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六.聖夜に舞い降りた天使達

 今日は十二月二十五日。つまり昨晩はクリスマスイブだった。

 と言っても俺には何もない、いや、何もなかった。だって高校生だし。


 サンタクロースの正体は小二の冬に看破した。

 ゆえに子供のようにプレゼントに胸を高鳴らせることはない。

 聖夜を一緒に過ごす恋人は未だ現れず。

 ゆえに背伸びをして“昨夜はお楽しみでしたね”なんて言われることもない。


 要するに、大人と子供の間で宙ぶらりんになっている俺は寂しいヤツだ。

 その現実から逃げるようにヘアバンド型のデバイスを装着してベッドに寝転ぶと、あっという間に視界が暗転した。


 * * *


 ――王都アンコール、城下町・北東ゾーン。


 ログイン完了を知らせるチャイムとともにまぶたが眩しさを覚える。

 何度かまばたきを繰り返すと、見慣れた風景がそこにあった。


 中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みに、現実世界ではありえない魔法の薬品を売る店の看板。

 有り体に言ってしまえば、数多のゲームで使い古されてきたありがちな造形だ。

 半月ほど前から石畳に薄く雪が積もり、街中にツリーやリースが飾られるようになったのも、よくある季節感の演出だろう。

 だが、そんなお約束を外さない最大公約数的な姿勢が俺を含め、多くのプレイヤーの心を掴んで離さない――。


 とかなんとか、柄にもなくしみじみとした気分に浸っていると、眼前に現れた念話ウィンドウがそれをかき消した。


「おーっす! イシュト、メリークリスマース!」


 音声に少し遅れて、“ウルズ:おーっす! イシュト、メリークリスマース!”と画面に会話ログが追加される。


「おう、メリクリ」


 適当に挨拶を返しつつ、リストを開いて友人達のログイン状態を確認する。

 ……どうやらクリスマスの当日であるというのに、ディスティニーランドへ遊びに行ったエドナを除くほぼ全員が現実世界ではなくこっちに居るらしい。


 やっぱりというか案の定というか、みんな考えることは同じなんだな。

 そのことが分かった途端、さっきまで後ろめたくてしょうがなかった世間からの乖離がむしろ心地よくなって、思わず笑みがこぼれた。


「そういえば、ウルズはいま何してんの?」


「王都でアリスさんと天使見物なう。噴水のとこだからお前も早く来いよ」


 俺の知る限り、この王都に天使を連想させるようなNPCはいないはず。

 ではウルズの言う天使とは一体何を指しているのだろうか。

 ……いや、どうせ隣のゾーンなんだから、ここで考えるよりも実際に行って確かめた方が早いか。


「了解、すぐ行くわ」


 そう判断した俺は魔法薬局の横を通り、目的地へ向かって歩きはじめた。


 * * *


 ――王都アンコール、城下町・中央ゾーン。


「な、何だこれは……」


 程なくして城下町の中心部、通称・噴水広場でウルズ達と合流した俺は、周囲を一瞥して思わず息を呑んだ。


 右を見れば、露店の主に相場ガン無視の値切り交渉をするデフォ装備の二人組。

 左を見れば、また別のデフォ装備が通行人にレベリングの手助けを求めている。

 他にもまあ色々といるが、とにかく、昨日まではいなかったはずのデフォ装備軍団によって噴水広場がちょっとしたパニックに陥っている。


「何って、天使ちゃんズだけど?」


 そう言って彼らを眺めるウルズの眼差しは、なんだか生温かい。


「冬の風物詩ってヤツだ。ヒャハハハ!」


 アリスの笑い声がいつにも増して大きく感じるのも、俺の錯覚ではなく実際にそうなのだろう。

 つまり、今日はクリスマスだから、プレゼントとしてVRゲーム用のデバイスを買い与えられた子供達がこぞってデビューした結果こうなった、ということらしい。


「……大手はもっと凄そうっすね」


 ドラゴンアドベンチャー、エターナルファンタジー、スクラップチューン。

 それらの有名タイトルにもそれぞれの世界のデフォ装備を身につけた天使達が舞い降りて、ここよりも大きな混沌をもたらしているに違いない。


 そんなことを考えていると、ニヤり。アリスが口元を歪めた。

 その顔つきは何故か自信に満ちあふれていて、誇らしげですらある。


「いや、ウチにだってすげーのは居る! つーか居たんだよさっき!」


「すごい天使が、ですか」


「おうよ! 俺もクローズドベータから居るが、あんなのは――」


 突然、熱っぽく語っていたアリスが黙ってしまった。

 そして俺の後方をじっと見て、何とも言えない笑みを浮かべている。

 ウルズも同様だ。ニヤつきながら俺とその後ろへ交互に視線を送っている。


 まさか。まさか、背後にヤツが居るのか……?

 確信に近い予感をもって振り返ると、なるほどエタファン7の主人公みたいなイケメンが必死の形相でこちらに駆けてきている。


 俺の記憶が正しければ、あれは最初のキャラメイクのときにいくつか示されたプリセットアバターのうちの一つだ。

 金髪のツンツンヘアーに凛々しい顔立ちという安直な特徴ゆえに、道理を知らぬクソガ……お子様の分身として選ばれやすく、逆に一般プレイヤーからは忌み嫌われている曰く付きの代物。


 腰のベルトにぶら下げられたデフォ装備の木の棒がその禍々しさをさらに増幅させているように感じるのは、きっと俺だけではないだろう。


「Oil Alice! Soy two dar elder yacht!?」


 そして彼は平然と、英語らしきものを喋ってのけた。うん、訳が分からない。

 ログウィンドウを開いて確かめると、今度は“カイト:油アリス! 大豆2ダル長老ヨット!? (翻訳済)”という怪文が視界に飛び込んできた。


「へっ?」


 二度、三度ログを読み返してみたが、さらに訳が分からない。

 想定外の事態に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 堪えられなくなったのか、ウルズは腹を抱えて大笑いをはじめた。


「うぐっ、だはははっ! あ、“油アリス”て、こんなん絶対笑いますって!」


「Nerd at tone!」


 エタファン男改めカイトの発言に少し遅れて、画面に新たな怪文が追加される。

 声色からして彼はウルズに怒っているようだが、堤防が決壊している今のヤツには完全に逆効果だ。


「あひゃひゃひゃ! もうダメだ、腹いてえ」


 そう言うなり、ウルズはその場にくずれ落ちる。

 いまいち状況を飲みこめていない俺としては彼に解説を頼みたかったのだが、涙まで流して笑い転げている彼と意思疎通を図るのはどうやら無理そうだ。


「あのー、アリスさん。一体これ、どういう状況なんです?」


 ウルズから視線を外してアリスに問うと、彼女はやれやれと肩をすくめた。


「うーん。それがな、どうもコイツの両親が間違えて英語圏向けのVRヘッドセットを買い与えたらしくてな」


 それからアリスは、ゲームの仕様やシステム面なんかの説明を交えてカイトの身に起きているであろうことを教えてくれた。

 要するにカイトが英語風の変な言葉を話したり怪文がログに表示されたりするのは、彼のデバイスの言語設定がおかしくなっている弊害なのだそうだ。


「ああ、なるほど。それでこんなことに」


「ただ、俺も最初は面白がってたんだが、ちょっとかわいそうになってきてさ」


「え?」


「冬休みにデビューしたお子様御用達のアバターで、しかも謎言語の使い手なんてどう見ても地雷物件だからな。みんな避けるだろ?」


 いつの間にかウルズと追いかけっこをはじめ、噴水の周りをぐるぐると回っているカイトを眺めながらアリスが言う。

 とっさに何も思い浮かばず、「はあ」と曖昧な相槌を打った俺に対して、彼女はさらに言葉を続けた。


「言葉は分からない、誰も助けてくれない、じゃあせっかくのプレゼントが台無しだ。できればこの世界を楽しんでいってほしいなんて、甘すぎるか?」


 普段のぶっ飛んだ、いや、活発な様子からは信じられないほどに穏やかな物言いのアリスは、腰のあたりで手を組んで照れくさそうにうつむいた。

 一瞬、中身が男だということを忘れそうになる、すごくいじらしい仕草だ。

 彼女の意外な一面を見た気がして、何か一つ得をしたみたいな、優越感にも似た感情が自分の中で膨れ上がっていく。


「いえ、いいんじゃないですか。今日はクリスマスですし、楽しくいきましょう」


 キメ顔とまではいかないが少しだけ格好をつけて笑んでみせると、アリスの赤い目がぱっと輝きを取り戻した。


「だな! よし、行くぞイシュト!」


「え、あっ、ちょっ、待っ……!」


 そして彼女は俺の手をがっしりと掴み、噴水に向かって一直線に走り出した。

補足:“油アリス”の発生メカニズム


カイトが日本語を喋る

「おいアリス!」

言語設定の誤りにより英語として認識され、標準英語寄りに発音が自動補正される

「Oil Alice!」

他のプレイヤーには機械翻訳された文章がログとして届く

「油アリス! (翻訳済)」

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