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魔導学校の悪魔使い  作者: ヒロ
第二章
24/42

『11』

『我が主。大丈夫か?』


 不意にリリスが訊ねた。

 考え込んでいたためか、不安にさせてしまったみたいだ。


「あぁ。大丈夫だ。問題ない」


 そう言いつつも、視線を死体となっているネスタに移す。


 こいつがなぜ父親の名を知っているのかは、わからない。だが、これは重要な情報だ。

 

 しっかりと頭に入れておかなくては。


『我が主! 後ろじゃ!』


 突然リリスが叫んだ。


 振り返ると、火炎が渦を巻き、物凄いスピードでこちらに向かってきていた。


 俺は咄嗟に剣を振り下ろし、炎を切り裂くと、そのまま火炎は消失した、


 おそらく中距離系の炎魔法。

 今回で見るのは三回目か。


「あぶねぇじゃねぇか、あと少しで焼殺されるところだったぞ」


 魔法を放った当人に向かって発すると、半開きになっていた倉庫の扉から一つの人影が現れた。


「そうですか? 少しは手加減をしたつもりですが」


 王女様はじっと睨みつけている。だが、その対象は俺ではなく、傍らに佇んでいるリリス。


「あなた……悪魔使いだったのですね」

「まあな」


 そう答えると、再び火炎が飛んできた。

 俺はすぐに剣でそれを処理する。


「だから、あぶねぇって。味方相手に何回誤射するんだよ」


 軽く笑いながらからかうが、王女様に全く笑みを浮かべる素振りは見られない。

 それどころか、さっきより更に強く睨みを利かせている。


「おいリリス。うちの王女様は敵に操られたのか? すごい恐い顔をしてるぞ」

『我が主。ふざけとらんと、さっさとあの娘を片付けよ。妾は眠いのじゃ』


 ふぁと可愛らしいあくびをするリリス。

 今の発言がなければ、とても悪魔とは思えないな。


「あのな、一国の王の娘を殺せるわけないだろうが。そんなことしたら忽ち国際手配される」


 そう言うと不満そうな顔をするリリス。

 こいつは考え方が物騒すぎるんだ。悪魔だからといってなんでも殺しに結びつけないで欲しい。


「悪魔と何を話しているのですか。殺しますよ」


 そう言われなくても、彼女が俺を殺そうとしていることは分かっている。


 実の母親を悪魔に殺されたのだ。

 その悪魔を使役する悪魔使いを憎むのは自明の理。

 証拠に先ほどから撃ってくる魔法全てが即死レベル。手加減一切なし。


「そう怒るなよ。だが、王女様がそんなに俺を殺したいなら、かかってこい」

「っ! この愚民が!」


 挑発的な言葉に明らかに怒りを露わにすると、王女様は詠唱を唱え始めた。


「我が魔の力を以て、目前の愚か者へ、火炎の息吹を吹かせ――《炎渦フレイムヴォルテックス》」


 王女様の前に魔法陣が出現し、その中央から火炎が渦を巻いてこちらに向かってくる。


『何度も同じ魔法を撃って、つまらぬやつじゃのう』


 リリスはまた眠そうに口を大きく開けた。

 ちょっとそこの悪魔さん。あんまり可愛いあくびはしないでもらえるかな。戦闘に集中できなくなるから。


「消せ。《殺華剣(カラドボルグ)》」


 剣を横凪に払った刹那、火炎は滅失する。そのすぐ後、俺は王女様へと一直線に突っ込んでいく。


「っ!」


 それに対し王女様は何度も詠唱を唱え、魔法を放つが、剣で全てが消失していった。


「悪いな王女様」


 彼女の目前まで距離を詰めると、王女様の鳩尾に拳を入れる。


「ぐはっ!」


 王女様は腹部を抱えながら倒れ込んだ。

 当然死んだわけじゃない。一時戦闘不能になっただけだ。


「あなたは……恥ずかしくないのですか」


 呼吸がしっかりと出来ないせいか、途切れ途切れに言葉が聞こえる。


「何がだ?」

「魔導士を目指す者が……悪魔なんかと手を組んで……」


 そう言うと、王女様はリリスを睥睨する。

 それだけ悪魔が憎いのだろう。自分の母を殺した悪魔が。


「別になんとも思っていない。逆に強くなるために悪魔と契約して何が悪い」

「っ!」


 王女様は目を見開く。

 彼女にとっては考えられない言葉だろうな。


「最低ですね……あなたなんて死ねばいい」


 王女様がぽつりと呟くように言った瞬間、リリスが勢いよく胸倉を掴み、そのまま身体を持ち上げた。


『図に乗るでないぞこの小娘』


 リリスは睨みつけながら、腕に力を入れていく。


「やめろリリス。王女様が死ぬ」

『ふふっ。そうなったらそうなったときじゃ。妾は我が主を愚弄したこの娘をどうしても許すことができん』


 リリスは更に力を強めていく。

 これはまじでシャレにならないな。


「リリス、やめろ」

『……我が主。これはなんの真似じゃ』


 向けられた剣先を一瞥するなり、リリスは訊く。


「言っただろ。こんなところで王女様が死んだら大事だ。冷静になれリリス」


 そう言うと、ややあってリリスは大きく深呼吸をしたのち、王女様の身体を地面に投げた。


『わかった。我が主に従うのじゃ』

「それは助かる」


 これで王女様の命はひとまず無事だろう。

 五年経っても、悪魔を使役するのは難しいな。特に悪魔の暴走を止めるのが。


「大丈夫か?」


 倒れている王女様に声を掛けると、言葉のは返って来ず、代わりに睨まれた。


「怒らないでくれ。うちの悪魔は少々荒っぽい性格なんだ」

「やはり……悪魔は……全て殺すべきですね」


 満身創痍になりながらも、徐に立ち上がる王女様。


「やめておけ。何度やっても無駄だ。あと俺もこの悪魔もお前を殺す気はない」

「ですが、このままおとなしく帰ることもできないのでしょう」


 王女様は嘲弄するような調子で訊ねた。


「まあな」


 悪魔使いを見て、何もせずに帰すわけにはいかない。通報でもされたら、即牢獄行きだ。


「リリス。忘却魔法でこいつの記憶を失くせ」

『それは生まれてから今までの全てか?』

「なわけねぇだろ。俺とお前に関しての記憶だけでいい」


 なんてことを考えるんだ。

 もしそんなことしてたら、危うく王女様が赤ちゃん言葉しか話せなくなっているところだぞ。

 殺すよりさらにタチが悪い。


『わかったのじゃ。我が主』


 そう返しリリスが近寄ると、王女様は詠唱に入った。


「我が魔の力を以て、目前の邪悪なる者へ、火炎の息吹を――」

『うるさいやつじゃのう』


 リリスがパチンと指を鳴らすと、王女様の詠唱は止まった。たぶん魔法で王女様の口を塞いだのだろう。


『さて、始まるかのう』


 そう言ってリリスは王女様の頭部に手を添える。


「っ!」


 悪魔が目の前にいるためか、王女様は物凄い形相で睨んでいる。


『そんな顔をするでない。手が滑って殺してしまうかもしれんぞ』


 怒り交じりに述べるリリス。それは俺が困るんだが。


 しかし、魔法を使えなくなった王女様がこれ以上抵抗することはない。もう厄介なことは起こらないだろう。

 あとは記憶の一部を忘れさせて終わりだ。


『…………』


 だが、リリスは一向に詠唱を唱えようとしない。


「おいリリス。どうした?」

『いや、ここで妾が魔法をかけたら、この小娘はあのことも忘れてしまうのじゃと思ってのう』

「あのこと?」

『我が主が命を懸けてこの娘を救ったことじゃ』


 彼女がそう言った刹那、王女様が驚嘆した。


「リリス、余計なことは言うな」

『いいや、これだけは言わせてもらうのじゃ。小娘よく聞いておけ。あの魔導戦の際、貴様は我が主に救われたのじゃ』


 リリスが伝えると、王女様は首を横に振った。


『あり得ないと思っておるのか。なら、なぜあのハゲに刺された貴様は生きてるのじゃ。急所は外してたとはいえ、腹を貫通しておったのじゃぞ。誰かが治療でもしない限り、普通なら死んでるはずじゃ』

「…………」


 それを聞いた王女様はリリスの話を事実と受け入れ、動揺している様子だった。

 悪魔使いに助けられたことが相当ショックだったよう。


「もういいリリス。早く魔法を唱えろ」

『まだじゃ。あと一つだけ言いたいことがある。これは絶対じゃ』


 俺の言うことを全く聞こうとしない。こうなったリリスにはもうなにを言っても無駄だ。


『小娘。我が主はどうやって貴様の命を救ったと思う?』


 リリスの問いに王女様は答えず、地面を見つめながらただ呆然としている。


『我が主は貴様ごときの命のために自らの命を削ったのじゃ。五年もの命をな』

「っ!」


 王女様が顔を上げると、リリスは彼女を軽蔑の目で見つめる。


『傑作じゃな。自らの母を殺した悪魔を使う悪魔使いに自分の命を助けられるとは。死ぬほど屈辱じゃろう。じゃが、安心するがよい。それも全て貴様は忘れる。妾の魔法によってな』


 表情を変えぬまま、リリスは詠唱に入った。


『我が穢れを以て、この愚者へ、記憶の破片を消し去り給え――《忘却(オブリビオン)》』


 先ほどから添えられていた手から白く優しい輝きが放たれる。

 この光が消えれば王女様は俺とリリスに関しての記憶は完全に失われる。


 その時、突然横から魔法が飛んできた。

 氷で作られた礫が何十、いや何百はある。それを俺は剣で薙ぎ払い、リリスは詠唱を中断し、防御魔法で対処する。


『一体なんじゃ!』


 リリスが叫ぶと、倉庫の扉の方から人影が現れた。


「ご機嫌よう」


 エプロンドレスを纏った女メイド。


 べティーナ・ダルデンヌが不敵な笑みを浮かべていた。


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