14 【ギルド】事務所で一悶着
「あの……すいませんけど、もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
困惑……というよりも、混乱しかけている【ギルド】支部の受付嬢に、ヒサメはしょうがないなぁと呟いて、彼女に告げた言葉を再び口にした。
「討伐依頼のあったはぐれエルフを捕らえたから、彼女を私達のチームに入れたいの」
やはり聞き間違いではなかったと冷や汗を流しながら、受付嬢は眉間を指で押さえた。
「ヒサメさん……何がどういう経緯でそうなったか、教えてもらえますか?」
仮にも相手は、この国に数人しかいない『特級』持ちの【ギルド】メンバーだ。
もしかしたら深い考えがあっての行動かもしれない。いや、そうに違いない!
だが、期待を込めて尋ねた受付嬢に返ってきた答えは、「話してみたら結構、良い奴だった」という物だった。
「大丈夫だよー、もう彼女は迷惑かけないよー」
「迷惑かけないんじゃよー」
棒読み丸出しのユウゴとフェルリアの言葉に、受付嬢の口元がヒクヒクと痙攣する。
「おっさんといい、エルフといい、なんでヒサメさんに似つかわしくない面子ばかり……」
この国の……いや、他国の【ギルド】を見渡してもトップクラスに強く美しい(と、受付嬢は思っている)ヒサメが、色物ばかりメンバーにしようとする現実に嘆かずにはいられない。
とはいえ、実力だけなら確かだというのも理解できた。
ユウゴは言うに及ばず、はぐれエルフの方も単騎で『アニモーファックス』を全滅させたという報告があるからには、一級クラスの力があると見ていい。
たが、どちらにせよ劇物を飲み込むか、否か……そんな判断を下すには、一地方支部では荷が重すぎる。
「……わかりました。本部にヒサメさんの要望が通るか、連絡をとってみます」
諦めた様子で、受付嬢が告げた。
「恐らく問い合わせから返答まで数日かかると思いますので、しばらくは町に滞在していてください」
まぁ、特にめぼしい依頼があるわけでもないユウゴ達は、それを了承する。
「私は少し事務所で打ち合わせをしていくから、二人は先に宿に戻っててかまわないよ」
「ん、そうか。それじゃあ行くか、フェルリア」
「お、おお……」
ユウゴに先導され、その後ろに付いていくフェルリア。
彼女がチラリとヒサメの方を見ると、頑張れよ言わんばかりに親指を立てていた。
(よ、余計な事を……)
そんな風に思いながらも、悪い気はしないフェルリアであった。
二人が【ギルド】事務所から出ようとした時、入れ違いに入って来ようとするチームらしき連中の姿が見え、ユウゴ達は横に逸れて、入室してくる者達に道を譲る。
この【ギルド】支部では見たことの無い顔つきばかりだったが、彼等は道を譲ったユウゴを格下と見たのか、フンと鼻を鳴らして通りすぎようとした。
(会釈くらいしろよ……)
現代日本なら当たり前と言っていい程度のマナーがなっていない連中に、内心憤慨しつつも一行が通りすぎるのを待つ。と、その時。
入ってきた連中の一人、スキンヘッドの男がユウゴの背後にいたフェルリアの姿を見て顔をしかめた。
「ちっ……畜生なんか連れて歩いてんじゃねーよ」
嫌悪感に染まった呟きと共に、フェルリアに向かって唾を吐きかける!
が、彼女にそれが当たる寸前、ユウゴが手のひらで受け止め、そのまま唾を吐きかけた男の鎧に擦り付けた。
「な、なにをしやがる!」
「ああ? そりゃ、こっちの台詞だろうが」
激昂する男に、ユウゴは冷たい視線を向ける。
「初対面の相手に唾を吐きかけるなんざ、まともな奴のやることじゃないだろ。況してや女に向かってな」
「けっ! どこに女がいるってんだ!? もしかして、その畜生のメスのことか?」
男はフェルリアに向かって、悪意の籠った暴言を垂れ流す。
本来ならユウゴよりも先に、彼女が直接反撃しそうな物だったが、『ユウゴに庇われている自分』というシチュエーションに酔っているのだろうか、彼の背後で乙女の顔つきになっていた。
「その辺にしておけ、ラズゲハー」
一触即発な雰囲気で睨み合うユウゴとスキンヘッド男の間に、一行のリーダーらしき戦士が割って入ってくる。
軽装鎧に身を包み、かなりの手練れといった佇まいを見せているその男は、ラズゲハーと呼ばれたスキンヘッドの男を下げてユウゴの前に立った。
「他国に来て、わざわざ揉め事を起こすな……と言っても無理か」
背中越しに仲間へ注意しながら、リーダー風の男はフェルリアを一瞥して、小さくため息を吐く。
そうしてユウゴに顔を向けると、軽く頭を下げた。
「うちのメンバーが失礼した。我々はコヒャク王国の二級チーム『グロリアス』。そして私はチームリーダーのカーマーゼという者だ」
「ほう……」
初めて見る他国の【ギルド】メンバーを、ユウゴは僅かな警戒感を持って観察する。
というのも、カーマーゼと名乗った男は一見丁寧でありながら、言葉の端に侮蔑の色が滲み出ていたからだ。
こちらを見下しながらも、寛大な対処をしてやっていると悦に入ったナルシスト……ユウゴがカーマーゼに抱いた印象はそんな物だった。
「この国ではエルフがチームメンバーなのは珍しくないのかもしれないが、我々の国ではエルフは敵対勢力なのでね。そんな訳で、うちのメンバーがとった態度も警戒感から来るものであって、悪気は無かった。そこを理解してほしい」
嘘つけ! 悪意山盛りだったじゃねぇか! ……と言い返したい所を、ユウゴはグッと抑える。
今はフェルリアの審査の事もあるのだから、揉め事を起こすべきではない。
彼女もそれを理解しているからこそ、ラズゲハーとやらの態度にも黙っているのだろう。
ユウゴ達が何も言い返して来ないことを了解と受け取ったのか、カーマーゼはにっこり笑うとユウゴの肩をポンポンと叩く。
「理解してもらえたようで嬉しいよ。君達も探索部の所属かな? ならば、他国に行くことは多いだろうから、風習や亜人との関係も学んでおいた方がいい」
何やら先輩風というか上から目線というか、とにかく忠告してやっているといった感じで、カーマーゼはユウゴにアドバイスをしてきた。
「ところで、君の名前を聞かせてもらっていいかな?」
「……ユウゴだ」
「ふむ……階級は?」
「まだ駆け出しの五級だよ」
その一言に、カーマーゼ一行の空気が一気に変わった。
「ご、五級!? 君の年齢で新人とは、何の冗談だ? それとも、エルフを飼う事で何か勘違いしてしまったのか?」
ゲラゲラとユウゴ達を笑いながら、カーマーゼはラズゲハーにお前が正しいと宣う。
「こんなクズ【ギルド】メンバーに、それに飼われるカスエルフ。恥さらしも良い所だな! 連中に、引導を渡してやろうとするなんて、お前は優しい奴だ」
カーマーゼに賛同して、他の『グロリアス』メンバーもスキンヘッドの男を誉め称える。
そして、当のユウゴ達といえば……完全に呆れ返っていた。
階級だの、見た目だのでしか相手を計れない、三下チームの連中に、昔の威張り散らすだけの侍なんかを思い出す。
そんな奴等に姿を重ねて遠い目をしていると、騒ぎを聞き付けてやって来たヒサメが、カーマーゼの肩を掴んだ。
「うちのメンバーに何か用かな、二級の諸君?」
あえて相手の階級を強調するヒサメ。
さすがに他国の者とはいえ、特級持ちの彼女の事は知っていたのだろう。
途端、ユウゴ達を小馬鹿にしていた笑みが消え、驚愕の表情となる。
「か、彼等が『特級』である貴女の仲間……?」
初めは驚いていたカーマーゼだったが、やがてその意味を理解すると、ヒサメに対しても僅かに侮蔑が込められた顔つきになり、彼女と正面から向き合った。
「フッ……我が国にまで鳴り響いた『氷雪の女王ヒサメ』ともあろう方が、こんな冴えないおっさんと片腕のエルフを仲間とは……」
貴女の程度も知れますねと、芝居かかった態度で頭を振って、カーマーゼは事務所全体に聞こえるように大声で言い放つ。
彼の計算では、ここでこの事務所にいるメンバーから、ヒサメ達を嘲る意見が出てくると思っていたのだろう。
しかし、返ってきたのは「物を知らないで大言を放つ愚か者を憐れむ視線」だけだった。
そんな空気をアウェイ故の物と判断したのか、『グロリアス』のメンバーはやれやれと肩を竦めて見せる。
「それで? 君らは私の仲間を侮辱してどうしたいのかな?」
喧嘩を売ってるなら、買ってやるぞといったオーラをヒサメが醸し出すと、カーマーゼはヒクリと口の端を引き吊らせた。
「フッ……フフフ。ならばここは、貴女の顔を免じて我々が引くとしましょう」
内心はどうあれ、あっさりと引き下がった『グロリアス』の連中は、もう用はないと言わんばかりに、受付カウンターの方に向かおうとする。
その時、ヒサメの目がキラリと光った!
「ボブっ!」
一歩目を踏み出したカーマーゼが、突然足を滑らせ顔面から床に激突する!
「リ、リーダー!」
慌てて駆け寄ろうとした『グロリアス』メンバーだったが、彼等もカーマーゼと同じように足を滑らせ、彼にのし掛かるように転んでいった!
唐突なその惨状に、ユウゴはヒサメを肘でつつく。
(お前、なんかやったろ?)
(ああ、やつらの靴の裏をツルツルに凍らせてやったよ)
ヒソヒソと問うユウゴに、悪びれもせずヒサメはしてやったりとほくそ笑んだ。
自分達には大人しくしておけと言いながら、こんな大人げない真似をするヒサメに釈然としないものを感じる。
とはいえ、ユウゴやフェルリアを馬鹿にされた報復なのだから、その行為自体はありがたいと思うのも、また事実だった。
「……足元には気を付けなよ?」
笑いをこらえながら忠告するヒサメと共に、ユウゴ達は事務所を後にする。
その背後から、カーマーゼ達の怒声が聞こえ、ヒサメは堪えきれず爆笑するのだった。




