116話目
……冷たい……寒い
暗い……重い………震える…………うすれていく
………ぬけて…い…く……きえ…………て……………
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…寒い。
下が冷たい。
目を開ける。 !目が痛い!!
白い 全てが白い。 氷?雪?
足に力を入れる。 ふらふら、ズキズキする。
初めて4つ足で立つ。 頭がくらくらする。
なにか……気持ち悪い。
カシャカシャと音がする。
なにかが近づいてきている?
……………? おおかみ?
一緒、同じ。
でも、色が違う。
同類、敵? 味方。
…味方。 仲間…仲間は大事。
守らなければ。
『やっと起きたのね。死んではいないと聞いていたけど、全然起きないから心配だったわ。』
白に薄く青色が入った、綺麗な毛並みの狼がそんな事を言う。
折角、綺麗な毛並みなのに大きな傷がある。
塞がっているけれど、まだ新しく痛そうな傷。
引っかかれたような傷。
……………………。
『…ど、どうしたの?まだ調子が悪いのかしら?』
調子…体調。 良くはないと思う。
何かいろいろと知らないのに、いろいろと知っている。
けれど、何もわからない。
どういうものなのかは分かるけれど、どうやって知ったのか…
消えていくはずだったのに、なぜこんな所にいるのか…
『……あのー…』
ズシンズシンと音がする。
地面が震動している。
音が近づいてくるにつれて、揺れが大きくなってきている。
大きなものが近づいてきている。
?地面の揺れも確かに大きくなっているけれど、自分自身も揺れている……というよりも震えている?
何か………恐怖?
近づくにつれ大きなものが見えてきた。
頭が自分の体よりも大きく、大きな長い口があり、手や足には切ると言うよりは潰されそうな大きさの爪がズラリと並んでいる。
実際は切れ味も凄そう。
近づくにつれ、押しつぶされそうな圧を感じる。
重い……暗い………きえ…て……
ふっと、圧力が消える。
視界が戻ってくる。
固まっていた体が力を失い、地面にへたり込む。
『大丈夫?』
いつの間にか近づいている狼が、そう心配してくる。
『……な、なんとか』
初めて話す言葉は消え入りそうな震えた声。
ひとまず大きな脅威はなくなった。
『もう、大怪我で弱っている所にそんな威圧で近づいて来ないでよ!』
「うぅ…しかし、初めて会うときは第一印象が大事であると………」
『なんでそれで怯えさそうとするのよ……』
「怖がらせようとしたわけではないのだ。
ただ、格好良く威厳があるように見られたかったのだ。」
誰と話しているのだろう?
狼の視線を追ってみると、小さい何かが歩いて近づいてきている。
小さいとは言っても頭は自分よりも高いところにある。
変わった生き物で毛は殆どなく、頭から長い毛がある程度。
体にはツルツルのヒラヒラするものを纏っている。
そして、2足で歩いている。
自分は4足でもふらふらするのに、どうバランスをとっているのだろう?
「これでどうだ!威圧感などないだろう?」
人間が胸をはって、そんなことを言っている。
にん…………げん……………
初めて見るのに、初めてではない感じがする。
さっきからずっとそうだ。
これは一体どういうことなのだろう?
「よし、まずは自己紹介だな。我は氷雪竜のゼロと言う。そこのアイスウルフに一応聞いてみたのだが、詳しくは知らないと言われてな。
お主は一体なんだ?」
自分は……
『分からない。』
「名前ではないぞ?
普通の魔物は名前などつかぬからな。我の名前も勝手に自分でつけただけだ。
一般的には自分の種族を名乗るのだ。お主の種族は何だ?」
『種族も分からない。自分が何者なのか、どうしてここにいるのか。何も分からない。』
狼と人間は揃って驚いている。
『な、何も分からないの?私のことは?』
『ごめん。分からない。』
顔を左右に振ってそう答えると、狼はへたり込んでしまった。
「ふーむ。自分の種族が分からない、ここが何処かも分からないとなると……記憶喪失というやつかもしれんな。」
『記憶喪失?』
「何か大きなショックを受けたとき、自己防衛が働いて記憶を失うらしい。」
『大きなショック…あれかしらね。
あんな高いところから落ちたんだもの、生きているだけ凄いことよね。』
「大きなショックとは物理的にでも精神的にでもどちらでもいいらしい。
あれだけ傷だらけでここに落ちてきたのだ。
確かに生きているだけでも驚愕ものだな。」
落ちてきた……傷だらけ……
でも今はそんな傷はないような?
『傷だらけと言ってるけど、傷なんて一つもないような気がするけど…』
「それは我が治したからな。」
また胸をはって答えている。
どうやらこの人?は危険ではないみたい。
少し落ち着いてきたので、今のへたり込んだ姿勢から、きちんと座る体勢に戻す。
前足を内側に動かしたとき、何か硬いものが触れた。
下を見てみると、金属?の棒のようなものがいくつか落ちていた。
真っ直ぐではなく、円を描くように湾曲している。
実際に、割れている箇所をくっつけていくと、円になりそうだ。
『何?それ?』
『分からない。踏んでたみたい。』
白い狼がこちらを覗いて首を傾げている。
一瞬、凄い殺気が全身を襲う。
自分に向けられたものではないのに、その一瞬で意識が飛びそうになる。
「すまない。
どうにもそれに嫌な思い出があってな。」
人が…えっとゼロっていう名前だったっけ。
ゼロが申し訳なさそうにそう言った。
『何があったの?』
「なに随分昔の話なのだが、我がまだ小さい頃、人間に捕まってな。
その時に付けられたものなのだ。
それから、その首輪が外れるまで無理やりに動かされ続けてな。
常にボロボロで、このまま死んでいくのかと思ったほどだ。」
『そんな首輪があるなんて………
そういえば、あなたにも首輪あったわよね?
今は無いみたいだけど…』
白い狼がこちらを見て言う。
首輪?
「あぁ、今落ちている破片がお主のつけていた首輪だ。
大きな音がして、何事かと見に来てみれば、お主がボロボロで落ちていて、その首に忌々しい首輪が付いていたものだから、思わず力任せに壊してしまったのだ。」
『………記憶喪失ってその時になったんじゃないの?』
ボソリと白い狼が言うと、ゼロがビクリと震えた。
「い、いやいやいや落ちてきた衝撃の方かもしれないだろう!?」
『そう言うってことは、その可能性があるかもしれないって思ってるってことよね?』
ゼロがぐぬぬぬと唸っている。
「ええい!何が望みだ!
我は器が大きいからな、そういうことにしておいてやろう!」
『だって、よかったわね。
何か貰っておくといいわ。』
何か話が進んでいってる。
貰うと言っても、何を貰うのが良いんだろう…
『竜って凄い存在で、とっても強いって言ってたから、色んな物持ってそうだし、思い付いたもの言うだけ言ってみれば?』
「そうだ。我は凄いのだ!
ただ、あまり痛いのは嫌だぞ。
血とか鱗とかを少しならいいが、眼球とかはやめてほしいぞ……」
『血とか眼球とか美味しくなさそう。
それならそこら辺の獲物を狩って食べる方がいいわね。』
「我の血は腹を満たすものではない。
竜の血を得ることで力が増すのだ。」
……力……
そう、強くならなければ!
俺はまだまだ弱い。
大切なものを守れない。
早く帰らなければ!
うぅ、頭が痛い。
大切なものってなに?
帰るってどこに?
強く意識を持っていかれたのに、そう問いかけても、もう何も感じない。
力……か……
今は特に欲しいものも思い浮かばないし、あって困るものでもないし、そうしようかな……
「どうだ?
何か欲しいものは決まったか?」
『俺、私………僕。
僕は力が欲しい。』
「うむ。
ありきたりだが、生きていくには必要不可欠であるからな。
それでは、少し離れておれ。
元に戻るのでな。」
元に戻る?
疑問に思いつつも、ゼロから離れる。
ゼロの体が徐々に肥大し、メキメキ、バキバキと聞いているこっちまで全身が痛くなるような音を出しながら、人間ではない形へと変わっていく。
大きな長い口があり、僕など簡単に丸呑みできそう。
手や足には切るというよりは、潰されそうな大きさの爪がずらりと並んでおり、実際は切れ味も凄そう。
さっきいた生き物、竜。
なんでまた急に………
『そう怯えるでない。
先程変わっているところを見ておったではないか。』
竜がそう伝えてくる。
確かにゼロの体が変化して竜になっていた。
ということは、竜はゼロ?
『不思議よね。
あんなに大きな体が2足の小さい生物になるんだもの。』
『竜の体は魔力の塊の様なもの、それを圧縮しているのだ。
ただ、その分窮屈であるし、力も竜の時ほど出ないのが難点であるがな。
だが、それ以上にヒト型になると竜ではできない、細かいことができるのが良いところではあるな。』
そんな事を言いつつ、ゼロは自分の指を咬み、手をこちらに持ってくる。
指には玉のような血が乗っている。
大きく口を開け、一息にゴクリと飲み干す。
体に取り込んだ途端、全身を魔力が駆け回り熱を帯びた。
熱い。
熱に浮かされているように頭がぼーっとする。
『膨大な魔力を取り込みました。
進化先を変更します。
ストームウルフからブリザードウルフに変更されました。
魔力に適応するため進化を開始します。』
その声を聞き、僕はまた意識を失った。