『4』
「本日は魔導武器を使用した実戦形式の授業を行う」
静川先生が宣して説明を済ませると、生徒たちは各々二人一組を作って、グラウンドに散らばった。
「…………」
俺に声を掛けてくるやつは一人もおらず。悲しい現実だ。
「植村、どうした?」
悪い笑みを浮かべながら近寄ってきたのは静川先生だ。
「どうしたって、見ればわかりますよね。パートナーがいないんですよ」
「そうか。そりゃ困ったな」
そう言いながら、先生はなぜ武器を二つ持っているんだろうか。
「じゃあ俺は隅っこで見学しときますね」
「ちょっと待て」
その場を去ろうとすると、制服の首根っこを掴まれグイッと後ろに引っ張られる。苦しい。
「丁度良くここに魔導武器が二つある」
静川先生が持っているのは、剣型と槍型の魔導武器を一本ずつ。
偶然を装っているみたいだが、さっきからずっと持ってただろ。
「お前はどちらがいい?」
「先生とペアを組むことは決定事項なんですね」
どうやら彼女と一戦交えなきゃいけないらしい。
俺、死なないよな。
「じゃあ剣の方で」
「なら私はこちらにしよう」
静川先生から剣が投げられる。
それを受け取ると、俺は剣の形状、長さを確認する。
長さは身長の半分ほど。刀身から柄まで鉄製で出来ており、一般の剣より若干重い。
「では始めようか」
静川先生はいつの間にか戦闘態勢に入っていた。俺はまだ気持ちの準備が出来ていないんだが。
「いくぞ植村!」
静川先生は真っ直ぐに突っ込んでくる。
スピードはそこそこくらい。たぶん魔法を使っていないのだろう。要するに手加減をしてくれているのだ。
「はっ!」
静川先生は俺の胸目掛けて槍を突きさす。
それを俺はギリギリで交わすと、瞬時にジャンプをして後方へ下がった。
「なかなかいい動きだな」
「そりゃこれでも入学試験は通っているんで」
この学校の入学試験には、当然実戦形式のものもある。
そこで最低限の戦闘能力を見せなければ、この学校には入れない。
ちなみに俺は回避能力が好成績で、それ以外は合格ラインギリギリであった。
「そうか。ならこれはどうだ」
いつの間にか目前に先生の姿があった。
この人魔法使ったな。ずるい。
「いくぞ!」
そう声を上げた瞬間、彼女の持っている槍が白く輝き出す。
「我が魔の力を以て、目前の愚者へ、屈強なる光輝により滅せよ――《輝滅》」
詠唱を唱えた刹那、光を放っている槍が幾多にも増え、静川先生が手に持っている物以外は全て宙に浮いている。
そして、それら全部がこちらに向かってくる。
「っ!」
それをなんとか全て躱すと、再び後方へ下がった。
「ほう。なかなかやるな」
静川先生は槍を構え、口元をニヤリとさせている。
「ちょっ、手加減してくださいよ」
「しているが、何か問題あるか?」
平然とこちらを眺める静川先生。
「もっと手加減しろって言ってるんですよ。殺す気ですか」
「安心しろ。この魔導武器はレプリカだ。死にはしない」
死ななくても大けがはすると思うんだが。
「そろそろ時間だな。では、次で最後にするとしよう」
静川先生は校舎の壁に設置されてある時計に目をやり言った。
「ぶっちゃけ今やめてもいいと思うんですけどね」
周りの生徒たちは既に勝敗が決して、二人でお喋りを楽しんでいた。羨ましい。
「ではいくぞ! 植村!」
なんか完全にスイッチ入っちゃってるな、あの人。
そんなに戦いたいなら魔導士辞めなければよかったのに。
『我が主。妾が力を貸そうか?』
不意にリリスが心配そうに訊ねる。
(ありがたいがやめてくれ。シャレにならない。捕まる)
だが、『魔導士殺し』の彼女に悪魔の力を使って挑んだら、果たしてどのようになるのだろう。興味はある。
「我が魔の力を以て、目前の愚者へ、屈強なる光輝により滅せよ――《輝滅》」
さっきの魔法と同様、槍が白く輝き、一本だった槍が幾多にも増える。
だが、それは先ほどとは比べ物にならないほどの本数。少なくとも五十本くらいはある。
「いけ!」
静川先生の合図で、数多の槍は一斉にこちらに向かってくる。
しかし、物凄い早さで迫ってくるそれらを、俺は自身に当たる槍だけを剣で振り落とした。
「っ!」
静川先生は目を見開いていた。
「……お前、なかなかやるな」
「偶々ですよ。魔導武器の扱いは一応、得意分野ですから」
そう説明しても静川先生は納得できないと言った表情をしている。
「前々から思っていたんだが、一つお前に聞きたいことがあったんだ」
「なんですか?」
「植村。お前はどうやってこの学校に入ったんだ?」
静川先生は訝しげにこっちを見つめてくる。
「この学校の入学試験はそう簡単じゃない。なのに、座学も最下位、魔法もロクに使えないお前がどうしてここにいるんだ?」
尤もな質問だ。
魔導士としての才能をカケラも見えない俺が、この第二魔導学校にいるのはどう考えてもおかしい。
職員からしたら特にそうだろう。
「それはですね、体術の試験が上位にいたことと、魔導戦のランキングがトップ5に入ったからだと思いますよ」
「ちょっと待て。今の動きを見る限り体術ならわからなくもないが、魔導戦がトップ5に入ったというのはどういうことだ?」
再び静川先生が質問を投げると、俺は丁寧に説明する。
「あれはラッキーってやつですよ。俺が対戦する相手の魔法が毎回不発したんですよ。それで偶然体術戦になって俺が勝つ。それが何回か連続で起こったんです」
魔法は発動しない場合が時々ある。精神的なもの、身体的ダメージによるもの、原因は様々なだが、魔導士でもそうなるケースがあるのだ。
緊張する入学試験で、受験者がそうなってもなんらおかしくはない。
「そういえば、今年の入学試験では珍しいことが起こったと聞いていたが、もしやそれのことか」
「たぶんそうですよ」
すると、静川先生がややニヤリとして言った。
「つまり、お前は偶々この学校に入れたということだな?」
すごい嫌味だ。事実なんだけど、普通先生が生徒にこんなこと言うかね。
「まあそうですね」
でもやはり本当のことだから仕方がない。
入学試験の魔導戦、対戦相手は全員魔法が使えなくなった。
まあうちの悪魔のせいだけど。
『なんじゃ。そうするように、妾に頼んだのは我が主じゃろう?』
リリスが若干怒り気味に言ってきた。
(そうだが、あれはやり過ぎだな。トップ5とか。他人から見たら偶然よりも奇跡に近いぞ)
『よいではないか。ラッキーよりもミラクルの方が盛り上がるのじゃ』
(そうか? あの時、周りは不気味がってたぞ。俺と当たったら魔法が一生使えなくなるとかなんとか)
『ふっふっ。面白かったのう』
リリスの笑い声が頭に響く。
さすが悪魔だ。ひどい。
その時、唐突にチャイムが鳴った。
授業終了の合図だ。
「ということで、今日はこの辺で止めましょう。授業も終わりましたし」
「あ、あぁ。そうだな」
静川先生は未だ難しい顔をしていた。何か疑っているのだろうか。
しかし、入学試験で悪魔の力を使った証拠なんて何もない。心配する必要なんてないだろう。




