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泥濘

早久良4

作者:いけちぃ
※泥濘シリーズ4作目、前作の続きとなります。


何故、万里には同性の友人がいないのか?
性格の所為だと、今までなら答えていた。
でも今は・・・どうにも出来ない酷な事だとも思えてしまう自分がいる。



慎達と行動を共にする機会が増えると必然に万里とは距離が出来る。
望んでいたことだし、実際、開放感と楽しさで充実していた。
クラスも同じ、席は近い。
万里と健一、それから健一の彼女が三角関係に発展する不健全な間柄になってないのも見聞きして知っていた。
それもこれも、彼女の"三浦加奈"が容姿だけでなく中身も可愛くて良い子だったお陰だ。
一ヶ月が経つ頃には早久良の陰は消え、彼女の存在が学校中に広まっていた。
あの、丸で正反対のモテ男2人が大切にしているお姫様として。




最近、万里の体調が思わしくない。
自分が何を聞いても無視するばかりで埒が明かない。
そう言って半ば強制的に健一に昼を約束させられて早久良は少し気が重かった。
ほぼ毎日一緒に昼を食べていた慎に事情を説明すれば、メシの調達をして来いとパシらされ、確実に昼食は取らないだろう万里の分も買ってやってる己が馬鹿らしい。
引き留めようと鬱陶しい慎を足蹴に、教室へ戻って早々嫌な光景を見てしまった。
「万里、万里ってば!お昼だよー」
早久良の席に座り、うつ伏せてピクリともしない万里を揺り起こそうとする加奈。
無反応に動じずクスクス笑い、慣れた仕草で万里の髪に触れた。
「もぉ、健一も何とかしてよ」
傍らには目を細めて温かい笑顔の健一がいる 。
髪を弄り続ける加奈を止めさせることなく、それが当たり前であるような自然な光景だった。
穏やかで楽しげな、憧れてしまうような。
「起こせるならとっくに起こしてるよ」
万里を間に笑い合う。
瞬間、解ってしまった。
彼女も同じなんだと。
彼には無理なんだと。
絶望に近い感情が湧き上がり、早久良は覚悟を決めるように目を伏せた。
「あ、北方さん、用事は済んだ?」
「・・・お待たせしました」
「いや、いいんだけどさ。万里が全然起きる気配なくて困ってるんだよ」
「万里って猫っぽいよね。毛並みもサラサラで綺麗だし」
冗談めかして笑う加奈は指から零れ落ちていく髪を最後に手を引いた。
彼女の屈託のなさは早久良も好んでいる。
女子から総スカンを食らってる身としては、こんな風に分け隔てなく接してくれる明るくて活発、そして誰もが可愛いと感じるであろう笑顔が好きで。
この輪の中に迎え入れてくれる健一と加奈は本当にいい人間なんだろう。
早久良は一瞬、哀しげに2人を見やり、万里に視線を落した。
「上野」
聞こえてはいるはず。
万里は眠っているんじゃなく、意識のまどろみに呑まれているだけだから。
「上野」
ソッと頭を撫でて数回、やっと万里がこちらに戻ってくる気配がする。
だから手を離した。
「上野、起きた?」
「・・・何時だ?」
「お昼だよ、もう、何回も起こしたのに万里全然返事しないんだから」
「さすが北方さんだよな」
万里が寝惚けているんじゃないと気付いたのは早久良だけだ。
そして、万里の意識は早久良にしか向いていない。
「何でいるんだ。」
「俺が無理矢理連れてきたんだ、万里の調子が悪いからって」
一瞥されて怯まない健一は結構な神経の持ち主だ。
寝ようとした万里を阻んだのは、重苦しい空気を物ともしない加奈の行為。
先ほどと同じように万里の髪に触れる。
それを万里が受け入れていたなら、少しは早久良の決心を鈍らせてくれたのに。
万里は煩わしいと表情にしながら加奈の手を払いのけた。
「触んな」
「だって万里の髪の毛って気持ち良いんだもん」
「俺は気色悪いんだよ」
「ひどっ!聞いた、早久良ちゃん!!失礼極まりないよね!」
「・・・早久良に懐くな」
「何よー、私の勝手でしょ」
「健一、女の躾くらいしっかりしろ。いい加減うぜぇ」
「結構仲良くやってるように見えるけど。ねぇ、北方さんもそう思わない?」
「そうそう。万里って素直じゃないもんね?」
何をどう答えるべきなのか迷う。
彼等と自分では映ってる姿が違うから。
唯一同じなのは話題の中心人物。散々人を巻き込んで不快な想いをさせてくれる万里だけだ。
「・・・そうっぽく見える・・・」
認める気はない、今はまだ。
突き刺さる万里の眼が嘘をつくなと咎めるけれど、これっぽちも自分に良い事がないと解っててどうして向き合ってやる必要がある。
暗闇から抜け出られないのは万里自身の問題だ。
そして、万里と己から目を逸らして逃げ続けてるのは早久良の問題なのだ。





全身を包んでいるのは紛れもない不快感。
目が覚めると必ず加奈が触れていた。
「おはよ、放課後だよ」
他の女に比べれば媚びた音色はないが、俺に言わせれば大差ない。
親友の位置づけにいる健一の女。
他人が惹かれる何かがこいつにもあるんだろうが、今回は手を出す気はなかった。
早久良が儚い望みを持ってやがるから、無駄な事だと解らせるために。
その為ならどんだけでも堕ちてやろう。
今更だ。
再び身動きがとれなくなろうが、呼吸が出来なかろうが、微々たる代償だ。
「触るな」
ただ、以前あったはずの温かな光がどんどん遠退いている事は苛立たしかった。
手を伸ばせば届く位置にあったそれは、今では見えるのが精一杯だ。
「何よ、もう、本当はこうされるの好きなくせに」
「あ?」
「撫でてるとすっごい気持ちよさそうにして起きないじゃない」
クスクス笑う女が目障りで仕方ない。
自分が触れることで俺が安心しきって眠りを深くしているとでも言いたいのか、こいつは。
だったらとんだ思い違いだ。
「早久良の席に座るな、退け」
「何怒ってるの?寝起きで機嫌悪い?」
「退け」
「・・・わかった」
渋々席を立ち、けれど側を離れない気配が気分を悪くする。
「健一は?」
「呼び出しだって」
「ハッ、馬鹿じゃねぇか。女いんだから無視しとけよ」
「万里と違って健一は優しいんですよーだ」
「・・・・・・」
「万里?」
「帰れ」
「健一待ってるんだもん」
「此処にいんな」
馴れ馴れしく名前を呼ばれる度に不快感が増す。
声を聞いているだけで苛立ちが爆発しそうになる。
「い・や。それに、心配しないでも健一変な誤解したりしないよ」
追い払うためだけの言葉に一体何を感じ取ったのか。
勝手な解釈が鬱陶しい。
「万里って優しいよね」
「うぜぇ」
「ふふ、照れてる?」
虫唾が走る。
この女の何がいいのか理解に苦しむ。
こんな女を好きな野郎が救えると思い込んでる早久良には呆れて物も言えない。
言ったところで通じない。
だから証明してやるんだが。
もう気づいた癖に見て見ぬふりだ。
別に、それで散々後悔して自責の念に駆られて負い目を感じてくれりゃ"理由"は出来る。
精々そうやって自分で首を絞めて追い込まれてけばいい。
そうする為に、我慢してやってる。
無遠慮にうざったく触るこの女にも。
「万里は帰らないの?」
「・・・・・・」
「一緒に待って無くても大丈夫だよ」
言いながら伸ばされる手を振り払う。
煩わしさをマシにするために万里は再び机に伏せて目を閉じた。
暫くするとあの女が触れる感覚。
膨れ上がる不快感に意識を遠ざけるために万里は一層眠りを深くしようと思考を堕とす。
「おやすみ」
最後に届いた声が耳障りだった。
黒く暗い視界。
見えるようになったはずの自分の腕は翳しても見えない。
何をしても変化はない。
動かそうとしても、また動かなくなってるんだろう。
唯一あるはずの針穴みたいに小っさい光は、やっと確認できる位置まで遠退いている。
いや、自分が届かない場所まで落ちて埋もれて、更に下へ呑み込まれてる。
あれが見えなくなったら二度と這い上がれない。
それは恐怖にも焦りにも似た感情を沸き起こしてくれる。
以前はこれっぽっちもなかったもの。
光も温かさも知らなかったんだ、当たり前といえば当たり前だ。
失いたくないと強烈に想う。
目覚めても此処と変わらない。
だったらどちらにいても同じだと視界まで黒く塗り潰される。
此処も諦めて放り出そうとした瞬間、突き刺さる眩い光が意識を浮上させる。
「起きた?上野」
突然跳ね起きた万里は驚愕に目を見開いていた。
夢と現実の狭間。
事態の把握など微塵もしていないが、前にいる早久良だけは確かであって欲しかった。
離れていく手に気付いて、させまいと掴み取る。
指先が震えているのも、吐き出した息が安堵を色濃く示したのも気付いたのは早久良だけ。
「寝惚けてるの、万里?」
「あははは、凄い勢いで起きたもんな」
「・・・・・・」
静かにゆっくり、今を把握する万里。
眠る前を思い出し、やっと疑問が浮かぶ。
「何でいるんだ」
「さっき廊下でバッタリ。だから一緒に戻ってきたんだよ。てか、昼と状況が変わってないな」
聞きたかったのは早久良の声。
どうしてお前が答えるのかと睨むが効果はない。
この繰り返しは辟易する。
本来なら近付けさせもしない。
それをさせるのは、いつでも早久良だ。
「もういいのか、連中は」
「連中?何の話?」
尽くウザイ女だ。
だが今は早久良がいる。
意識の全てを早久良に向ければ苛立ちは半減する。
掴む手に指を絡ませ暗に早久良だけに話しかけていると込めれば、早久良の目がしっかりこちらを映した。
かなり久し振りだった。
それだけで身震いする。
「帰るよ」
「・・・・・・メシ・・・」
決別してから寄り付かなくなった早久良の家。
行ってもいいのかと含めれば小さく溜息が返ってきた。
拒絶されれば泥濘に呑まれる。
二度と光が射さない。
あの恐怖と焦燥が指に力を込めさせた。
「いいよ」
容易く許された事が辛うじて自分を踏み留める理由になる。
堕ちることももといた世界に戻るのも大した苦痛じゃない。
恐れているのは俺が早久良を諦める事だ。





気付いてしまったのは、彼等では万里を救えないことじゃない。
もうとっくの昔に万里は"駄目"になってた事だ。
どうしようもないくらい、取り返しがつかないくらい、二度と這い上がれない場所にいる。
そこで万里は、ずっと己の世界を構築しようとしてたはずだ。
母親や周囲に壊されても。
何度も何度も。
その度に歪になっていっても、繰り返すごとに時間がかかっても。
核になってたのは母親への愛情で、それすら崩れそうになった時に早久良の母親と出逢ったんだろう。
そこで初めて、万里の中で揺るがない"何か"が出来た。
コレは違うと弾き出していくうち、母親への感情が抑えきれなくなった。
爆発させてしまったのは誰あろう早久良自身だ。
早久良の母が死んで、再び崩れた世界。
そのまま関わらず、赤の他人でいれば万里は永遠、ループのように日常を繰り返していられたはずだ。
感情も疑問も捨てて諦めを受け入れていた万里にとって、闇が深くなろうが痛みはなかっただろう。
善し悪しじゃなく、楽に生きていられたのだ。
けれど、早久良が登場してしまった事で、万里の世界は完全に構築されてしまった。
最初はパーツの一部でしかなかった。
それが、誘惑しようが貶めようが引き込まれなかった事で穴を埋めるように早久良が埋め込まれてく。
いつも同然、外部が叩き壊しに来ても、変わらない早久良の所為で容易く修復していった。
挙句、右手を代償に万里の"核"に触れてしまった。
その所為で、万里の日常には早久良がなくてはならなくなった。
出来上がってしまった物が壊れてしまわない限り。
再構築して早久良ではなく、新たなパーツを埋め込まない限り。
関わってしまった時点で手遅れだった事を知ってしまった。
もう、自分は関与しないと言える立場じゃないと自覚してしまった。
何度もそうするチャンスはあったのに、壊させなかったのは自分だ。
意識してなかろうが、何も分ってなかったからと言い訳しようが、万里に恐怖や苦痛を与えてしまった責任くらいはとるべきだ。
覚悟なんてものはこれっぽっちもないけれど。







温室の世話を終え、大欠伸をかます慎に何度も思った。
「ふわぁ~、タル」
だったら来るなと。
ヨロヨロ歩きながら、開ききってない目で行き交う人間を威嚇してる。
本当なら並んで歩くのが嫌だ。
距離をとろうとさりげにペースを落せば、真後ろにいた歩にぶつかり、さわやかに笑う充がスッと近付いてきた。
「慎、物凄い低血圧だから。許してあげてね」
「どうでもいいけど、朝弱いなら寝てればいいのに」
「つれない事言うなぁ、君に逢いたくて早起きして学校来てるってのに」
充の言葉に鳥肌が立ったのは言うまでもない。
「・・・ミッチー・・・」
「あはは、事実事実。ホント、慎が真面目に登下校なんて考えられない快挙だよ」
「授業は受けてるんですか?」
「まさか、全然」
だったら何しに学校来てるんだ。
突っ込みかけて、充に揶揄されない為に留まった。
「そんなでよく進級できたね」
「僕達、頭良いから」
真偽を図るべく歩を見上げれば、小さく頷きが返ってきた。
ということは、授業を受けなくても事足りるくらい3人は勉強が出来ると。
意外な事実に驚いた。
てっきり教師を脅してるのかと思っていたから。
「単位取る為に教室にはいるし」
暗に真面目に授業は受けてませんと言ってるらしい。
「あ、だったら勉強に困ったら聞いていいですか?歩さん」
「ちょっと待って、どうして歩限定?」
「私が誰に頼ろうが私の勝手でしょう」
「僕なら手取り足取り丁寧に教えてあげるのに」
肩に回された腕。
指先が首筋を撫でてゾワリと背筋に悪寒が走った。
殴ってやろうと握り拳を作った途端、その手を引かれ前のめりで躓きそうになった。
「タラタラ歩いてんじゃねーよ」
充から逃れられたことは良かった。
けれど、目付きと機嫌の悪い慎に捕まったことが良いとは言えない。
こっちのペースを無視でグイグイ引っ張って歩くから殊更、迷惑だ。
「眠いなら寝ればいいじゃないですか!」
「何処でだ、何処で」
「その辺で!どうせ授業出ないなら校舎向かう必要ないでしょ」
「お前は?」
「は?」
「サボるのか?」
「・・・私は普通に真面目に学問に励みますが?」
「なら問題ねーだろう」
「・・・・・・別に送ってもらわないでも迷わないんですけど・ ・・」
「一緒にいるの見られるのが嫌って?」
「何を今更。そうじゃなく、怖いオーラ振り撒いてる慎さんと並んで歩くのが嫌なんですが」
人より多少強い心臓を持ってるかもしれないが、凶暴かつ凶悪な人間といて平然としてられるわけじゃない。
何たって、一度は人の大切にしている温室を破壊してくれた相手。
警戒するに越したことはない。
最近は、本当に害もなく気持ち悪いくらい親切にしてもらってるが、怖いものは怖い。
立ち止まり振り向いた慎に思わずビクッとなってしまう。
「肩貸せ」
「はい?」
「俺のご機嫌取りしたいんだろ?」
「いや別に、寧ろどうぞ好きな所へ行って下さい」
「ごちゃごちゃ言わずに、」
首を絞める勢いで腕が纏わりついて力が込められた。
明らかに態とで、思わず声が出た。
「歩け」
「お、重い!」
「体重かけてるからだろ」
「歩さん、助けて下さい!!」
「歩、手ぇ出すなよ?」
ググッと腕が絞まり喉が圧迫される。
この状態で歩けば更に息が出来なくなってしまう。
腕を外そうと抵抗しても力の差が歴然で全く歯が立たない。
「分った!分りましたからっ、肩貸しますから殺さないで下さい!!」
「最初からそう言え」
「・・・暴君・・・」
「何か言ったろ?」
「私がですか?」
今の今で逆らうわけがないと態度を見せれば、慎はそれ以上追及しなかった。
完全に聞こえてただろうが。
首を絞めていた腕は肩を抱き、形だけ歩いてはいるけれど、半分は凭れかかっている状態。
重さと鬱陶しさで苛々するが、逆らえばろくな事にならないから仕方ない。
両隣に充と歩もいるのに助ける気は全くないらしい。
特に充はこの状況を楽しんでいるに違いない。
「さっき、何の話してたんだ?」
「?」
「充に遊ばれてたろ」
「あー・・・皆さんが実は意外に頭が良いって事実を教えてもらってました」
「・・・喧嘩売ってんのか?」
「まさか。だから困った時は歩さんにお願いしようかと」
「何で歩だ?どう見たって俺が一番頭いいだろう」
どう見たって一番馬鹿そうだ。
こっそり溜息をついたら首を絞められかけた。
「顔に出てんぞ?」
しまった。
全くそんな失敗したつもりはなかったのに。
「・・・だから顔に出てるってんだろ」
青筋立つ慎が完全こちらの心中を見透かしてる。
愛想笑いも出来ないほど恐怖で頬が引き攣った。
慎が何か言おうと口が開き、遮って声が被る。
焦ったような、驚いたような。
「北方さん?!」
馴染みのある健一の声だった。
だが、お陰で慎の機嫌が急降下したのが感じ取れた。
後方に視線を動かして理由は直ぐに理解した。
「大声出すな」
「普通出すよ、知り合いが絡まれてるんだから」
やり取りが聞こえる距離。
慎の大嫌いな万里がいたからだ。
どんどん凶悪になっていく雰囲気と眼。
「・・・お前さ、女連れてんだから考えて行動しろ」
「わ、私はいいから、早久良ちゃんがっっ」
加奈がいるのを確認して、噂が素早く広まるはずだと納得した。
まさか朝も一緒に来ていたとは、万里にしては意外だった。
早久良は全身恐怖で金縛りになりつつも、頭は冷静に3人を窺っていた。
ついでに、余計な事をしないで欲しいとも思ったが。
こういった人種とはまるで付き合いがないだろう健一や、怒りを増幅させるだけにしかならない万里が仲裁に入った所で事態は悪化だから。
「し、慎さん、」
「あ?」
「怖い、じゃなく・・・もうホント、どっか行って下さい」
「心配しなくても殴りかからねーぜ?」
今にも喧嘩吹っかけそうな眼をしといて説得力ゼロだ。
引き攣る顔面を必死で動かしながら愛想笑い。
視線で充に助けを求めた。
「サクラも一緒に来れば?」
何気ない一言。
スッと慎の怒りが収まったのは判ったけれど、嬉しくない申し出だ。
「だな」
「は?ちょっ、連れて行こうとしないで下さい!」
「青春謳歌したいんだろう?」
意地の悪い笑み。
慎はそれを盾に早久良が拒否しないと知っている。
実際、今までそうやって彼等を利用して万里を遠ざけていたからだ。
けれど、もう、決めたから。
早久良は揺るがない表情で慎を真っ直ぐ見返すと、引かれていた手を外した。
「今更取り返しつかないんで、尻拭いしてきます」
「へえ?」
「まあ、また適当な所で放り出すと思いますけどね」
「"覚悟"したんじゃねーのか?」
「何の?」
「お前、イイ性格してるなぁ」
「そうですか?普通ですよ」
「そうやってテメーでテメーの首絞めて何が楽しいんだか」
「・・・見てられないから仕方ない。自分の勝手なんでそれも仕方ないです」
そう、あの時も自分の勝手で首を突っ込んだ。
今度も変わらない。
今度は、それで万里に与えるだろう苦痛も理解できる範疇で自覚してるけど。
それでも今の万里を見て見ぬ振りするよりは、この先、生じるだろう問題をその時に対処していく能天気な楽観さをもっていたい。
諦めに近い溜息を零した早久良に慎は再び口端を上げてニヤリと笑う。
早久良の右手を掴むと掲げるように掌を自分の唇に押し付けた。
「暫くは引っ込んでてやるよ」
「て、手、くっ付けたまま喋らないで下さいっ」
「またな」
二度と会いたくない、と去って行く慎を見て普通に思った。
「あらら、残念。これでサクラとお別れか、暫くは」
などと言いつつ裏のありそうなにこやかな笑顔で後に続いた充。
無言のまま頭を撫でて行った歩。
やはり、どう考えてみても歩が一番優しいだろう。
そして好感が持てる。
恐らくは会話が聞こえてなかっただろう3人は、それから駆け寄ってきた。
主に2人だが。
「大丈夫、早久良ちゃん!怪我とかない?」
最初は加奈。
青ざめつつ全身をチェックして心配してくれるいい子だ。
健一も同様、早久良に何もないと知るやホッと胸を撫で下ろしゆっくり歩いて来る万里を振り向いた。
「何ともなさそう。万里の言った通りだったな」
「万里がね、下手に関わる方が厄介だからって。ごめんね、すぐ助けてあげられなくて・・・」
「心配かけてすみません。でも顔見知りだからそこまで危なくもなかったです」
不安を未だ残す加奈の為に言葉を紡ぐ。
何度も確認して、ようやく笑顔を零す加奈はやっぱり可愛い。
「・・・よぉ」
「お早うゴザイマス」
「世話は?」
「済んだ」
「手」
「?」
「触られてたろ」
「あぁ、別に平気」
淡々とした会話。
他人から見れば万里は機嫌が悪いと映るんだろう。
だから、加奈から何とか取り繕いたいと焦りを感じる。
「ねえ、予鈴なりそうだよ、早く行こう!」
「うっせー、邪魔すんな」
「まあまあ。とりあえず歩こう。あ、お早う、北方さん」
「引っ付くな、うぜぇ」
「うざいって酷くない?もう、健一、万里殴ってやって!」
「あはは、万里はあんまり触られたりするの好きじゃないからな ぁ。そうじゃない?」
案外よく見てると感心した瞬間、健一に話をふられ言葉に詰まった。
「あれ?違った?」
「おい、早久良に絡むな。テメェの女なんとかしろ」
「私ちゃんと名前あるんですけどー」
「・・・・・・」
一見、和やかで仲のいい友人。
万里が本気で苛立っていると気付いても、これまでは何もしなかった。
でも、今は万里の腕を掴んで強く引き止めた。
僅かでもじゃれる加奈と距離を作るために。
驚く万里を無視で、言い訳として首筋に鼻を寄せる。
「つけてない?」
「あー・・・もうない」
「あっそ」
パッと手を離し、再び歩き出す。
その僅かな時間で健一と加奈は並んで歩き少し前にいる。
好き合ってると分る幸せそうな表情。
このままいてくれるなら、余計な事に意識を回さなくても済むだろう。
でもきっと、無理な願いだ。
万里を大切な友人だと想っているから。
万里の傍に居続けるから。
彼女には何もしてあげられない。






日増しにコントロールが効かなくなる。
「万里」
呼ばれる度に虫唾が走る。
「また寝てる」
笑い声と髪に巻き付く感触が侵食してくる。
確実に"汚されていく"と、その妙な感覚が苛立ちを増幅させた。
アレが散々啼いて縋ってた時ですらそーゆーもんはなかった筈なのに、だ。
「あれ、早久良ちゃん、忘れ物?」
瞬間、体が勝手にピクリと反応した。
同時に全神経が新しくやってきた気配に集中していく。


「・・・三浦さんは?」
「部活終わったから寄ってみたんだ。万里いるんじゃないかと思って」
そしたらいたから、と嬉しそうに笑う加奈。
撫でる行為が恋人を愛でるそれのようで、視線が万里に落ちる。
「万里ってなんか放っとけないよね」
同意を求めてるわけじゃないんだろう加奈の台詞は友人としてのものじゃない。
本人に自覚があるかは別として、早久良は予期していた通りの展開で特別何の感情も湧かなかった。
座っている場所が早久良の席だと分っているはずなのに、それが当たり前になりすぎて気付いていないんだろう。
不快を示すわけでもなく己の席に向かった早久良は、机にかけておいた鞄を取った。
次いで、万里を呼ぶ。
ゆっくり顔を上げた万里に眠っていた面影はない。
「遅い」
「誰も待ってろなんて言ってない」
「鞄置いてってんだから戻って来るの分んだろーが」
=共に帰ると図式になる万里の頭は相変わらずだ。
拒絶する理由もないから溜息だけついて、チラリと加奈を見下ろす。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「え?待って待って、私も一緒に帰るよ!」
「健一待たしてんだろ、とっとと失せろ」
「いいじゃん、皆で帰ろうよ」
ね?と笑いかけながら、先行く万里を追いかけて腕に抱き付く。
一瞥する眼に込められた侮蔑に気付いたのは早久良だけだろう。
「上野」
渦巻いて消化しきれてない感情が表面化してると自覚はあるはずだ。
「買い物して帰りたいんだけど」
「おう」
早久良に向かう時だけ、万里の瞳は和らぐ。
喋りかける声は微塵の冷たさも篭らない。
「三浦さん、そーゆーわけだから一緒は無理」
「そっか・・・うん、わかった。でも玄関までは良いよね?」
「勿論」
早久良は、躊躇をしなくなっていた。
万里から加奈を引き離す事に。




きっかけはこれだった。
つもりに積もった物を、今を壊さず発散するにはそうするしかなかったんだろう。
それが、彼女に自覚を与えてしまったんだとしても。



昼休み、一人クラスの違う加奈はやって来る。
眠り動かない万里と自分の昼食を調達するのは健一の役目になっていた。
健一を見送って、加奈は己が座るための場所を確保すると、いつもしているように万里の髪に触れる。
戦利品を抱えて健一が戻ると、最近はずっと彼等と共にしている早久良が万里を起こす。
それが日常になりつつあった。
彼女の心に波風を立たせない程度で万里を遠ざけていた早久良は懸念してたことがあった。
いつ、どのタイミングで彼女が気持ちを自覚するのかを。
同時に、万里も長くはもたないだろう事も。
だから、その日が来た時は正直、コレで余計な気を使う必要がなくなったのが嬉しかった。


物の倒れる派手な音。
続く人のざわめき。
教室へ戻ると、自分の机が引っ繰り返っていて側には泣き崩れる2人の女子と慰めるようにして声をかけている加奈の姿があった。
思わず溜息が漏れたのは、散乱している己の私物達の行方が気になったから。
「なんでぇ・・・どうして三浦さんは良くて私は駄目なのぉ・・・」
しゃくりを上げながら呟いた言葉に「え?」と驚いている加奈が目に付いた。
含まれていた悦が見て取れた。
「あ、早久良ちゃん!」
散らばった物を拾いながら近付けば加奈がこちらに気づく。
「ごめんね!あの、なんか万里が急にキレちゃって・・・」
「わた、私達、三浦さんがしてたみたいに触っただけなのに・・・うっ・・・」
「・・そ・・・したら っ、万里、怒って・・・机蹴り飛ばしてぇー」
言い訳じみた説明を泣きながらされても早久良には迷惑以外なんでもない。
聞かなくても随分前進している万里の机と吹っ飛んでいる己のイスと机を見れば容易に想像できる。
言って傷付いて更に泣かれる方が面倒で、彼女達の傍らで声をかける加奈の優しさに感心してしまう。
「この子達保健室に連れてくね、片付け、手伝って上げられないけど・・・」
「うん、お構いなく」
この集まる視線をどうにかしてくれるなら、後始末くらいなんでもない。
申し訳なさそうにする加奈に気にしないでと付け加え、早く連れて行くよう促した。
一応、3人が出て行くのを見送って、それから現状の後始末に取り掛かる。
ギャラリーと化していたクラスが手伝ってくれたことに感謝しつつ、割れているかもしれないと思っていたビンが無事だった事にも安堵した。



触れられた瞬間、机を蹴っていたのは衝動だ。
耳障りな喋り声だけならまだマシだったが。
上がる悲鳴と媚びた目が嫌なもんを引き摺り起こしてくる。
「何で?ちょっと触っただけじゃん!」
「三浦さんだっていつもしてるのに、何怒ってるの?」
ああ、どいつもこいつも、アレと大差がない。
アレがいてもいなくても結局はこれだ。
向けられる好意と嫉妬がどんだけ身勝手で鬱陶しいか、つくづく不快を誘ってくれる。
ぎゃーぎゃーウザイのを黙らせる為に連中の横にあった物を蹴り倒した。
それが早久良の机だろうが、全てが目障りで消してしまえりゃどんなにスッキリするか。
「万里!何やってるんだよ!!」
「ちょ、何事?」
友人気取りの連中が何か言ってるらしいが 、ガンガン煩く響く頭には入ってこない。
他人の声と泣き声が更に頭痛を酷くする。
「待てって、万里!」
此処以外なら多少はそれもマシになる。
相手をする気はないが、黙れと一瞥すればそいつは口を閉ざしてただ、黙って隣についてきた。
それも苛立ったが、アクションを起こすことが不快で無視して廊下を突き進む。
何処へ行こうかと考える余裕すらない。
「上野!」
頭痛を引き起こすしかしない雑音の中、それだけは確実に聞こえるから不思議だ。
足を止め振り向けば、僅かに息を切らせた早久良が駆け寄ってくる。
「私の机が素晴らしい事になってたんだけど」
呆れていると込められた恨み言を、ついさっきまでなら聞く気はなかった。
「ついでに上野の激しくずれた机も元に戻しといたから。犯人知ってる?」
「・・・・・・」
こっちをしっかり見て微塵の揺るぎも無い早久良が耳を傾けさせる。
数日前から変化らしいものはあった。
避けることをしなくなって、無駄としか言いようの無い警戒が消えていた。
「上野、分ったから、ごめん」
観察していた事を早久良は疑ってると受け取ったらしい。
お門違いに謝って差し出してきた小瓶に思わず笑みが零れそうになった。
流石にこのタイミングでそれをやれば折角手を差し伸べてきた早久良の機嫌を損ねかねない。
「これ。割れてなくて良かったね」
蹴り倒した机に入ってたのか。
とすれば、こんな事がなくても近い内、早久良から渡して来たはずだ。
哀れみや後悔は感じない。
ということは、やっと認めたか。
腕を上げたまま取るのを待つ早久良。
いつもの調子なら待つこともしないで即踵を返してたろうな。
それだけでも十分、早久良の決心が窺える。
最高に、こっちにとっては都合のいい決意だ。
「じゃあ」
ビンを受け取ると、用件は済んだとあっさり背を向ける辺りは相変わらずか。
そのまんまなし崩しで寄り掛かってこれば無駄な葛藤もいらねぇのに。
頭ガッチガチで頑な過ぎるのはマジ笑える。
だったら、遊んでやるまでだ。
テメェ可愛さに見捨てやがった分、苦しめてやるのもいい。
早久良を止める為に腕を掴んで引き戻した。
「離れんな」
「・・・授業あるんですけど」
やっぱり、確実に早久良は俺を受け入れた。
大小限らず、出会ってからずっとあった拒絶がどこにもない。
今度ばっかりは歪む口元を堪え切れなかった。
「何処行くの」
そんな様に溜息は吐くくせ、手は振り払われない。
「観念したか」
「まさか、いい迷惑」
「お前の所為だろ」
「・・・上野の性格の所為でしょ」
「ハッ」
救いようが無いお人好しだ。
面倒な回り道してるから余計な事に気付くんだよ。
素直に同情し続けて傍にいりゃ、血の繋がりだけで済んでたものを。
ややこしくするからテメェの首を絞めるんだ。
自業自得だ。
俺は別に何だって良い。
どーゆー形でも良かった。
母親に陵辱されて育った哀れな従兄は拠所が他にないから仕方ない。
そーゆー建前でやってりゃ良かったものを、ぬくぬく育った男なんかに気を取られて在りもしない希望を抱いたのがそもそも悪い。
だから、どんどん身動きが取れなくなるんだ。
離れようとしなきゃ、雁字搦めにしようなんて考えなかったものを。
追い詰めるなんてしなかった。
全部テメェが悪い。
二度と阿呆な真似をさせない為に、思い知らせてやる。
徹底的に教えてやる。
早久良にも鬱陶しい連中共にも。




万里がキレて以降、表立って変化は無かった。
本腰を入れなきゃならなくなったのは、夏休みが明けてからだったから。


「ねえねえ、万里、今日帰りどっか寄ってこうよ」
「うぜぇ」
「ひどっ、そればっかじゃん!」
加奈が万里の側にいる事に違和感がなくなってるからか、それともそう感じられないように健一が配慮しているのか、周囲は彼等の変化に気付いてない。
「マジ鬱陶しい。何だって此処にいんだよ」
「万里に会いに来ちゃ駄目なわけ?」
「・・・・・・」
「あ、照れてる?嬉しい?」
けれど、ここまで露骨な態度を目の当たりにしていたら誰だって気付くはずだ。
昼休み終了間近。
決して人目にはつかない屋上で日向ぼっこをしていた早久良は、やってきた万里と加奈の会話を聞きつつ溜息を漏らす。
独り、こうやってのんびりしていると万里に出くわす確率の高さに辟易する。
「でもさー、万里もどうして屋上来たの?授業始まっちゃうよ」
纏わり付く加奈を無視して一通り屋上を見渡し歩く万里。
何かを探しているようで、どうもそれが自分らしいと早久良は思う。
今日は日常になっていた4人での昼食を辞退してここにいたから。
出て行くのも面倒だと考えた矢先、下で万里が携帯を出した。
メールではなく電話だと知ったのは、万里が携帯を耳に当てていたことと、己の携帯が着信を告げたからだ。
「何?」
「何処いんだよ」
不機嫌を滲ませた声。
電話と下から同時に届くそれが面白かった。
「ここ」
「ああ?!」
「上」
「はあ?」
物陰から顔を出すと、意味が分からないと返しつつも目線を上げた万里と目が合った。
「んなとこで何してんだよ!」
「え?あっ、早久良ちゃん?!」
携帯は用無しだろうから切る。
「何か用?」
「散々人に捜させてその態度か」
「最初から電話すれば済んだと思うけど」
呆れるでもなく呟いた早久良に万里はニィッと口端を吊り上げた。
「それじゃ意味ねぇじゃん」
何のだと聞かずとも、鳥肌を立てる全身で言いたいことは何となく分かった。
確実に自分にとっては宜しくない意味合いがあると。
聞こえてくる予鈴。
それを言い訳に下へと降りた。
「サボんじゃねーの?」
「誰が?」
「そーいや早久良、頭の作りも悪いもんなぁ」
「・・・・・・」
授業に出ても寝てばっかりな万里はそれでも軽く上位の成績を残す。
真面目に受けてテスト前に必死で勉強して中位に組み込んでいる早久良は言い返す言葉が無い。
「怒った?」
無視してここを出ようと横をすり抜けた瞬間、首に回された腕に固まった。
ふわりと香る薔薇の匂い。
「早久良」
耳に吹き込まれるよう囁かれる声に背筋がゾクゾクする。
引き寄せられたのか、背中に密着する体温が心地良くて早久良は思わず顔を歪めてしまう。
「どうせ間に合わないぞ」
「・・・離せ・・・」
「嫌に決まってるだろ」
行為がエスカレートして、万里の唇が頬や顎のラインを辿って首筋に移動する。
「上野っ」
懇願の入り混じった必死な声。
拳を硬く握って小さく震え堪えている早久良に万里はようやく拘束を解いた。
そうこうしていた所為で授業開始を告げるチャイムが鳴り響いてしまった。
同時に、早久良からは諦めに近い溜息が漏れた。
握っていた拳から力を抜いて、恐らくは満足げに笑ってるんだろう相手を振り向く。
案の定だったけれど、特別怒りや不快はない。
「で?」
要求は?と促せば、一層嬉しそうに笑みを深くする。
決して他人にはしない表情。
驚き戸惑う加奈を視界に捉えたが無視した。
「膝貸せ」
「・・・・・・」
拒否する理由はない。
万里が何を考えてるかは知らないが、利害が一致してる以上、そうする事に抵抗もないから。
ただ、少し気になった。
だから万里との距離をつめジッと顔色を窺った。
悪戯に揺れた瞳が次に仕掛けてくるだろう戯れを予期させたから、指先が頬を撫でても、唇以外の至る所にキスが降り注いでも動じない。
お陰で分った。
こちらに悟られたくない程度に万里の体調が悪いだろう事が。
肩に掛かった重みは万里が額を乗せてきたからだ。
悪戯の延長のようなふりをしても、実際は寄り掛かりたいくらいにだるいらしい。
「上野」
「・・・ああ・・・」
「貸すから日陰移動したい」
背中を数度撫でて早久良が腕を下ろすと、万里もゆっくり体を起こす。
そこで視線の煩わしさに気付いて振り向いた。
今の瞬間まで忘れ去っていた加奈の存在。
「戻れよ」
「え・・・万里・・・?」
「邪魔」
早久良は既に建物の陰に移動していて、フォローする者はいない。
例えこれを早久良が聞いていたとしても彼女を引きとめようとはしないだろうが。



日常、変化に気付ける者は一体どれだけいるのか。
だからといって気付いた方が何かを求めてるわけではないから、放置して欲しかったのが正直なところ。
今回に限っては本当にそう思う。
「急に呼び出したりしてごめんね」
「いえ」
空き教室。
目の前には曖昧な笑顔の健一。
十中八九、用件が万里と加奈の事だと分る。
「北方さんだから気付いてたと思うんだけど、加奈から相談されて」
気付いていたというのは2人が別れた事だろう。
相談されたというのは、多分、この間の屋上での一件だろう。
「確かに俺達が別れた理由は万里だけど、加奈はそんな子じゃないから誤解されてるなら解きたいなと思ったんだ」
"そんな子"ていうのはどういう意味なのか。
健一と付き合いながら万里に転んで、2人の間で泳いでいた女子のことを言ってるんだろうか。
だとしても、どうでもいい。
誤解などしていないし、彼等の真実はあまり興味がないから。
「北方さんは加奈の事軽蔑してる?」
「いえ。それに分かってたから」
「分かってた?」
「話はそれだけですか?」
「え、ああ、うん、それでさ、北方さんは2人のことどう思う?」
「・・・・・・」
「万里も加奈に惹かれてる気がするから、協力してやりたいんだ」
迷いなく笑う清さに早久良は右手が疼くのを感じた。
泣きそうに歪んでしまうのを必死に堪えて悲壮な瞳を揺らす。
「高坂君は悔しくないんですか?」
「・・・どちらも大切だから、幸せになってほしい。もし俺に気兼ねしてるんだったら余計にそう思うから」
「だったら、上野に彼女を近づけないで下さい」
悲しさを押し込めて、けれど本心だろう言葉を零す健一に早久良は泣き出しそうな自分を隠す事ができなくなっていた。
「どうして?」
発言にか、それとも早久良の表情にか、僅かに驚いた健一に歯を食いしばる。
つきつき痛み出す手を握り込んで。
「どっちも幸せにならないからっ、」
「北方さん・・・?」
逡巡するのは、哀しすぎて、どうしようもなく哀しくて。
理解されない万里と、気付いてしまった己が。
「・・・分かってたって言ったのは、彼女が上野を好きになる事です」
「それは、」
「それと上野は絶対好きにならない事」
健一の眉が悲しげに下げられた。
きっと彼には嫉妬する醜い女に映っているんだろう。
「・・・万里を好きなの?」
違う、そうじゃない。
悔しさと苛立ちに涙が滲む。
早久良は大きく頭を振って唇を噛んだ。
「俺は本気で2人に幸せになって欲しいと思ってるよ」
「分かってます!!」
堪らず怒鳴っていた。
何故、あんなに毎日傍にいて気付かないのか。
「上野には言わないで下さいっ、気兼ねするななんてっ」
「北方さん?」
「幸せになれなんてっ」
溢れて来る涙は止められなかった。
「本当に上野を想ってるなら、大切ならっ」
「・・・どうして、」
「っ上野は、侮蔑以外の何も映してないよ・・・?」
問い掛けに似た懇願だった。
茫然とする健一の視線に晒されて、早久良は大きく息を吸った。
「彼女が近付くなら、私が全力で阻止します」
これ以上は居たくなくて踵を返すと、走ってその場から逃げ出した。



教室には鞄が置いたまま。
直ぐに戻るだろうと机に突っ伏し待っていた万里は、派手な物音に目を覚まし身を起こした。

いつの間にか薄暗くなった教室。
倒れた椅子と共に座り込んで動かない人影。
恐らくは待ち人だろう。
怪我でもしてるのかと傍に行けば、あまりの有様に驚いた。
やはり早久良だったのは良い。
が、乱れた髪はホラー映画に出てくる化物のように顔を覆っているし、隙間から見える顔はもっと酷かった。
それはもう、ドン引きするくらいに泣いた後でグチャグチャのボロボロだ。
「大丈夫か?」
微動だにしない早久良の腕を掴んで引き上げる。
大人しくされるがままなのは、気力すら残ってないからか。
だからこそ、理由には見当がつく。
十中八九間違ってないだろう。
「何やってんだ」
「・・・上野には関係ない」
小さく低い声は、2人しかいない教室ではよく響く。
「関係ない俺の為に泣いたくせにか?」
笑ったのは馬鹿にしたからじゃない。
喜びと満足感からだ。
真っ赤な目で睨まれても迫力皆無だしな。
「あいつに呼び出されたんだろ?協力してくれとでも言われたか」
「・・・・・」
「分かってて、何だって行くんだよ」
「っるさい!」
乱れた髪を撫でて整えてやり、掌で涙の跡を拭ってやる。
走ってきたのか、火照った頬を両手で挟み込み少し上を向かせる。
大分マシにはなってるが、それでも酷い物は酷い。
くくっと笑いが込み上げる。
明日は腫れてるだろう目蓋に口付けすれば、大人しく目を閉じた。
泣き疲れて色々億劫なんだろう。
これまたツボだ。
「残念な面がより残念になってんな」
更に笑いを深めながら、早久良を抱き寄せた。
抱き返しては来なかったが、肩に顔を埋めて甘受したのが分かる。
こんなに笑える事は無い。
結局はこうなった。

己の首を絞めただけの可哀相な早久良に、万里は優しく何度も頭を撫で続けてやった。
それは、笑いが止まり気の済むまで続けられた。

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