118話目
僕は僕のままでいる方がいい。
『ゼロ、やっぱり名前付けてみて』
「本当に良いのか?
………ふむ、考えた上でそう言っておるのだな。
分かった。
ではお主のも考えてみよう。」
ゼロは腕を組み少し考えているようだ。
良かった。
駄目って言われたらどうしようかと思った。
ごめん、前の僕。
でも、もう僕っていう人格が出来てしまったんだ。
自分を無くすことは出来ないよ。
「……よし、まずは白いのからな。
お主は"レイ"とこれからは名乗るが良い。」
『…レイ。
私はレイね。
分かったわ!』
白い狼、レイは少し考える様にした後、尾を振っている。
「次は"ネムア"と名乗るが良い。」
『名前をネムアに決定します。
よろしいですか?
YES or NO
注意:一度決めると余程の事がない限り変えられません』
名前、無かったのかな。
それとも記憶喪失だから、前の名前とか教えてくれないのかな。
僕の名前はネムア!
すると、何かがピッタリとはまったような気がした。
「ふむ、どうだ?
何か変化はあるか?」
『何かはまった気がしたわ。』
『僕も』
「ふーむ。
名前は無かったのか?
まぁ、何も違和感がないのなら良い。
それでは人化を教えるとするか。
今の私の姿が人間というものだ。
自分自身が私のような姿だと思い浮かべるのだ。」
僕は目をつむり、人の姿を思い浮かべる。
ゼロよりも短髪で、身長は180センチ、太くも細くもない…
見たこと無いはずなのに、何故かこの姿がすぐに思い浮かんだ。
自分はこれだと、凄く安心する。
体の感覚がぐにゃぐにゃと変化する。
2足で自然と立ち、首元はスースーする。
少し寒い。
体全体は薄い何かに覆われている。
変化が止まり、目を開けてみると見える景色が違う。
細かい所まで見える。
「なんと、一発で成功するとは……
それに見てくれも我と全然違うということは、お主は人間をよく見る所にいたのかもしれんな。」
人間をよく見ていた……
「まぁ、すぐに出来るというのは良いことだ。
それだけ時間を使わなくて済む。
で、本命の獣人の姿なのだが、我は竜でお主たちは狼。
見本にはなれん。
ただ、今の姿に耳と尾を狼のもので出せば良いのだ。」
耳と尾……
ファサッと音がする。
後ろを見ると尾がゆらゆら揺れている。
手を頭の上に持っていくと、モフッと髪とは違う感触がした。
「ふーむ、お前は本当に早いな。
人間は戦う時武器を使うが、今は持っていないから何処かで調達すると良い。
それまでは手も爪も変化させれば、攻撃手段となる。」
ゼロはそう言いながら腕を竜の腕へと変化させた。
腕は狼のもの……
何も生えていない手から毛が生え、鋭い爪が出てきた。
『な、なんでそんな直ぐに変化できるのよ』
レイが話しかけてきた。
なにか……変?
「あ、尾がなくなってるのか!」
『え、尾が無いだけなの!?』
レイが驚いた拍子に尾がブワッと生えた。
「フハハ、元に戻ってしまったな。」
『……これ、難しい…』
「ふむ、レイにはまだまだ時間が必要そうだな。
それではフォールリーフが終わってしまうかもしれん。
お主らは狼同士であるから、言葉が通じるであろう。
だから従魔契約したように見せればいいかもしれん。
そうすればレイが変化する必要はない。」
従魔…契約……
『そうね、私には人化は出来なさそうだし、その従魔契約?のフリをすればいいんでしょ?』
レイが少し落ち込みながら首を傾げる。
「うむ。
従魔契約とは人種が魔物や獣と契約をして、力を借りるものだ。
ネムアが人種で、レイと契約している様に振る舞えば大丈夫であろう。
さて、目処がついたな。
小島の近くの町まで送ってやろう。」
そう言ってゼロは僕たちから距離をとり、竜の姿に戻る。
「ゼロはどうするの?」
『我か?
我はまた此処でのんびりしておるよ』
「ってことは、此処に来ればまた会える?」
少し口角を上げながらゼロは言う。
『会えるとも!
土産話でも沢山持ってきてくれ。』
僕達はゼロの背中に乗り、空を飛んだ。
寒かったり、僕たちが落ちたりしないように、ゼロは気をつけながらゆっくり飛んでいる。
レイは凄く怖がっていたけれど、僕は青く白く広がる光景に圧倒された。
こんな光景を僕は知らなかった。
僕は何も知らないことばかり……
変な知識はあるけれど、いつかちゃんと記憶が戻ればいいな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゼロとは、島に行くために船が出ている港町の近くの森で別れた。
僕は人間に狼の耳と尾がついた状態…獣人の姿で道を歩いている。
レイは僕の隣をキョロキョロしながら歩いている。
『なんか不思議。
下は茶色だし、冷たくないし、周りはなんだっけ?
………木?っていうの?がいっぱいだし。』
「そうだね。
白くないし、いろんな匂いがする。」
息を吸い込むと緑や土の匂いがする。
なんだか落ち着く。
レイと話をしながら歩いていると、人間が列になっているのが見えた。
あれが、港町の入り口かな。
「人間が並んでるね。
順番に確認されてから入るって言ってたよね。」
『そう言ってたわね。
あんなに人間がいっぱいのところに行くなんて、なんか少し怖いわね。』
レイはグルルっと軽く唸っている。
列の最後に並ぶ。
ゼロは簡単にすぐ通れるって言ってたけど、大丈夫かな?
不安だ……
「よし、入っていいぞ。
………次の人!」
もう順番が来てしまった。
呼ばれたのでそこに近づく。
「獣人か?
身分証とか持ってるか?」
「え、えっと……身分証?は持ってないです…」
ドキドキする…
身分証ってなんだろう。
「そうか。
今回は何のようでロート都市に?」
「……お、お金も無くて、100年に1度のポトナフィーラで力をつけてお金を稼げたら良いな……と………」
ロート都市って言うのが、ここの町の名前なのかな?
ゼロにこう言ったら良いと言われていたのと、同じ様に言ってみた。
「ま、この時期に来るのはポトナフィーラ関連だよな。
お金も無し、力をつけるということは冒険者になるつもりか?」
「はい、まずは冒険者に登録しようかと……」
「それじゃ、隣の狼は何だ?」
レイを指差しながら、そう言われた。
「えっと、僕の獣魔契約したレイです」
「獣魔契約…テイムか。
何か指示を出して見せてくれ。」
「え……レイ回って?」
レイがその場でくるりと回る。
「もう少し何かできないか?」
「どうしよう……
2回吠えてみる?」
『何よそれ』
レイに呆れたように言われた。
「ガウガウ。」
凄く適当にレイが2回吠えた。
「ふむ、まあいいだろう。
もしその狼が何か被害を出したときは、お前の責任となるからな。
あと、冒険者になるのなら、ここを入って真っ直ぐ行ったあと、右手に見える剣と盾の看板がある大きな建物で手続きするんだな。」
真っ直ぐ行って、右手に見える剣と盾の看板がある大きな建物……
「分かりました。
ありがとうございます。」
「おう!
ようこそロート都市へ。
あっとそうだ。
獣魔にはこの首飾りを付けといてくれよ。」
そう言って、男がネックレスを渡してくる。
牙のようなものが3つ付いているだけの、簡単なもの。
レイの首にそのネックレスをかけてあげる。
『なにこれ。
ジャラジャラいってちょっと嫌。』
「ごめん。
それ付けてないとダメなんだって。」
レイは首をブルブル振って、取りたそうにしている。
レイを宥めながら、門をくぐると地面が土ではなく、何か硬いものに変わった。
えっと、此処を真っ直ぐ行って、右手の大きな建物……
『何か凄くいい匂いがするわね。』
レイはネックレスを気にしつつも、鼻を上に向けてスンスンしている。
「確かに、お腹空いてくるね。
冒険者になれる手続きした後、匂いの元を探してみようか。」
んー?
大きな建物……これかなぁ?
周りの建物より一際大きな建物に、剣と盾のマークが書いてある。
「ギ・ル・ド・ロート・支・店?」
『あら?
読めるの?』
「うん。
なんか読めるみたい。
言われてたのここみたいだね。」
ゼロが言ってたけど、僕は人間と一緒にいたんだね。
どんな人と居たんだろう?
考えながら扉を押して開けると、中にまばらに人がいる。
これは、誰に話せば良いんだろう?
僕は入り口で困惑してしまった。