『エピローグ』
「……っ!」
目が覚めると、翼は保健室のベッドの上に寝かされていた。
「ようやく起きましたね」
翼が身体を起こすと、不意に傍らから声が聞こえる。
横に顔を向けると、そこにはエプロンドレスを着たメイドがいた。
オフィスチェアに座りながら、じっとこちらを見据えている。
「誰だお前は」
「私ですか? 私の名はべティーナ・ダルデンヌ。エレナお嬢様にお仕えしている者です」
「……あぁ。あのベルギー国の娘か」
エレナ、という知った名前が出てきて、翼の警戒心はやや緩くなる。
「あなた、腹部の傷は大丈夫ですか?」
べティーナに訊ねられ、やや経ったのち翼は思い出したように腹部を確かめる。
だが、そこには新崎の手によって負わされた傷は一切消えていた。
「一応、治癒はしたのですが、その様子からするに完治はしたようですね」
淡々と話すべティーナ。
「お前が治してくれたのか。それはすまない。ありがとう」
「いえいえ」
べティーナが手を横に振ったのち、不意に翼が訊ねた。
「そういえば、新ざ……あの化け物はどうなったんだ?」
「あぁ。あれなら有望な魔導士によって殺されましたよ」
「有望な魔導士?」
「はい。それよりも私はあなたに訊きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「は? あ、あぁ。別に構わないが」
翼がそう答えると、少し間を空けたのちべティーナは問うた。
「あなたの首筋にあるソレ、一体なんですか?」
ベティーナの言葉に、翼は一瞬固まる。
しかし、すぐにこう返した。
「お前が何者かは知らないが、念のため言っておこう。私はもう奴らには関与していない」
「えぇ、そうらしいですね。私たちの組織でもそれは明らかになってます」
「なら、私に何の用だ?」
鬱陶しく思ったのか、翼は若干強めの口調で訊ねる。
彼女の瞳はベティーナを睨んでいた。
「植村 英司。あなたはこの名をよく知っていますよね?」
べティーナがそう質した瞬間、彼女は翼に胸倉を掴まれた。
「……なぜお前があの人の名前を知っている?」
「そんなに怒らないでください。
別に英司さんには興味はないんです。
私たちが関心を抱いているのは、彼の子供――植村 蓮人さんの方でして」
そう話しながら、べティーナは翼の腕を力づくで引き剥がす。
翼はそれに驚き、彼女から少し距離を空けた。
「植村に何かしたのか?」
「していませんよ。ですが、彼には私たちの仲間になってもらおうと思っているのです」
そう言った後、べティーナは不敵な笑顔を浮かべた。
随分と不気味な笑みだ。
「お前、一体何者だ」
「ふふっ。あなたなら一度は聞いたことがあると思いますよ。
この世界には悪魔と人間の共存という目標を掲げ活動している組織がいると」
べティーナの言葉に翼は目を見開かせた。
確かに、昔、彼女が絶望と殺戮の毎日を繰り返していた時に、数回は聞いたことがあった。
悪魔と人間は共に暮らす、という夢みたいなことをほざく犯罪組織がいると。その名は――。
「天魔会。私が属しているテロ組織です」
平然と言いはなつべティーナ。
彼女の表情を見る限り、嘘を言っているようには見えなかった。
「ふ、ふざけるな。それは裏の世界でも都市伝説的な存在として扱われてきたんだぞ。それを今更現存するなどと言われても」
「信じませんか? ですが、もし天魔会を否定すると、これからあなたは確実に殺されますよ」
「……どういうことだ?」
翼からの質問に、べティーナは咳払いをしたのち答える。
「本日、この学校の生徒会長がアリーナドームという設備を襲いましたよね。言っておきますが、それはあなたを殺すためですよ」
「っ! ま、まさか……」
狼狽する翼に、べティーナは話を続けた。
「彼はあなたがかつて属していた魔導反乱軍に利用されていたのですよ。
かつて仲間だったあなたを殺すという目的を果たすために」
「……そ、そんな……嘘だろ」
動揺する翼。
それをべティーナは表情一つ変えず見据えていた。
「このままいくと、再びあなたが狙われ、あなたの近くにいる者にも危害が及ぶでしょう。例えば、植村 蓮人さんとか」
「っ!」
彼の名が出た瞬間、翼の顔つきが危機としたモノへと変わる。
「そ、それはダメだ! 彼には誰にも手を出させるわけにはいかないっ!」
「……そうですか。さて、ここで私たちから一つあなたに提案があります」
「……提案だと?」
「はい。あなたが天魔会の仲間に入り、私たちに協力してくれるのならば、我々が蓮人さんを全力で守りましょう」
べティーナの言葉に、翼は目を大きく開いた。
だが、彼女にとっては悪くない提案だった。
天魔会に入るだけで、彼の子供の安全が保障されるのだから。
「……本当に守ってくれるのか?」
「はい。私たちにとっても、彼は大切な存在ですから」
「……わかった。お前の案を飲もう」
「交渉成立ですね」
そう言うと、べティーナは手を差し出す。一瞬、彼女の行動に戸惑いつつも、翼は彼女の手を握った。
こうして静川 翼は悪魔と人間の共存を目的とするテロ組織――天魔会の新たなメンバーとして加わったのだった。
☆
とある一室。
そこからべティーナに連絡を取る一人の少女がいた。
『計画は順調に進んでおります』
オフィスチェアに座っている少女の目の前には小さな円形の魔法陣。
そこからべティーナの声が聞こえる。
「そうですか。では、あの人もわたしたちの仲間になってくれたのですね」
『はい。そうでございます』
べティーナの言葉に、少女はクスッと笑った。
「そうですか。よくやりましたねべティーナ。この先もよろしくお願いしますよ」
『はい。私は自身の夢のために、あなたのために行動させていただきます』
べティーナがそう言うと、少女は「ありがとう」と礼を口にしたのち、魔法陣を消した。
「ふふっ。楽しみね」
少女は窓越しに視界に映る、金色に輝く三日月を眺めながら呟いた。
「ぜったいあたしが願いを叶えてあげるから。それまで待っててね。お兄様」




