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魔導学校の悪魔使い  作者: ヒロ
第一章
2/42

『1』

「おいっ! 起きろ!」


 突然、後頭部に衝撃が加わる。何かの角で叩かれた感じだ。めちゃ痛い。


 机に突っ伏していた顔を上げると、目の前には物凄い形相で睨んでいる女性が立っていた。片手には分厚い教科書。おそらく、これで俺を殴ったと思われる。


「……なんすか、静川(しずかわ)先生」


 あくび交じりに訊ねると、今度は机に教科書が振り落とされた。


「ほう。私の授業を寝ておいて『なんすか』ときたか。(うえ)(むら)(れん)()。どうやら、お前はどうしても私の拳を喰らいたいようだな」


 眉間に皺をよせ、拳を握りしめる。完全に怒ってらっしゃるようだ。

 寝起きでグーパンはさすがに遠慮願いたいんだが。


 助けを求め、周りに視線を送る。

 しかし、皆は必死に黒板に書かれたことを板書しているフリをしていた。

 どうやら巻き込まれたくないらしい。

 ひどい。


「静川先生、一旦落ち着きましょう。これでも俺は先生のことを尊敬しているんですよ」


 激昂した獣を静めるように、あくまで冷静なトーンで話す。


「それは興味深いな」


 おっ、静川先生の拳が緩んだ。どうやら話は聞いてもらえるようだ。


「静川先生はとてもいい先生だと思います。魔法の説明は適格ですし、実践時での技術も細かく教えてくれる。それに美人で優しい」

「……そ、そうか?」


 褒められることはあまりないのか、先生が少し照れている。

 まあ最後のやつは嘘だけども。

 この先生が優しいとか。笑える。


「確かに、静川先生はアラフォーで、独身で、女性としては終わっていますけど、先生としては最高――」


 一瞬だった。

 顔面にめり込まれた拳は、そのまま押し込まれ、俺を身体ごと壁まで吹っ飛ばした。


「ひどいじゃないですか先生」

「どの口が言っているんだ。先生に向かって女性として終わっているなどと。よくそんなことが言えたな」

「…………」


 おかしいな。先生のいいところだけを言ったつもりだったのに。

 つい本音が出てしまったようだ。


「まあ先生。今回のことは水に流して、また明日からお互い頑張りましょうよ」

「……植村。今日もお前は補習だ。放課後、必ず教室に残っていろよ。いいな?」


 なんか、めっちゃこっち睨んでいる。こうなったらもう説得は無理だ。

 くそ。アラフォーごとき褒めておけば、何しても大丈夫だろうと思っていたが、さすがに考えが甘かったか。


「……はい。分かりました」


 俺はがっくりと肩を落とすと、そう返した。





 魔法が実在する世界。

 そんな世界で、他と比べて群を抜いて魔法が発達している国、それがこの日本である。

 それゆえ、日本に点在している魔導学校は世界一の数を誇る。

 魔導学校とは、時代の流れと共に警察や自衛隊に代わり、国の法と秩序を守る存在――魔導士を育成する機関のことだ。

 そして、俺はその中の一つである東京エリアの第二魔導学校に通っている。


「蓮人くん。また怒られてたね」


 昼休み。

 屋上に設置されているベンチに座り、昼食を摂っている最中、隣からそんなことを言われた。


「そうだな。おかげで、今日の放課後は静川先生の特別授業だ」

「特別授業じゃなくて、補習ね」

「…………」


 人がせっかくポジティブに捉えようとしていたのに。台無しだ。


 たった今、俺の隣で余計なことを言ったのは()(えき)()()


 俺と同じ第二魔導学校の一年生にして、俺の幼馴染。

 入学直前にブロンズに染めた髪はくるくると巻かれており、凡人よりも遥かに整った顔には僅かながら化粧が施されていた。

 潤んだ唇は分厚く、それがなんとも言えない色気を醸し出している。さらに、持ち前の大きな胸は男の視線を釘付けにするのには十分だ。

 その魅力的過ぎる容姿から、学内にはファンクラブが出来ているらしい。

 羨ましい。俺もファンクラブ欲しい。もちろんメンバーは女子限定で。


「もしかして、またサボるの?」


 結衣が心配そうに訊ねる。


「まあな」


 静川先生の特別授業――ではなく、補習はよくある。結構ある。毎日ある。

 だが、俺はその補習を三回に一回ペース、いや、二回に一回ペースでサボる。


 理由は面倒だから。


 自慢じゃないが、俺の学内での成績は最底辺だ。


 座学はできない、魔力保有量は断トツの学年最下位、使える魔法は一つもなし。


 こんな魔導士として才能の欠片もない俺ごときが、放課後の補習を受けただけで改善されるとは到底思えない。


「でもいいの? 蓮人くん、このままだと留年になっちゃうよ。補習くらいは受けておいた方がいいんじゃ……」

「断固拒否する。……結衣、お前は補習に一回でも行ったことがあるか?」


 そう問うと、結衣は首を横に振った。


「だろうな。結衣は成績いいもんな。たしか、入学試験で上から五番目だったか?」

「二番目だよ」

「…………」


 いかん。これ以上聞くと俺のガラスのハートが砕けそうだ。


「……さて、話を戻そう。いいか結衣。静川先生の補習はな、あれは補習なんかじゃない。『補習』と書いて『拷問』と読むんだ」


 ほぼ毎回、魔力が無くなるまで魔弾(魔力をサッカーボールくらいの大きさの球体に変化させたもの)を撃たされるし、

 出題された問題に答えられなかったら殴られるし、

 年と未婚に触れたら殺されかけるし。

 あの補習はきっといつか死人が出ると思う。


 ということを説明すると、


「それは、大変そうだね」

「あぁ、大変だ。だから、お前のおかずを一つよこせっ!」

「あっ!」


 結衣の膝元に置いてある弁当からから揚げを取り上げると、そのまま口の中へ運ぶ。


「うん。美味いな」

「ほ、ほんとっ!? 実はそれ、私が作ったんだよ」

「あぁ、本当だ。ってか、おかず盗られたのに怒らないんだな」

「えっ!! そ、それは……」


 結衣は口をモゴモゴさせると、そのまま話すことを止めてしまった。

 よくわからないが、怒っていないならいいや。放っておこう。



「そこの愚民ども。席をどいてもらえますか?」



 上からの声。

 仰向くと、そこには明らかに東欧出身と思われる美少女が見下すような視線をこちらに向けていた。


 ……こいつ、誰だ?


「も、申し訳ありません」


 そう謝ると、結衣は急いで弁当を風呂敷に包んで、美少女に言われた通り席を空けた。



「そこの愚民も、さっさとどいもらえますか? でないと、わたくしが昼食を食べられないでしょう」


 高圧的な物言いに、青い瞳は何者にも屈さないと言わんばかりの鋭さを秘めていた。

 艶やかな金色の髪は背中まで伸びており、可愛いというよりも上品で美しい面差し。

 加えて、美少女は他を寄せ付けないような圧倒的なオーラを身に纏っていた。


 おそらく、この女は普通の生徒とは違う。

 それはさっきの結衣の態度を見ても明らかだ。


 それだけに、なんかムカつく。


「なんで俺があんたのために席を譲らなきゃならないんだ? 先に座って飯食っていたのは俺たちの方だぜ」


 言い返してやると、美少女の目つきが若干強くなった気がした。


「なぜですって? 愚民の分際で、そんなこともわからないのですか」

「残念ながら、俺の成績は最底辺なんだ。全くわからないな」

「……そうですか。では、仕方がないですね」


 溜息交じりに出た言葉と共に、美少女と俺の間に現れたのは光輝く円形の魔法陣。



 …………ん?



「我が魔の力を以て――」


 美少女はぶつぶつと何かを呟いている。


 知っている。

 これは詠唱というやつだ。

 魔法を起動させるのに絶対に必要な言霊だと、静川先生が説明していたのを覚えている。


「…………」


 今更ながら思ったけど、もしかして俺、ヤバイ?


「邪悪なる魂に、誇り高き紅蓮の炎――」


 魔法陣がこれ以上ないくらい光っていた。

 たぶん、もう少しで魔法が発動する。

 どうしよう。このままだと死んじゃうんですけど。


「申し訳ありません!」


 そう声を上げたのは結衣だった。


 それに気を取られたのか、詠唱は途中で止まり、同じくして魔法陣の輝きは失われ、やがてそれ自体消滅した。


「ほら! 蓮人くんも謝って!」


 腰を深く折ったまま、結衣は俺にも謝罪をするように促す。


「は? なんで俺が? そもそも悪いのはいきなり魔法を使ってきたあっちの方――」


 とかなんとか言っているうちに、無理矢理頭を下げられた。

 すると、美少女はじっと俺たちを眺める。


「……はぁ、わかりました。今日のところはそこの可愛らしい愚民に免じて許して差し上げます」

「あ、ありがとうございます!」

「ですが、次はありませんよ」


 美少女は力強い口調でそう言い残すと、この場から去っていった。


「一体、あいつはなんだったんだ?」

「やっぱり、蓮人くんは知らなかったんだね」

「知らないって……何を?」


 結衣は呆れるように溜息をつく。


「いい? あの人はベルギーからの留学生で名はエレナ・ルーベンス」

「留学生? もしかして、たったそれだけの理由で俺はあいつに頭を下げなきゃならなかったのか」

「違う!」


 突然、脳天チョップを食らった。

 すごく痛い。


「人の話は最後まで聞きなさい!」

「……はい、ごめんなさい」


 昔からだけど、結衣はこういう近所のお姉さんみたいな一面がたまに出てくるんだよなぁ。

 そういう時の結衣を怒らせると物凄く恐い。


「あのね、エレナ様は由緒正しいルーベンス家のお嬢様にして次期当主。それでいて、彼女の父親であるフーベルト・ルーベンスは現在、ベルギーの国王なの」

「……まじか」


 要するに、あの美少女――エレナはベルギーの次の女王ということだ。


 どうやら先ほど俺は、次期女王様相手に喧嘩を売っていたらしい。


 ……あぶねぇ。


 心底そう思った。





 午後の授業が終わり、放課後を迎えた。

 

 静川先生からは補習に来るようにと言われていたが、昼に結衣に話した通り、サボります!


 ところで、この第二魔導学校は魔導士を育成するための機関ではあるが、それ以外は一般の学校となんら変わらない。


 魔法以外の授業もやるし、文化祭やら体育祭やらのイベントもある。


 ということは、だ。


 こんな疑問を抱く人もいるだろう。


 部活動もあるのではないだろうか?


 答えはイエスだ。


 サッカー、野球、バスケ、バレー、ラグビー等々、様々な部活に生徒たちが勤しんでいる。


 その中でも、唯一魔法を使用し、かつ一番人気がない部活。


 それが、俺の所属する『対悪魔特務機関』である。


「何故部員が入ってこない!」


 ショートボブの少女の嘆く声が響く。

 そんな彼女の傍らには、白紙の入部届が大量に積み重なっていた。


 (しき)(じょう)()()

 第二魔導学校の二年生で、この『対悪魔特務機関』の部長兼、ロリキャラ担当だ。ちなみに、部の名前を付けたのもこの人である。


「蓮人!」


 織城先輩からお呼びがかかった。それもめっちゃ機嫌が悪そうな声で。

 仕方がなく、俺は今まで横たわっていたカウチソファから起き上がる。


「……なんですか?」

「お前は何故この部に新入部員が入らないかわかるか?」


 至って真剣に訊ねる、その顔つきは言葉遣いとは裏腹に幼げですごく可愛らしかった。


 ぶっちゃけ、新入部員が入らない理由なんて挙げればいくらでもあった。


 学校の不要な備品が置いてある倉庫室を部室にしているところとか、部長の見た目が小学生と同等なところ等々。


 だが、その中でも特に抜きん出たものが一つ。


「明らかに、この部の名前のせいだと思いますよ」


 そう助言をすると、少女はやや固まったのち、大きく笑った。


「ハハ、そんなわけないだろう。こんなカッコイイ名は他にないぞ」


 そりゃこんな中二病くさい名前、あんた以外誰もつけねぇからな、ハハ。


「失礼します」


 織城先輩に呆れていると、そう言って扉から現れたのは結衣だ。


 ちなみに、この部は織城先輩と俺、そして結衣を含めた三人しかいない。

 人気ワーストの部活は伊達じゃないぞ。


「おう結衣。ようやく来たか」

「織城先輩。遅れてしまってすいません。授業で分からなかったところを先生に聞いていました」

「なに構わない。時に、結衣は我が部に部員が増えないのはどうしてだと思う?」


 先ほど俺にした質問の内容と全く同じだ。

 どうやら俺の答えは参考にしてくれなかったらしい。


「うーんそうですね……おそらく、この部の名前に問題があるのではないでしょうか」

「なっ!」


 結衣の発言に驚く織城先輩。

 ほらやっぱり。俺の考えは正しかった。


「そ、そうか。……で、では、聞くが、ど、どどどの部分が……その、良くないのだろうか?」


 よほどショックだったのだろうか。

 呂律は回ってないし、織城先輩の足はガクガクに震えている。


「おそらく全てかと」

「ぐはっ!」


 結衣の容赦ない一言に、織城先輩は完全にノックアウトされた模様。


「大丈夫ですか!?」


 結衣は突然倒れた織城先輩を咄嗟に抱えた。


「ハハ、どうやら私の命は残り少ないようだな」


 そんなことはない。

 病気とかなければ、あと六十年くらいは十分生きられる。


「結衣、後のことは任せ……た。ガクッ」


 なんて演技が下手なんだ。人は死ぬときに「ガクッ」なんて言わない。


「あの……すいません」


 織城先輩の猿芝居を見せられていると、後方からそんな声が聞こえた。

 振り返ると、見知らぬ男子生徒が扉付近に立っている。


「うちに何か用か?」


 そう訊ねると、答えたのは男の方ではなく結衣だった。


「そういえば忘れてました。今日は依頼人を連れてきたんです」


 視線を移すと、男子生徒はぺこりとお辞儀する。


「そうか。では、早速話を聞くとしよう」


 知らぬ間に生き返った織城先輩はそう言うと、彼女専用のレザーチェアに座る。

 背丈が小さすぎるせいで、地面に足がついていないのがとてもキュートだ。


「どうした? 君もかけたまえ」

「は、はいっ!」

 

 織城先輩に促されるまま、男子生徒はついさっきまで俺が寝ていたソファに腰掛ける。

 それを確認すると、俺と結衣は織城先輩の傍らに移動した。


「で、依頼とはなんだ?」


 織城先輩はデスク越しに問い掛ける。


「実は、その……悪魔退治をして欲しいのです」


 メンドクセー。

 男子生徒の言葉を聞いた瞬間、そう思った。


 悪魔退治とは、そのままの意味だ。


 この世に人という生物が誕生する以前から存在している悪魔を、魔の力を使い、殲滅する。


 本来なら、これは魔導士の仕事で、素人は決してやってはいけない行為なのだが、『対悪魔特務機関』に入っている生徒のみ、悪魔退治を許可されている。


 そして、この悪魔退治が『対悪魔特務機関』の主な部活動だ。


「家の近くに小さな墓苑があるんですけど、そこに出てきて困っているんですよ」


 悪魔は人間の魂に惹きつけられる、みたいなことを静川先生が言っていた気がする。

 授業ほとんど聞いていないから、うろ覚えだけど。


「ほう。それで、悪魔の種類とランクは?」

「種類はゴブリンで、ランクは……おそらくCだと思います」


 悪魔にも様々なものがいる。

 その中でも、ゴブリンはザコ中のザコ。例えていうならば、ドラ○エのスライムみたいなもんだ。

 それでもランクが高ければ多少は強かったりもするが、これが一番弱いCランク。

 ユルゲーにも程がある。


「ふむ、なるほど。……よかろう、お前の依頼を受けてやる」

「あ、ありがとうございます!」


 そう言って、男子生徒はわざわざ立ち上がってから、深々と頭を下げる。


「それを言うのはまだ早いぞ、少年。我々はまだ依頼を引き受けただけで、解決したわけではないからな」

「あっ、はい。……すみません」


 こいつ、礼を言ったり謝ったり、忙しいやつだな。


「それに少年。何か一つ忘れているんじゃないか?」


 織城先輩が悪い顔に変わった。

 それに気づいた結衣は二人の会話に割って入る。


「織城先輩、ダメですよ」


 何を、とは言わない。

 互いにわかっているからだ。ついでに言えば、織城先輩が何をやろうとしているのか、俺もわかっている。


「結衣。いいではないか」

「いいえ、ダメです」


 織城先輩が懇願するが、結衣は折れることなくそれを退ける。

 なんかこの部分だけ切り取ると、エロく聞こえるな。


「部長さん、安心してください。僕はそれも承知でここに頼みに来たんで」


 すると、男子生徒はバックから財布を取り出し、そこから諭吉さんを一、二……なんと五枚!


「これ、どうぞ」


 差し出された諭吉さん五枚を、織城先輩は取られないようすぐさま受け取った。


「ちょっと! 何してるんですか!」

「なに? 今何かあったか?」


 結衣が注意するも、織城先輩は完全に白を切る。

 この人、本当にダメな人だな。


「蓮人くんもなにか言ってよ! 今、織城先輩が依頼人からお金を取ったんだよ!」

「取ったのではない、これは依頼の達成の前払いだ」

「それがダメだって言ってるんですよ!」


 基本、部活動での金のやりとりは禁止されている。

 

 しかし、『対悪魔特務機関』だけは違う。

 

 悪魔との戦闘は決して高くはないが命を落とす可能性もあるだけに、依頼人から報酬が支払われるのだ。


 だが、それらは全て寄付金として学校に渡さなければならないため、俺たちからしてみれば、本当の意味での報酬とは言えない。


 そこで織城先輩が考えたのは、学校に納めるものとは、別の金を依頼人に要求することだ。


 当然、それに従えないなら依頼は受けない。


 こんなことがバレたら、ぶっちゃけ退学ものだが、織城先輩曰く、悪いことは意外とバレないらしい。


「結衣、別にいいじゃないか。依頼人が納得しているんだから」

「蓮人くんまでそんなこと言うの! 寄付金以外のお金の受け取りは禁止されてるんだよ!」

「そんなに怒るなよ。俺たちは盗んだり、奪ったりしてるわけじゃないんだぞ。依頼人との合意を得てから、金を貰っているんだ。言わば、これはもう正当な報酬と言っても過言ではない」


 とか言って、結衣を説得しようとしてるけど、実は俺もあの諭吉さん欲しいだけなんだよね。


「では、僕はこれで失礼します」

「あっ! 待ってください!」


 言い争っている最中、男子生徒はそう挨拶をすると、結衣の呼び止めも聞かずに、そそくさと部屋から出ていった。


「ほらな。帰ったってことは、あいつもこれでよかったんだよ」

「それは……そうかもしれないけど、でも……」


 結衣はどうしても納得がいかないようだ。

 せっかく、金が手元に残るというのに、何をそんなに不満なのか。


「おい、お前ら。いい加減、言い争うのはやめろ。仕事の時間だ」


 そう指摘をする織城先輩の右手には、しっかりと五万円が握られていた。


「織城先輩。結衣から助けたんですから、一枚くださいね」

「あぁ、わかっている。蓮人にはいつも助けられているからな」


 織城先輩から諭吉さん一枚を貰うと、二人してニヤリと笑った。


 この世の大半は多数決によって決まる。だから、俺が織城先輩の味方をすれば、必ず金は手に入るという寸法だ。


「……まったく。二人してもう」


 結衣から諦めとも思えるような言葉が聞こえた。


 それを見て、後で、結衣にも諭吉さんを渡してあげよう、なんてゲスイことを考えている俺でした。


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