12 揺れる想い
「ちょ、ちょっと待て! ヌシらはいきなり何を言っている!?」
慌てるエルフに、ユウゴとヒサメは顔を見合わせた。
そうして次の瞬間、怒濤の勢いで彼等の事情を捲し立てる!
「落ち着けぇ!」
エルフの一喝で、二人はピタリと口を紡ぐ。
「やめんか、ワッと言葉の洪水を畳み掛けるのは!」
ハァハァと息を切らせて怒鳴りつけるエルフの前に、なぜかユウゴとヒサメは正座をしてしまっていた。
「あー……ヌシらが、魔王のスパイとして『神人類』を狙っていることはわかった。じゃが、何故ワシを……っておい、そこのミノタウロス。どこを見ておる」
神妙な顔をしながらも、心ここにあらずといった雰囲気なユウゴを、エルフは怪訝そうな顔で眺める。
「それは多分、君の胸が丸出しだからじゃないかな?」
「……っ!?」
言われて自分の格好を思い出したエルフが、慌てて胸を隠す。
さらに、慈しむような目を向けていたユウゴに対して、その顔面に蹴りを入れた!
「ア、アホウ! もっと早く言わんかっ!」
「いや、もしかして自慢してるのかと思って……」
「そうそう。めっちゃ美乳だし、綺麗だもんな」
そんなん見とれるわと、真面目に胸の批評をする妖怪二人に、エルフは魔法で水をぶっかける!
「ふ、ふざけるな、アホウ!」
「俺は胸の事についてふざけた覚えはない!」
まさか反論されるとは思わず、エルフが一瞬怯んだ。
「この男は相当なおっぱい星人だからね、本気で誉めてるんだと思うよ」
まぁ、大きさなら私の方が上だけどさ!と、付け足してヒサメは勝ち誇って見せた。
「ワ、ワシを……綺麗だと……」
呟いたエルフの表情が歪む。しかし、その頬は上気して赤く染まっていく。
そんな姿を見られて、ハッとしたエルフは二人に背を向けた。
「……近くに川があるでな、少し汚れを落としてくる。答えはその後でよいじゃろう?」
「ああ、それでいい。ただ、一つ聞いておきたいんだが……」
「なんじゃ?」
「あんたの名前、教えてもいたんだが」
「ワシの……名……」
何か思う所があるのか、少しだけ俯いて彼女は名を告げる。
「フェルリアじゃ」
「そうか、よろしくなフェルリア。いい返事を期待してるぞ」
明るく送り出すユウゴの顔をチラリと除き見て、フェルリアはそそくさと森の方へと小走りに駈けていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「─────ふぅ」
身体中についた血と泥を洗い流しながら、フェルリアは気持ち良さそうに吐息を漏らした。
そうしてまた、コシコシと目を擦る。
先の戦闘で不覚にも毒の目潰しを食らってしまい、その影響なのだろう、彼女の視界は僅かにぼやけていた。
「ちっ……」
即座に水魔法で洗い流したものの、毒素は完全に落とせなかったようで、フェルリアは舌打ちをする。
弓を得意とするエルフを相手にするのだから、視界を奪う戦術は有効だ。
彼女が隻腕でありながらも、まずは視界を奪った『アニモーファックス』の連中は、セオリー重視のチームで用心深い方だと言っていい。
実際、フェルリアの武器は片手でも扱えるようにカスタマイズされた魔法の弓であり、奴等が彼女の実力を甘く見すぎていれば、ユウゴ達が来る前に『アニモーファックス』にはもっと犠牲が出ていたはずだ。
だが、彼女はその大切な武器を、戦闘のどさくさで何処かに落としてしまっていた。
愛用の武器が、下手をすれば破壊されているかもしれないと思うと、その表情は曇り、吐息はため息に変わる。
しかも今は、その武器の事よりも大きな問題が彼女に選択を迫っているのだ。
(さて、どうした物かな……)
突然、現れたユウゴ達という魔王のスパイ。
そして彼等が自分を引き入れようしている事に、彼女は戸惑っていた。
(忌み子と言われ、疎まれていたこのワシを……)
フェルリアは自身を覆う銀の体毛に視線を落とす。
本来なら金の体毛に覆われているエルフにとって、彼女のような銀の毛並みを持って生まれた子は不吉の象徴とされてきた。
実の両親からも腫れ物扱いだった彼女にとって、魔族とはいえ正面から勧誘されたのは初めての経験である。
そして……敵の攻撃から庇われた事も。
人間の放った炎の魔法から、抱き締めるようにして助けてくれたユウゴを思い出すと、心臓が跳ね上がるように脈打つ。
たくましい異性の腕に包まれた安堵感と高揚感は、彼女が生まれてからほとんど感じた事のない、新鮮で強烈な感情だった。
彼等……いや、彼になら着いていっても良いのではないかと、内なる声が語りかけてくる。
「だが……魔族か……」
ほんの僅かなためらいは、魔族や魔物への拒否反応に起因する。
それは光と闇、それぞれの陣営に生まれついた者の本能でもあるといっていいだろう。
そんな奴等の手伝い紛いの事をする……それが引っ掛かっているのだ。
なぜかユウゴやヒサメ個人には、その引っ掛かりを感じないのだが、それを不思議に思いながらフェルリアは失われた自身の左腕を見おろす。
「…………っ!」
いつの間にか歯を食いしばるほどに、彼女の表情は厳しい物になっていた。
この腕を落とされた時の屈辱と怒り、痛みと絶望はいまだに胸の奥で燃えている。
(そうじゃ……世界が魔王に蹂躙されたからといって、それがどうだというのだ。エルフも人間もクソに違いない……)
むしろ、自分をこんな目に会わせてきた奴等に復讐する、良い機会ではないのか?
そんな暗い感情に囁かれ、いつしかフェルリアは笑みを浮かべていた。
「フェルリア、ちょっといいかい?」
考え事に没頭していた彼女に、突然背後から声をかける者があり、危うく飛び上がりかける。
慌てて振り向くと、見知らぬ人間の女が彼女の様子を伺っていた。
「なっ、誰だ! なぜワシの名を……」
「落ち着いて、私はヒサメだよ」
「な、に……?」
さっき出逢ったばかりの邪妖精の名を語る、魔術師風の女。
しかし、言われてみれば確かに似たような雰囲気を漂わせていた。
「人間に化けている時はこの姿なんだ。まぁ、内緒にしておいてほしい」
「オ、オヌシはそんな真似ができるのか……」
「いやぁ、ユウゴはもっとすごいよ。私はこの姿にしかなれないけど、彼は老若男女よりどりみどりさ」
「バカな……」
そんな変化に長けたミノタウロスなど、聞いたこともない。
魔王の密命を受けて暗躍する連中なのだから、只者ではないと感じてはいたが、これは予想外であった。
「何者なんじゃ、オヌシらは……」
長く生きてきた彼女であっても、初めて遭遇する規格外の連中。
言葉の端に警戒を含んだフェルリアの問いに、しかしヒサメはあっさりと答えた。
「ああ、私達は元々この世界の住人じゃあないんだ」
「なっ……」
「さっきは話す前に止められたけど、私達は別の世界から魔王に召喚されてしまった身でね……元の世界に帰るために、魔王の頼みを聞いているという訳だよ」
「では……純粋な魔族ではないのか?」
「もちろん。なんなら、魔王は私達がはっ倒してやりたいくらいさ!」
そう言いながら、ヒサメは拳をシュッ、シュッと虚空に繰り出す。
なるほど、この物言いは魔族ではあり得ない。
この世界では、魔王に従う者を魔族、それ以外の異形を魔物と言う。
魔王の命に従いながらも、それに忠義を持っていないヒサメ達が、異世界から来たイレギュラーな存在だという事なら、納得がいくというものだ。
(そうか……異世界の者だから、ワシを受け入れたのじゃな……)
フェルリアの心に希望の灯がともる。
この世界ではない場所。そこならば……。
「ああ、それでね。フェルリアの衣服はもうボロボロだったから、水浴びが終わったら、これに着替えてちょうだい」
私の予備の服で悪いけどと言いながら、ヒサメは魔術師風の服を一式差し出した。
「すまない、ありがたく借り受けるとしよう」
フェルリアは川から上がると、風の魔法を使って自身の濡れた体から水滴を吹き飛ばす。
「おお、便利だね。まるで全身ドライヤーだ」
「ドラ……イヤ?」
小首を傾げながら服を受け取ったフェルリアに、ヒサメは私達の世界の道具だと説明した。
魔力とは別の動力が必要だが、誰でも扱えるというその道具に、フェルリアは少し興味を示す。
「まぁ、私達もそれら道具の構造まではよく解らないけどね」
ヒサメの言葉とは裏腹に、フェルリアは仕組みは知らなくても使えるほど、それらの道具が当たり前の物として普及している彼女達の世界に関心を抱いていた。
「さて、サイズとかはどうかな?」
手伝おうとは思っていたが、その必要もなく片手で器用に着替え終えたフェルリアに、ヒサメが問いかける。
「胸がブカブカじゃ」
「いやぁ、それはすまない」
何処か得意気に、ヒサメは言う。
しかし、「腰回りもブカブカじゃ」というフェルリアの言葉には、「ちっ!」と舌打ちをしていた。
そんな彼女に笑みを向けながら、フェルリアはある考えを決意する。
「のう、ヒサメ。ワシは、ヌシらに力を貸しても良いと思っている」
「おお、それは有りがたい」
「だが、一つ条件がある」
「うん?」
フェルリアが出した条件。それは、
「事が成って、ヌシらが元の世界に帰る時、ワシも一緒に連れていけ」
想定外の彼女の言葉に、さすがのヒサメも驚愕の表情を見せていた。
「ううん……私ひとりの意見ではなんとも言えないね。個人的にはそれもいいと思うけど、ユウゴの意見も聞いてみないと……」
「それもそうじゃな……」
ユウゴの名を聞いて、何となくソワソワしだしたフェルリアの姿に、ヒサメの女の勘が閃いた!
「……惚れた?」
「は、はあぁぁっ!?」
ちょっとしたヒサメの一言に、フェルリアは早口で反論を捲し立てる!
その態度でまる解りなのだが、ひとまずヒサメは彼女を落ち着かせた。
「とりあえず、ユウゴは食料の調達に行ってるから、向こうで火でも焚いておこう」
いまだに違うからな……等とブツブツ言うフェルリアを伴って、ヒサメは先程『アニモーファックス』の連中を倒した辺りに戻ってきた。
すでに死体は処理してあり、凄惨な戦いがあった形跡は残っていない。
「一応、これは持って帰らないとね」
そう言ってヒサメが見せたのは、【ギルド】の階級と所属を記したドッグタグだ。
チームとは別の人間がこれを持ち帰ったということは、依頼の失敗と全滅を意味する。
「これで『アニモーファックス』の後始末はおしまい。あとは……」
「ん? あれは……ひょっとしてユウゴか?」
ヒサメの言葉を遮って、フェルリアが森の方を指差した。
そちらに目を向ければ、確かに人間に化けたユウゴが、鹿のような獲物を担いでこちらに歩いて来るのが見える。
「あれが……人間に化けたユウゴか……」
なんとなくポワッとした声色で呟くフェルリア。
これはマジかなとヒサメが思っていると、二人の姿を見つけたユウゴが鹿以外の獲物を持ち上げて見せた。
「おい、見ろよこれ! マジでゴブリンとかいるのな! やっとファンタジーっぽい敵に会えたぜ!」
まるで立派な虫を捕まえた少年のように、ユウゴは倒したゴブリンを見せびらかす。
(うーん、これはダメかな……)
あまりのガキっぽさに、フェルリアも呆れたのではないかと、彼女の顔を覗き込む。
すると「無邪気な奴だな……」と、とても好意的な笑みを浮かべていた。
(こっちもマジか……)
エルフは変わった趣味をしているなと思いつつ、そんな二人の世話焼き役も面白そうだと、ヒサメは密かにほくそえむのだった。




