15 女達の過去と新たな脅威
「さっきの連中、コヒャク王国から来たって言ってたが、そこはエルフと常に揉めてるのか?」
いまだにクスクス笑っているヒサメに問うと、代わりにフェルリアが答えた。
「彼の国は、エルフとドワーフの集落に何度となく侵攻し、捕らえた連中を捕虜……というより、奴隷としておるからな。まぁ、奴等の態度にも納得がいくというものよ」
気に入らんがなと言いつつも、一応は同族がそんな目にあっているというのに、フェルリアはあまりにもドライな態度だ。
違和感を覚えたユウゴは、嫌なら話さなくても良いけど……と前置きして訳を尋ねる。
「……本来、エルフは金の体毛に覆われているが、たまに産まれるワシのように銀の毛並みを持つ者は、忌み子として忌避されておる」
しかし、高い戦闘力や魔力を持つ事が多いため、もっぱら激戦区や最前線に送られる。
フェルリアもそれの例に漏れず、激しい戦局を切り抜けて来ていた。
しかし、人間との間に束の間の休戦協定が結ばれようとした時、フェルリアは同族であるエルフから片腕を落とされ追放される。
「なんでだよっ!」
突然の話の展開に、思わずユウゴは声をあげた!
「ワシは戦果を上げすぎた。故に人間の恨みを買いすぎていたのじゃ」
休戦の条件として人間側が提示してきたのは、『銀狼』と呼ばれ恐れられたフェルリアの身柄の引き渡し。
エルフからしてみれば、フェルリア個人など休戦の生け贄にする事に躊躇いは無いだろう。
だが、忌み子とはいえ英雄的な戦果をあげた彼女を引き渡すのは、内外に対して体面が悪すぎる。
そんなエルフ達が取った行動が、先に告げた処遇だった。
「人間の溜飲を下げ、エルフのメンツを守り、自分達へ復讐する力も奪う……この策を考えた奴は、かなり合理的でクソッタレじゃなぁ……」
静かな口調とは裏腹に、フェルリアの瞳には怒りと憎しみによる黒い炎が宿る。
きっと彼女の脳裏には、その策を持ち出した奴の顔が浮かんでいるのだろう。
「まぁ……改めて言うが、そんな訳じゃから、ワシはこの世界がどうなろうと知ったことではない。『神人類』でも何でも、殺す事にためらいなぞ無いからな」
「頼もしいな……」
四百年生きているユウゴは、戦乱の時代にフェルリアのような例を何度か見てきている。
そして、そんな環境に置かれた者が復讐の機会を得た時に、どれだけの力を発揮するものなのかも。
それだけに、彼女の協力を得られる幸運に感謝していた。
「ところで、受付嬢としてた打ち合わせってのはなんだったんだ?」
何となく暗くなった雰囲気を払拭するために、ユウゴはヒサメに話題を振る。
それを察したヒサメも、少しおどけるように口を開いた。
「フェルリアを【ギルド】に登録するに当たって、何らかの面倒な依頼を無償で振られるだろうから、大きな事件が無かったか聞いていたのさ」
「依頼を……無償で?」
ヒサメの言葉にユウゴは呟きながらしばし思案し、何かピンと来たように声を漏らした。
「ああ、なるほど。『特級』であるお前をタダ働きさせるチャンスって訳か」
「そう。なおかつ、それだけ大きな依頼の報酬も、【ギルド】が懐に入れて丸儲けって事ね」
「しっかりとエゲつねぇな、こっちの世界の組織も……」
感心とも呆れともつかない、ため息混じりの呟きに、ヒサメもフェルリアもうんうんと頷いた。
「ところで……ヒサメはこの世界に来てそう長い訳ではないそうだが、どうやって『特級』まで登り詰めたんじゃ?」
ユウゴより僅かに早くこちらに来たとはいえ、その出世の仕方は異常だと問うフェルリアに、ヒサメはコネみたいなのもだよとあっさり答える。
「コネ?」
「うん。私の師匠は『氷雪系最強魔術師のヒョウリンマール』氏でね」
なにっ! とフェルリアは驚きの声をあげた。
はぐれエルフとしてやっていた彼女でも、その名は知っていたらしい。
「まぁ、そのおかげで高難易度の依頼を振られる事が多かったという訳さ。師匠は面倒くさがったから、大概は私が単独でクリアしてたけど」
レッドドラゴンの巣の近くから薬草を取ってくる、ポイズンアリゲーターの群衆地からサンプルの採取、ヘルドリアードの実の確保……色々とやったよと、ヒサメは遠い目をしながら言った。
しかし、彼女は簡単に言ってはいたが、その依頼の数々の難易度はまさに『特級』!
しかも単独でやり遂げたというのだから、僅かな期間で【ギルド】に認めさせたというのも納得できる話である。
そんな彼女の武勇伝を、フェルリアは呆れ顔で、ユウゴは少年のような瞳で聞いてた。
「まぁ、これから【ギルド】に吹っ掛けられるであろう依頼は、そのくらいの難易度だと思うよ」
「おお!楽しみだな!」
「う、うむ……足手まといにならぬよう、気を付けよう……」
それぞれの反応を見せる二人に苦笑しつつ、ヒサメは彼等を買い物に誘う。
「どうせ数日は足止めを食らうんだし、今のうちに装備も含めてしっかりと準備しておこう」
言われてみればヒサメはともかく、ユウゴもフェルリアも使い古した皮鎧程度の装備しかしていない(ユウゴに至っては武器はナイフだけだ)。
『特級』クラスの依頼が来る事を思えば、そんの装備で大丈夫か? と言いたくなるのも当然だろう。
「幸い、私が貯め込んでいるモンスターの素材も沢山あるし、急ぎで君らの装備を整えるとしよう」
「何から何まですまねぇな……」
「まったくじゃ……世話になるのぅ」
色々と世話を焼いてくれる彼女に感謝して、礼を言う二人に対し、ヒサメはニヤリと笑った。
「そうだね。そういう訳だから、二人とも私のコーディネートに素直に従うように」
特にフェルリア! と念を押す。
若干、不安げな二人を引き連れ、ヒサメ達は店へと向かう事にした。
その途中、
(そういえば、話に出てきて久しぶりに思ったけど……失踪した師匠はどこに行ったんだろうか……)
行方の知れない師匠を想い、ヒサメは何気なく天を仰いだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
──同日、ザクスン王国の王都から少し離れた町で怪事件が起こっていた。
春もだいぶ過ぎ、初夏といっていい季節を迎えていたこの時期に、その町だけは極寒の地と化している。
あらゆる物が凍りつき、住人の半数以上が一晩で凍死したこの寒波を引き起こしたのは、たった一体の死霊系モンスターの襲来によるものだった。
はぁ……はぁ……。
偶然この町に居合わせ、このモンスターと対峙した二級【ギルド】チーム『レディボーダン』のリーダー、ナチュレは寒さと恐怖からくる体の震えを止められずにいた。
彼女の視線の先には、半透明な老人の姿。
ゆらゆらと頼りげなく立ち尽くすこいつに、頼れる仲間は既に全滅していたさせられていた。が、凍死する寸前に、仲間がナチュレに冷気耐性の魔法を掛けてくれている。
しかし……それにも関わらず、骨の芯まで突き刺さる冷気は、彼女の自由を奪っていた。
そんな彼女の目の前に、寒波の原因である死霊が無造作に近付いて来る!
「あああぁぁぁっ!」
全ての力を振り絞り、彼女は大上段に斬りつける!
ナチュレの剣には、戦闘前に仲間が対アンデッド用の魔法を付与してくれていた。
無防備な目の前の死霊も両断できるはずだ!
真っ二つになるその姿が見えた気がした。が、その刀身はなんの手応えもなく死霊の体を通りすぎ、切っ先が地面を叩く!
「そん……ら……」
寒さのあまり、呂律が回らなくなっている彼女の顔に絶望が宿る。
その絶望を待っていたかのように、死霊の手がナチュレの頭部を鷲掴みにした。
──対峙する者は死に絶え、無人の野と化した凍りつく町の中を死霊は歩を進めていく。
が、よく見れば死霊の口元がモゴモゴと動き、なにかを呟いていた。
『ワシは還ってきたぞ……待っていろ、ヒサメぇ……』
その微かな呟きは、吹き荒ぶ猛吹雪の音に呑まれ、掻き消されていった。




