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七.続・聖夜に舞い降りた天使達

 それから俺達はカイトとパーティを組んであれこれと奔走している訳だが、彼と接しているうちに気づいたことが二つある。


 一つ目は、彼とのコミュニケーションの取り方についてだ。

 ログウィンドウの怪文は無視して己が耳に届く音声だけに集中すれば、カイトが言わんとすることをかろうじて判別できると分かった。


 と言うのも、あの謎言語は彼のしゃべった日本語が英語だと誤認識されて起こった空耳現象のようなものだ。

 その点に留意すると、例えば最初の「Oil Alice!」はたぶん「おいアリス!」という呼びかけじゃないかな……と、ある程度見当がつく。


 発音に自動補正がかかって英語っぽくなるのが厄介だが、解読不能な部分はアリスやウルズと知恵を出し合って今のところは上手くクリアできている。

 まさに三人寄れば何とやら、ということわざの通りだな。


 二つ目は、カイトは子供じみた万能感にとらわれていて自分をこのゲームの主人公、アリスをヒロインだと思い込んでいるフシがあるということだ。

 少女の姿はしているものの、一人称が“俺”でネットスラングを多用する奴を本物の女性だと信じるなんて、なんと純粋な少年なのだろう。


 俺はほっこりとしつつも黒歴史とならぬよう彼の勘違いを正そうとしたのだが、面白がったアリスは人差し指を立てて目配せをした。

 そういう訳で、アリスはまだカイトのヒロインだし、先輩プレイヤーとして彼女を慕うウルズと俺はさしずめ子分A・Bぐらいの立ち位置なのだろう。

 ……カイトよりも格下だなんて解せぬが、接待プレイ中だから仕方ない。


Num,(なあ、) Alice(アリス) touch() what?(は?)


 辺りをきょろきょろと見渡しながらカイトが言う。

 色々あって満身創痍の俺は噴水のふちに浅く腰掛け、だらりと足を投げ出した。


「さーなぁ。一時間後にここで落ち合うはずだったけど、何してるんだか」


 一時間前にアリスが立てた作戦はこうだ。

 プレイ歴が長くゲームの仕様に詳しい彼女と自称・検索エンジンマスターのウルズがカイトの英語モードを解除するための方法を探す。

 その間にカイトが他のプレイヤーに迷惑をかけるとまずいので、残った俺が彼を見張っておく。


 ……俺だけ損な役回りな気がしなくもないが、自分のVRヘッドセットの初期設定すらウルズ頼みだった俺が知識面で力になれる場面なんてまずない。

 だから、しぶしぶ引き受けた。そこまではよかったが、問題はその後だ。


 まず、「お城を見に行く」とか言ってクエストのフラグも立っていないのに突っ走ったカイトを追って王城に入ったおかげで、衛兵のNPCにつまみ出された。

 それから、物欲しそうな視線でねだられた露店の売り物が俺の総資産よりゼロが四つも五つも多くて、全力で首を左右に振ったこともあった。


 極めつけには、遠足感覚で高レベルのMOBがうじゃうじゃいるマップに行こうとするカイトを必死に止めていたら、橋から落ちて水路にドボン。

 他のプレイヤーには白い目で見られるし、当のカイトにはゲラゲラ笑われるし、踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。


Show(しょう) gun() nail(ねー) nurse.(な。) Mat and(待って) Yallourn(やる) car.()


「おう、そうしようそうしよう。もう絶っ対に動かないでくれ」


 彼の奔放すぎる振る舞いに心が折れかけている俺は、可及的速やかな二人の帰還を祈りつつ、力なくうなだれた。


「悪い悪い! 遅くなっちまった!」


 しばらくして、ようやく願いが通じたのか聞き覚えのある声がした。

 その方角に目をやると、アリスとウルズが小走りでこちらへ向かってきている。

 南西ゾーンから来るなんてバザールにでも寄っていたのだろうか。

 返事代わりに手を振りながらそんなことを考えていると、ひんやりとした感触がいきなり首筋を撫でた。


「わっ」


「子守ご苦労さん! 駄賃のジュースだ!」


 冷たさの正体は、インベントリから取り出されたばかりのアイテムだ。

 不意打ちに成功したアリスは満足そうに笑みを浮かべている。

 俺は軽く頭を下げてから、彼女が手にしている淡黄色の液体で満たされた小瓶を一つ受け取った。


 ユメの魔法薬局で売っているちょっと割高な回復アイテム、というのがこのフルーツポーションに対する大方の認識だろう。

 同価格帯の普通のポーションと比べるとHPの回復量は八割程度と少し控えめの、ぶっちゃけ効率の悪いアイテムなのだが最大の特徴はそのフレーバーにある。

 なんと市販のミックスジュースとほとんど同じ味がするのだ!


 割高とは言っても所詮は店売りのポーション、つまりそれなりに安い。

 ゆえに、HPが減っていなくてもジュース代わりに飲むのが俺達プレイヤーの間では当たり前になっているのである。


Nail,(ねえ、) on ray() Nemo(にも) choice(ちょー) die!(だい!)


「分ぁってるよ、そう焦んなって! ……ほら、ウルズも」


「あざっす」


「よし、これで全員に行き渡ったな!」


 カイトとウルズにもフルーツポーションを配り終えたアリスの手には、まだ二つの小瓶が握られている。


「アリスさん、二つも飲むなんて随分と喉が渇いているんですね」


 何の気なしにそう言うと、彼女は鼻先でふふんと軽く笑った。


「ちげーよ。これは子分Cの分」


 * * *



「で、どうだ?」


 車座の中心に投影されたブラウザを見つめるアリスの表情は、真剣そのものだ。

 黒地に緑色のアルファベットらしき文字がずらっと表示されている画面は、どこか近未来的で物々しい印象を受ける。


「どうって、見ての通りだけど」


 そしてそれを事もなげに操作しているのは、バザールでぶらついていたところをアリスに捕獲された子分Cこと弓使いのオズだ。

 彼曰く、リモートコントロールとかいう機能でカイトのデバイスをいじっている最中なのだが、アリスにもウルズにも、もちろん俺にもよく分からない。


「なるほど分からん。三行で説明してくれ」


「今、日本語化パッチを落としてインストールしてるところ。もう終わるよ」


 ぐんぐん伸びるプログレスバーから目を離し、オズは短く息をついた。

 その見立ての通り、それから三十秒も経たないうちにカイト、いや、俺達は悲願を成就させることになる。


「これで言語が切り替わったはずだけど、どう?」


「……」


「おーい、カイト?」


「……」


 四人の注目を一気に集めているカイトは目を見開き、微動だにせず。


「あれ、まだ英語かな? それならリログとデバイスの再――」


「うおおおおおおおおおお!! 直ったあああああっ!」


 そして少しの間を置き、オズの発言を遮って思いきり吠えたけた。

 英語と比べるとやや平坦に感じる独特の抑揚は、間違いなく日本語のものだ。

 ログウィンドウにも怪文は表示されていない。すなわち、成し遂げたのだ。


「おおっ、やったな!」


「おめでとう、カイト」


 成功を悟り、口々に祝福の言葉を述べるパーティメンバー達。

 先ほどまで漂っていた緊張感は嘘のように立ち消え、その場は一転して明るいムードに包まれている。


「読める、全部読めるっ! 日本語最っ高ーーー!!」


 カイトの方はというと、テンションが上がりすぎて何も聞こえていないらしい。

 手当たり次第にありとあらゆるウィンドウを開きまくって、はしゃいでいる。

 彼の顔付近におびただしく重なった画面のおかげでその表情を確認することはできないが、めちゃくちゃ喜んでいるに違いない。

 そうでなければ、某アニメ映画の悪役大佐みたいになったりするものか。


「っせーぞカイト! 静かにしないと滅びの呪文唱えんぞ、ははは!」


 ツッコミを入れるウルズも威勢がいい。カイトにつられたのだろうか。

 まあ、かく言う俺も先ほどから顔が緩みっぱなしなんだが。


「よし、このまま魔王を倒しに行くぞ! みんなついてこい!」


 この和やかな雰囲気がもう少し続くのかと思いきや、それをぶち壊したのは他の誰でもない、カイト自身だった。

 あまりにも突然で、自由すぎる発想。彼の真骨頂が惜しみなく発揮されたのだ。


「は?」


「このゲーム、魔王キャラなんていたっけ?」


 ウルズが驚きの声を上げ、オズがごもっともな疑問を抱いているうちに、カイトはもう噴水を越えて城門の方角にダッシュしている。

 既視感のある展開にはっとした瞬間、俺は随意運動を上回ったんじゃないかと錯覚するぐらいのスピードで言葉を吐き出していた。


「まずいですよ、あいつ、“霧の森(フォギー・フォレスト)”の方に向かってます!」


「なっ……おーい、戻ってこーい! そっちは強い敵がいるからダメだー!!」


 アリスの絶叫に近い呼びかけにカイトは振り返り、屈託のない笑顔を見せる。


「大丈夫! いざとなったらアリスのこと、守ってやっからよ!」


「守るったってお前、レベル11じゃねえか! ……しゃあねェ。追いかけるぞ!」


「うす!」


 一足先にスタートを切ったアリスにならって、俺達も慌ただしく立ち上がる。

 この後、城門近くの跳ね橋で数十分前に起こった悲劇が再現されたことは言うまでもない。


 * * *


「あけましておめでとうございます。王都もやっと落ち着きましたね」


 いつもよりも人通りのまばらな噴水広場にウルズの声が響く。

 それにうなずいたアリスの表情も、心なしかほっとしているようだ。


 今日は一月二日。つまり、世間で言うところの三が日の真っ只中だ。

 聖夜に突然現れて度肝を抜いていったカイトや他の天使達の姿はここにはない。

 きっと、じーちゃんばーちゃんの家でのんびりと過ごしているのだろう。


 そんなことを考えていると、ニヤり。アリスが口元を歪めた。

 その顔つきは何故か誇らしげ……って、前にもこんなのなかったっけか。


「だが、気ィ抜くんじゃねえぞ。クリプレウェーブはなんとか凌いだが、今度はお年玉ウェーブが来る!」


「何でタワーディフェンスゲー風味なんですか」


「へへっ」


 すかさず手で頭を叩くそぶりをすると、アリスはいたずらっ子のように片目をまばたかせて笑い顔をつくった。

設定


カイト 性別:男 職業:戦士(ウォリアー)(近接物理型・基本職) レベル11

クリスマスに現れた天使、もとい長期休暇特有のお子様プレイヤー。

設定ミスにより、インターフェースが全て英語のハードモード状態で遊んでいた。

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