『3』
織城先輩の魔法で落とし穴から脱出すると、彼女の後ろから結衣が走ってきていた。
「どうしたんだ?」
ぜいぜいと息を切らした結衣が傍まで来るなり、織城先輩が訊ねる。
それに結衣は一度呼吸を整えてから、答えた。
「い、依頼者がきています」
「…………」「…………」
俺は背筋が凍った。おそらくそれは織城先輩も同じだろう。
☆
急いで部室へ戻ると、既に依頼者は来賓席でもあるカウチソファに座っていた。
「こんにちは」
学生服を着た黒髪短髪でメガネの男。この学校の生徒だろう。
しかし、どっかで見たことがあるような……。
「どうかしたかい?」
じっと眺める俺に男が問う。
「いや、もしかしてあんたと俺ってどっかで会ったことあるか?」
「はは。それはたぶん僕と君があったんじゃないくて、これのことじゃないかな」
男の鞄から出てきたのは、この学校のパンフレットだ。
その表紙にいま目の前にいる男と同じ男が映っており、その隣には『新崎拓斗』という名と『生徒会長』という役職が書かれてあった。
「なるほど。あんた生徒会長だったのか」
「こら蓮人くん。生徒会長相手にそんな失礼な態度取っちゃだめだよ」
隣の結衣からチョップを貰った。すごく痛い。
「それでその生徒会長が俺たちになんの用だ?」
「今日は君たちに頼みがあって来たんだ」
新崎はそう言うと、ひとまず俺たちは各々の所定の位置に移動した。
☆
「で、頼みとはなんだ?」
レザーチェアに座った織城先輩が問うと、やや間を空けたあと、新崎は語った。
「実は最近、この学校周辺でランクCの悪魔が多々出現しているんだ」
「この周辺に? 原因はわかっているのか?」
新崎は首を横に振る。
「いいや。まだはっきりとは分かっていない。推測としてはテロリストの仕業とも言われている」
「魔導反乱軍か」
織城先輩は額に手を当てる。
「そこで君たちにはその悪魔どもを排除してもらいたい。特に住宅街に湧く方を」
「わかった。いいだろう」
新崎の依頼を、織城先輩はすぐに了承した。
なんだ。いつもの悪魔退治か。それなら俺の出番はないな。
『我が主。諦めるのはよくないのじゃ』
不意にリリスからダメ出しをされた。
(そんなこと言われてもな。俺、魔法使えないし)
『なら妾の力を使うがよいではないか』
(……そんなことをしたら俺の人生が刹那的に終わる)
リリスが出る→通報される→魔導士に捕まる。
ほら監獄に入れられた。
(やっぱり今日もやることはなさそうだな)
『残念じゃのう。妾がおればその悪魔とやらも一瞬で殺せるのじゃが』
悔いるように言うリリス。
こいつ、もしかして自分が色々と殺したいだけなんじゃないか。
この子の生き物を殺す欲求は常軌を逸しているからな。殺しとなるとやたら目をギラギラさせるし。
「わかった。金はそれでいい」
「決まりだね」
リリスとのやり取りをしている内に、いつの間にか依頼料の交渉が終わったようだ。
「依頼の期日は明日から魔導祭が終わるまで。これでいいね?」
「あぁ。わかった」
新崎が問うと、織城先輩は頷いた。
期日に関しては、おそらく魔導祭に来る民間人が襲われないためにと、いうことだろう。
もしかしたらそれが今回依頼した一番の理由かもしれない。
「じゃあ頼むよ」
そう言うと新崎は部室から出て行った。
「はぁ。面倒だ」
依頼者が帰るなり、織城先輩が溜息交じりに呟いた。
「珍しいですね。いつも依頼が来ない! とか嘆いているくせに」
「時と場合があるだろう。よりにもよって何故こんなクソ忙しい時に」
織城先輩は魔導祭のための研究もあるからさぞきついことだろう。
先ほど部活を休止にしたいということも冗談半分で言っていたのではなく、もしかしたら彼女の本音だったのかもしれないな。
「頑張りましょう織城先輩!」
傍らから結衣が励ます。
「そ、そうだな」
苦笑する織城先輩。
結衣も魔導祭に出るのだから、これ以上弱音は吐けないのだろう。
ちなみに、俺は魔導祭が無くてもこの依頼やりたくないけどね。
「あと織城先輩。お金は寄付しましょうね」
結衣に言われるなり、織城先輩がパチンと指を鳴らした。
すると、新崎から受け取った封筒が消える。お得意の転移魔法だ。
「あぁ! またやりましたね!」
「はて、なんのことだ?」
それからいつものような言い合いが数分間続いた。もちろん俺は織城先輩の味方をした。




