序章
暗い部屋。目の前で煌々と明かりを放つ文明の利器を凝視しながら、カタカタトンと指を滑らせる僕は、真下 優成という名前だ。年齢は19。身分は大学生なので、本当は外に出て大学に向かうべきなのだがそんな事はここ数ヶ月していない。
今の時刻は昼の15時。部屋が暗いのは黒いカーテンを完全に閉め切って太陽光を遮断しているからだ。明るい健全な陽の光を、この丸めたティッシュの転がった薄汚い部屋に入れてしまうと、謎……でもないか、理由のはっきりとした罪悪感と自己嫌悪で頭がおかしくなってしまいそうだから、いつもカーテンは閉め切ってある。大学に行かないのもそれと一緒で、キラキラとした青春が行われている中に、ボッチで惨めな自分が居ると、そのコントラストの鮮明さに耐えきれなくなってしまうからだ。まぁ大学デビューに失敗した僕の自業自得なんだけども。
はあ。僕は、目の前の画面に映し出された今期で一番おもしろい(と僕は思っている)萌えアニメの主人公、の親友の美少女クユリちゃんの屈託ない笑顔を眺めながら、溜め息をつく。小学校中学校高校までは良かったのになあ。まず小学校。僕はドッヂボールが物凄く得意であった。小学校生活を楽しいものにするにはこれだけで充分なのは周知の事実だろう。次中学校。まあ、少し冴えなくはあったが、隣の席になった関という奴とかなり仲良くなり、毎日のように放課後遊んだ。まあまあ楽しかったといえる。最後に高校。冴えない僕は、勿論女の子との縁はほぼ無かったが、美術部に入り、それなりに仲の良い友達もでき、毎日そこそこの楽しさはあった。別々になって離れてしまった関ともたまに遊んだ。あとギャルゲーに嵌まった。
そして今……、友達も出来ず、サークルにも入れず、勉学にも熱中できず、学費を出してくれる親への罪悪感に苛まれ、時折オナニーし、罪悪感に苛まれ、週2の個人ビデオ屋のバイトへ行き、オナニーし、罪悪感に苛まれ……そんな日々だ。悲しいなあ。サークルには、入ろうとしたこともあった。俺はそこで大失敗を犯した。夢を見すぎていたのである。可愛い子のいっぱいいるテニスサークルってやつに手を出したのだ……。あの新歓の時の男の先輩、女の先輩、同じ新入生どもの視線はもう忘れられないだろう。嫌悪、冷たさ、そういったものはまだ耐えきれる。なんでお前がここに来ているんだ ? という純粋な戸惑い、それが俺には辛かった。茶髪の男が、見た目は酷くチャラそうで馬鹿っぽい癖に妙に哀れんで、誰にも相手されない俺の喋り相手になってくれたのが、それが俺には、俺には辛かった……。
物思いに浸っていると、次第に部屋は一層暗さを増した。カーテンを閉め切っているとはいえ、陽が落ちていくのは分かる。そろそろバイトに行く時間だった。画面の向こうで走っていくクユリちゃんは可愛い。優しい。癒される。柔らかそう。ほんと毎日ありがとう。僕はパソコンの電源を押した。プツッと音がして、次に画面は真っ暗。映ってるのは黒髪がボサボサの陰気な面した男だけだ。
バイト先の個人ビデオ屋への道をポツポツと歩いている。消えかけた電灯が、ジジジと音を立てて踏ん張っているそんな薄暗い路地裏だ。今時個人ビデオ屋なんて、廃れいく存在でしかない。それ相応の寂れた商店街の端っこにそれはあるのだ。その空気は僕にとっては心地よかったし、店主のおっさんは無料で店内のDVDを貸してくれるし、かなり気に入っている。何よりそこへ向かう道中に同年代のイケてる奴らに会うことがない。同年代と行き合うことがあったとしても、僕と似たようなのだけだ。
暗い路地裏で、電灯が一層激しく点滅した。変えれば良いのに……と思いながら、その電灯の下、十字路を曲がろうとした、のだが。ふわり、と電灯とは違う青白い光を微かに感じて上を見た。そこにはツヤツヤとした青みがかった黒髪を耳上で三つ編みにした小学校低学年くらいの女の子が居た。居たというか……落ちてきていた。僕は咄嗟に足を踏み出して下敷きになる。
「ぅぎゃっ !!!!! 」
ドスッと音がして僕は完全に彼女を受け止めきれず、抱き抱えたまま地面に転がった。その幼女の膝だか踵だかが、鳩尾にヒットして鈍い痛みを感じる。久しぶりに大声を出した。その大声というのが叫び声というのはなんとも情けないが……。それにしても、青白い光を纏っていたくらいなのだから、某アニメ映画のように軽やかに落ちてくるものではないのか。普通に降ってきたぞ。そして普通になかなかどうして、重かった。というか現に重い。人間の重さだ。
チラっと上に乗っている彼女を見る。もう、さっきみたいに発光してはいない。普通の小さな女の子だ。気を失っているのか、眠っているのか、意識は無いようだ。前髪が短く、小さく丸いおでこにさらさらとしてある。睫毛が細くて長い。頬っぺたは血色よく薄くピンクがかっていて、なんだかえもいわれぬ良い匂いがする。香水とかとは違う、みるくっぽい、子供って感じの匂いだ。可愛い。その閉じた目蓋すら小さくて白くて丸くて、可愛い。触れずともその頬や、半袖から伸びた腕がすべすべとしているのが分かる。どことなくクユリちゃんに似ているが、僕はそれ以外で、彼女に見覚えのある既視感というか、親近感というか…不思議な感覚を覚えていた。それにしてもどこから降ってきたのだろう。電信柱にでも登っていたのだろうか ?
僕は上体を起こして、その子を抱えてまじまじと見た。どうしようか。放っていくわけにもいかないし、もし気を失っているとかだったら揺り起こすのも良くないのではないか。周囲に親御さんらしきものも見当たらないし、病院か、交番に連れていった方がいいのかなあ。そう考えを巡らせていると、見えない道の向こう側から、人の靴音が聞こえてきた。
――僕は過ちを犯した。靴音が聞こえてきた時、僕の脳内を占めたのは、事案、その一文字だった。挨拶をしたら事案、声掛けしたら事案、通り過ぎたら事案……。そんなネットニュースの数々が頭をよぎって、この子を置いていこう、一瞬そう思ったが、この靴音の持ち主がガチの性犯罪者だったら ? 僕のような良心のあるロリコンじゃなかったら ? どうしよう。そして僕は、つい彼女を背におぶって今まで歩いてきた道を逆走した。ヤバイ。これこそ事案である。ハッハッハッ、と久々のダッシュで息切れしている自分の出す音が、一層犯罪臭を掻き立て、僕の焦りを掻き立て、どうしよう。僕は大変なことをしている。でも僕は背中の体温が温かいのと柔らかいのと、サラリとした髪がうなじを撫でていくのが、堪らなくて走る足は止まらなかった。断じておくが性的興奮を覚えたわけではないし、僕は本当の事案を起こそうとしてるわけではなく、彼女を保護したかった、そしてまたどうすればいいかもうよく分かんなくなっていた。だって大学に入ってから優しい人の温かみというものを感じたことがなかったんだ……そんな僕にこの子供の体温は酷く温かかったのである。
あははは
鈴の鳴るような音がした。高く軽やかなその音は、背後から僕の耳を擽った。今まで力の無かった小さな手が僕の肩をきゅっと掴んだ。
「おにーさん、誰?」
そしてその細い腕が、自身が落ちてしまわないようしっかりと僕の首に巻きついた。
ロリの描写が結構ねちねちしてしまった気がしますが、作者はyesロリnoタッチの人なので、これからそういったロリとの描写が無くても許してください。純愛というと語弊がありますがそういう感じのピュアな話にしたいなあと思っております。
最後に、見てくださった方、ありがとうございました。例え見てくださる方が少なくても1回作品を完成させてみたいとは思ってるので、この話は何とか書いていきたいです。応援してくれたらちょっと嬉しいかも。してくれなくてもいいです。
重ね重ね、見てくださった方ありがとうございました(^○^)