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01 ありふれた物語の冒頭

初めましての方は初めまして。

他の投稿作を見て、また読んでみるかと思っていただけた方はよろしくお願いします。

その日、彼は寝床の中でふと目を覚ました。

何日くらい外に出ていなかっただろうか……そんな事をぼんやりと考える。

一人で暮らし、気の向いた時にしか出掛けない半引きこもりと言っていい彼は、今日が何月何日なのかもパッと出てこない。

その辺りに若干の危機感を覚え、流石にまずいかもしれないと思った。

(ひさびさに散歩でもしてこようか……)

そんな事を考えて、モゾモゾと寝床から這い出ようとする。


(…………ん?)

ふと、誰かに呼ばれたような気がした。

訪ねて来る者もほとんどいない、家族もいない。

自宅の寝床で自堕落に過ごす彼に声をかける者なんているはずもないのに……。

一人でいるのが長すぎて、幻聴でも聞こえたのだろうか……そんないろんな意味で本格的にヤバイといった思いが浮かんだ瞬間。

彼はクラリと目眩(めま)いにも似た浮遊感を覚えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


(────あ?)

やがて意識がハッキリとした時、彼の目の前には……見知らぬ風景が広がっていた。

まるで神殿か大きな教会を思わせる建物らしき場所と、自分の足元にある魔方陣らしき模様。

(なん……だと……)

我が身に降りかかった異常事態に、混乱しかける頭の片隅で「もしかしてこれは……」といった閃きが走る。

「よくぞ来られた、異世界の勇者よ!」

そんな彼に、唐突に呼び掛けてくる者があった。

ベタベタなテンプレ台詞に、うんざりした表情で彼はその声の主へと顔を向ける。


そこには一人の少女……というよりも幼女に近い娘が、精一杯威厳を示そうとしながらこちらを見上げていた。

金色の髪をロールした髪型に白い肌と赤い瞳。服装も相まって貴族然としながらも、そのなんとも愛らしい容貌は普通の人(・・・・)なら顔を綻ばせるであろう。

さらに頭部に生える角と、ピョコピョコ動く細いしっぽなどの小悪魔的ファッションも愛嬌バッチリだ。

だが、それが何かのコスプレ等ではないことを彼は看破していた。


何も言わずに己を見つめる彼に、どうやら自分に畏怖の気持ちを抱いていると判断したらしいロリっ娘は、フフンと鼻を鳴らして一人頷く。

「戸惑っておるようだが、無理もあるまい。だが、まずは自己紹介であるな!」

彼女は無い胸を張って、堂々と声を張り上げた。

「余は魔王である! お主をこの世界に召喚した者で……」

魔王と名乗るロリっ娘の話を聞き流しながら、この世界に召喚……という部分にああ、やっぱりそうなのかと彼は状況を悟った。我が身に降りかかった現実に頭を抱えそうになる。

物語としてはよくある話ではあるが、まさかこんな事が本当にあるなんて……。


「そんな訳で、勇者どのには余達、魔族を救って欲しいのだ!」

ロリ魔王のその言葉に、今まで黙っていた彼も流石に声を上げた。

「ふざけんな、馬鹿! そういうのは人間(・・)に頼むもんだろうが!」

そう、それが物語のセオリー。そしてそんな事を言う彼はもちろん人間ではなかった(・・・・・・・・)


二メートル近い長身は、筋骨隆々の肉体と牛の頭からなっている。そして背中から伸びる副腕は、蜘蛛の足を連想させた。

彼は日本おいてこう呼ばれる。

『妖怪』そして『牛鬼』と。


(ん? 蜘蛛の足?)

魔王に向かって啖呵を切ってから、彼は自身の変化に気がついた。

確かに自分は牛鬼と呼ばれる存在であり、その中には牛の頭と蜘蛛のような体を持つタイプもいる。

だが、彼は牛頭人身なタイプで、蜘蛛の足など生えていなかったはずだ。

(これは……どういう事だ?)

今までに無かったその複腕をクイクイと動かしてみれば、まるで生まれつきあった物のように自在に操れる。

(まぁ……訳のわからん世界では、出来ることが多い方がいいだろう)

とりあえず我が身に起こった変化は横に置いといて、ロリ魔王の方に向き直ると怒鳴り付けられた彼女は顔を真っ赤にしながら反論してきた。


「ば、馬鹿とはなんじゃ! だいたい、人間に魔族を救ってくれなんて頼める訳がなかろうが!」

言われてみればもっともである。しかし、それで彼が救世主をやってやる義理もない。

それに、彼だって人間は苦手だ。

確かに牛鬼は、日本の妖怪の中でも五指に入るくらいに強い。

それでも伝承等であるように、弱点が無いわけではないし、退治される事もあるのだ。

何より、彼自身も一度人間に殺されかけた経験があった。

ファンタジー世界でモンスター慣れした人間を敵に回すなど、まったくもって冗談ではない。


そんな訳で、乗り気でない彼はロリ魔王に自分を元の世界に還すよう要求する。

だが……。

「くくく、甘いのう……。お主を還すも還さぬも、余の掌の上なのじゃぞ?」

完全に弱味を握っている魔王は、子供らしからぬ悪そうな笑みを浮かべて彼に迫った。

そんな彼女に、呆れた彼は小さくため息を吐く。

しかし、それを降参の合図と見たのか、ロリ魔王はさらに調子付いて彼に命令を下す!

「そうだ、お主に初めから拒否権なぞ無い! 元の世界に戻りたくば、余の手足となって働くがいい!」

ワハハと高笑いする魔王。そんな彼女を、彼は醒めた目で見ていた。

彼とて四百年以上も生きている大妖である。

多少、子供が調子に乗った所でキレたりはしない。が、舐められて黙っていられる程、温厚でもなかった。


「おい……」

「うん? なんじゃ……」

呼び掛けに答えた魔王が問い返すよりも先に、牛鬼の大きな手が彼女の顔面を掴む!

「図に乗るなよ、ガキが……てめえをブチ殺して、他に還し方を知ってる奴を探してもいいんだぞ?」

恐ろしいまでの殺気と切り裂かれそうな眼光で射竦められ、さっきまで余裕だった魔王の顔がみるみる青くなっていく。

彼女の全身はぶるぶると震え、目に一杯の涙を溜めてながらもギリギリの所で牛鬼を見つめ返していた。

(ふうん……)

ハッタリとはいえ、かなり本気で脅したというのに、気を失わないだけでも大した物だ。

密かに感心していた彼だったが、その優れた嗅覚があるものの匂いを嗅ぎ付けた。

怯えすくんだ人間からよく漂っていたこの匂い……彼はチラリと視線を下に向ける。

すると、魔王の足元には小さな水溜まりが出来ていた。

その水源は……彼女のスカートの中。

「………………」

流石に魔王と呼ばれる存在が粗相をした場面に遭遇してしまい、気の毒過ぎていたたまれない気持ちになった彼は、そっと魔王から手を離す。


「あー、そのなんだ……すまん」

グスグスと鼻を鳴らす魔王に、牛鬼は謝罪の言葉を口にする。

「じゃあ……グスッ……魔族、救って……」

ちゃっかり要求してくるが、それとこれとは別な話だ。

「お前……」

ふざけるなと言おうとした時、突然部屋の扉が勢いよく開かれた!


「異世界から召喚が終了したってマジかよ!」

「マジマジ、めっちゃ魔力?らしいの感じるし!」

「お前のマジ話はアテにならねーからなぁ」

なにやら男子高校生みたいなノリの会話をしながら、異形の者達がぞろぞろと入って来る。

自分と同じ日本妖怪で異形には慣れていた彼だったが、入室してきたファンタジー感溢れる魔族の姿に、ラノベ主人公みたいな感動を少しだけ覚えた。


「お、お主ら! なんじゃ、余の断りもなく!」

部下達の姿を見た魔王は、慌てて中腰の姿勢になると広いスカートの裾でなんとか足下の水溜まりを隠す。

「いや、こいつが勇者か召喚された気配がするって言うから……って言うか魔王様、なんか縮んでません?」

「そ、そ、そんな事無いわ! それより、召喚された勇者ならこちらの方じゃ!」

中腰になってる理由を詮索される前に、誤魔化すように魔王は牛鬼を指差した。

魔族達の目が、一斉に彼に集まる。

その目には、失望の色がありありと浮かび上がっていた。


「ええ~、ミノタウロスじゃん……しかも、ちっちぇ……」

「俺さぁ、もっと可愛いな女の子とか来るんじゃねぇかって……」

「俺、魔王様と対になるような敬語系ロリが良かったなぁ……」

失望の理由がなにかおかしいのは置いといて、勝手に喚んでおきながら好き勝手言う魔族達に牛鬼は苛立ちを覚える。

「……はっ、こんな奴らしかいないんじゃ、人間に負ける訳だわな」

挑発的な彼の言葉に、ザワリと魔族達は色めき立った!

「なんだぁ……テメェ……」

「野郎……タブー中のタブーに触れやがった」

ザワザワとさらに殺気だつ魔族達の中から、ズイっと一体の魔物が歩み出てくる。

「口の聞き方を知らねぇようだな……同じミノタウロスのよしみで、俺が躾てやるぜ!」

そう言って現れたのは、彼と同じような牛頭の魔物。しかし、その身長は彼よりも一メートル以上は高く、まるで壁のようにそびえ立っていた。


「ギャハハ、おい手加減してやれよ!?」

「なんたって異世界から来た勇者様なんだからなぁ」

ゲラゲラ笑う魔族達だったが、牛鬼を嘲ればそれを喚んだ魔王を嘲ける事になるのには気づいていない。

彼らの後ろで「ぐぬぬ……」といった顔になるロリ魔王の姿に、つい彼は吹き出してしまった。

「テメェ、何がおかしい!」

「悪い悪い、背丈の有利だけで相手を舐めるお前の観察力の無さに笑っちまったんだよ……」

明らかな挑発ではあるが、煽るように言う彼にミノタウロスは鼻息も荒く怒りを露にする!

「生意気なチビめ! これでもくら……」

叫びながらミノタウロスが拳を振るうよりも速く! 凄まじい力を込めた彼の拳が、敵の脇腹に突き刺さった!

「こぼぁっ!」

ベキバキと肋骨がへし折れる音が響き、悲鳴をあげながら巨体が後方へとぶっ飛ぶ!

眼前の彼が見せた凄まじい威力に、他の魔族も茫然と言葉を無くしていた。

そもそも……牛の頭の怪人(・・)と、牛の頭の()では格が違う。

人では手に負えない化け物の総称が鬼であり、力の象徴である牛の因子も供えているのが『牛鬼』なのだから。


「お……お主は何者なのだ……」

静まり返る魔族達の中、かろうじて口を開いた魔王が問い掛ける。

彼はニヤリと笑って、その問いに答えた。


「俺の名はユウゴ。牛鬼のユウゴだ」

まぁ、よろしくなと笑う彼に、魔族達は言葉も無く頷くしかなかった。

だいたい週二くらいのペースで更新する予定なので、まったりお付き合い下さい。

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