『6』
昼休み、結衣と昼食を食べ終え教室に戻るとやけに人で溢れ返っていた。
どうやら皆窓越しにグラウンドの方を見ているようだ。
「何かあったのかな?」
「さあな。誰かが喧嘩でもしてるんじゃないか」
結衣にそう返すと、俺は自分の席に座る。
昼休みは飯を食べ終えると主に寝ている。理由は特にやることがないからだ。話せる友達はナッシングだし、授業の予習復習死んでもやりたくない。
よって、教室の中で一人でできることは睡眠をとることしかないのだ。
……だが、今日はそれさえもできないらしい。
「うわぁすげぇ!」
「やれやれー!」
「あれヤバくない!」
窓際が騒がしい。
何を見て興奮しているのか知らないが、昼休みはもう少し静かにして頂きたいものだ。
ぼっちが寝れないじゃないか。
「ねえねえ。なんか外がすごいことになってるよ」
結衣が困った表情で報告してきた。
「すごいこと? 誰かが青姦でもやってるのか?」
「ち、違うよっ! 蓮人くんのバカ!」
ポコリと殴られた。
ちょっとしたジョークのつもりだったのに。
「じゃあ何が起こってんだよ?」
「魔導戦」
「……まじかよ」
『魔導戦』
それは二人の魔導士、または魔導学校に属する生徒による決闘のこと。
当然ながら魔法の使用は可であり、勝敗はどちらかが気絶するか、戦意喪失になることで決まる。
だが生徒同士による『魔導戦』は教員の許可なくやってはならず、更に対魔法用の強化防壁で覆われているアリーナドームという場所でないといけない。
昼休みに、しかもグラウンドで『魔導戦』なんてやったら停学以上の処罰は免れないだろう。
俺は急いで外を眺める。
「……おい、なんだよこれ」
確かにそこには二人の生徒がいた。
しかし、様子が少しおかしい。
通常『魔導戦』は互いが魔法の撃ちあいになり、どちらかの魔力が切れた方が負ける。
だが今見えている光景は一人の生徒が一方的に魔法を撃ち続け、もう一方はひたすら逃げる作業に追われていた。
「まじか。もう五分も魔法が途切れず発動し続けてるぞ」
魔法を撃ち続けるには二つの能力が必要だ。
一つは連続で魔法を放っても余りある魔力保有量。
もう一つは魔法発動中に次の魔法の詠唱を済ませるスピード。
この二つが揃って初めて魔法を連射できる。
しかし、普通ならこのどちらか一方、または両方の能力が足りず、魔法の連続使用はできない。
魔導士になった者でさえも魔法の連射をすることができるのはほんの一握りだ。
そんな高度な芸当をグラウンドにいる生徒はやっている。
「あいつ。なんであんなに魔法を撃って魔力が切れないんだ?」
「そりゃそうだよ。だってあの人だし」
結衣が後ろから言ってきた。
「お前知り合いなのか?」
「知り合いも何も。蓮人くんも会ったことあるよ。それもつい最近」
最近? あんな魔導士候補に会った覚えなんてないんだが。
そもそも最近なんて結衣と織城先輩、静川先生としか顔を合わせてない気がする。
「全くわからん」
お手上げの俺に、結衣は仕方がないとばかりに生徒の名を言った。
「エレナ・ルーベンスだよ」
「あぁ」
思い出した。ベルギーの王の娘か。
だからあんなに魔力保有量があるのね。
「どうやら決着がついたみたいだね」
結衣の視線の先には、男子生徒が金髪美女に屈して土下座していた。
その周りには幾つもの大きなクレーターがある。
見る限りは女王様の完全勝利だった。
しかし、すぐに教員方が二人の元へ駆け寄っていく。
一国の次期王女でも停学とかになるのだろうか。
そんな疑問を残しながら、人生で初めて見た魔導戦は幕を閉じた。
☆
放課後、部室へ向かう道中でバッタリ会ってしまった。
「王女様」
うっかり呟くと、王女様は顔をこっちに向ける。
「あら、私に何か用ですか?」
何と言われても、偶然王女様を見つけてやや興奮して言葉が出てしまっただけで、話すことは特にない。
でもここで何も話さなかったら、用もないのに唯王女様と呼んだ気持ち悪いやつ認定されかねない。
とりあえずテキトーに話題を振ろう。
「さっきの魔導戦。すごかったな」
「さっきの……あぁ、お昼休みのことですね。あれのどこがすごいのですか? わたくしは実力の半分も出していません」
まじか。
俺の目には、ローテーションで三種の魔法をニ十分以上撃ち続けていたように映ったが、それでも実力の半分。
これが才能の塊というやつか。
「あんた天才だな」
「天才? いいえ違います。わたくしは王の血を受け継ぐ者。このくらいできて当然です」
王族は皆こんなことが出来るということだろうか。
もしそれが本当なら俺も王族として生まれたかったものだ。
そしたら、魔法も使えるし、悪魔ともまともに戦える。今のように織城先輩や結衣の迷惑にならなくて済むのに。
「あなたの用はそれだけですか?」
「あぁ。それ以外は特に」
「そうですか。ではさようなら愚民」
そう言い残して王女様は俺の横を通り過ぎていった。
あの様子から察するにどうやら俺のことは覚えていないようだな。
『愚民』という呼び方は同じだったが。
たぶん彼女は学校に在籍する生徒全員にそう呼んでいるのだろう。
ひどい王女様だ。