていった。
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「よーし、それじゃパパッと済ませちまおうか!」
まるでちょっとした用事でも片付けるかのような軽い口調のユウゴに比べ、フェルリアの表現は固い。
「というか、なんでオヌシらはそんなに余裕なんじゃ?」
昨夜の食事の時にも感じた事だが、相手は『特級』持ちであるヒサメの師匠で、それが死者の群れを率いているのだ。にも関わらず、ユウゴはおろかヒサメまでもがいつの間にか余裕の表情になっているのは異常である。
自暴自棄になっていると説明された方が納得がいくというものだ。
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ? 牛鬼さんだぞ!?」
「だぞ!?」と言われてもピンとこない。
「よく考えてみれば、私達がいた元の世界ではユウゴの種族は五指に入るくらいに強いからね。私が師匠を押さえておけば、死霊の百や二百は容易いものだろう」
ヒサメの説明に、そういう事だとユウゴは頷き、だから安心しろとフェルリアの肩を叩く。
(なんという余裕と頼もしさか……素敵すぎる……)
肩に置かれた手から伝わる男の力強さに、フェルリアの胸は乙女のように高鳴る。
恋する少女の瞳でユウゴを見つめていたフェルリアだったが、ハッと我に返ると己の態度に顔が赤くなった。
「と、ところで、よくあの場面でギルドマスターとの交渉を持ち出したな」
秘めた(と、自分では思っている)恋心全開だったのを誤魔化すため、フェルリアは先程のユウゴとイラーサのやり取りを持ち出す。
「ワシを認めさせるだけならともかく、他にも討伐対象を仲間にさせろなんて条件を飲むとは……【ギルド】もそうとう切羽詰まっておるのかの」
「いや、【ギルド】も他の組織も、まだ余裕はあるさ」
「なに?」
ユウゴの言葉が彼女には意外だったらしく、首を傾げて説明を求めてくる。
「【ギルド】に『炎剣』っていう切り札があるように、【教会】や【騎士団】にも『神人類』の切り札があるはずだ。それを出してこないってことは、まだ余裕があるって事だろ」
「しかし、【教会】や【騎士団】は手を引いたと……」
「別に自分達が先陣をきる必要がないって事だ。まずは【ギルド】に当たらせて、それで倒せれば良し。失敗しても、疲弊させた所を自分達がかっさらえればなお良しって所じゃねぇかな?」
その【ギルド】にしても切り札を用意しているのだから、余裕があるというユウゴの見解もあながち的外れではないだろう。
そう考えれば、簡単に条件を呑んだのには、別の意図があるかも知れないから注意は必要だなと、ユウゴは話を締めた。
「意外じゃ……もっとユウゴは脳筋じゃと思っておった……」
「だよね。私もユウゴはもっと頭が悪いと思ってたから、感心しているよ」
「君ら酷くない?」
二人から酷評されていた事実に、ユウゴはがっくり肩を落とす。ただ、牛鬼の大半は二人の想像通りなので、仕方がないと思う所もあったのだが。
「いやいや、本当に感心しておるよ。こちらのミノタウロスなぞとは比べ物にならん」
「まぁ……伊達に長生きはしてないからな」
本気の称賛に、ユウゴも気を取り直したのか、ご機嫌の様子だ。
(ほんとに知勇を兼ね備えておる……素敵すぎじゃろ……)
そんな彼を、またも熱い視線でフェルリアが見つめていた。
誉められて調子に乗るユウゴに、乙女全開なフェルリア。
そんな二人から一歩引いて、一人現実に取り残されていたヒサメは、やれやれと大きなため息を吐いた……。




