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五.ただしイケメンに限る

「おっす。今日はやけに早いじゃないか、部活はどうしたんだ」


 念話ウィンドウに向けてそう話しかけると、ログインしたばかりのウルズが親指を立てて大げさに笑い顔を作った。


「どうしたって、やっと定期試験が終わったんだ。……な?」


 意味深に繰り返される瞬き。それで察しのついた俺は苦笑いを浮かべた。

 ここまで露骨だと逆に潔さすら覚える。ウルズのヤツ、サボったな。

 ……まあ、これといった部活には所属せず、帰宅後すぐにログインしている俺が言えた義理でもないか。


「お前なぁ、程々にしとけよ。それはそうと、公式サイト見た?」


「うん?」


 心当たりがないらしく、ウルズは間の抜けた声を漏らした。

 それから、A4サイズ大のウィンドウを呼び出して指でポチポチとやりはじめる。

 恐らくはブラウジング機能でこのVRMMO、“天神地祇オンライン”の公式サイトにアクセスしているのだろう。


「インする前に流し見はしたけどなあ。何かあったっけ……あ、これか」


 画面を上下にスワイプさせていたウルズの人差し指が止まる。

 同時にその視線がブラウザから離れ、ウィンドウ越しにこちらへ向けられる。

 それで彼が正解に達したと判断した俺は本題――俺達が試験勉強に勤しんでいる間に新しく実装されたNPCとクエストのことを切り出すことにした。


「暇なら一緒にどうかなと思ったんだが、どうだ?」


 返事の代わりに送られてきたのは“ウルズさんからのパーティ申請”と題された小さなウィンドウ。

 俺は迷わずに“承諾”の文字に触れた。


 * * *


 ――王都アンコール、城下町・北東ゾーン。


「ふんっ、ユメは魅力的なヒトとしかお話ししたくないのー! あっち行って!」


 公式サイトの案内通り、城下町の北東、魔法薬局の前に新NPC改め見習い魔女のユメは佇んでいた。

 そして、クエストを受けに来た俺達に悪態をついている。


「何だと、もういっぺん言ってみろ!」


「ふんっ、ユメは魅力的なヒトとしかお話ししたくないのー! あっち行って!」


 声を荒げるウルズに対して、ユメは先程と全く同じ調子で全く同じセリフを繰り返した。

 奇跡的に会話が噛み合っているように見えるが彼女はNPCだ。

 ウルズの挑発に乗ったのではなく、機械的にクエストの受諾失敗時の応答をしているだけなのだろう。多分。


 腹を立てていたウルズも流石に異変を感じたらしく、いくらかトーンダウンした声で独り言のように呟いた。


「むむ、本当にもう一度言われるとは」


「どうも様子がおかしいな。何か条件があるんじゃね」


 そう言いながら、俺はブラウジング機能を呼び出した。

 ユメと新クエストが実装されてから既に一週間近く経っている。

 ネット上を漁れば、攻略組や人柱と呼ばれるプレイヤー達の残した情報にありつけるだろうと思ってのことだった。


 ……が。


「条件か。俺に心当たりがある」


 その場に座り込み、ブラウザの検索ボックスに“天神地祇オンライン ユメ クエスト 攻略”と入力し終えたところで、ウルズの声が頭上から降ってきた。

 俯けていた顔を上げると、ラーメン屋の店主さながらに腕を組んで自信ありげにニヤつく彼の姿が目に入る。


 現実世界であれば、彼がドヤるのは一種の失敗フラグなので警戒するべきなのだが、ここはゲームの中。

 プレイ歴約半年、アリスら古株のプレイヤーとも面識がある彼の持つノウハウは、デビューから一月にも満たない俺のそれよりも数段信用できる。


「おお、マジか。先輩プレイヤーのウルズ様、ここはひとつ頼みますぜ!」


「任せとけって」


 わざとらしくへりくだってみせると、ウルズは猫みたいに目を細めて頷いた。


 * * *


「くっそおおおおおおおおおお!」


 城下町の一角、大通りから一本外れた場所にある魔法薬局の前で、ウルズの咆哮が虚しくこだまする。


 その場に微かに漂う甘い香りは、彼が装備している“チョコレートメイル”から発せられているものだ。

 板チョコに赤いリボンを巻いた、それ本当に防御力あるのか? と言いたくなるデザインの鎧を身に纏ったウルズはがっくりと膝を折り、うなだれている。


「くっ、女子は甘いものに弱いんじゃなかったのか……」


 ユメの言葉からヒントを得て、彼なりに“魅力的なヒト”になろうとした結果がこれである。

 普段着兼ガチ装備の金ピカ鎧から今着ているようなネタ装備まで、十回以上着替えて試したのだが、どれもユメの好みではなかったようだ。


 そうこうしているうちに、そこを通りかかった他のプレイヤー――長髪でいかにも魔法使いっぽいナリの男と腰から短剣を提げた少女の二人組にくすっと笑われ、彼の心はとうとう折れてしまったらしい。


「だからって全身チョコはちょっと」


 見事なフラグ回収芸を目の当たりにしたおかしさと、自分のとんだ見当違いに対する呆れとで、俺は今、変な顔をしていると思う。


 ……この状況を打開するにはやはり先人の知恵が必要だ。

 そう思い立って再びブラウザを立ち上げようとした矢先、通りの向こうからこちらへ歩いてくる人影があるのを視界が捉えた。


「あらあら、ウルズさんにイシュトさんではありませんか。ごきげんよう」


「エドナさん」


 軽く会釈をするとエドナはにこりと笑み、左右に手を振って合図を寄こした。

 彼女が歩くたびに揺れる白いワンピースは、先日のボス討伐で着ていた修道服風の装束よりもずっと華やかで少女趣味的だ。


 ゲームを嗜む女子の間では、戦闘のない市街地マップでは性能よりも見た目を重視した装備で着飾る文化があると聞く。

 男の俺にはあまりピンと来ないが、彼女のこれもそういうことなのだろう。

 そんなことを考えていると、エドナの後ろに居た黒髪の小柄な少女……よりももっと幼い、十才あるかないかぐらいの女の子と目が合う。


「……と、そちらの方は?」


「アリスの友人のイザベルさんですわ、ふふっ」


「は、はじめまして」


 エドナに促されるようにして一歩前に出たイザベルは、おずおずと頭を下げる。

 それに合わせてローブの裾に縫い付けられた雪片型の飾りが揺れ、石琴のような音を立てた。


「はじめまして。俺はイシュトで、後ろのはウルズです」


「あ、はい。よろしくです」


 自己紹介もそこそこに、イザベルの視線はウルズに釘付けになっている。

 全身を板チョコと赤リボンで固め、道端で崩れ落ちている今のウルズは完全に不審者だ。

 思わず目が行ってしまうのも仕方のないことだと思う。


「ところで、エドナさん達もユメのクエストですか?」


 気を取り直して問いかけると、エドナは首を横に振った。


「いえ、ユメの前で面白い動きをしている方がいると小耳に挟んだものですから――」


「そうなんですよ、エドナさん聞いてください! あの女強情なんすよ!」


「ひっ」


 突然、ウルズが勢いよく立ち上がってユメを指差す。

 今までピクリともしなかったのが急に動いたものだから、イザベルが驚いて小さな悲鳴を上げた。

 しかし、彼はそんなことにはお構いなしでユメに対する不満を口早にまくし立てる。


「“魅力的なヒトとしかお話ししたくないのー!”とか言って、クエスト受けさせてくれないんすよ!」


「あらあら。それは困りましたわねえ」


「でしょう!」


「でしたら、私が良いものをお貸ししますわ」


 発言を遮られた上に愚痴まで聞かされてエドナはさぞかし迷惑しているだろう。

 それでも彼女は嫌な顔一つせず、いつも通りの落ち着いた様子でアイテムインベントリに指を滑らせた。


 * * *


「きゃー、超イケメン! そこのキミ、ユメの王子様になってくださいっ!」


 先程とは打って変わって甘えた声を出すユメ。

 その熱っぽい視線の先には、エドナから借りた黒縁メガネを装備したウルズが突っ立っている。

 初めて聞くこのセリフは、恐らくクエストの受諾に成功した合図なのだろう。


「ね、簡単でしょう? ふふっ」


 エドナによれば、ユメのクエストを受諾する条件はプレイヤーのCHR値が100以上であること。

 CHRは魔法系の能力値なので、俺やウルズのような物理職は装備品で補わないとなかなか条件を満たせないのだそうだ。


「でもこれ、結構複雑ですね。装備一つでこんなになるなんて」


 エドナにぎこちない笑顔を返しながら、ウルズがぽつりと零す。


 と言うのも、あのメガネはCHRに特化した合成が施されており、装備するだけで80近くも数字が上がるらしい。

 それに対してウルズの素のCHRは62か3か、とにかく60そこそこしかない。

 つまり単純に数字の大小だけを見れば、ユメにとってウルズはメガネよりも魅力がないということになる。


「……」


「イシュト、どうかしたか? 眉間にシワなんか寄せて」


「いや、別に」


 俺は妙な劣等感を覚えながら、“イシュト Lv32 CHR:22”と表示されているステータスウィンドウをそっと閉じた。

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