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三.イシュトの“銭”闘力は1500

 ――霧の森(フォギー・フォレスト)フィールド、南東ゾーン。


 霧がかった森の中。鋭い金属音と荒っぽい足音が近づいてくる。


「イシュト! そっち行ったぞ!」


 青く光るターゲットマーク――自分もしくはパーティメンバーがそのMOBと交戦中であることを示す印――の付いた人食い花を追い立てながら、ウルズが叫んだ。


「よっしゃ、任せろ!」


 そう言って俺は腰を落とし、右腕に力を込めてスキルの行使準備に入る。

 HPのほとんどをウルズに削られて切羽詰まっているらしい化け物は、苦し紛れにトゲの生えた蔓をこちらに振るってきた。

 だが、このスキルの溜め時間は一秒ジャスト。ヤツが俺に触れることは叶わないだろう。


「【金貨投げ(ゴールド・ストライク)】ッ!」


 瞬間、限界までしならせた腕から1000マニの金貨が弾丸のように飛び出す。

 野球経験はキャッチボール程度の俺だが、十分に速度の付いた金貨が獲物へ向かってまっすぐに飛んでいったのはこのスキルの必中という仕様のなせる業だ。

 化け物の腹部を貫き、役目を終えたそれはチャリンと音を立てて塵に帰した。


「随分上達したじゃあないか! タイミング、バッチリだったぞ」


「おう、サンキュ」


 駆け寄ってきたウルズと互いの拳を軽くぶつけ、勝利の喜びを分かち合う。

 しかしそれもつかの間のこと。ウルズはすぐに次の獲物を求めて再び森の奥へ向かい、その場には俺と静けさだけが取り残された。


 ――MP10と1000マニのゲーム内通貨を消費して相手に無属性の必中かつ固定ダメージを与える【金貨投げ】。

 レベル制限も前提スキルもなく、最初から誰もが取得済みの初期スキルの一つ。


 二桁ダメージのやり取りが当たり前の初心者にとって、スキルレベル最大時で1500ポイントのダメージを無条件に与えてしまうこのスキルは喉から手が出るほどに使いたいものなのだが、一回につき一時間分の稼ぎを持っていかれるとなれば話は別だ。

 高々MOB一体のために1000マニを投じるなんて、とんでもない! というのが普通の金銭感覚だろう。


 だが俺は違う。俺の現在の所持金は9,941,230マニ、大体一千万だ。

 一昨日知り合ったアリスというプレイヤーに「最初は何かと入り用だし、俺からのチュートリアル修了祝いってことで!」と一千万の大金をポンと渡されたおかげで金銭的にかなり余裕がある。


 ゆえに俺は今、通常ならDEX不足で攻撃の命中すら絶望的な格上のMOBを、普通の初心者には真似できない贅沢な“銭”闘方法で美味しく頂いているという訳だ。


 * * *


「悪い、念話が入った。ちょっと待っててくれ」


 湧きポイントにMOBを釣りに行っていたウルズが手ぶらで戻ってくるなり、申し訳なさそうに両手を合わせる。

 それに「了解」と短く返した俺は、誰かと念話――一昔前のMMOで言うところの個人チャットに相当する機能で、ビデオ通話に良く似たウィンドウを呼び出して行う――をはじめた彼を横目に、その場にしゃがんで少し休むことにした。


「お待たせ。念話、アリスさんからだった」


 思ったよりも手短に念話を終えたウルズは、俺の肩を叩いて合図を寄越した。

 それに振り向くと、何やら含みのある笑みを浮かべる彼の顔が目に入る。


「ふうん。それで何て?」


「それが、一時間後に湧くボスに挑戦する予定だったギルドがドタキャンしたらしいから俺とイシュトも一緒に来ないか、って」


「えっ、俺も? レベル18なのに?」


 ウルズの意外な言葉、というかアリスの意外な提案に思わず声が詰まる。

 想像通りのリアクションを得られてご満悦らしいウルズは、そのニヤけ面をさらに緩めて言葉を続けた。


「うん。曰く、“俺が貢いだ金をジャンジャン投げに来い!”だってさ」


「あー、それ言われちゃあ断れないな」


 言いながら、自分の顔も同じようにニヤついていくのが分かった。


 * * *


 ――冬の居城ウィンター・キャッスルダンジョン、第五階層。


 眼前にはマップを南北に貫く巨大な氷の橋が広がっている。

 その南端、MOBの湧きポイントからやや離れた場所が現在地なのだが、俺達一行はここで三十分ほど足止めを食っている。


 と言うのも、氷の橋部分はボスが待つダンジョンの最深部に隣接しているだけあってMOBの湧きが一層激しい。

 レベル400代のMOBがひしめき合うその難所をレベル18のロースペ野郎を連れて突破しなければならないというのは、ある意味ボスを討伐することよりも難しいのかもしれない。


「ふう。やはりアタッカー不足が痛いですわね」


 五度目の挑戦を前にして、バフスキルを念入りに重ね掛けしながら金髪の少女がため息混じりに吐き捨てる。

 彼女は名をエドナと言い、今回のボス討伐に召集されたアリスの仲間らしい。

 エドナの恨みをはらんだ視線を受け取ったアリスは、存外ケロっとした様子でいつもの人懐っこい笑みを返した。


「いやあ、オズの奴、“ボス戦の前に風呂入ってくる”つって落ちたっきり戻ってこねえんだもん」


「オズったら、一体四十分もお風呂で何をしているのかしら? うふふ」


 そう言いながら柔和な笑い声を上げるエドナの目は全く笑っていない。

 これが押し殺された怒りというものなのだろうか。

 もう一人の参加予定者の遅刻からくる想定外の苦戦に、彼女が少なからず苛立っているのがヒシヒシと伝わってくる。


 何か気の利いたことでも言って場を和ませるべきだろうか。

 ……と、ウルズと顔を見合わせているうちに矛を収めたらしい彼女は、得物の杖を一撫でして意気込んでみせた。


「さて、居ない人間のことを気に掛けていても仕方ありませんわ。時間も差し迫っていることですし、参りましょう」


「おし! 目指せ五度目の正直、だな!」


 先陣を切って雪と氷の狼の群れに突っ込んでいったアリスに続いて、俺達一行は薄暗く透き通る氷の橋を渡りはじめた。


 * * *


 登山風に言えば、現在位置は氷の橋の八合目ないし九合目といったところか。

 今までの最高記録。なのだが、それと同時に俺達は最大のピンチを迎えていた。


「はあ、はあ。……完全に分断されてしまいましたわね」


 膝に片手を突き、苦しそうに肩を上下させつつエドナが言う。

 彼女が握っているのは道中しばしば撫でていた杖ではなく、白塗りの長剣。

 それはここに物理攻撃の仕手が居らず、不得意ながらもエドナが戦わざるを得ない状況に追い込まれていることを示している。


 遥か後方ではアリスが狼の群れと派手にやり合っているのだろう。

 絶えず伝わってくる地響きと狼達の唸り声、それから暗闇の中にぼうっと浮かんだ青いターゲットマークの明滅の速度がその激しさを物語っていた。


「ウルズ、アリスさん……。二人とも無事だと良いんですが」


「ええ」


 そう言うなり、パーティウィンドウ――パーティメンバーの状態異常やHP・MPの現在値なんかがまとめて表示されている画面のことで、彼女のような補助魔法職は出しっぱなしにしておくのが普通なのだそうだ――をしまうエドナ。

 つい先程教えられたばかりの“普通”からの逸脱に俺が驚いて声を上げるよりも早くに、彼女は念を押すように呟いた。


「どうせこの距離では回復魔法も補助魔法も届きませんから。少しでも視野を広く保ちませんと、ね」


 パーティウィンドウによれば、凍結状態に陥っているウルズの残りHPはほんの一目盛りか二目盛り程度のほぼ詰み状態。

 HPを大きく増減させながら戦っているアリスも手持ちの回復アイテムが切れ次第、倒れてしまうのだろう。


 それを見てエドナは、二人を見捨てて先を急ぐことを選んだ。

 冷静とも冷酷とも取れる決意を湛えた黄橙色の瞳に、思わず息を呑んだ。

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