『5』
「こ、これはどうだろうか?」
織城先輩は頬を赤く染めながら、まるで彼氏に服を選んでもらう時のように聞いてくる。
しかし、両手に握られていたのは二本の剣。
「さあ。どっちでもいいんじゃないですか。正直、魔導武器のことは俺よく分かりませんし」
俺と織城先輩は、学内にあり魔導武器の売買が出来る魔導武器屋に来ていた。
魔導武器とは、魔導士が悪魔と戦闘する際に使う武器のこと。
その種類は様々で、今織城先輩が持っている剣や槍など、打撃戦を主とする『近接戦闘型』。
拳銃や杖など、敵との距離をある程度取り味方の援護を主とする『中距離戦闘型』。
ライフル銃や弓など、敵の死角から不意の一撃を与える『遠距離戦闘型』
これら全ての魔導武器は自らの魔力を込めて使用することが出来る。
逆に言えば、たとえ魔力を込めなくても普通の武器として十分戦えるのだが、魔導士を目指している者は決してそんな使い方はしないだろう。
ただ一人、俺を覗けば。
「俺は魔力保有量が少ないんで魔導武器なんかに魔力回すと、すぐに魔力不足で倒れちゃうんですよ。だから、魔導武器にはあまり興味なくて……って、あれ?」
気づいたら、織城先輩が頬をぷくっと膨らませていた。たぶん怒ってるんだろうけど、可愛いすぎる。
「蓮人の魔導武器への興味の有無など、別にどうでもいいのだ。私はこの剣のどちらが私に似合うかと聞いている」
織城先輩の腕が伸びると、剣との距離が僅かながら縮まる。
つべこべ言わず早く選べ、ということだろう。
「うーん、そうですね」
俺はじっくりと二本の剣を眺める。
右手に握られているのは、柄は黒で刀身は鉄製。和風テイストでおそらく日本刀がモデルと思われる。
左手の剣は、明らかに西洋の物でリーチを生かして戦うため刀身が細長く、斬るというよりは突く方が向いている。モデルは西洋剣術で用いられるレイピアだろう。
「和服のときは右で、鎧のときは左というのはどうでしょう」
「それだと私はどちらも一生使わないことになるぞ」
確かに。織城先輩って戦う時、基本制服だしな。
しかし、なら何を基準に選べと。
剣なんかで戦ったことないし、なんなら戦ったこと自体皆無だし……!
その時、ふとある物が目に入った。
「織城先輩、これなんかはどうですか?」
そう訊ねて、俺は店頭に置かれていたそれを織城先輩に手渡す。
「こ、これって、ゆ、ゆゆゆ指輪じゃないか!?」
魔力が込められた指輪は、一時的に魔力保有量を上げたり、魔力の回復を早めたりしてくれる効果がある。
このように戦闘でも十二分に役立つが、その実、指輪のような装飾品はアクセサリーとして使用されることも多いのだ。
「可愛いい先輩には絶対似合うと思います」
「か、かかか可愛い!?」
急にゆでだこのように真っ赤になって、頭をフラフラさせる織城先輩。
「織城先輩! 大丈夫ですか!?」
今まで見たことがないくらい動揺をしている織城先輩を心配していると、ややあったのち彼女はいつもの調子に戻った。
「……こほん。それで蓮人はこの指輪を私にどうしてもして欲しいと」
どうしても、という言葉に少し引っ掛かったが、指輪を勧めたのは俺なのでツッコむのはやめておいた。
「はい! そうですね!」
「っ! そ、そこまで言うならこれを買うしかあるまいな!」
そう言って、織城先輩は指輪を持ってレジへ向かう。
「指輪二点で二万五千円になります」
「ふっ、今の私の手持ちからしたら安いものだ」
織城先輩は指輪の値段と丁度の金を支払うと、包装された箱に入れられた指輪を受け取った。
「そういえば、なんで二つも買ったんですか?」
「っ! そ、それは……」
続く言葉の代わりに差し出されたのは、指輪が入った箱。
「……これ、なんですか?」
「……プ、プレゼントだ」
織城先輩は顔を背けながら言った。
まじか。毎日ロクに役にも立っていない俺ごときに織城先輩からのプレゼント。
「い、いいんですか!」
驚きのあまり声が大きくなってしまったが、織城先輩は「うん」と小さく頷く。
どうやら本当に俺へのプレゼントらしい。
家族と幼馴染以外の異性から初めてのプレゼント。やばい。嬉しすぎて泣きそう。
「ほら、いるならさっさと受け取れ。でないとこれも私の物にしてしまうぞ」
織城先輩に促され、すぐに俺は指輪を受け取る。
「ありがとうございます!」
「礼を言われるほどではない。ただ報酬の金が余っていたから買っただけだ」
それでも俺にとってはありがたいんだよ。
空前絶後のモテない男、植村 蓮人にとっては。
「しかし、蓮人。私からプレゼントを貰ったからには、一つ条件がある」
「条件、ですか?」
「あぁ。もしそれが守れなかったら、その指輪は返してもらうかもしれない」
「なんですと!?」
いかん。衝撃のあまり普段使わないような言葉が出てしまった。
「なに、簡単なことだ。お前はその指輪を毎日着けろ」
「これをですか?」
「あぁ」
そんなことでいいのだろうか。
条件なんて言うから、毎日指輪をチンポにハメろくらい言われるのかと思っていたが。
「わかりました」
「ほ、本当だな! いいか毎日だぞ! 絶対だぞ!」
余程心配なのか、何度も念を押される。
「わかってますよ。毎日ですね」
「そ、そうだ! わかっていればいい! わかっていれば!」
大きい声を出すから怒っているのかと思いきや、織城先輩は妙に嬉しそうな顔をしていた。
何かいいことでもあったのだろうか。
「蓮人。私もこの指輪を大事にするから、お前も……その……大切にするんだぞ!」
頬がちょっと赤い。ロリっ子先輩の照れてるところ。いいね!
「もちろんですよ。織城先輩から頂いた物なんですから」」
「そ、そうか! ならよかった! よかった、よかった!」
織城先輩は大分ご機嫌な様子。
そんな彼女を見て、心から癒された俺でした。
☆
翌日、いつものように授業で魔法を失敗しまくっていると、静川先生から鋭い言葉が飛んできた。
「植村! なんだそれは! やる気がないなら出て行け!」
「はーい。出ていきまーす」
静川先生に言われた通り、俺はグラウンドから立ち去ろうとすると、急に肩が後ろに引っ張られて動けなくなる。
振り返ると、静川先生が鬼面を被っているかと錯覚するほど、恐い顔をしていた。
「すまないな。お前には伝わらなかったか。あれは本当に帰れという意味じゃない。檄を飛ばしていたんだよ。だから、お前にはもっと頑張って授業を受けてもらわなければならない」
「初めて知りました。檄飛ばされたやつって、強制的に頑張らされるんですね」
メリメリと肩に指が食い込む。
やばい。肩が外れそうなんですけど。
「文句を言ってないで、さっさとやれ」
「……はい」
大人しく従うと、俺は魔法の訓練に戻る。
今日は授業の内容は『爆撃魔法』。
グラウンドのあちらこちらで爆発が起こっては、大小様々なクレーターができている。
ぱっと見、世界遺産に見えなくもない。
「我が魔の力を以て、性格ブスなアラフォー女に、強大な激発を――《爆破》」
詠唱を終えた。
しかし、安定の何も起こりません。
「残念だなぁ。今日も駄目だったかぁ」
「……おい、植村」
一人悔しがっているふりをしていると、背後から強烈に憤怒の匂いがする。
対象はもちろん俺だ。
「お前、いま詠唱のするとき、一体誰を標的とした?」
「…………」
魔法を使う時、詠唱は不可欠である。
そして、その詠唱にもいくつかルールがある。
まず、初めの第一節は『我が魔の力を以て』としなければならないこと。
そして、第二節は『魔法を与える相手』のことを指す言葉でなければならないこと。
最後の第三節は魔導書に記載されている、魔法それぞれに決まった魔導文を言わなければならない。
それで、なぜ静川先生が激おこプンプン丸なのかというと、俺が詠唱の際に第二節を『性格ブスなアラフォー』と言ったからである。
「お前、私に魔法を当てようとしていたのか?」
「ちょっと待ってください先生。俺は『性格ブスなアラフォー』と言っただけで、静川先生とは言ってないですよ」
完璧な言い訳。
ここでもし先生が俺に制裁を加えると、それは彼女自身が『性格ブスなアラフォー』と認めることになる。
しかし、先生はそれが出来ない。
故に俺に暴力を振るうことはできないのだ。
「……お前」
案の定、静川先生は俺には一切手を出さない。
なかなかにいい気分だぜ。
「どうしたんですか? 文句があるなら言ってもいいんですよ。ほらほら」
試しに挑発してみると、静川先生の拳はグーの形にはなっているが、それは決して繰り出されない。
この人。どんだけアラフォー認めたくないんだ。年はどうやっても誤魔化せないというのに。
「じゃあ、俺は先生の言う通り『爆撃魔法』の訓練に戻りますので」
静若先生はすっかり元気を失くしていた。
少しからかい過ぎたか。そう反省しながら、俺は所定の位置に戻る。すると、
「ちょっと待て植村」
復活した。静川先生が復活した。
しかも、すんごい悪い顔をしてるんですけど。
「な、なんでしょうか?」
訊ねると、静川先生はフッと小さく笑い、
「今から授業内容を変更する。『爆撃魔法』から実践形式の戦闘へ。そしてお前には特別に私が指導してやろう」
静川先生の目が『殺す』と言っていた。
「…………」
なるほど。
どうやら俺は本日を以てこの世から退場することになったらしい。
☆
グラウンドでクラスメイト同士が二人組を作り魔法を撃ちあっている中、俺は何故か静川先生と対峙していた。
「植村。手加減はいらないよな」
拳をボキボキ鳴らして、やる気満々の静川先生。
「いやいや俺を殺す気ですか。たとえ静川先生が三割の力で戦ったとしても、俺どころかこの学校に在籍する生徒全員に勝てますよ」
静川先生は元魔導士で現魔導士の者たちからは『魔導士殺し』と呼ばれている。
これまで数々のテロリスト集団を一人で全滅させたことからこの異名がついたらしい。
そんな静川先生の容赦ない一撃を一発でも受けたら、俺は骨もろとも粉々になってしまいます。
「では植村。いくぞ」
勝手に宣言すると、静川先生は詠唱を始める。
「我が魔の力を以て、目前に存在する愚か者に、新鋭なる天からの光束よ響け――《魔光弾》」
静川先生の目の前に無数の魔法陣が出現。だがそれは通常の魔法陣と比較すると遥かにサイズが小さい。せいぜい野球ボール程度だろうか。
「そんな小さい魔法陣で一体何ができるんです?」
「よく見とけ。こうするんだ!」
五十以上のチビ魔法陣から一斉に白く輝く光線が発射された。
「えっ?」
それらはあっという間に俺の四方を通り過ぎ、俺は身動き一つできなかった。
だがそれ以上に驚いたことは、放たれた魔法が一つも俺にかすりすらしなかったことだ。
それは静川先生のミスではなく、故意に外したのは火を見るより明らか。
「どうだ。少しは私のことを尊敬したか?
自慢げに言い放つ静川先生。
「えぇ。今度から二度と性格ブスなアラフォーとか呼ばないようにしますよ」
この言葉により、さきほど静川先生に爆撃魔法を当てようとしたことがバレて、俺はボコボコにされました。