『プロローグ』
荒らされた部屋、大量の血の海、三人の死体。
今、目の前にある光景だ。
床にはあちらこちらに壺やら瓶やらの破片が落ちている。
背筋が凍った。
視界が歪み、意識が飛びそうになる。もう少しで吐きそうだ。
それを必死に抑えて、閉ざされたカーテンの隙間からわずかに漏れる光を頼りに、死体の一つにゆっくりと近づく。
距離が縮まるにつれて、息は荒くなり、心臓の鼓動が速まる。苦しい。
だが、ここで足を止めるわけにはいかない。
俺には確かめなければならないことがある。
この目で見て、その後頭に過っている馬鹿げたことを否定しなければならない。
べチャ、と血だまりを踏みつける音が耳に届く。
足元に転がっている死体は俯けに寝ていた。
そのせいで顔がよく見えない。
恐怖。
それが全身を支配していた。
ひどく震えた手を恐る恐る死体に伸ばす。
そして、顔を確認した瞬間、突然の嘔吐感に襲われた。
一時、その場を離れ、中から込み上げてきたものを吐き出した。
全て吐いたあとでも、まだ何か出てきそうだ。
少し落ち着いた後、もう一度、俺は死体に近寄り、顔を確かめる。
今度は吐かなかった。しかし、代わりに襲ってきたのは喪失と絶望。
「……咲」
死体に向かって呟いたのは妹の名だ。
白く美しい肌は真っ赤に染まり、彼女の可憐な顔の半分は綺麗に潰されていた。
「一体……誰がこんなことを……」
すでに動かなくなった妹の身体を抱き寄せる。何時間も前からこうなっていたのだろう。人並みの温もりは感じられず、とても冷たい。
他の二体の死体も同様に見る。
それは予想通り、父と母だった。
二人は重なり合うようにして横たわっていた。
おそらく、父が母を守ろうとしたのだろう。
いつもはふざけたことばかり抜かす父親のくせにカッコつけやがって。
「…………」
父が死んだ。
母が死んだ。
妹が死んだ。
突きつけられている現実を一つ一つ確認すると、今まで押さえつけられていた何かがふつふつと湧きあがってくる。
こんなことをしたのは誰だ。
俺の父を、母を、妹を、殺した奴は誰だ。
「殺す」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
その時、背後から気配がした。
「誰だ!」
振り返ると、そこには黒髪の少女が立っていた。
まだ小学校低学年と思われるほど小さな身長。色白。そして、背丈に似合った幼げな顔立ち。
そんな少女はこちらを見つめるなり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、こう言った。
「主よ。妾と契約を交わしてはみぬか?」
本日四話掲載予定です。