『4』
「さて、この金はどうしようか」
放課後、俺と織城先輩はカウチソファに座りながら、ローテーブルに置かれた封筒を見つめていた。
封筒の中身はというと、先日ゴブリン退治の案件で、依頼者から前金を頂いたのだが、無事依頼を達成したことを連絡すると、後金まで貰えてしまった。
もちろん、これも前金と同様、違法な金だ。
でも織城先輩曰く、悪いことは大概バレない! らしい。
「もちろん、半々ですよね?」
「バカかお前は。この間の悪魔退治で、蓮人は何一つ役に立っていないだろ」
「そ、それはそうですけど……」
俺だって顔面でゴブリンをセーブしたし、多少は貢献したと思うんだが。
「七、三だな。当然、私が七、蓮人が三だ」
そう決めると、織城先輩は封筒から全体の丁度七割分の金を取り出す。
俺としては、もう少し欲しいが……まあ妥当だな。
俺が完全な役立たずだったことは明白だし、それに……織城先輩の顔に傷をつけてしまったし。
「なんだ、不満か? だが、駄々をこねても、これ以上金は渡さんぞ」
「いいえ。そうじゃなくて、この前自分がどれだけ織城先輩と結衣に迷惑をかけたか、一人で反省していたんです」
「ほう、それは良いことだな。でも、金は渡さん」
「はいはい、わかってますよ」
俺が残りの金が入っている封筒に手を伸ばすと、急にそれは視界から消えた。
「ダメだよ。依頼者から貰ったお金は、全部学校に寄付するんだから」
傍らから、生真面目なことを言ってきたのは結衣だ。
彼女の右手には、先ほどまでテーブルの上にあった封筒が握られている。
「あのな、こんなことで転移魔法を使うなよ。もったいない」
「だってあのまま放って置いたら、蓮人くん、お金盗ってたでしょ?」
「盗るなんて失礼な。言っておくがな、その金は依頼料とは別物なんだよ。だから、学校には渡さなくていいんだ」
それにどうせ学校に納めたところで、先生方の飲み会代にでも使われるだけさ。
それなら、まだ学生の小遣いにする方がマシだ。
「依頼料とは別って、それ違法だよね?」
「そういう言い方もある」
「やっぱりダメじゃん。不正にお金を受け取ったら、退学になっちゃうよ」
「安心しろ。そこの先輩曰く、悪事は大方バレないらしいぞ」
指で示す方向には、織城先輩が諭吉さんをペラペラとめくっていた。
「織城先輩! 何やってるんですか!」
結衣が急に声を上げると、それに驚いた織城先輩がこちらに目をやる。
「なんだ結衣か。見たらわかるだろう? 金を数えているのだ。今回は前金と合わせて十万といったところだ」
二ヒヒ、と卑しい笑いを浮かべる。
「そんなことはどうでもいいんです。そのお金を返してください」
「嫌だ。これは私の金だぞ」
「依頼者からのお金です。そして、それは学校に寄付するべきものなんですよ」
「それはさっき蓮人が言っていたではないか。寄付する分もきちんと用意している」
「だから、それは違法であって……」
「全く。これだから真面目な後輩は……」
パチンと指を慣らすと、結衣の手に収まっていた封筒が消えた。
と思ったら、気が付くと俺の膝上に封筒が置かれている。
「おい蓮人。私の援護をしろ。この手の後輩と言い争いをするのは苦手なのだ」
なるほど。
それで転移魔法を使ったわけね。
「へいへい」
「何度も言わすな。『へい』は一回だ」
「……へい」
これ、そこまでこだわることかな?
……まあいいか。
それはともかくとして、金を返してもらった分は働かないとな。
「いいか結衣。いま俺と織城先輩が持っている金はな、命を懸けて悪魔と戦ったことと引き換えに受け取ったものなんだ。そこまでして得た金を、何もしていない学校に寄付なんてしてたまるか」
「蓮人の言う通りだぞ。私は命懸けでゴブリンを殲滅したのだ。故に、このくらいの報酬はあって然るべきだろう」
俺と織城先輩、二人での言葉攻めで結衣を落としにかかる。
真摯な優等生の大半は、人の命が~とかいう話に弱い。
これで結衣もこの金は見逃してくれるだろう。
だが、もし学校にバラそうした場合、その時は諭吉さん五枚(自腹込み)と土下座で許してもらおう
。
「蓮人くんの話は分かりました。ですが、今の説明で一つ疑問があります」
「ほう。なんだ?」
「果たして、蓮人くんは命を懸けて戦っていたでしょうか?」
一瞬、空気が固まった。
その間に、俺はゴブリン退治の時のことを思い出す。
ゴブリンが出てくる→顔面に体当たりを食らう→そのまま見学。
まさに物の見事なピエロっぷりだった。
「確かに、蓮人は命を張ってはいないな。いつものことだが」
「そうですよね。では、私はどうです?」
「結衣はよくやっていたぞ。封印魔法でゴブリンを浄化してくれたしな」
「…………」
これはまずい。
なんか非常に嫌な予感がする。
それも俺オンリーに不幸が訪れるような。
「ということはですよ。現在、蓮人くんの持っているお金は、普通ならば、私の手元になければいけないのではないでしょうか?」
「……言われてみれば、そうだな。よし蓮人。それを結衣に渡せ」
「なんでそうなる!?」
ひどいよ織城先輩。
俺とあんたは仲間じゃなかったのか。
「だって、そうだろう。昨夜、お前はなんの働きもしていないからな。働かざる者食うべからずというやつだ」
「金は食い物じゃないですよ」
「だが、食べ物は金で買うだろう。屁理屈を言ってないで、早くそれを結衣に渡せ」
「嫌ですよ! これは俺の金です!」
封筒を死守するため、俺はソファの上で丸まってお団子状態になる。
ハッハッハ、これで誰も手出しできまい。
「そこまでして金を守りたいとは。男として情けないな」
織城先輩の呆れ返った溜息が耳に届くと、わずかの間をおいてから、パチンと指を弾く音が聞こえた。
その瞬間、まるで手品のように握っていた封筒が消失した。
「また転移魔法! 卑怯ですよ!」
「卑怯とは私のことか? 先ほどお前の手元に送ったのも私、今しがた結衣の元へ返したのも私。これのどこが卑怯なんだ」
何か文句があるなら言ってみろ、とでもいうような表情で織城先輩が見据える。
くそっ。こんなちっちゃいくせに魔導士として優秀だから困る。
戦いでもしたら、けちょんけちょんにされて終いだろう。
それをわかっているからこそ、彼女はロリボディでも、男相手に易々と挑発ができるのだ。
「では、私はこのお金と依頼料を学園長に渡してきます」
「わかった。頼んだぞ結衣」
結衣は封筒を片手に退出をすると、辛気臭い部屋に残ったのは俺と織城先輩。
「まだ怒っているのか?」
唐突に、織城先輩が訊ねてきた。
「何をですか?」
「だから、その……さっきのこと」
「さっき……あぁ」
後金の件か。だが、実際あれは不正な金だし、俺がゴブリンとの戦闘で糞も役に立っていないのは事実なので、怒ることなんて何一つない……?
「もしかして織城先輩。気にしてたんですか?」
そう言うと、織城先輩はあたふたとし始め、終いにはお気に入りのレザーから豪快に落ちてしまった。
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ」
織城先輩は立ち上がり、倒れたレザーチェアを直すと、再び小さい身体をすっぽりと収める。
その一連の動作は抜群に可愛かった。
もう可愛すぎて、抱きしめてチューしてから、もう一回抱きしめたいくらい。
叶うなら、ぜひとももう一度やって頂きたいぜ。
「い、言っておくがな、私は気にしてなどいないぞ。例えお前に嫌われたとしても、私には全く関係のないことだ」
「なるほど。なら、もし俺がこの場で織城先輩のことを大嫌いですと言っても、先輩は全然怒らないということですね?」
「っ! それはどういうことだ!」
怒っているロリ先輩、いいね。かなりチャーミング。
どうせだから、もう少しからかってみようか。
「だって、そうでしょう? 俺が織城先輩のことが好きでも嫌いでも、先輩には全く関係のないことなんですから」
「……ということはお前、私のことが嫌いなのか?」
「さあ、どうでしょう?」
とかいうのは冗談で、織城先輩のことは超絶大好きですよ。
勿論、父親が娘を愛している的な意味で。
なんてことを言おうと思ってると、どこからか、ぶつぶつと何かを呟くような声が聞こえる。
「我が魔の力を以て、親愛なる友に、絶命の雷光を――」
知らないうちに、織城先輩は詠唱を唱え、彼女の前には大きな魔法陣が展開されていた。
それにゴブリン戦の時と同じ黄金色の光は、段々と輝きを増していき――。
「って、ストップ! 織城先輩、ストップ!」
俺が声を上げると、織城先輩はこちらを一瞥する。
しかし、俺には気にも留めず、すぐに詠唱に戻った。
「穿ち、我が大魔の力を以て、迅雷を――
しかも、第二詠唱まで入った。
これは間違いなく、織城先輩はこの部室ごと俺を吹っ飛ばす気だな。
「織城先輩! どうか話を聞いてください!」
「私には、お前から聞きたいことなどない!」
うわ、めっちゃ怒ってる。
でも、小さいから全然恐くない。むしろ、娘にしたい。
「冗談なんです! さっきのことは!」
「冗談? どこのどの辺が冗談だというのだ!」
「全部ですよ! 俺は本当は織城先輩のことが好きなんです! 大好きなんです!」
ハッキリと伝わるよう全力で叫ぶと、急に織城先輩の声が止んだ。
彼女の方を見ると、顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに両手で頬を押さえている。
「す、すすす好きだと!?」
狼狽しながら、目をパチクリさせるロリっ子先輩。超可愛い。
それに詠唱が中断したため、魔法陣は既に消滅し、少なくとも部室が失くなることはなさそうだ。
「れ、蓮人!」
「はい!」
突然、デカい声で名前を呼ばれたので、返事も大きくなってしまった。
点呼であるあるのやつだよな。
「い、今の……その、私のことを……す、すすす好きというのは、本当か?」
「もちろんです。俺は織城先輩のことが大好きですよ」
「っ! そ、そうか。それは良かった」
俺も織城先輩の子供のように可愛いところが見れて、とても良かった。
欲を言うと、そんな織城先輩を本気で愛でたかったけど、怒られるから絶対やりません。
「時に蓮人。この後は暇か?」
不意に、織城先輩から問い掛けられた。
「この後ですか? 部活が終わったら、特にやることはないですけど」
「そ、そうか! では、今から魔導武器屋に行くぞ」
「えっ、今からですか!?」
「あぁ。今日は依頼も来なさそうだしな」
確かに、一時間待って誰一人として依頼者は来てないけど……。
「でも、結衣はどうするんです? あいつ、学園長に依頼料届けに行ったきりですよ」
「あぁ結衣か。彼女なら大丈夫だ」
「いや、大丈夫って。何がですか」
「それよりも、早く行こう。でないと、店が閉まってしまう」
そう言って、織城先輩は俺の手を掴むと、そのまま引いていく。
「ちょっ! 何するんですか!?」
「いいから行くぞ!」
結局、そのまま織城先輩に強引に連れられる形で、俺は部室を後にした。