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魔導学校の悪魔使い  作者: ヒロ
第三章
36/42

『8』

 昨夜の出来事から翌日。

 結局、ランクAの悪魔が出てきた原因はわからぬまま魔導祭を迎えてしまった。


『暇じゃのう』


 不意にリリスがつまらなそうに呟いた。


(そういうこと言うなよ。俺だって我慢してるんだ)


 現在、俺は魔導祭に何事も起こらないよう、学校の敷地周辺の警護をしていた。

 それも朝からずっと。

 生徒会長――新崎からの依頼は本日までなので、万が一魔導祭中に魔物が出たときのために警戒しておく必要がある。


(だが、それにしても暇だな)


 周りには大勢の人々が学校の敷地内へと入っていく。

 魔導祭はこの界隈では人気のあるイベントだ。観客は多々いることだろう。

 それに、現役の魔導士も将来の魔導士をスカウトするために見に来る。

 なので、本気で魔導士を目指す者ならここで良い結果を出してパイプを作る必要があるのだ。

 たとえ、魔導学校を卒業してもどこにも採用されなかったら無意味だからな。


「こんな日が昇っているときに魔物なんて出てこないと思うんだが」


 至って平和な景色を眺めつつ、俺は学校の周りをグルグルと歩く。

 ちなみに、結衣と織城先輩は魔導祭に出場しているため、警護しているのは俺一人だ。

 昨夜の結衣のケガは見立て通り大したことはなかったらしい。


『じゃが我が主。もし魔物が出てきたとして妾を召喚するのか?』


 問題はそこだ。

 いざという時にリリスを出すわけにもいかない。

 だが、俺の他に教員や生徒会で手が空いている生徒も見回りをしているので、危険なことは起こらないとは思うが。


「ごきげんよう」


 あれこれと考えていると、唐突に声を掛けられた。


「なんだ。お前か」


 視界に映ったのはいつもと変わらずエプロンドレス姿のメイド。

 もうそろ夏だというのに、こいつはずっとこんな格好し続けるのだろうか。


「なんだ、とは失礼ですね。おはようございますベティ―ナ様と言いなさい」

「言うわけねぇだろ。つーか、そういうのはお前の専売特許だろうが」


 彼女にちょくちょくメイドを辞めちまえ、と思うのは俺だけだろうか。


「で、今日は何しに来たんだ? 王女様はいないみたいだが」

「エレナお嬢様は只今魔導祭に出ています。聞いていなかったのですか?」


 知るわけないだろ。俺はあいつの執事でも何でもないのに。


「それで、用は何だよ? 魔導祭の会場はアリーナドームだぞ」

「別に私はここの生徒には興味がありません。そんな人たちの魔法なんて見ても無駄ですから」


 ひどい言われようだな。

 うちの生徒たちよ。もうちょっと頑張ったらどうなんだ。


『それは我が主が言えることではないと思うのじゃが』


 悪魔から適切なツッコミを頂いた。


「ちょっとした情報をあなたの耳に入れておこうと思ったのです」

「情報? もしかして、魔導反乱軍(マジックリベリオン)のことか?」


 こくりと頷くメイド。


 もしや、昨日のAランクの魔物が出てきた件だろうか。

 確かに、俺も魔導反乱軍(マジックリベリオン)の仕業ということも考えたが、どうやってランクAの魔物を出現させたのかが分からない。

 ランクの低い魔物が人間の住んでいる地域に出ることは多々ある。

 しかし、ランクAともなると危険区域に指定されている場所にしか出現しないはずなのだ。


「以前にも話しましたが、魔導反乱軍(マジックリベリオン)は、この魔導祭で何かを――」


 そうメイドが話している途中、突然、背後からの気配。

 振り返ると、そこには昨夜一撃を貰ったブラックドラゴンの尻尾がこちらへ向かっていた。


「やべっ!」


 回避不可能な距離にまで接近していた。

 これはまた直撃するパターンか、なんて諦めていると、目の前にメイドが現れる。


「帰りなさい」


 メイドがパチンと指を鳴らすと、ブラックドラゴンは瞬時に消えた。


「すげぇな。一体なにやったんだ?」

「魔法で魔物を危険区域に飛ばしただけです」


 ということは、今のも転移魔法の一つなのか。魔法陣も出てこないなんて、随分ハイレベルな魔法だな。


「さて、話の続きですが……って、どうやらそんな時間はなさそうですね」

「そうだな。トカゲがどんどん湧いてきやがった」


 いつの間にか、俺とメイドは数十体のブラックドラゴンに囲まれていた。最悪だな。


「なあ、さっきから人の姿が見当たらないんだが」

「それは私が人払いの魔法を放ちましたから。ここから半径一キロ圏内に民間人は一人もいませんよ」


 まじかよ。

 じゃあアリーナドリームとかスッカスカじゃん。せっかく優秀な生徒たちが魔法を発表しようとしているのに。


「私は右側を担当しますので、あなたは左を」

「ちょっと待て。なんで俺が戦う前提で話してるんだよ」

「はい? じゃああなたはこんなところで死ぬつもりですか?」


 死ぬつもりはない。

 けど、こんな獲物だらけのところにあいつを出すのもな。


「早くしてください」


 メイドから急かされて、俺は仕方がなく彼女の名を呼んだ。


「リリス」


 俺の声に反応して、一瞬で姿を現した俺の悪魔。


『どうやら今宵は祭りのようじゃのう』


 リリスは目をギラギラさせながら、ニヤリと笑った。

 どうやら最悪の祭りになりそうだ。





 それから数十分間、俺とメイドはひたすらブラックドラゴンを殺しまくった。

 メイドに関しては、転移魔法で飛ばしまくっていただけだが。


「おいメイド」


 背中合わせになっているメイドを呼ぶ。


「なんでしょうか? こちらも忙しいのでくだらないことだと殺しますよ」

「それはやめてくれ。

 なんか悪魔がみるみる増えている気がするんだが、これは俺の気のせいか?」


 殺しても殺しても悪魔が湧いてくる。それもブラックドラゴンばかり。

 一応ランクAの悪魔だ。こう何匹も出てくると疲れる。


「確かに、こうも数が多いと対処しきれなくなりますね」


 そんなやり取りをしている間にも、また幾多ものブラックドラゴンが襲ってきた。

 しかし、それらを一掃する俺とメイド。

 これもう何回目だろう。


「もうお前に全部任せていいか?」

「はい? あなたは私を見殺しにするつもりですか?」


 メイドから鋭い視線が飛ぶ。

 本当に殺しそうな目だな。


「いや、お前の転移魔法ならこの数捌けるかと思って」

「ハッキリ言って無理です。こんな無限に出現する悪魔なんて一人じゃ……」


 そこでメイドは言葉を止めた。

 どうしたんだろう。俺を逃がす手段とか考えてくれているのだろうか。


「少しお願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「……なんだ?」

「数分間だけ、この場を一人で耐えて頂きたいのです」


 これまた無茶なお願いが来たな。


「拒否する。どうせお前逃げるつもりだろ?」

「いいえ。私は絶対にそんなことはしません」

「ゼッタイ? なぜそう断言できる?」


 そう訊ねている内に、再びブラックドラゴンの襲撃。

 それを手に持った剣を横凪に払って対処する。

 頭と胴体を真っ二つに切り裂かれたブラックドラゴンは大量の血をまき散らして絶命した。


「ったく、うぜぇな」


 剣について血を振り払うと、突然傍らに佇んでいるリリスから声を掛けられた。


『我が主。メイドがいないのじゃよ』


 それを聞いて、俺は辺りを見渡す。

 彼女の言った通り、いつの間にかメイドが姿を消していた。


「くそっ! あいつ逃げやがったなっ!」


 そう言っている内にもブラックドラゴンが次々と攻撃を仕掛けてくる。

 これじゃあ逃げることもできない。


「おいリリス! なんでメイドが逃げる前に俺に教えなかったんだよ。どうせ気づいてたんだろ?」

『それじゃと妾たちの殺す数が少なくなってしまうじゃろう?』


 ニヤニヤとしながら悪魔たちを眺めるリリス。

 この子、俺の体力とか考えてくれないのね。


『それにこんな悪魔どもいつでも殲滅できるじゃろう?』


 リリスは含みを持たせるように口にする。

 まあ言いたいことは大体想像はつくが。


「あのな、こんなところで撃てるわけないだろ。人がいないとはいえ、建物が幾つぶっ壊れると思ってんだ」


 それも支払いはこちら持ち。

 俺の財布が壊れるぞ。


『じゃが我が主。そろそろ剣だけじゃ厳しいのじゃよ』

「そんなことはわかってるよ」


 いざとなったら……何も策が思い浮かばない。


『我が主。後ろじっ!』


 リリスの声に従い、俺は後方から飛びかかってきたブラックドラゴンに剣を振り下ろした。


「ったく、血で臭いったらないな」


 そう言って、頬に飛び散った血を拭う。

 依然、ブラックドラゴンの数は増え続けるばかりだ。

 一体どこからこんなに悪魔が出てくるんだよ。


 そんな疑念を抱いている最中、突然どこからか爆発音が聞こえた。

 アリーナドームの方からだ。


「何かあったのか」


 ほんの僅か目を逸らした瞬間、その隙を突いてブラックドラゴンが襲い掛かってきた。


「甘いんだよ」


 しかし、俺は視線を逸らしたまま剣で頭部を斬りつけた。瞬殺だ。


「はぁ。これはいつまで続くんだ」


 いい加減悪魔退治に飽きていると、唐突にブラックドラゴンが悲鳴のような声を上げた。

 すると、それも束の間周りを囲んでいた悪魔は全て消え去った。


「……何が起きたんだ?」


 いきなりの出来事に呆然としていると、不意に前方からメイドが姿を現した。


「お前、逃げたんじゃなかったのかよ」

「いいえ、違いますよ。私は魔法を消してきたのです」

「魔法を消す?」


 それにメイドは首を縦に振った。


「ここから大分離れた位置に設置型の転移魔法がありました。そこから危険区域にいるブラックドラゴンがこちらへ移動してきていたのです」


 メイドの説明に俺は納得する。


 設置型の転移魔法は、二カ所で転移魔法を継続的に発動させることによって、人や悪魔をスムーズに移動させることができる。


 なるほどな。

 つまり、昨夜工事現場に現れたブラックドラゴンも、転移魔法を使って移動してきたのか。

 じゃあもしかして昨日結衣と行った工事現場の周辺にもまだ転移魔法が残ってるんじゃ……。


「そんな心配そうな顔をされなくても大丈夫ですよ。この辺に設置されていた転移魔法は消しましたし、ブラックドラゴンも危険区域に戻しましたから」

「まじかよ」


 この辺にいたブラックドラゴンを危険区域に戻すって、一体何匹に転移魔法を使ったんだ。

 とてつもない魔力保有量だな。


「それよりも、あなたはあちらへ向かわなくてよいのですか?」


 メイドの示す先は、先ほど爆発が起きたアリーナドーム。


「あそこにはあなたのお仲間いるのでは?」

「っ! お前、結衣たちには人よけの魔法を使ってないのか」


 俺の言葉にメイドは呆れるような溜息をつく。


「あれほどのレベルの魔導士たちを私の魔法でどうにかできるわけないでしょう? バカにしてるんですか?」


 メイドはこちらに向かって睥睨する。

 本気で怒っているようだ。


 織城先輩委はわかるが、結衣ってそんなにすごい魔導士だったんだな。

 てっきり優等生くらいかと思っていた。


「くだらないことを言ってないで早く行ったらどうですか? もしかしたらお仲間が死ぬかもしれませんよ」

「わ、わかってるよ」


 メイドに促され、俺はアリーナドームへと足を向ける。


「メイド、一つだけ聞いていいか?」

「……なんでしょうか?」


 めっちゃ嫌な顔をされた。ひどい。


「お前、なんで逃げなかったんだよ? 俺を助ける意味なんてないはずだろ?」


 先ほどメイドが敵の魔法を消さなければ、俺は死んでいた可能性だってある。

 だから彼女に感謝はしているが、目的が不明だ。


「そんなことですか。前にも言ったでしょう。あなたはいつか私たちの仲間になると」

「だから俺を助けたのか?」

「えぇ。そうです」


 平然とメイドは答えた。

 たぶん嘘はついていないんだと思う。

 ここでブラフを吐いたところで、彼女にメリットなんて一つもない。


「……お前たちは一体何者なんだ?」


 そう問うた刹那、気がつくとメイドは消えていた。

 どうやら肝心なところは教えてくれないらしい。


*本日四話掲載予定です

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