2話 紅葉とオムライス
「わわわっ ! 泣かないで泣かないで ! 」
ろくに女の人との付き合いなんてしたことないのに泣かれたら、更にどうしたらいいか分からなくなってしまう。ひなのちゃんはこんな見も知らずの僕の言葉に、健気にもその目尻から雫が溢れないよう、必死に眉を寄せた。
「そうだ ! お腹すいてない ? 僕……ごちそうするからさ、ひなのちゃんのお父さんお母さんのこととか、ひなのちゃんがどこから来たかとか、お腹いっぱいになってから考えよ ? 」
最近で一番饒舌な気がする。それでもまだひなのちゃんは涙を堪えるのにいっぱいっぱいなようで、しばらくじっと僕の目を見ていた。
「ほら、ひなのちゃんがなに好きなのか分かんないけど、ハンバーグとか、カレーとか、エビフライとか ? なんでもいーよ、なんでも食べさせてあげるから ! 」
久しぶりの出来るだけの満面の笑みでそう捲し立てると、ひなのちゃんは奇妙な顔をした。訝しげな顔をして小さな口を栗みたいにぱっくりと開けた。
「ゆーなりくん、変な顔、口のはしひくひくしてるよ」
ぷっ、と口を尖らせると、ひなのちゃんは少しだけ笑った。あはは。始めて聞いた彼女の声と同じ、鈴の転がるような愛しげな笑い声だ。さっきまで泣きそうだったのも合間って、目がとろりと弧を描いた。
「……あたし、オムライスが食べたいなあ」
やはりお腹が空いていたらしい。しかしオムライスとは。幼女らしい可愛いチョイスである。近くにファミレスがあった気がする。よしっ、と勢いづけて立ち上がり、じゃあ行こっか、と声をかける。
ん、と差し出されるひなのちゃんの小さな手。僕に向かって真っ直ぐ伸ばされた小さなその手は、昔、中学生か、高校生のときの国語でやった和歌の、幼子の紅葉のような手が、だかなんだか、本当に小さくてぷにぷにで、握ってしまったらふわっと空に溶けてしまうんじゃないかと、僕は、きょとんとした彼女の丸い瞳に吸い込まれそうだった。
さらけだされたおでこにかかる猫っ毛がふわりと風でそよぐ。ひなのちゃんはそのいっそ神々しい、小さくて白っちい手を一層突き出した。
「ん、手、つなご ? 」
「……はい。」
そっと、そっと、出来るだけ彼女に力が及ばないよう優しく握る。代わりにギュ、と握り返してくるその手は酷く柔らかくて、温かい。じわじわとその温かさが胸まで昇ってきて、ぽかぽかする。
……某アニメのヒロインが言ってた、ぽかぽかするって、きっとこれだったんだろう。
ほわほわとした心地よさが滲んできて思わず顔が緩む。テクテクともう陽が落ちた道を歩いていると、携帯が鳴った。
なんだろう ? ひなのちゃんと繋いでない方の手でポッケから携帯を取りだしそのまま電話に出た。
「おい間下ぁぁ !! お前何やってんだっ !? 早く来い馬鹿っ !!! 」
ドスの効いた怒鳴り声が耳を突き抜ける。……やばい。僕はバイトに向かう途中だったんだった……。
「す、すいません清水さん !! さっき、先程40度程の超高熱が僕を襲いまして!今日休ませていただきます !!! 」
「はぁ?ちょっ……」
プツッ、っと、切る。やってしまった……。清水百合子。流麗可憐なその名に似合わず、おんぼろ個人経営ビデオ屋店主の一人娘、元ヤン、いや現役だろうか、まあそんな女だ。見た目は金髪でウルフカット、キツい目をしている怖い感じの美人である。見た目も口調も怖いけど、父親思いらしく、ビデオ屋の手伝いもよくやっているようだ。悪い人じゃないみたいだし、映画もいっぱい知ってるし、あとおっぱいも大きいし……、嫌いじゃないけど、こわい。今日が清水百合子の当番だったというのはなんたる不幸であろう。
……まあ、でも、目の前のかすがいひなのちゃんを放置して、バイトに行けるわけがない。ひなのちゃんは、どうしたの、といった風にじっと僕を見つめている。やはり印象に違わず利発らしい。僕が怒られているということはなんとなく察しているようで、心配そうであるが、ただ僕の挙動を観察し、何と声をかけようか考えあぐねているようである。
「ごめんごめん。なんでもないよ。ほら行こっか、オムライス、食べに行こう」
「……うん !! 」
僕の関心が自分に戻ってきたことに安堵したらしい。ひなのちゃんは満面の笑みで頷いて、握っていた僕の手をぶるんと回した。