第1話 病
「Sophieさん29ページの最初の段落を読んで下さい.」と先生は私に言った.
立ち上がると,皆の視線が突き刺さる.針の筵にいるみたいだ.
声を出すのが急に億劫になってきた,ともかくこの段落を読まなくてはいろいろ困りそうだということはすぐに察した.
「紙飛行機を飛ばしたあの人は,何を思ったのだろう.」と読み上げて,続けて,
「紙飛行機を飛ばした人はいきなり,バレエをするように回転して,『スピン,スピン,スピーン』と叫んで,丘からこちらにやってきた.得体の知れない不安がこみ上げた.」
なんとも,国語にしてはふざけた文章だと思った.
さらに皆の視線が強くなり私を取り巻く環境がすぐに悪くなったことを察した.
もう,この段落を読みたくないと思いながら,冷や汗を書きながらなんとか読み上げた.
「ありがとう.」と先生は言い,黒板に振り返った.
その後の授業は身に入らなかった.全身に気だるさを感じながらも,早く放課後が来てほしいと切望していた.
放課後に,やっと帰れると思って,ロッカーを開けると,手紙が5通置いてあった.
中身を見るまでもなく内容を察した.週に2日くらいは,このようなことが起きる.
中身を見ると,
「好きです.」,「愛してます.」,「放課後に来てください.一緒に杉を見ましょう.」
など私へのメッセージが書かれてあった.もらえるだけまだましかなと思っているが,流石にどんな顔してこの手紙を書いているのか直接聞きに行きたいと思ったが,気持ち悪いのでやめた.
私はバス通学で大抵は本を読んでいる.読むのは,ファンタジー系だ.
自分がその中に入っているようで,映画と違い,自分の隣に登場人物がそばにいるような気がして,その臨場感がたまらない.たまに,自分が降りるバス停を乗り過ごす時があり,そのためいつも500円はいつも財布の中に入れている.
家に帰ると,2歳年上の兄Linusが,ゲームを作っている.
兄ながらすごいとは思うが,見た目の割に性格がオタクっぽい.部屋の棚にはフィギュアが並べられてある.
小学校のころ,兄が女友達を家に連れて来たことが多々あったが,いつもつまらなそうに帰っていくことがあった.
女友達を家に上げた頃から,兄の噂が私の学年まで届き,クラスメイトが,
「Sophieちゃんのお兄ちゃんって,ハリー○ッターのマルフ○イに似てるんだよね!けど,趣味がヤバイって聞いたんだけど.それって本当!?」
私はこの質問には答えたくはなかった.仕方なく,
「お兄ちゃんの趣味は,妹の私でもよくわからないんだよね.」と答えるしかなかった.
兄はもう少し外に出て運動系の部活なり,クラブに入れば私と違って人気者になると思う.
私の両親は学者だ.父Ottoは,フィンランド出身で地質学者である.母Oliviaは,ノルウェー出身で数学者である.
両親の仕事の関係で私が4歳の頃から日本に来ている.家での公用語は英語だが,家から出ると私たち家族は日本語で話す.中学の英語はひどくつまらない.国語は,少し苦手意識があるが,テストの点数は,80点ぐらいで悪くない.両親の影響なのか,理数系は得意で将来はその分野で頑張ろうと思う.
自分の部屋に入ると,一日の疲れが襲ってきてベッドに寝転んだ.
部活で頑張りたいと思ったが,なかなか周りと馴染めないまま,中学時代を過ごすのは嫌だと思う.
できれば運動系に行きたい気もするけど,人間関係が面倒だと思う.
文化系は,吹奏楽部や合唱部もいいかなと思ったがクーラーのない環境で練習するのはきついと思った.とりあえず,本を読んだり,週に1度のバトミントンクラブでの練習に参加したりする毎日だった.
明日は,土曜日で午後に母親と一緒に病院に行かなければならない.
小学生のころは,何も感じなかったが,中学生になると学校に行けなくなった.
登校中に足取りが重くなり,学校に近づくほど動悸が激しくなり学校に行くのがやっとだった.
人と話すのが億劫になり何もしたくなく授業は身に入らなかった.
なんとか,定期テスト前は,家に籠もり勉強してテストの点数も納得できる結果だった.
中学1年の秋ごろから席替えをして窓側の席になった.授業中は空を眺めることが多く,度々先生から注意されることがあった.
中学1年の11月頃,晴れ渡った空から急に太陽が差し込む方角から,
「死ねば楽になるよ.ここから飛び降りれば楽になれるよ.」
と,得体の知れない声が聞こえた.小学1年生ぐらいの女の子の声だった.
流石にヤバイと思って,母に相談したところ,「一度病院に行ってみようか.」言われた.
私は母と一緒に,市内のメンタルクリニックに行った.
初診だったので,少し小さなテストをさせられた.
テストの内容は,「将来について悲観しているか.」,「他の人より自分が劣っているように感じるか.」,さらに,「自殺したいと思うか.」など,精神面の様子を質問される内容だった.
テストを終えると,近況について書く欄があり,自分が現在感じていることを書いた.2時間後に,診察室に入った.医師からは,
「あなたは,かなり重症なので当院では,治療が難しいです.大学病院へのお手紙を書きますので.待合室でお持ちください.」
と言われた.私は,何を言われたのかすぐには理解できなかった.
そして,自分が置かれている状況が悪いということを理解した.
1週間後に,母と一緒に大学病院に行き,精神科を受診した.
初診だったので,まず,20代後半くらいの先生から現在の状況や症状,意外にも自分の生い立ちについて聞かれた.2時間後に50代前半ぐらいの先生と2時間前に診察してくれた先生が同席しており,診察がはじまった.
現在の状況を話すと,50代前半くらいの先生から,
「やっぱり,適応障害だ.」
と言われた.さらに,
「投薬治療が必要だね.」
と言われた.
自分の状況がそこまでひどいとは思わなかった.
それから,毎日,処方される抗うつ薬を飲むことになった.
午前中はぼーっとして,倦怠感があった.保健室にまず通うことになり,授業に遅れないように,自主的に勉強をしていた.
次第に体が休まるような気がして回復してきた感じがした.
中学2年の4月には,クラス替えがあり,まだ周りの人とは馴染めない感じが否めないが,中学1年ほど,ストレスを感じることはなかった.毎日授業に出席できるようになり,まともな中学生活をおくれている気がした.
病院の先生からも,「環境にまず慣れるまで,少し様子見しましょう.」と言われ,診察回数も週に1回から,2週間に1回になった.薬も減り,回復していることを実感した.
夏休み中の8月22日に,家のソファーに座って本を読んでいると,窓からまたあの得体の知れない声が降ってきた.
「もう充分だよ.ここの世界に来たほうがいいよ.楽になれるから.」
また,持病が悪化したのかと思ったが,思い当たる節はなかった.
薬もしっかり飲んだし,中学1年生ほどのストレスがかかるような環境にも自分は居ない.
不思議に思った.すると声は,2階へと続く階段から降ってくるようになった.
「ちょっと来てみて.一緒にいこうよ.」
とはっきり聞こえるようになった.
階段を登って2階に行くと,今度は父親の部屋から声がして,
「ここに来て.一緒にいこうよ.」
と聞こえてきた.
父親の部屋に入ると,書類が部屋中に散乱しており,足の踏み場もない様子だった.父親はまだ仕事で大学にいるので帰ってきていない.
しかし,ディスプレイに電源がついており,画面には,黒画面に白文字でかかれたウィンドウが表示されていた.いかにも映画で出てくるハッカーがいじってそうな画面である.兄がプログラミングをしている様子を一度見たことあるがそのような画面に似ていた.そのウィンドウに書かれている文章の最後の行に,
Exit now? (y/n)
と書かれてあった.父が仕事で何か作業していると思い何もキーを押したくないと思った.すると,もう一つ同じようなウィンドウが出てきて,
? (y/n)
と書かれてあった.これも父の仕事の一つなのかと思ったが,
「一緒にいこうよ.楽になれるよ.」
声がその画面から聞こえてきた.
急に血の気が引く感じがしたので,自分の部屋に行きベッドに寝転んだ.
急に睡魔が襲い,寝ることにした.