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二.リア友は誤爆の達人

 この世界に降り立ってから、もう二時間ぐらいは経っただろうか。

 俺は今、“はじまりの森”という超初心者向けのフィールドでかわいらしいウサギの化け物と対峙している。


「たあっ!」


 軽く助走をつけてデフォ装備の木の棒を振り回すと、ヤツは丸っこい体を捻り、転がるようにしてそれを回避した。


「くそっ、また避けら――うおっ!」


 言い切る前に体に衝撃が走る。またダメージを受けてしまった。

 どこかのゆるキャラのような外見とは裏腹に、ヤツの体当たりは中々にヘビーだ。

 レベル7の俺にとっては三発食らえばあの世行き、いや、“はじまりの村”の村長の前への強制送還が決定する。


 つまり、たった今二発目の攻撃を受けたところだからもう後がない。

 得物を握りなおし、精神を集中させる俺。……に向けて、気だるそうな声が飛んできた。


「だーかーらー、盗兎(トト)は体当たりの後の隙を狙うんだってば」


「分ぁってるよ!」


 視線は目標に合わせたままで、短く答える。

 背後に寝そべる、初心者用フィールドにえらく不釣合いな金ピカ装備に身を包んだ彼の名は山口……いや、ここではウルズだったな。

 俺をこのVRMMO、“天神地祇オンライン”の世界へ誘った張本人で、現実世界ではクラスメートかつ友達だ。


 俺とよく似た、というかほぼ同じ嗜好を持つ彼が何ヶ月もクリアせずにハマっているものがあると聞けば、俺が試さない訳には行かないだろう。

 ……という軽いノリではじめてみたはいいが、持ち前の運動神経のなさのせいかVRゲームに不慣れなせいか、原因はよく分からないがとにかく苦戦中だ。


 しかし、俺には切り札がある。レベル133、職業・聖騎士(パラディン)の切り札が。

 強制送還にリーチの掛かっている今使うのがベストだろう。


「ウルズさまぁー、やっぱりキツいっす」


 チラチラと後ろを窺いながら微笑む俺。

 最早鉄板になりつつある、本日七度目ぐらいの救援要請のサインだ。

 それを見てウルズは怪訝な顔をしながらも、むくりと体を起こし、得物が収められている鞘に手を伸ばした。


「お前打たれ弱過ぎるだろ……。まあいい、倒してやんよ」


「あざーす!」


 俺が意気揚々と待避したのを確認すると、ウルズは剣を抜き、ちょうど剣道の上段のような姿勢をとって攻撃スキルの行使準備に入る。


「行くぞ、【火炎(フレイム・)――」


「【絶対零度(アブソリュート・ゼロ)】」


 瞬間、フィールドの一角が青白い光と雪の結晶のような視覚効果(エフェクト)に包まれた。

 初めて目にしたものだったが、恐らくは氷属性のスキルか何かだろう。

 こんがり焼き上げるつもりだった獲物をカチンコチンに凍結させられて、ウルズはすっかり言葉を失ってしまっている。

 そんな彼に向けて、遠方からいやにテンションの高い笑い声が飛んできた。


「ヒャハハハ! おうい、“ぐっさん”!! 俺だよ俺!」


 いかにも男性的な言葉遣いをしているが、その声は女性、というか少女のものである。

 そして何故かウルズこと山口のことを実名に掛けた渾名で呼んでいる。

 もしかして、現実世界での知り合いなのか? などと思いを巡らせている俺のことはお構いなしに、ウルズは声の主を見つけると、ぱっと表情を明るくした。


「アリスさん、お疲れ様です! 仕事はもう終わったんですか?」


「おうよ! ぐっさんの方は……まだみたいだな」


「ええ。今、チュートリアルの最後のクエなんです」


 へこへこと頭を下げるウルズに対して、アリスと呼ばれていた赤髪の少女は笑いながら頷いている。


「うんうん、そうかそうか。なら俺も加勢すっかな!」


 そう言ってアリスは得物の大槌(ハンマー)を構えかけたが、状況を飲み込めていない俺がキョトンとしているのに気づいたのだろう。

 二、三歩こちらへ歩み寄ってから、飛び切りの人懐っこい笑顔を向けてきた。


「悪い、自己紹介がまだだったな。俺はアリス。まあ、ぐっさんのダチみたいなもんだ。ヨロシク!」


「はじめまして。イシュトです。ぐっさんのリア友です」


「ちょ、イシュト! お前までぐっさん呼びは止めろって!」


 ウルズが何か言っていたがそれはスルーして、差し出されたアリスの握手に応えると、彼女は俺の手を掴んだまま大げさにブンブンと振る。

 若干痛かったがそれで彼女は満足したらしいのでまあ良しとしよう。


「これでよし、と! それじゃ、俺がパパっとニンジンを集めてくるから“にっしー”君とぐっさんはここで一休みでもしてな!」


 全てを言い終えないうちにアリスはもう駆け出している。


「ちょっと待ってください! 今、何で俺の――」


「ああ、それな! ぐっさんから!」


 慌てて俺が問うと、アリスは少し遠くから、悪びれる様子もなく素直に吐いた。

 そう、俺の本名は西村。学校ではにっしーという渾名で通っている。

 そしてここでそれを知っているヤツと言えば……。


「すまん、さっきうっかり誤爆しちまって……えへっ」


 視線の先には、アイドルがやるように舌を出して照れ笑いをするウルズ。

 無料通話アプリ“ライム”での誤爆は日常茶飯事、刻限間際に隣のクラスに滑り込んだというリアル誤爆の逸話まで持つ彼のそそっかしさは、ここでも健在らしい。


「お前、またか……!」


 とりあえず休憩の前に、漏れかけた笑いを噛み殺しながら、俺はウルズに向けてデフォ装備の木の棒を振るうことにした。

設定


イシュト 性別:男 職業:狩人(ハンター)(遠隔物理型・基本職) レベル7

本名は西村、渾名はにっしー。得物はデフォ装備の木の棒。

ウルズこと山口に誘われて“天神地祇オンライン”をはじめた初心者。


ウルズ 性別:男 職業:聖騎士(パラディン)(近接物理型・上級職) レベル133

本名は山口、渾名はぐっさん。金ピカ装備と長剣を身に着けている。

イシュトこと西村を“天神地祇オンライン”に勧誘した張本人。結構ドジ。

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