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四.続・イシュトの“銭”闘力は1500

「心配なさらないで。この先の“謁見の間”には十分後に現れるボス以外の敵は湧きません。そこまで一旦あなたをお連れしてから、私は加勢に戻り――」


 不意にエドナの言葉が途切れる。同時に、差し出された細い腕が俺を制した。

 前方を伺うと、複数の召喚陣と光柱が不気味に揺れているのが目に入る。

 これらが意味するものは、新手の出現。しかもそれなりにまとまった数の、だ。


「――たかったのですが、どうやら無理そうですわね。ふふっ」


 行く手を塞ぐ氷の狼(アイス・ウルフ)の群れを前にして、エドナは自嘲気味に笑う。

 と言うのも、ヤツらは魔法を吸収して無効化する特性を持つので魔法使いの彼女とはすこぶる相性が悪い。


 今までの感じからして、一匹や二匹といった、ごく少数の氷の狼なら剣で少しずつ削って倒すこともできるのだろう。

 しかし、片手で数え切れない程の頭数が相手では流石に旗色が悪いらしい。


 白剣をアイテムインベントリに戻し、最初に装備していた杖に持ち替えた彼女は観念したように大きなため息を吐いた。


「ふう、仕方ありません。ダメージは通りませんが、範囲魔法でタゲを取ります。あなたはその隙に進んでくださいまし」


 自分を庇って雪の狼(スノー・ウルフ)に吹っ飛ばされたウルズと時間稼ぎの囮役を買って出たアリスを置き去りにした上に、今度はエドナのことまで……。

 いくらゲームの世界での出来事とは言え、後ろめたくない訳がない。

 それでも、ここで諦めてしまえば、身を挺して俺をここまで連れて来てくれた三人の努力が無駄になってしまう。


「……分かりました。エドナさん、どうかご無事で」


 少しの逡巡の後、やっとの思いでそう答えるとエドナは返事の代わりに魔法スキルの詠唱をはじめた。


 彼女を中心に広がる黄金の魔法陣。その間にも、狼達はじりじりと迫り来る。

 数秒後、全ての狼が射程圏内に入る頃合いを見計らって彼女はそっと口を開いた。


「【神聖(ディバイン・)――」


「エドナ、待てっ!」


 後方から聞き慣れない声が聞こえてきた瞬間、エドナの魔法陣が光を失う。

 どうやら声の主に従って咄嗟に詠唱をキャンセルしたようだ。


「【精密射撃アルバトロス・ショット】」


 掛け声に合わせて続けざまに放たれた五条の矢が次々と狼を撃ち抜き、ガシャンという氷の割れる音――つまり氷の狼の断末魔がその場に響く。

 群れの大半を失い、浮き足立った残党に浴びせられたのは紫電を纏った矢。


 あっという間に敵方の殲滅を完了した声の主は、橋板に寝かせていたウルズを背負い上げてからエドナの方を見遣った。


「ごめん、遅くなった。アリスにはPOTを渡してきたから大丈夫だと思う」


「そう。……オズ、私もう駄目かと思いましてよ」


 緊張が解けたのかエドナはその場にへたり込み、遅刻者を見上げて安堵の表情を浮かべた。


 * * *


「【金貨投げ(ゴールド・ストライク)】ッ!!」


 約二時間前と同じように、振り抜いた腕から飛び出す金貨。

 いい加減な投げ方をしても必ず当たるのも、無属性・1500ポイントのダメージが無条件に与えられるのも同じ。

 ただ一つ違っているのは、相手がそこいらのMOBではなくこの居城の主ということだ。


 ちょうど額の辺りに金貨の直撃を受けた冬の魔女(ウィンター・ウィッチ)はその場に倒れ込み、霜のように白いまつげを閉じたまま動かなくなった。

 すぐに体の融解がはじまり、赤い絨毯の上に黒い染みが広がっていく。


「やったん……だよな?」


「ああ、大金星だよ」


 ウルズの言葉に頷きかけた瞬間、無機質だが良く通る女性の声が上方から降る。


『おめでとうございます。イシュトさんが《冬の魔女》を討伐しました』


『おめでとうございます。オズさんが《白雪のローブ》を入手しました』


『おめでとうございます。オズさんが《氷の魔水晶》を入手しました』


 これはSランク以上の強大なボスに止めを刺したり、その討伐後に自動で振り分けられるレアドロップアイテムを入手したりといった特別な手柄を立てた時にワールド全体に流される、通称“天の声”。


 ウルズとフィールドで狩りをしている時にも何度か耳にしたことはあったが、いざ自分の名前が読み上げられるとどうもくすぐったいというか気恥ずかしい。


「何だか、すみません。一番役立たずだったのに」


「気にすんな! “誰がラストアタックでも恨みっこなし”って最初に言ったろ?」


 言いながら、笑顔でグータッチを促すアリス。

 その様子は普段と同じで、俺に止めを持っていかれたのを気にしている風には見えない。

 本心からそう思っているのか、気を使って上手く取り繕ってくれているのか。


 どちらにせよ、一行のリーダー格である彼女がこう言っている以上、さらなる詮索は意味を成さないだろう。

 そう結論付けた俺はアリスの拳に応える。それに合わせて彼女の赤髪が小さく揺れ動いた。


「……私ともしてくださる? ふふっ、ありがとうございます」


「じゃあ、俺も」


 そのまま流れでエドナとオズとも拳を合わせた。そして最後は……。


「ウルズ」


「おう、おめっとさん」


 ウルズには他の三人よりもいくらか強く拳をぶつける。

 彼とはリア友で気心が知れているというのもあるが、何より、氷の橋の上で何の躊躇もなく俺を庇って倒れたその勇敢さに思うところがあったというのが大きい。


 ただ、俺がこういう場面で真面目に謝意を述べても大抵茶化されて有耶無耶になるのが経験的に分かっているので、敢えて口に出すことはしなかった。

 この借りは俺が強くなってから、きちんと返す。それだけ覚えておけば十分だ。


 こうして俺の初めてのボス討伐弾丸ツアーは幕を閉じたのだ。


 * * *


 ――冬の居城ウィンター・キャッスルエリア、城下町ゾーン。


 ……前言撤回。まだ終わってなかった。


 日に二度湧くボス以外にこれといった特色のないダンジョンの入口と隣接するここは、過疎マップの部類に属するだろう。

 冬の魔女に支配されているという設定のせいか、常に雪模様なのも寂れたイメージを加速させている。


 そんな人通りも疎らな往来の中心で、事は起こった。


「ところでオズ、遅刻料は?」


「え?」


 振り返ったオズに向けられたのは、エドナのひどく冷めた目つき。


「“え?”じゃないでしょう」


 そして氷の橋を渡る前に見た、笑い以外の何かが込められた薄ら笑い。

 それで何かを察したらしいオズはとりわけて表情を崩すでもなく、こなれた様子でアイテムインベントリを開き、青暗い光が閉じ込められた水晶を彼女に手渡した。


「じゃあ、これで」


「ありがたく頂戴しておきますわ。では、私は王都で露店巡りをしてから休みますわね。皆さんごきげんよう」


 言うが早いか、エドナは優雅な足取りでその場を後にする。

 それを見ていたアリスが妙計を思いついた、と言わんばかりの悪い顔をしたのを俺は見逃さなかった。


「なあオズ。俺には?」


「え?」


「“え?”じゃねーよ。ほら、さっきのローブ」


 満面の笑みを浮かべながら、さも当然といった様子で手を差し出すアリス。

 開いたままのインベントリに二度三度視線を走らせたオズは僅かに眉をひそめ、“寄こせ”の合図を送るアリスに視線を戻した。


「……CHRはともかく、他の数字は微妙だなあ。正直店売り安定レベルのだけど、いいの?」


「許す!」


「じゃあ、どうぞ」


 インベントリから取り出されたばかりの白い装束を引っ手繰るなり、アリスは少し前にエドナが向かったのと同じ、転送屋のNPCがいる城門の方角へ走り出す。


「うし! 仕事があるから俺はこれで! じゃあな!」


 あっという間にアリスの姿は見えなくなり、残ったのは男三人。

 そして、恐らくは俺以外の二人も覚えているであろう妙な虚脱感と気まずい空気がその場を支配している。

 これに加えてさらに沈黙まで漂うのは不味いと思ったのか、ウルズが即座にわざとらしく笑い声を上げてそれを阻止する。


「あ、ははっ……。レアドロップ、全部持っていかれちゃいましたね」


「んー、まあ、彼女達には普段世話になっているし、大したアイテムでもないから全然構わないんだけどね。それにしても――」


 ウルズに釣られるようにして、しかし彼よりもずっと自然に口角を持ち上げて、オズはニヒルに笑んでみせた。


「――遅れた原因が風呂の後に煙草を買いに行ったことだとバレなくて、本当に良かったよ」

設定


エドナ 性別:女 職業:枢機卿(カージナル)(近接魔法型・上級職) レベル300

回復やバフスキルなど魔法での補助が得意な金髪少女。得物は杖時々剣。

所謂“ですわ口調”で話すが、時折尖った素の性格が見え隠れする。


オズ 性別:男 職業:暗殺者(アサシン)(遠隔物理型・上級職) レベル300

煙好きの弓矢使い。アリスとエドナの友人で、彼女らの扱いをよく心得ている。

レアドロップにこだわらない、高レベルプレイヤーらしい価値観の持ち主。

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