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魔導学校の悪魔使い  作者: ヒロ
第四章
41/42

『1』

 学校が夏休みに突入した。

 本来なら五年前の事件について調べたり、危険区域に赴いてどうにかして事件の犯人の手がかりを得ようと思っていたのだが……。


「またあなたがわたくしの護衛なんて、意外ですわね」


 そう声を掛けてきたのは、隣で歩いている王女様――エレナ・ルーベンスだ。


「知るかよ。理事長からの命令なんだ。断れるわけないだろ」


 魔導学校の理事長――凛さんから“長期休み中に帰省する王女様の護衛をして欲しい”と頼まれた。

 なんでもまた悪い輩が王女様を狙っているらしい。

 だとしても、何で俺なんだか。


「つーかよ、自分の荷物くらい自分で持てよ」


 日本から王女様のプライベートジェットで移動すること十一時間。

 ベルギー国内の空港に到着して以降、ずっと俺は王女様の荷物を持たされている。


「遠慮しておきますわ。力仕事は男性の仕事でしょう?」

「俺はな、お前の警護役であって執事じゃねぇんだ。つーか、あのメイドはどこだよ」

「べティーナならあそこにいますわ」


 彼女が俺の後方を指す。

 それを見て振り返ると、そこにはメイドが堂々と手ぶらで歩いていた。


「おいメイド。お前が持てよ」

「嫌です。私はそのような重い物持てませんので」

「断るなよ!?」


 こいつは本当に王女様のメイドの自覚があるのか。

 ってか、なんでこんなに王女様の荷物は重いんだ。


 俺はいまバッグを一つ背負い、二つのバッグを手に持っているわけだが、手に持っている方が王女様の荷物である。尋常じゃなく重い。


「それにはエレナお嬢様の大切なドレスが入ってございますので、くれぐれも落としたりしないように」

「これ全部服かよ。しかもドレスって」


 さすが次期女王だけのことはある。

 バッグの外からでも高級そうな匂いがプンプンする。

 もう一つパクって売ってしまおうか。

 生活費の足しになるし。


「まさかあなた、エレナ様のお洋服を盗ろうなどとは思っていませんよね?」


 不意に傍らからメイドが現れた。

 顔が近い。恐い。


「まさか。そんなことしたら処刑モノだろ。しねぇよ」

「そうですか。なら良いのですが」


 そう言って、メイドは俺から距離を取った。

 何なんだこいつは。他人(ひと)の心が読めるのか。

 とりあえず、こいつの前では余計なことは考えない方がいいな。危険だ。


「エレナ様。あちらが迎えの者でございます」

「わかりましたわ」


 空港を出るなり、出口のすぐ傍の道路に黒のデカいリムジンが駐車してあった。

 日本で乗ったやつよりやや大きめだ。


「お待ちしておりましたエレナ様」


 そんなことを思っていると、リムジンから一人の女性が降りてきた。


「今回、日本支部の魔導省からの命により、エレナ様がこちらへ滞在している間、あたしが警護をさせて頂くことになりました――(たちばな) 千里(せんり)と申します」


 美しい女性だった。赤みがかった茶色に染めた髪は肩口で切り揃えられており、白皙の肌は見惚れるほど美麗だ。

 プロポーションもやや筋肉質な体つきだが線は細く、出るべきところは出て、戦闘者としては理想の体型ではなかろうか。

 いや、それよりも重要な問題がある。


「師匠、なんでこんなところにいるんですか」


 俺が声を掛けると、橘 千里――師匠は懐かしむように笑顔を浮かべた。


「久しぶりだなぁ蓮人。元気にしてたか?」

「まあそこそこは」

「なんだぁその答えは。もうこうしてやるぞぉ!」


 突然、師匠に身体を引き寄せられると、軽く首を絞められた。


「ちょっと師匠、苦しいんですが」

「なんだとぉ。このくらいで苦しいわけないだろぉ」

「いや、師匠の胸で窒息しそうなんですよ」


 彼女の巨乳で溺れそうだ。

 だが、俺がいくら訴えても師匠は止めてくれない。


「ほれほれ~」

「ちょっ、まじで止め――っ!」


 不意に俺の身体が師匠から離れた。

 何も力を入れていないのに、後ろへ力が加わった感じだ。

 まるで前から誰かに押されたような。


「ありゃ。もしや蓮人の相棒を怒らせてしまったかな」

「そうみたいですね」


 おそらくリリスが魔法を使ったのだ。

 さすが俺の悪魔。契約者のことはしっかりと守ってくれる。


「あの……あなたたちは知り合いなのですか?」


 エレナが師匠へと問うと、彼女は一つ頷いた。


「はい。アタシと蓮人(こいつ)は師弟関係なんですよ。そいで、こいつはアタシの唯一の弟子です」

「そ、そうですか……」


 そう呟いたのちエレナはこちらに目を向ける。


「なんだよ?」

「い、いえ……あなたにこんな美しい女性の先生がいるだなんて思いもしませんでしたから」

「? そ、そうか」


 なんだこいつ。

 確かに師匠は綺麗だが、王女様ほどではないだろう。遠回しに自慢しているのだろうか。


「ま、まあいいいですわ。早く行きましょう」

「はい。エレナお嬢様」


 メイドと王女様の二人は先にリムジンの中へ入ると、それに続いて俺と師匠も乗車した。





 橘 千里――師匠は幼少の頃から優れた魔導士であった。

 僅か十歳で悪魔と対峙し浄化すると、翌年に飛び級で魔導学校に入学。そして、学校すらもたった一年半で卒業し、十二歳でプロの魔導士として活動している。

 それから今までの十五年間の戦果は挙げるとキリがないほどだ。

 現在は魔導省の幹部として活動している。


「でも、なんで師匠がこんなところにいるんですか?」


 リムジンの車内に設けられているフカフカの高級ソファに座りながら、隣でノンアルコールワインを飲んでいる師匠に訊ねる。


「そりゃもちろん命令さ」

「魔導省の幹部ともあろう人が、誰かに指示を出されるんですか。ってことは……」

「そうだよ。叡電(えいでん)からの命だ」


 叡電 樹雷(じゅらい)

 現魔導省トップで、実力は師匠の更に上をいくと言われている。

 だが、俺は今までに一度も彼に会ったことがない。


「じゃあその魔導省トップから直々に王女様の警護を頼まれたんですか?」

「まあそういうことだな。なんでも魔導反乱軍(マジックリベリオン)が何かを企んでるらしい」

「それは俺も聞きましたよ。凛さんから」

「凛って、もしかしてお前の伯母のことか?アイツ、アタシの可愛い弟子になんてこと

させるんだ」


 昔、凛さんは現役の魔導士だった。それゆえ、師匠は彼女とは何度も関わったことがある。


「一応、元上司ですよ。アイツとかそんなこと言っていいんですか」

「いいんだよ。アイツが幹部をやっている時代、アタシがどれだけコキ使われたことか」


 そして、師匠と凛さんは犬猿の仲だ。

 師匠はあんまり真面目じゃないくせに仕事はきちんとこなすから、凛さんはそこが気に入らなかったらしい。


「しかし蓮人も成長したな。つい数年前はアタシよりも身長が小さかったくせに」


 師匠は女性の中で身長が高い方だ。

 彼女の言った通り、二年ほど前は俺の方が背丈は低かった。

 だが、今は師匠より俺の方が僅かに高い。


「まあ男ですし、成長期ですから」

「そうかそうか。ならこっちの方も成長したか?」


 突然師匠は俺の下半身に手を伸ばす。

 だが、それも先ほどと同じように見えない力で弾かれた。


「ちょっと。お前の相棒は少々気性が荒いぞ」

「師匠が変な事してくるからですよ。彼女はただ俺のことを守ってくれただけです」


 師匠は少しだけ変態的な面もある。

 だが、リリスがいる限り、変なことをされる心配はないだろう。さすが我が悪魔だ。


 そんなやり取りをしていると、ふと王女様の姿が視界に入った。

 長旅だったためか、いつの間にか彼女はぐっすりと眠っていた。


 ついでとばかりにメイドに視線を移すと、彼女はじっと師匠の方を訝しげに見据えていた。


 一体何を考えているのやら。

 メイドだけは本当に思考が読めない。

 この間は助けてもらったが、やはり注意しておく必要があるな。


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