3話 オムライスと先輩
ファミレスの位置をスマフォで検索して、そこへ向かって僕とひなのちゃんの2人でテクテク歩いていく。ひなのちゃんの足取りは少しふらふらとしていて危なっかしく、僕は曖昧に握っていた手をしっかり握り直した。
ふ ふ ふ~ん ♪ と小さく聞こえるひなのちゃんの鼻歌は懐かしい響きで、よくよく考えると、これはポケモン金銀のエリアBGMだ。僕にとってはなかなか馴染んだその音だが、彼女の歳にしては選曲が古すぎる。
「……ひなのちゃん、ポケモン好きなの ? 」
「うん ! 」
「へえ、好きなポケモンとかいる ? 」
「うん!私デンリューが好き ! 」
「あ、あ~、可愛いよね」
「うん ! 」
デンリューとは……なかなか渋いポケモンを選びよる。いや、見た目自体は可愛い上に赤い玉とかきれいだし、怪獣型で安定感もあるが、彼女にとっては何世代も前のポケモンのはずだ。最近のポケモンはよく知らないから、知ってるポケモンを挙げてくれたのはありがたいが、それにしても渋い。ちなみに僕の好きなポケモンはライチュウだ。可愛い。
そのままポケモントークを弾ませつつ歩いていると、目の端にこじんまりとした洒落た洋食屋が目に入った。
僕みたいな暗い男にとってはあのような個人経営のかわいらしい飲食店なんてとてもじゃないが入りにくい。でも、多分だけど、チェーン店のファミレスよりも美味しいオムライスを、ひなのちゃんに食べさせてあげることができるんじゃないか ? ねえ、と声をかけてから立ち止まり、指を指す。
「……あそこのお店、どう ? 入る ? 」
ひなのちゃんは一瞬きらっと目を輝かせたが、それも束の間、僕の顔を伺う。
「いいの ? 高そう……」
僕は拍子抜けしてしまった。洒落てはいるが高級店ではなさそうである。ああいったお店に入ったことがないのだろうか。
「いいよ。入ろう」
リア充らしい場は苦手なので、正直あまり乗り気ではなかったが、彼女の不安げな表情でいっそ踏ん切りがついてしまった。
扉を開けると、備え付けられた鈴がちりんと僕達の来店を告げた。
「いらっしゃいませ~何名様ですか ? 」
甲高い、いかにも接客用といった声で、肩ぐらいの髪をした、可愛い雰囲気の女性が近寄ってきた。その接近だけで、僕はキョドってしまって声がなかなか出てこない。というか……あれ ? なんかどこかで見たことあるような……。その女性はきょとっと目を丸くした。
「間下くん ! ……だったっけ ? あれ ? 長下くん、江上くん…… ? あれれ ? 同じ学科じゃなかったっけ !? 」
「間下で、あってます、宇賀さん……でしたよね ? 」
こんなところで知り合いに会うなんて。この人は確か、学科の新歓の日にちょうど前の席に座ってた先輩だ。可愛くて、優しくて、当時の俺はこんな感じの彼女が俺にもこれからできるかなとか、寝惚けたことを思ってた。なんてこった。心臓が激しく鼓動を打ち始める。喉が急に水分を失っていくのがわかった。僕を見ないで。
「その子……、間下くんの親戚ちゃん ? それとも妹さん ? 」
……そういってひなのちゃんを見つめる目はめちゃくちゃ輝いている。なんにせよ、僕から話題が外れたのは、良かった。
「ま、まあ、親戚、みたいな感じです、かね」
「かわい~ !!! いいなあ、いいなあ~、……はっ ! ごめんごめん、2名様で、いいのかな。こっちの席にどーぞ ! 」
宇賀さんはしばらくひなのちゃんを撫でたそうにしていたが、自分の職務に気づいたらしく、僕達を窓際のゆったりとした席に通してくれた。
回りはカップルとか女の子がぽつぽつと居て、そこまで混んでいる感じではなかったが、やはり少々居心地は悪い。可愛らしい幼女が目の前に座っているから僕の存在もそれに付随して許されている感じがある。閉塞感を感じつつも、オムライスを1つ頼んだ。