『10』
『これはまた大きいのう』
俺の隣に立っているリリスは呑気にそう言った。
彼女が眺めているのは、目の前で胴体一つになり果てている巨大な化け物。
「これはこれは。リリスとその契約者の方ではないですか」
唐突に耳に届いた女性の声。
前方に姿を現したのは、以前ハゲゴリラと契約していた銀髪の悪魔だ。
『久しぶりじゃなレミ』
「そうですね。で、今回はどのようなご用件で?」
その問いに、リリスは大きく笑った。
『お前は相変わらずジョークの面白くないやつじゃのう。しかし、今回は随分とアホな人間と契約したのじゃな』
「まあバカな方が扱いやすいので」
笑みを浮かべながら言葉に出すレミ。
どうやら悪魔同士の話を聞く限り、目前の黒い化け物は銀髪少女の契約者らしい。
ひどい姿だな。
「おいリリス。次で奴を殺す」
『わかったのじゃ我が主』
そう言うと、リリスは詠唱を唱えだした。
『我が穢れの力を以て、我が主へ、邪曲なる漆黒の翼を与え給え――《暗黒翼》』
詠唱を終えると、俺の足元に黒く輝く小さな円形の魔法陣が二つ顕現。
それを勢いよく蹴り上げると、俺は化け物の頭部へと一直線に向かっていく。
「死ねよ化け物」
胴体しか存在しない真っ黒な怪物の頭部を狙って、思い切り剣を振り下ろした。
だが、突然視界の外から腕らしきモノがこちらに接近してきた。
「っ!」
それが直撃する直前に気付くと、俺は腕に対象を変えて剣を横凪に払った。
腕は真っ二つに斬られたのち、真下に落下していく。
「今のは一体なんだ?」
地面に転がっている腕を眺めると、それは先ほど俺が斬った怪物の片腕だ。
もしや、身体の部位だけでも動くのだろうか?
「ハハハハハハハ! ホント二バカダナ、ニンゲンッテヤツハ!」
ゲラゲラと笑っているのは、いつの間にか全身が元に戻っている黒い怪物。
それに加え、切り落としたはずの足や腕が各々に動いていた。気持ち悪い。
「おいリリス。この状況を説明できるか?」
『たぶんじゃが、禁止魔法を使ったのじゃろう。大方、数体の悪魔と人間を合成させるやつかのう』
リリスの言葉に、レミが「ご名答」と手をぱちぱちと叩く。リリスがすごく嫌そうな顔をしているな。
「それはこんな風に斬られた身体も動かせるのか?」
『そうじゃ。簡単に言えば、悪魔と人間の膨大な魔力を使用して、身体に命を与えている感じかのう』
「なんだそりゃ」
要するに、無限に生き返るわ、斬ったら敵増えるわって話だろ。
これ勝ち目なくね。
「どうですリリス。これが私の魔力によって創られた作品ですよ」
『契約者を作品呼ばわりか。なら、この前のハゲもだいぶいい作品じゃったのう』
リリスが嫌味っぽく言うと、レミは苦笑する。
相変わらず、口が達者な我が悪魔だ。
「ヨソミナンテ、シテイイノカイ? ホラッ!」
怪物が喋ったのち、次々と腕やら足やらが飛んでくる。
それをひたすら切り刻むが、グチャグチャのミンチになっても未だに動いている。やっぱり気持ち悪いな。
それにさっきの魔法で空中に浮けるようになっているとはいえ、これにもタイムリミットがある。
魔法が切れて、地上戦になったらこっちが圧倒的に不利だ。
「リリス。トカゲの群れと戦ってた時に言ってたアレを使ってくれ」
『我が主。よいのか? あれは建物がどうとかで……』
「ここはアリーナドームだ。多少強めの魔法を使ってもそこまで壊れはしない」
『……わかったのじゃ』
そう返すと、リリスは詠唱に入る。
「我が穢れの力を以て、我が主へ、魔力を滅し銃を与えよ――《闇黒魔銃》」
詠唱が終了した後、目の前に出現したのは、先端からトリガーまで真っ黒に染まったライフル銃。
長さは俺の背丈より更に大きめと非常に長い。
「これで死ねよ化け物」
そう呟くと、ライフル銃を怪物の心臓部へと狙いを定める。
「ハハハハハハ! ソンナコトヲ、シテモムダダヨ。ボクノカラダハ、イクラデモ、サイセイデキルカラネ」
バカにするようにケラケラと笑う怪物。
しかし、それをよそに俺はもう一度しっかりと標的を定めると、一気にトリガーを引いた。
撃ち出されたのは、魔力で作られた一発の弾丸。
それは螺旋を描きながら強烈なスピードで化け物の心臓部を突き抜けた。
しかし、傷口から血を噴き出したものの、それはすぐに修復され再生した。
「ハハハハハハ! ダカラネボクニハ、ソンナモノ――グハッ!」
不意に化け物が口から大量の血を吐き出した。
それに加え、身体が徐々にドロドロと溶けだしていく。
「ナ、ナンダコレハ……ブハッ!」
困惑しながら、尚も吐き続ける怪物。無様で汚い姿だな。
「い、一体何が起こっているのですか!」
そう叫んだのは、先ほどまで余裕の態度を見せていたレミだ。
それに対し、リリスが説明をする。
『簡単なことじゃよ。我が主が撃った弾で、あの化け物の魔力を消したのじゃ。それも全てな』
いくら禁止魔法によって再生能力と身体能力を強化し、魔力保有量を増やしたとしても、魔力そのものが無くなってしまえば、意味がない。
だって、全ての自称は魔力ありきなのだから。
「っ! で、でも、あの膨大な魔力量を消すなんて、そ、そんなことができるはず……」
『できるのじゃよ。妾ならばな』
自慢げに言い張るリリスに、レミは唇を噛みしめる。
「フ、フザケルナ……ボ、ボクハ……ボクハ……」
弱々しい声で呟いたのち、化け物は完全に溶けて液体と化した。それが赤い血と混じって、非常にカオスなエキスとなっている。
「……さ、さて、私はこれで……」
「リリスっ! そいつを押さえろ!」
逃げようとするレミに、リリスが魔法を発動して身動きを取れなくする。
その後、俺は今も尚倒れている結衣の元へ急ぐ。
「結衣っ!」
そう呼びかけるが、返事がない。
俺は彼女に耳を近づけると、どうやら息はしているようだった。よかった。
その後、俺は織城先輩に目をやると、彼女はいびきをかきながら寝ていた。大丈夫そうだ。
『なっ! しまったのじゃっ!』
後方からリリスの声が聞こえて、俺は振り返ると、今しがたまで魔法で固まっていたはずのレミの姿がなかった。
『す、すまぬ我が主。逃げしてしまったのじゃ』
「まじかよ。珍しいな」
『いや、まさか悪魔であるレミが魔道具を持っているとは思っていなかったのじゃ』
リリスの言った通り、先ほどまでレミが立っていた場所には何かが割れたような破片が飛び散っていた。
たぶん魔力で作られた閃光玉でも使ったんだろう。
「まあ仕方ない。そう言う時もある」
『ほ、本当にすまぬ。じゃが、一つだけ妙なモノを見つけたぞ』
「妙なモノ?」
それにリリスはこくりと頷く。
『そうなのじゃ。レミの首筋に刺青が入れてあったのじゃ。それも龍のな』
「っ! おい、それって……」
首筋に龍の刺青。
それはテロリスト集団――魔導反乱軍のメンバーである証だ。
「じゃああの悪魔も魔導反乱軍ってことか」
『そういうことじゃな』
だが、なぜ悪魔がテロリストに?
一体何が目的なんだろうか?
そんな思考を張り巡らせていると、ふとあることに気付く。
「そういや、静川先生はどこだ?」
倒れていた三人の中で一番重傷を負っていたはずの先生が、この場から消えていた。




