『13』
「ではまず、エレナお嬢様には退場して頂きます」
メイドがパチンと指を鳴らすと、王女様の足元に魔法陣が現れる。
「きゃっ!」
それが白く輝き出すと、増幅した光がそのまま王女様を呑み込み、彼女と共に消失した。
「お前ひどいやつだな」
今の魔法は強制転移魔法。
文字通り強制的に自分が指定した場所へ相手を飛ばす魔法だ。
主に敵が多い際に、数を減らすために使う。
しかし、発動には時間がかかるので、俺と王女様が話している時に、あらかじめ詠唱を済ませておいたのだろう。
「いいえ。それほどでも」
「……褒めてねぇよ」
このメイドはやはり頭がおかしい。
「それで、話ってのはなんだ? と言っても、俺もお前に聞きたいことが山ほどあるんだがな」
俺の言葉にメイドは顎に手を添え何かを考えているよう。
「そうですね。私が話すよりもあなたの質問に答えていった方が手っ取り早いかもしれません」
そう言うと、メイドは腕を伸ばし「どうぞ」と俺に問い掛けるよう促す。
「わかったよ。ならまず王女様はどこにいるんだ?」
「ホテルの自室です。そこが一番安全ですから」
「そうか」
一応王女様の安否を確認した後、俺は次の質問に移る。
「メイド。お前は今日襲ったやつらやハゲたちの仲間なのか?」
これは非常に重要な質問だ。
この回答次第では、メイドを危険視するべきかそうでないかが決まる。
しかし、俺の問いにメイドはあっさりと首を横に振った。
「それは前回にも言ったでしょう。違います」
「それは本当か? あの銀髪男はお前のことを話していたぞ」
戦闘中、ネスタがメイドの名を出していた。それは少なくともメイドは彼らと何かしらの繋がりがあるということだ。
「……あのバカが」
突然、メイドが低い声を出した。
「やはり敵側なんだな。そもそも、王女様が死にかけているときに助けもせず眺めていただけのお前が味方なはずがない」
魔導戦の時のことだ。
メイドは俺が王女様を悪魔の力を使い助けるところ見ていたらしいが、その場にいたなら彼女に駆け寄って治癒魔法でも使うべきだろう。
しかしそうしなかった。ならメイドにとって王女様の命はその程度ということだ。
「もしやお前も『魔導反乱軍』なのか?」
そう質すと、急にメイドは深く溜息をついた。
「勘違いしないでいただけますか。私は彼らの仲間でも、王女様をどうにかしようとしているわけでもありません」
「今更何を言ってんだよ。じゃあなんで銀髪男がお前のことを話すんだ?」
「それは当然、私が彼にエレナお嬢様の情報をリークしたからです。ついでに言えば、あのスキンヘッドの彼にも」
「…………」
この人は自分で自分の首を絞めていることに気づいているんだろうか。
「第一、私はエレナお嬢様が重傷を負った際、きちんと治療をしに行こうとしていました。ですが、その前にあなたが勝手に自分の命を使用して助けてしまったのです。つまり、私が嫌疑をかけられているのはあなたのせいです」
「なんだそれ。言ってることがめちゃくちゃだぞ。ならなぜ銀髪男やハゲに王女様のことを漏らしたんだよ」
彼らの属する組織の一員でなければ出来ないことだと思うが。
「それはとある目的のためです」
「目的?」
そういえば、最初にネスタたちに襲われた直後に、そんなことを言っていた気がするな。
「はい、それはあなたですよ。植村連人さん」
メイドはこちらを見つめながら言った。
「……どういうことだ?」」
怪訝な目を向けると、一拍置いたのちメイドは話し出した。
「私はある方からあなたのことを監視するよう頼まれました」
「監視だと?」
聞き返すと、メイドはこくりと頷く。
「はい。それに加えてあなたの実力の方も確かめてきて欲しいとも。それゆえ、私は『魔導反乱軍』に属する彼らにエレナお嬢様の居場所を教えたのです」
「ちょっと待て。全然話が繋がっていないぞ。俺の実力を測るために、なぜ銀髪男やハゲに王女様を襲わせる必要がある?」
そう問うと、メイドはふっ、と軽く笑った。
「あなたの実力を見たいから戦ってくれなんて言っても、彼らが応じるわけがないでしょう。なので、エレナお嬢様をエサとして使わせていただきました」
こいつ、自分の主人相手にメイドとしてあり得ない発言をするな。
しかし、そう説明されてもまだ話は筋が通らない。
「納得いかないな。もし今日俺が依頼を放棄して王女様を見捨てていたら? 前回だってもし俺が死にかけの彼女を置いて逃げていたら? それ以前に俺が魔導戦を彼女に挑まなかったら? もし俺が屋上で昼飯を食っていなかったら、今でも王女様と接触すらしていないぞ」
王女様をテロリストに襲わせたからといって、俺がそれをどうこうするとは限らない。
この話には穴が多すぎる。
「いちいちうるさい人ですね。一から十まで言わないとわからないのですか」
メイドから文句が飛んできた。これは俺のせいじゃないと思うんだが。
「まずあなたがエレナお嬢様と接触する可能性ですが、百パーセントそうなるよう私が仕向けていました」
「は? どうやって?」
「簡単なことです。エレナお嬢様はあまり人と関わることが得意ではない方ですから」
得意ではないというか、嫌悪してるよな。他人のこと愚民呼ばわりしてるし。
「なので、私は勧めたのです。休み時間には人気のない屋上へ行ったらどうかと」
メイドの言う通り、昼休みの屋上は俺と結衣しかいない。
「だが、それだけで俺と王女様がコンタクトするとは限らないだろ」
「いいえ。あなたとエレナお嬢様は必ず接触します。だって彼女は王の娘で、あそこにはベンチが一つしかないのですから」
「…………」
なるほど。
散々豪遊な暮らしをしてきたであろう王女様が、一つしかないベンチに座ろうとしないわけがない。
「随分と強引だな」
「エレナお嬢様とは十年以上の付き合いですし、蓮人さんのことは前もって色々と調べていましたから。完璧な策です」
そうだろうか。
でも確かに失敗はしなさそうだな。
「なら魔導戦の件はどうだ? 俺が彼女に魔導戦を挑むとはさすがにわからないだろ」
「いいえ。それも計画通りです」
自慢げに言っているような気がした。相変わらず表情があまり変わらないのでわかりづらいが。
「本当かよ、それ」
「えぇ。だってあそこはあなたにとって数少ない安息の場ですから」
不意に放たれた言葉に、俺は何も返すことができなかった。
「そんな場所を荒らされたら、あなたはその相手にきっと何か行動を起こすでしょう」
黙り込む俺にメイドは続けて言った。
「言ったでしょう。あなたのことは色々と調べていると」
あざ笑うかのような物言い。
おそらく彼女の言っていることは全て本当のことだろう。
「一応聞いておくが、俺が王女様を見捨てたらどうしたんだ?」
「それもあり得ません。あなたはそんな人間ではないですから」
きっぱりと言い放つメイド。
聞くだけ無駄だったようだ。
「そういえば、お前は俺の力を測るために来たんだろ? どうだった? お気に召したか?」
「えぇ。素晴らしかったです」
「そりゃどうも」
今までで一番嬉しくない褒め言葉だな。
「ならこれで俺の監視は終了になったりするのか?」
「いいえ。監視はまだ続けます。それがある方の望みですから」
ある方。
さっきもメイドは口にしてたな。
「少し聞いていいか?」
「えぇ。どうぞ」
「そのある方ってのは、もしや王様だったりするのか?」
ベルギー王国の王。
可能性としては考えられなくもない。
「まさか。実の娘を死の危険にさらす親がいますか? あなたの考えは狂っていますね」
メイドから軽蔑の視線を頂いた。
イカれているメイドから狂っていると言われるなんて大ショックだ。
「なら一体誰なんだよ」
「それはお教えできません。ですが、そのある方からあなたに伝言があります」
「伝言?」
そんな知らないやつからの言葉なんてどうでもいいんだが。
「“私たちはあなたを欲している”と」
「ほう。私たちってことは、やはり何かの組織なのか?」
「まあそうですね」
メイドはあっさりと明かした。
こんなに簡単にバラして大丈夫なのか。
「一体どんな組織なんだよ」
「それもお答えできません。ですが、ある方のお言葉には私も同意します。なぜなら、あなたは非常に良い悪人になりそうですから」
良い悪人。
矛盾してるな。
「そうか。ならそのある方とやらに言っておけ。死んでもお前らの仲間にはならねぇってな」
そんな得体の知れない組織の一員になっているほど、俺の人生は暇じゃない。
「そうですか。まあいいです。いずれあなたは我々の仲間になりますから。きっと」
そう告げると、メイドの足元に魔法陣が顕現する。また転移魔法だ。
「では、私はこれで」
「おいちょっと待て。俺の分はないのかよ」
俺の言葉にメイドは微かな笑みで返す。
どうやら転移魔法は一つしかないらしい。
「ふざけるなよ。ここから家まで何キロあると思ってんだよ」
「さようなら、蓮人さん」
そう言い残し、メイドは一瞬で消失した。
「……あのメイド野郎」
彼女のせいで、結局この日俺は五キロはある帰路を歩く羽目になったのだった。




